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一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

ある異常体験者の偏見【その2】~二通りある「負けるべくして負けた日本」~

以前の記事『ある異常体験者の偏見【その1】~日本を破滅に追い込んだ「思考図式」~』の続き。

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)ある異常体験者の偏見 (文春文庫)
(1988/08)
山本 七平

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(前回の続き)

新井氏は、日本は「偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである」と言っておられる。

このことは戦後、収容所で、陸大出の高級将校、特にまじめな人が、ほとんど口を揃えていったことである。

ただその意味は新井氏とは全く逆なのである。
そして彼らのこの言葉は私をひどく憤慨させた。

彼らは本職の操縦士である。
その人が「墜落することは、はじめからわかっていたんだ」と言えば、死にそこないは憤慨するにきまっている。

今はもう憤慨はしないが、『諸君!』に自分で書いたものを読み返してみても、問題がこの点にふれてくると、今でも、自分の感情が全く平静とはいい切れないことに気づく。

まじめな高級将校は、非常に強い自責の念をもっていたことは事実である。

こういうまじめな人たちに「では、なぜ墜落とわかっていて飛んだんだ」という意味の質問をし、その点を徹底的に討論すると、最後に出てくるのが新井氏の思考図式なのである。

この点をもう少し詳しく説明しよう。

陸軍には兵棋演習というのがあって、地図の上で一種の駒を動かして、地図上で戦争をやってみて、徹底的に討論する。

何度やっても負けるという結論しか出なければ、兵団をふやすか、勝てる位置まで撤退するか、しなければならない。
それをどちらもしなければ初めから負けるときまっているわけである。

もちろん私などはこれに参加できる位置にはおらず、傍見する機会が偶然あっただけである。

収容所で親しくなったある参謀の話では、大本営では、大きな地図の上で、師団単位でこれを行う。

ところが、海軍の敗戦や戦略爆撃機による空襲を全然計算に入れなくても、何度やってみても、中国軍相手だけで、最終的には負けるという結論しか出なかったそうである。

そしてそれが逆に異常な「あせり」となっていったという。

このことをある人に話したところ、その人が、阿川弘之氏が海軍について、全く同じことを書いておられますよ、と言っておられた。

従ってこれはあくまでも伝聞だが、いわば海軍の兵棋演習(というのかどうか知らないが)では、何度やっても日本海軍は最終的には負ける、という結果しか出なかったそうである。

従って海軍側の太平洋戦争は、ほぼ、その兵棋演習の通りに進行し、予測した通りの結果で終っているそうである。

だが以上二つのほかに、大本営が出るまでもなく、もっと決定的な、小学生でもわかる「負けるべくして負けた」理由がある
単純な算術さえ出来れば、すぐわかることである。

日本という国は、どこかから、石油、屑鉄、鉄鉱石、ボーキサイト、火薬原料を入手しない限り、近代戦は行い得ないという単純きわまりない事実である。

相手にしてみれば、連合艦隊の燃料が一年半しかないなら一年半後には動けなくなるから、それを待っていればよい。
また比島という一小部分に限ってみても、撃兵団(戦車第二師団)がいかに優秀でも、燃料がつきれば動けなくなるに決まっているから、進撃してくれば撤退して燃料ぎれを待てばよい。

陸軍がいかに土方馬方集団だとはいえ、船舶がなくなれば補給ができずに自滅するに決まっている。
ゼロ戦がいかに優秀でもボーキサイトがなければ作れないし、燃料がなければ飛べない。

戦争は相互に消耗する

しかし日本にはその消耗を補充する能力がないことはだれの目にも明らかだから、消耗し切るのを待っていればいい
どっちにしろ時間の問題である。

何しろ日華事変がはじまって二年目の昭和十四年に、すでに物資は欠乏しはじめていた。

話は横道にそれたが、昭和十四年にすでにその状態である。
そしてこの状態に至ったわけは今想像してもある程度はだれにでもわかることであろう。

陸軍は最盛時七百万だから、当時の日本人の一割である。
従って今に換算すれば約一千万。

最も重要な働き手ばかり一千万を集めて南海の島々におくり、ここで、全く経済性を無視したあらゆる浪費をさせる。
同時にすべての輸入はストップ。しかもこの浪費分は残った少年や老人や女性でせっせと補給する。

