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一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

名文章ご紹介シリーズ【その5】~戦場では偽善が成り立たない~

このコーナーは、山本七平の著作の中から、読んだ私が「うむ、なるほどっ」と感心した文章を選りすぐり、私の下手な解説抜きでご紹介しようというものです。

今回は、百人斬り報道の被害者である向井少尉の記述から引用していきます。

こういう記述は、過酷な戦場を体験した人ならでは…なんでしょうね。
山本七平が指摘したこの「偽善」について、常に意識する必要があるな…と私は最近考えてます。



(註…向井少尉のこと)はおそらくその後も、戦闘期間の大部分を担送されたなどとはだれにもいわなかったであろう。そしてこれが「百人斬り」の話をしてくれと人から言われたとき、時には非常識とも思える態度でそれを拒否した理由の一つであろうし、またそれが、すぐ無罪になると信じ込んで、全く躊躇なく戦犯法廷へ出張して行った理由でもあろう。

彼には「担送」という自信のもてるアリバイがあった。

そうでなければ、あああっさりと出頭はできない――戦犯の取調べ方には、だれでも相当に疑念はもっていたし、自分の命の危険を毛すじほどでも察知すれば、人は、生物的本能で、何かの躊躇を示すはずだからである。

ではなぜ彼は処刑されたか。

その理由は浅海特派員の記事そのものの中にある。これは後で分析するが、彼を処刑場へとつれて行かせた遠因の一つがその負傷であったこともまた否定できない。

だが、処刑さえされなければ、彼は幸運な負傷者であった。ルソン島なら、おそらくこれだけの負傷で、「生きたままの死体」として放置されたであろう。

従ってそういう人だちと比べて、私は彼のことを特別に気の毒とは思っていない。そのことは前にも記した。

しかしそれは、虚報を事実だと証言して無実の人間を処刑場に送ったことを免責にはしない。

「もっと気の毒な人がいる」という言葉で責任を回避し、自分が目前に見ている殺害に対して何もしないことをその言葉で正当化しながら、しかし実際には、その「もっと気の毒な人」に対して指一本動かそうとしないこと、それが偽善と呼ばるべきことであろう。

この偽善は常にある。今もあるが戦争中にもあった。

苦しんでいる人間に「前線の兵隊さんのことを思え」という。また新聞もそう書く。

しかしそういうことを書いたり言ったりするその人自身が、前線で苦しんでいる兵士のため、本当は指一本動かそうとしているわけではない

戦場は非常に冷酷に見える。

しかしよく見ると、戦場はただこの偽善が成り立たないから特にそう見えるだけである。
いわば逃げ口上につかえる「もっと気の毒な人」が存在しないからである。


by山本七平

【引用元:私の中の日本軍(下)/戦場での「貸し」と「借り」/P201~】



【関連記事】
・名文章ご紹介シリーズ【その1】
・名文章ご紹介シリーズ【その2】~ショックと麻痺~
・名文章ご紹介シリーズ【その3】~飢餓における人間と動物の違い~
・名文章ご紹介シリーズ【その4】~無責任な応援~
・名文章ご紹介シリーズ【その6】~「臆病」がもたらす被害~
・名文章ご紹介シリーズ【その7】~戦場には二種類の人間がいる~
・名文章ご紹介シリーズ【その8】~日本語では戦争はできない~
・名文章ご紹介シリーズ【その9】~百人斬りが通用する背景には~


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名文章ご紹介シリーズ【その4】~無責任な応援~

このコーナーは、山本七平の著作の中から、読んだ私が「うむ、なるほどっ」と感心した文章を選りすぐり、私の下手な解説抜きでご紹介しようというものです。

今回ご紹介する一文は、無責任で煽り立てるような言動がまかりとおっている今の日本のネット上にもあてはまるような気がするんですが…。



戦争とスポーツには、確かに何か関連性がある。

アメリカ兵には、「自分は戦争をスポーツと心得ている」などとヌケヌケという人間がいた。こういう言葉は、アメリカ非難のよき材料になるであろうが、しかし同じような面が日本人に皆無とはいえない。

特にこれがはっきり出ているのは、日本の場合は、兵士よりむしろ戦争スポーツの応援団と観客の方であろう。

「大戦果」に興奮して酔ったような新聞ラジオ、まるで試合の中継放送のように「戦局」の推移に一喜一憂するその感激調と悲壮調!

