一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

テレビ朝日放送番組『英霊か犬死か ~沖縄から問う 靖国裁判~』にみる「地震ナマズ説」

だいぶ前の話になってしまいますが、定期オチ先(笑)ブログ「Afternoon cafe」にて、同番組の存在を知り、早速youtube↓にて見て見ました。
遅くなりましたが、本日はその感想を、書いてみたいと思います。

◆英霊か犬死か ~沖縄から問う 靖国裁判~ (1)


◆英霊か犬死か ~沖縄から問う 靖国裁判~ (2)


◆英霊か犬死か ~沖縄から問う 靖国裁判~ (3)


この番組では、「沖縄戦遺族の靖国合祀取り消し訴訟」を起こした沖縄戦を体験した戦死した軍人の子供や本人らのインタヴューを通じて、如何に国や靖国に騙されていたかを切々と訴えています。

彼らの訴えを紹介しながら、同番組は、靖国神社を戦争に駆り立てる装置、騙しの装置として描くことを意図しています。
そして、慰霊行為や援護金が、戦死者の遺族を丸め込む手段として描かれているのです。

具体的にどのように描かれているのかは、youtubeをご覧いただければわかると思いますが、私がこの番組の中で、特に違和感を覚えたのが、インタビューされていた沖縄国際大学の名誉教授である石原昌家氏の主張でした。

日本で唯一地上戦があった沖縄では、民間人の死者も戦闘行為に参加したものと見なし、軍人軍属だけが対象の「戦傷病者戦没者遺族等援護法wiki参照」の適用を受けているわけですが、同教授はこれを問題視しているのです。

同教授は、政府が「援護法」を沖縄に適用したのは、「沖縄の住民が軍の犯罪や戦争責任をのちのち追及するであろう」から、「それを予測してこの援護法を適用することで、非常に名誉ある死だったとからめとるもので、その罪を覆いかくすものであった」と結論付けているのです。
そして、戦後の苦しさの中、沖縄の人がこの援護法にとびつくという狙いが国にはあった、と石原氏は指摘しているのです。
更には、この援護法こそ民間人を英霊にし、沖縄戦を見えなくする「ガン」だと彼は指摘しているのです。

(以下↓、そのキャプチャを並べておきます。)
沖縄の民間人は戦闘参加者として扱われた

政府が沖縄に「援護法」を適用したのは

沖縄の住民が軍の犯罪や戦争責任をのちのち追求するであろう

それを予測してこの援護法を適用することで非常に栄誉ある死だったとからめとって行った

その罪を覆いかくすものだった

しかし、なんとまぁ、勝手な主張なのでしょうか。
国が「口封じの意図で援護法を適用した」と決め付けていますが、これって「言いがかり・邪推」の類いとしか思えません。
唯一の地上戦を経験せざるを得なかった沖縄の人々を助けたいという意図を歪め、口封じと断定するとは…。

そもそも、空襲などで死亡した民間人には、この援護法の適用を受けられないのです。
その適用を受けるために、地上戦に巻き込まれた沖縄の民間人も戦闘に参加したと見なして「拡大」解釈しているわけですが、それはあくまでも唯一の地上戦を経験せざるを得なかった沖縄の苦衷を鑑みた故であって、それを「封じ込めるため」とするのは余りにも牽強付会な結論というべきでしょう。

ましてや、援護法が沖縄戦を見えなくする「ガン」だという彼の指摘には、呆れてモノが言えません。

第一、ちょっと考えてみればわかることです。

靖国参拝を行なうと、沖縄戦が見えなくなるのでしょうか?
援護金を支給すると、沖縄戦が見えなくなるのでしょうか?
一体、関係がどこにあるのでしょうか?

慰霊は慰霊で行なえばいいことです。
援護金の支給は適正に行なえばいいことです。

確かに援護金を受け取ったから、靖国神社への合祀されたのは事実です。
しかしながら、彼ら沖縄戦の犠牲者の霊を分祀しなければ戦争が見えなくなるというのはマヤカシです。
そんなことをしなくても、きちんと調べれば、沖縄戦の悲惨さというものは理解できる筈なのです。

もちろん、この番組に出演した人たちが、靖国神社を否定する気持ちはわからなくもありません。
実際に沖縄戦という辛い体験をした彼ら遺族にとっては、彼らなりに考え抜いた結論なのでしょう。