敵による被害を考えなくとも、いずれ破産することは、子供でもわかる

さらに、この補給という問題を度外視した兵棋演習ですら、兵力差のため陸海ともに初めからダメ。
輸送という面からだけ見ても、小学生の単純な算術だけでもダメ。

何しろ、鉄鋼、石油、戦略物資から食糧まで自給できないということは、この供給が断ち切られた瞬間に、航空機が離陸したと同じ状態になる。

しかも着陸できる飛行場がないのだから、いわば「使い切ったらおしまい」で、墜落か不時着か、いずれにしろ大事故になるにきまっているわけである。

無条件降伏当時、日本には戦爆特攻合わせて約一千機が残っていたそうだが、燃料はすでになかった。

まことに象徴的で、すべての面での「燃料切れ墜落」をよく表わしている。

従って小学生の単純な計算から結論を出せば、毛沢東がいようがいまいが、彼が『持久戦論』を書こうが書くまいが、たとえ中国共産党が総崩れになって日本軍が延安から甘粛まで進撃するという事態になろうがなるまいが、「大日本帝国号」の燃料切れ墜落は、はじめから時間の問題である。

従って、非常に単純な計算しか出来ない人間には、「負けるべくして負ける」ことは、始める前から自明のこと、いわば1+1=2ぐらい自明のことで、他の要素を何一つ加味する必要もないことである。

一方私は「死にそこない」である。

墜落機から命からがら這い出して来たら、機長が「いや落ちることは、燃料をはじめあらゆる面から計算して、実は初めからわかっていたのだ」と言ったら「それじゃ一体なぜ飛んだ」と言って憤慨するのも当然であろう。

そして最後には、一体全体、どういう基本的発想のもとに、いかなる思考回式によって飛び立ったのか何としても知りたい、というのが一種の執念のようになってしまった。

(次回へつづく)

【引用元:ある異常体験者の偏見/ある異常体験者の偏見/P10~】


文中に出てくる「新井氏の思考図式」とは、単純に言ってしまえば「強力な武器」vs「精神力」が”成り立つ”と考え、だからこそ、「日本は偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである」と結論づけていることを指しています。

一方、山本七平は収容所であった高級将校たちが同様に「日本は負けるべくして負けた」と述べていたとこの中で指摘しています。

一見、新井氏の結論とこれら高級将校たちの結論とは同じように見えます。

しかし、山本七平は「その意味は新井氏とは全く逆なのである。」と指摘しているんですね。
そこで、なぜ逆なのかを簡単にまとめると次のとおりかと。

◆日本が負けた理由

(新井氏の場合)
・物量を圧倒する”中国民衆の燃えたぎるエネルギー”という「精神力」によって敗北。

(収容所の高級将校の場合)
・戦力のシミュレーション結果からもわかるように、「近代戦の能力がないこと」によって敗北。


「負けるべくして負けた」のはいずれも同じですが、新井氏の場合、”精神”という「不確定要素」が理由なのに対し、片や、”物量”という「確定要素」であって、そのことを「逆」であると指摘しているわけですね。

結局のところ、日本は負けるとわかっていながら、感情に任せてずるずると開戦してしまったわけですが、なぜそうした選択をしてしまったのか?
それを読み解く”鍵”は、この「ある異常体験者の偏見」を含む山本七平の戦争三部作にあると私は考えています。

余談になりますが、最近の普天間基地移設問題を巡る反米派の主張を見ていると、反米右翼の主張は良くわかりませんが、反米左翼は「対話」とか「東アジア共同体の構築で」といったような”精神力”を基に主張を展開していますね。

「中国の民衆の燃えたぎるエネルギー」であれ、「対話に基づく東アジア共同体の構築」であれ、表現は変われど、不確定要素である「精神力」を”過大”評価している点はまったく変わりません。

日本の置かれた立場・実力といった「確定要素」を無視し、こうした言葉だけの「不確定要素」ばかり評価するようになれば、戦前の轍を踏むことは必至でしょう。
ではまた。


【関連記事】
◆ある異常体験者の偏見【その1】~日本を破滅に追い込んだ「思考図式」~
◆ある異常体験者の偏見【その3】~戦争を引き起こす『確定要素』対『不確定要素』という構図~
◆ある異常体験者の偏見【その4】~砲兵が予告した「冷戦時代」の到来~
◆ある異常体験者の偏見【その5】~「精神力」対「武器」という発想→「地獄の責め苦」~
◆ある異常体験者の偏見【その6】~「確定要素」だけでは戦争できない日本~


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