冷静はそこには皆無であったではないかそしてその興奮を感じない人問は非国民とされた

そして、兵士のPTAをもって自ら任じた国防婦人会の白割烹着と白ダスキのオバチャンたち。確かに彼女らは親切であった。動員列車のとまる駅々でお茶をサービスしてくれたし、キャラメルもくばってくれた。

だが一方的に興奮している彼女らの激励や応接に、兵士たちは答えず、ただ黙って敬礼しただけであった。そして汽車が動き出しても、長い間、彼らはむっつりと黙っていた。

女性は常に戦争に反対であったなどという神話は、私には通じない

戦争をその心底において本当に憎悪しているのは戦場につれて行かれる兵士であって、絶対に戦場にやられる気遣いのない人びとではない

そしてあらゆる問題の解決において、最も有害な存在は、無責任な応援団であろう。そして「現場」に送られる人間にとって最も不愉快な存在は応援団であった。

その中で彼女たちは確かに非常に親切であった。しかしその親切もこの不愉快さを消してはくれなかった。そしてこの不愉快さは従軍記者に対してもあった。

by山本七平

【引用元:私の中の日本軍(下)/戦場の内側と外側/P178~】



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名文章ご紹介シリーズ【その3】~飢餓における人間と動物の違い~

このコーナーは、山本七平の著作の中から、読んだ私が「うむ、なるほどっ」と感心した文章を選りすぐり、私の下手な解説抜きでご紹介しようというものです。

今回は、全然800字以内に収まりませんが、非常にいいことばかり書いてあるものですから、あえて削りませんでした(ていうか、削ることが殆どできませんでした)。

こういうことが書けるのも、やはり飢餓を体験した人ならでは…なんでしょうね。




「人間は被造物である」などという言葉の、哲学的・宗教的意味は私は知らないし、知る気もしない。

だが人間は、「一定量の食物を絶えず注入していない限り正気ではいられないという点では、麻薬中毒患者のような一面があり、『食物の禁断症状』を起すと、『麻薬の禁断症状』以上に狂い出し、麻薬中毒患者同様に動き出すように造られてしまった生物なのだ」と私は思わざるを得ない。

その人が、どういう思想・信条をもとうと、どういう社会制度の下で生きていようと、このことには差がない。私は、医原性麻薬中毒の体験から、特にこの感が深い。

人間が傲慢になれるのは、飢えていないときだけである。飢えてさえいなければ、神の如き気分になって、正義の旗印を高くかかげて全世界を糾弾できる。

従ってそういう格調の高い(?)、時には居丈高な論説などを読むたびに、私は「ハハァ、この人は満腹しているな」と思わざるを得ず、従って何の感動も受けないが、しかし決定的ともいえる「飢え」の中にあって、なお人が口にする鋭い言葉の中には、やはり「人間は人間であって動物ではない」と感じ、生涯忘れられないほどの強い感銘をうける非常に崇高な言葉もある。

もっともその言葉を紹介しても「昭和元禄満腹の民」は、何か崇高なのか全くわからないかも知れないが……。

(中略)

私は、弁護士出身のLというアメリカ軍将校に私的な仕事をたのまれ、彼が転勤するたびに、自分のいる収容所から、あちこちの収容所に出勤するという妙な収容所生活を送っていた。

(中略)

ここ(将官収容所)にだけは、当番兵がおり、驚くなかれ「残飯」というものが存在していた。

私はA少将の当番兵と親しくなった。彼はもう四十近かったと思う。兵隊は三十以上の人間をみな「ジイ」と呼ぶ。従ってみながジイと呼んでいたので私は彼の名は知らない。

このジイは見るからに実直な人で、昔と全く同じようにA少将につかえていた。これは非常に珍しいことであった。

戦争中は閣下、閣下と土下座せんばかりの態度をとり、戦争が終れば、今までの土下座を一変させて罵倒するというような態度は、本人はどういう気持か知らないが、見ている私などには逆にそれが奴隷根性に見えて不愉快であった。

罵倒するなら戦争中にすればよい。
しかしそれはできない。そしてこういう人に限って、今度は、収容所長のアメリカの軍人には何一つ言えず、いわば土下座しているのである。

ジイはそういう人でなかった。
彼を見ていて気持がよかったのは、彼を律しているのが、一つの「自律」だったからである。もちろんその「自律」の質は私とは違う。

しかし自律が自律である以上、各人各様に違うのが当然で、みなが同じなら、これは自律のように見えて、実は、何者かに律せられている他律にすぎまい。

将官に土下座して米英を罵倒し、今度は一転して、収容所長に土下座して将官を罵倒する、同じ図式の行為は当時の収容所同様今の日本でも大手を振って横行しているが、常に何かに土下座して何かを罵倒していないと精神的安定が得られないのは、自律性なき証拠であろう。