そうした立場に立たされれば、そうさせた”犯人”が一体何なのか追及して行くのも当然だし、それが彼らにとっては「靖国」であった、ということなのでしょう。
国という存在が彼らにとっては、単なる加害者に見え、自ら生活する上で有害無益に思えるのも無理はないかもしれない。

そう結論付けた彼らの判断そのものについては尊重したいと思う。

しかしながら、一方でやはり、彼らの結論・主張というのは、間違っているとしか思えない。

同番組のナレーターは、この訴訟を「戦争の息の根を止めるこの裁判」と呼びました。
それならば、靖国神社から彼ら親達の英霊を引き剥がす行為が、戦争の息の根を止めることになるのでしょうか?

そんなわけがありません

「戦没者を祀ることが戦争を肯定し駆り立てる」という彼らのロジックは、一見、正しそうに見えます。
しかし、それは順序が逆なのです。

尊い犠牲を慰霊するために祀るのであって、戦争を起こしたいが為に祀るのではありません
AだからBという結びつきは、必ずしもBだからAとはならないのと同じ理屈です。

つまり、この番組の意図は、その順序を逆転させ、あたかも靖国神社が「諸悪の根源」であるかのように誘導しているだけなのです。

つい最近亡くなった小室直樹が、「地震ナマズ説」という面白い説を唱えていました。
この説は「地震が起こるのはナマズが暴れるからだ。ナマズが”諸悪の根源”だから、ナマズを殺せば地震は起こらない」というものですが、この番組もその類いといえるでしょう。

靖国神社を、戦争に駆り立てる装置だと決め付けることが、戦争の息の根を止めることだとは思いません。
靖国神社を”ナマズ”に見立てて抹殺すれば、戦争の息の根を止めることに直結するわけではないのですから。

そもそも、靖国神社は、国という共同体の為に尊い命を捧げた英霊を祀るための場です。
共同体を解体しようとするのであればともかく、維持していこうと考えるのならば、こうした慰霊の場は必要不可欠です。

実際、21世紀の現代においても、共同体を抜きにして人間は生きていくことが出来ない以上、共同体への尊崇の念を表す行為というものは、共同体を維持する為にも欠かせない要素なのです。
そして、靖国神社も、その要素の一つなのです。

それを戦争に駆り立てる装置と決め付け、否定してしまうことは、まさにナマズを殺すような、角を矯めて牛を殺すような行為と言えるのではないでしょうか。

それはさておき、こうした番組が平和を考える番組として受け止められている事そのものがおかしいと私は思います。
こうした番組こそ、戦争の実態から目を背けさせ、真摯な反省を妨げるものでしかありません。

こうした「似非」平和活動の欺瞞に気付くことこそ、本当の反省への第一歩であるはずだ、と私は考えます。


【関連記事】
◆「同一の言葉で、その意味内容が逆転しているかもしれない」と気付くことの難しさ


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言葉と秩序と暴力【その3】~日本軍捕虜の「暴力的性向」を嘆いた日本人~

以前の記事『言葉と秩序と暴力【その2】~「戦犯収容所」の”暴力政治”の実態~』の続き。

前回の記事を読んでいただいた方には、日本軍捕虜が収容された戦犯容疑者収容所での「暴力支配」について大まかに把握していただけたのではないでしょうか。

それはまさに「暴力」で”秩序付け”られた世界でした。

山本七平によると、収容所の多くは、将官クラス/将校クラス/下士官・兵隊クラスの各区画に分けられていたそうですが、特に、暴力支配がはびこっていてひどかったのは将校クラスの区画だったそうです。

当時、国民の大部分が小卒であった日本において、例外的に高等教育を受けることの出来た将校クラスの人たちの区画がなぜ一番ひどかったのか?という疑問はひとまず措き、今回は戦犯容疑者として山本七平と同じ収容所に収容されていた軍属のOさんの言葉を、山本七平が二つの書で引用していますので、その部分を紹介していきたいと思います。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
(1987/08)
山本 七平

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(~前略)

この設営工場は捕虜の中から大工・建具職人・家具職人等を選抜して、米軍人家族の家具や家庭用品を造る工場で、” ”なしの本物の通訳はOさん、私はその助手ということになっていた。