(中略)

あるとき彼がトラッシュ缶に入った残飯を重そうに運んでいたので私はそれを手伝った。その時彼は、重い口を開いて、不意に次のような話をした。

ある日、一般収容所から、草とりか何かのため十数人の使役が来た。
彼らの一人がこの残飯の缶を見つけると、あっという間に全員がそれにむらがり、我先にと夢中でそれに手をつっこんで残飯をロに運んだ。

熱地の残飯である。もちろんすえてどろどろになっている。
彼らは手から腕からロのまわりまで残飯の汁でベタベタにしながら、無我夢中で手を動かしていた。ジイはしばらくあっけにとられてそれを見ていた。

そのとき不意に一人の男と視線が合った。それはかつての上官である一曹長であった。

その瞬間その曹長は、ちょっと腰をかがめ、残飯の汁でベタベタの両手を合わせ、おがむような態度で彼に哀願して言った。

「ジイ、どうか向うをむいていてくれ、どうかこの浅ましい姿を見んでくれ。どうにもならん、どうしても手が動くんじゃ」と。

この言葉に、私は非常に感動した。

「自分の意思に反して自分の手が動く」という意識、この意識は人間にしかない
動物にはその意識はない。

そして一個人であれ一民族であれ、このことを忘れれば人間の資格を失い、それが行きつく先は自滅であろう――たとえそれが飽食によって失われようと、さらに徹底した飢餓で失われようと――と私は思った。

by山本七平

【引用元:ある異常体験者の偏見/アパリの地獄船/153頁~】



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名文章ご紹介シリーズ【その2】~ショックと麻痺~

このコーナーは、山本七平の著作の中から、読んだ私が「うむ、なるほどっ」と感心した文章を選りすぐり、私の下手な解説抜きでご紹介しようというものです。

第2回目の今日、ご紹介するのは、戦場におけるショックと麻痺について。




ある映画監督が、戦争映画をつくるにあたって、「自分は戦争に反対だから、戦争反対を打ち出すため非常に残酷なシーンを描く」といった意味のことを新聞に書いていたが、この考え方はおそらく誤りである。

人は、麻痺するものなのだ。ショックを受ければ、おそらく心理的防衛のためと思われるが、必ず麻痺していく。

従ってそういったものはヒロポンと同じで、創作画面や創作記事で人を人工的に覚醒させると、瞬間的にはショックを現わしても、結局は反動的に人は麻痺状態になる。

するとさらに強い「人工的覚醒的表現」が用いられることになり、この悪循環は最終的には完全な「残虐場面麻痺人間」という一種の廃人をつくっていく。

これは非常に恐ろしいことであろう。そういう人間は、確かに、戦場にいたのだから。

by山本七平

【引用元:私の中の日本軍(下)/戦場の内側と外側/174頁】



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名文章ご紹介シリーズ【その1】

今日より新たなカテゴリを立ち上げました。

その名も「山本七平/珠玉の名文章紹介ネタ」でございます。

これはもう、読んだ私が「うむ、なるほどっ」と感心した文章を選りすぐり、私の下手な解説抜きでご紹介しようというものです。

紹介する文章は、長くて800字程度(十分なげーよ)に抑える予定です。

勿論、私の場合は、そこに至る過程の文章を読んで感心したわけですので、そうした過程を踏まずにいきなり読まれた方の中には、「だから何だ?」とか「意味わかんね」とか思う方もいるかもしれません。
(引用した文章には、固有名詞や言い回し等が含まれている場合もありますしね。)

そんな方には、引用元のページまでナビゲートしちゃいます。意味を知りたい方は、是非原書をお読みになって疑問を解消してくださいませ(ナンツー人任せじゃw)。

と言うことで、第1回目のご紹介です。



「知らない」ということは何とも致し方ないことである。

マリ・アンワネットが「貧乏人はパンを食べられないというが、パンがなければお菓子を食べれば良いのに」といったと言う。

日本人の平和論が、私の耳には、これと同じ響きをもって聞えてきても致し方がない。

byイザヤ・ベンダサン

【引用元:日本人とユダヤ人/別荘の民・ハイウェイの民/62頁】


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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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