Oさんは、英語が堪能な故に徴用された軍属、従って本物である。
だが私はOさんの前歴にも、軍隊内における職務にも全く無関心であった。

ただ彼が、暇さえあれば、むずかしい顔をしながらノートに何か書いているのが、少々気にかかった。
ある日、Oさんが席を立った隙に、私は、何気なくそのノートを開いて読み、あっと驚いた。

それは、戦犯法廷に呼び出される覚悟をしていたらしいOさんの、法廷における宣誓口述書の草稿であった。
目を走らせて行くと、Oさんは戦時中、どこかの「抑留米英人収容所」の管理者だったらしい。

それは、たとえその人が善意の人であっても、今となってみれば、非常に危険な職責であった

ゴボーの支給が「木を食わせた」と言われ、味噌汁とタクアンの支給が、腐敗した豆スープと黄変し悪臭を放つ廃棄物の支給として、捕虜虐待の訴因となった等々々という噂が収容所にあり、後で調べればその一部は事実だったからである。

夢中で目を走らせていると、いつのまにかOさんが帰ってきていた。
私はおそらくバツの悪そうな顔で、あわててノートを閉じたのだと思う。

Oさんは笑って、「読んでもいいですよ」と言ったが、そう言われるとかえって「では、拝見します」とは言いにくい。
私は何やら、不得要領の返事をした。
今となれば、全部書き写しておけばよかったと思うが――。

Oさんはノートをかたわらに押しやると、われわれ「日本軍捕虜」の状態は、何といっても余りに情けないと嘆じた。

彼が収容した米英人は、絶対にこんな状態ではなかった
彼らはすぐさま、自分たちの手で立派な自治組織をつくり、それを自分たちで運営した

一体どうして、われわれにそれができないのであろう、と。


(次回へ続く)

【引用元:一下級将校が見た帝国陸軍/言葉と秩序と暴力/P293~】

続いては、「日本はなぜ敗れるのか」からの引用です。

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(2004/03/10)
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(~前略)

文化とは何であろうか。
思想とは何を意味するものであろうか。
一言でいえば、「それが表わすものが『秩序』である何ものか」であろう。

人が、ある一定区域に集団としておかれ、それを好むままに秩序づけよといわれれば、そこに自然に発生する秩序は、その集団がもつ伝統的文化に基づく秩序以外にありえない

そしてその秩序を維特すべく各人がうちにもつ自己規定は、その人たちのもつ思想以外にはない。

従って、これを逆にみれば、そういう状態で打ち立てられた秩序は、否応なしに、その時点におけるその民族の文化と思想をさらけ出してしまうのである――あらゆる虚飾をはぎとって、全く「言いわけ」の余地を残さずに

そしてそれが、私が、不知不識のうちにその現実から目をそむけていた理由であろう。
確かにそれは、正視したくない実情であった。

そして当時このことに気づき、この点に民族の真の危機を感じていたのは、小松氏だけではなかった。

私といっしょにしばらく米軍の設営工場の通訳をしていたOさんも、何度かこのことを嘆いた。
Oさんは、私以上に、「言いわけ」の余地がなかったのである。

彼は緒戦当時、英語が上手なため徴用され、米英オランダの民間人を収容する収容所に勤務させられた。
そこも似たような状態であり、着のみ着のままの人が、ほぼ同じように柵内で生活し、彼らの好むままに秩序をつくらせた一種の自治であった。

そしてその情況は、いま目の前で展開されているこの収容所の秩序とは、余りにも違いすぎていた

彼らは、自己の伝統的文化様式通りの秩序をつくり、各人の「思想」すなわち自己規定でそれを支え、秩序整然としていたのだから。

小松氏が記している米軍による暴力団の一掃は、ほぼ全収容所で同時に行われたらしい
というのは、戦犯容疑者収容所における暴力団も、同じようにMPによって一掃されたからである。

そしてそのあとの状態もまさに同じであった。

Oさんは、このときも嘆いていった。
米英オランダ人の収容所に対して、日本軍が、こういう措置をとらねばならなかった事例はなかった、と。

(次回へ続く)

【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第四章 秩序と暴力/P119~】


欧米人の捕虜の実態と、日本の捕虜の実態の双方を見比べた「抑留米英人収容所」管理者Oさんは、日本人の「暴力的性向」を認めざるを得ませんでした。

そしてそれは、捕虜として収容所生活を体験した日本人が、一番触れたくない「きず」だったのではないでしょうか。
日本軍の実態を数多く記した山本七平ですら、小松真一虜人日記を読んでみて初めて、自らが収容所のこうした実態について触れていないことに気付いた、と告白していることからも、そのことを窺うことができると思います。

それほど、この問題は、日本人捕虜の間では深い「きず」なのです。
そして収容所生活を体験した日本人の多くは、この「きず」には触れないままです。

したがって、この問題に気付き、その深刻さを理解している日本人は、今現在でもあまりいないのではないでしょうか。
小松真一山本七平は、それをハッキリと指摘したわけですが、今まで紹介させていただいた記述だけでは、なぜこの問題が深刻なのかいまいちわからない方もいらっしゃるのではないかと思います。

そこで、次回は日本軍捕虜とは違った米英人の収容所の実態について触れた山本七平の記述を紹介しつつ、日本軍捕虜のそれと対比してみていただこうと思います。
そのような比較をせずに、日本人の「暴力的性向」を認識することは出来ないでしょうから。
ではまた。

【関連記事】
◆言葉と秩序と暴力【その1】~アンチ・アントニーの存在を認めない「日本軍」~
◆言葉と秩序と暴力【その2】~「戦犯収容所」の”暴力政治”の実態~
◆言葉と秩序と暴力【その4】~自ら”秩序”立てるイギリス人~
◆言葉と秩序と暴力【その5】~日本人の秩序は「人脈的結合」と「暴力」から成る~
◆言葉と秩序と暴力【その6】~日本的ファシズムの特徴とは「はじめに言葉なし」~


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言葉と秩序と暴力【その2】~「戦犯収容所」の”暴力政治”の実態~

以前の記事『言葉と秩序と暴力【その1】~アンチ・アントニーの存在を認めない「日本軍」~』の続き。

前回、「日本軍は言葉を奪う」という特徴があることについて山本七平の記述を紹介しました。
それではなぜ、暴力を以って「言葉」を奪わなければ、軍隊組織として成立・維持できなかったのでしょうか。

そこには我々日本人がみとめたくない、目を逸らしてしまいたい、日本人の”暴力的性向”がありました。

それを理解する上での「格好の材料」として、山本七平は日本軍捕虜が過ごした戦犯容疑者収容所の実態というものを取り上げています。

今回は、その収容所の実態を記した記述を、著書「日本はなぜ敗れるのか」において山本七平が引用した小松真一の「虜人日記」の記述から、引用紹介していきます。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平

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◆暴力政治

PW〔prisoner of war 戦時捕虜の略〕には何んの報酬もないのを只同様に使うのだから皆がそんなに思う様に働く訳がない。
我々正常な社会で月給を出し、生活権を握っていても、人は思うように使えないのが本則なのだから、PWがPWを使うなどそう簡単にできる訳がない。

ところが、このストッケード(註…収容所のこと)の幹部は暴力団的傾向の人が多かったので、まとまりの悪いPWを暴力をもって統御していった。

といっても初めはPW各人も無自覚で、幹部に対し何んの理解もなく、勝手な事を言い勝手な事をしていたのだが、つまり暴力団といっても初めから勢力があったわけでなく、ストッケードで相撲大会をやるとそれに出場する強そうな選手を親分が目を付け、それを炊事係へ入れて一般の連中がひもじい時彼等にうんと食わせ体力を付けさせた。

しかるに炊事係の大部分を親分の御声掛りの相撲の選手が占め炊事を完全に掌握し、次に強そうな連中を毎晩さそって、皆の食料の一部で特別料理を作らせこれを特配した。

そんなわけで身体の良い連中は増々肥り、いやらしい連中はこの親分の所へ自然と集っていった。
為に暴力団(親分)の勢力は日増しに増強され、次いでは演芸部もその勢力下に治めてしまった。

一般PWがこの暴力団の事、炊事、演芸等の事を少しでも悪ロをいうと忽ちリンチされてしまった。

この力は一般作業にも及び作業場でサボッた人、幹部の言う事を聞かなかった者も片端しからリンチされた。
各幕舎には一人位ずつ暴力団の関係者がいるのでうっかりした事はしゃべれず、全くの暗黒暴力政治時代を現出した

彼等は米人におだてられるままに同胞を酷使して良い顔になっていた。

彼等の行うリンチは一人の男を夜連れ出し、これを十人以上の暴力団員が取り巻きバットでなぐる蹴る、実にむごたらしい事をする、痛さに耐え兼ね悲鳴をあげるのだが毎晩の様にこの悲鳴とも唸りとも分らん声が聞こえて、気を失えば水を頭から浴びせ蘇生させてから又撲る、この為骨折したり喀血したりして入院したり喀血したりして入院する者も出て来た。

彼等に抵抗したり口答えをすればこのリンチは更にむごいものとなった。
或る者はこれが原因で内出血で死んだ。
彼らの行動を止めに入ればその者もやられるので、同じ幕舎の者でもどうする事もできなかった。

暴力団は完全にこのストッケードを支配してしまった
一般人は皆恐怖にかられ、発狂する者さえでてきた。


◆マニラ組

オードネルの仕事はたくさんあるので、マニラのストッケードから三百人程新たに追加された。
この新来の勢力に対してこの暴力団が働きかけたがマニラの指揮者はインテリでしっかりしていたので彼等の目の上のコブだった。

事々に対立があり、六月十三日大工の作業場の小さなケンカが元で、この夜マニラ組全員と暴力団の間に血の雨が降ろうとしたが、米軍のMPに探知され、ストッケード内に武装したMPが立哨までした

その内に両者に話がついて事なきを得たが、以後暴力団はこの新来勢力を切り崩す事に専念し、新来者の主だっ
た者に御馳走政策で近付きとなり、マニラ組内の入墨組というか反インテリ組を完全に籠絡して彼等の客分とした。

これでマニラ組の勢力も二分されてしまったのでその後は完全なる暴力政治となった
親分は子分を治める力も頭もないので子分が勝手な事をやり暴力行為は目に余るものがあった。


◆コレヒドルから新入者

八月六日。コレヒドル島からPWが三百人程新たに入ってきた。
彼等は各地で事故を起したトラブルメーカーばかりで、懲罰の為コレヒドルにやらされたのだから相当な連中だというデマが飛び、今またの暴力団との一戦が予想された。

彼等は短刀その他の武器を作り戦闘準備さえしていた。
我々としては彼等の滅びるのを心侍ちにしていたが流血は恐れていた。

噂とは違ってコレヒドルから来たリーダーは寒川光太郎といって芥川賞を得た文化人で、話を聞けば(この人びとは)別にトラブルメーカーの群でなく安心した。
彼等がここでどうなってゆくかが心配だった。


◆クーテター

コレヒドル組がきてからすぐ八月八日の正午、米軍のMPがたくさん来て名簿を出して「この連中はすぐ装具をまとめて出発」と命ぜられた。
三十名近い人員だ。
今までの暴力団の主だった者全部が網羅されていた。

寸分の余裕も与えず彼等は門外に整列させられた。
彼等は自分の非業を知っているので処分されるものと色を失い醜態だった、彼等には銃を待ったMPが付纏っている。
その内装具検査が行われ、彼等の持物から上等な煙草、当然皆に分けねばならん品物、缶詰、薬等がたくさんでてきた。
缶詰その他、PWに配られた物は全部我々に返された。

常に正義をロにし日本人の面目を言い、男を売り物とする彼等が糧秣不足で悩んでいる我々の頭をはねていかに飽食し悪い事をしていたかが皆の前でさらけ出された

小気味良いやら気の毒やら。

それでこのストッケードの主な暴力勢力は一掃された。
しかし本部にほとんど人がいなくなったのでPW行政は行き詰まり新たにPWの組閣を行わねばならなくなった。

PWの選挙により幹部が再編成された。
暴力的でない人物が登場し、ここで初めて民主主義のストッケードができた。
皆救われたような気がし一陽来復の感があった。

暴力団がいなくなるとすぐ、安心してか勝手な事を言い正当の指令にも服さん者が出てきた

何んと日本人とは情けない民族だ。
暴力でなければ御しがたいのか。


【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第四章 暴力と秩序/P102~】


山本七平は、自分がいた戦犯収容所でもまったく同じような事件があり、上記の記述をはじめて読んだとき、小松氏は自分と同じ収容所にいたと錯覚したほどだ、と述べています。

そして、ほぼ全収容所において「無秩序状態→暴力団の発生→暴力政治の支配→米軍による暴力団の一掃→無秩序の再現」というプロセスを生じているとも指摘しています。

日本軍で日常的に行なわれた「私的制裁/リンチ」が、戦後の収容所でも再現してしまったわけですね。
では、なぜ「暴力に頼らないと秩序を維持できない状態」というものを、どの収容所でも現出してしまったのか。

これについては、次回以降、山本七平の分析を紹介していきたいと思います。
ではまた。


【関連記事】
◆言葉と秩序と暴力【その1】~アンチ・アントニーの存在を認めない「日本軍」~
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ええぃ!こうなりゃやけくそで小沢首相をキボンヌ(笑)

今日は、思っていることを短めに。
手抜きですみません。

日付も変わって、いよいよ本日、次の日本の首相が決まるわけですね。
「国民の生活が第一」とのたまう民主党による「無能の菅vs金権の小沢」というあきれ果てた”戦い”の決着の行方がきまるわけですが…orz

正直、どちらが勝ってもまったく期待はできないところが悲しい。
過去のツイートを見てもらえばわかるように、私は小沢のことはまったく評価していません。(もちろん、菅はそれ以前の問題外です。)

でも、こうなってしまったら、小沢に一度首相をやらせてみるのもいいのではないか、と思い始めているんですよね。
小沢の化けの皮がはがれるのを見てみたい気もするのです。
一種の破壊衝動かも…(笑)
日本がメチャクチャになる前に、小沢が潰れれば…という保証があれば、ですが。

一番拙いのは、菅が僅差で勝って首相をやる形かな。
これが一番最悪な選択のように思えてならないんですよね。
小沢が影響力を残すだけの結果に終わるのが、一番良くない。

小沢の政治生命を絶つぐらいの大差で菅が勝つか、若しくは小沢が大逆転勝ちを納めて表舞台に立つ方が、スッキリしていて宜しいんじゃないでしょうか。

いずれにしろ、早く民主党政権が行き詰って、解散総選挙になって欲しいですね。
そのためなら、もうどうにでもな~れ、って心境です。まったくのところ。

                    *'``・* 。
          ノ´⌒`ヽ     ★     `*。
      γ⌒´      \    |       *
      .// ""´ ⌒\  )   |       *
     .i /  \   /  i )  |       +゚
     i ( ・ )` ´( ・) i,/   |      ゚*
     l  ⌒(__人__)⌒ |  /⌒)     +゚ もうどうにでもな~れ~
     |    |r┬-|  /  / ノ   。*゚
  ___\.   `ー'´  /_/ / 。*・ ゚
(⌒               |。*・ ゚
 ""''',。ヽ_       。*・ ゚
   +  │  。*・ ゚    | * 。
   `・+。。*・ ゚       |   `*。
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      (    _/   ☆
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ある異常体験者の偏見【その5】~「精神力」対「武器」という発想→「地獄の責め苦」~

以前の記事『ある異常体験者の偏見【その4】~砲兵が予告した「冷戦時代」の到来~』の続き。

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)ある異常体験者の偏見 (文春文庫)
(1988/08)
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前回のつづき)

そしてその発想の逆転は、何らかの形の「精神力」対「武器」とか、「民衆のもえたぎるエネルギー」対「武器」といった発想、いわば「不確定要素」対「確定要素」という発想がでてくると生ずる。

そしてひとたびこの発想に転じ、不確定要素が前面に押し出されると、もう一切の分析も計算も討論は不可能になる

そして大勢はただ、この不確定要素をスローガンにして大声で叫ぶものにひきずられていく、といった結果にならざるを得ない

何しろ不確定要素だから、「ある」といえばあり、「ない」といえばない

いわば最初に述べた「資産の水増し評価」に似てくるからである。

従って議論自体が成立せず、一方的な言いまくりにならざるを得ない
そして言いまかした方がすべてを引きずっていく

なるほど、叫びたい人間は叫べよい、言いまくりたい人間は言いまくればよい。
くりかえしくりかえし語りたい人間は語るがよい、それですめば別に実害はない。

しかし、その叫びや大声に否応なく規制された人間はどうなるのか、そこに何が起るか。

「精神力」対「武器」という発想で、かつて大声をあげた方々は、そのことを考えたことがあるのか

それは、人間の能力を極限まで、いや極限以上に、水増し評価し、その評価通りの行為を各人に要求し、強制するという結果になるのだ
それは、それをされている人間にとっては地獄の責め苦なのである

「人海作戦」

私は、この言葉を間いただけで、今でも身震いがする――これについては後述するが、「精神力」対「武器」また「民衆のもえたぎるエネルギー」対「武器」という発想の、当然の帰結の一つがこれなのである。

(次回へつづく)

【引用元:ある異常体験者の偏見/ある異常体験者の偏見/P20~】


今回、引用紹介させていただいた箇所は、「人海作戦」を強要された”被害者”としての山本七平のホンネが滲みでていますね。

この「人海作戦」については、「私の中の日本軍」の中でも触れています。
過去記事『「トッツキ」と「イロケ」の世界【その5】~二種類いるトッツキ礼賛者~』でもご紹介済みですが、以下↓一部抜粋して再掲します。

私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))
(1983/05)
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(~前略)

「人海作戦」

この言葉を耳にしただけで私は寒けがする。

その実態、つまりそれを強行されている人びとの姿はまさに地獄の責苦なのである。

私の言葉を反中国宣伝だと思う人は、野砲弾四発入りの弾匣を背に負って、炎天下を、一日四十キロの割で四日間歩きつづけてから意見を聞かしてほしい。

主義も理想もどこかに消しとんでしまうどころか、ものを考える力もなくなり、一切の刺激に対して全く無感動・無反応になり、声も立てずに機械のように足を動かす亡者の群れになってしまうのである。

そしてこれだけの苦痛を強いても、この輸送力がトラック一台の何百分の一にすぎないかは、各自計算なさればよい。
私もこの計算をやらされたのだから。

この「人海作戦」を高く評価できる人、またこの言葉を無神経に口にできる人は、この経験がなく、この有様を見たこともないに違いない

(後略~)

【引用元:私の中の日本軍(上)/「トッツキ」と「イロケ」の世界/P113~】


「人海作戦」の実態を知らない人ほど、「精神力」という”不確定要素”を重視する傾向がありそうな気が…。
やはり、現実をよく知らないからでしょうか。

それはそうと、「精神力」をとかく強調する傾向のある人が「人海作戦」に自ら率先して参加するなら、まだ理解できなくもないのですが、そうした人ほど「自他共に同じ基準で律する」ことが出来ないように思います。

要は口先だけの輩なのですね。

そうした人間が、主導権を握ってしまったのが、戦前の大きな過ちだと言えるでしょう。

どこにでも言行不一致の人間は存在します。
これは仕方のないことでしょう。

問題になるのは、なぜそうした人間が主導権を握ってしまったか?
ということでしょう。

それの一因を一つ挙げればアンチ・アントニー(註)の存在を認めなかった日本の言語空間に起因しているからと言えるでしょう。

(註)…異論者。過去記事「アントニーの詐術【その6】~編集の詐術~」参照のこと。

なぜ、日本の言語空間がそうなってしまったか、その原因を突き止め、再び、同じような状態に陥らせないこと。
これこそが、「反省」のはずですが、戦後の日本人が、果たしてこの事をしっかり認識しているかどうか…??

左翼の言動を見る限りでは、非常に疑問に思いますね。

話は若干変わりますが、「精神力」を強調する行為と、「平和主義」とか「憲法9条」とかを強調する行為って似ていると思いませんか。

憲法9条」という”不確定要素”ばかり強調し、その理念をどのように具現化するのかと問えば、これまた”不確定要素”ばかりで、ロクな中身がありゃしない。

そして、それを指摘すれば、途端に応答拒否したり、逆に反省が足りないだの、軍国主義者などと相手を罵倒しだす輩のなんと多いことか。

コメント承認制を採っている護憲派ブロガーの行為というのは、口では平和だの自由だの唱えつつ、実際にやっていることというのは、アンチ・アントニー(異論者)を認めなかった日本軍の行為に非常に類似しているんですよね。

そうは言っても一方では、彼らがコメント承認制という”防衛”措置を採りたくなる気持ちもわからなくはありません。
何しろ、コメント欄が炎上するというのは、一種、寄ってたかって発言者の口を封じようとすることと同義ですからね。
コメントする側にも、アンチ・アントニー(異論者)を認めない傾向があることは間違いありませんから。

要するに、左翼のみならず他の日本人にも、相手の口を封じようとする傾向が多分にあることは否定できません。
我々日本人一人一人が、「アンチ・アントニー(異論者)の許容が如何に大切であるか」を認識する必要がありますね。

それはさておき、「虜人日記」を書いた小松真一が挙げた「敗因 21ヶ条」の中にも、今回山本七平が指摘した事に関連していると思われる指摘が幾つかありますので以下列挙しておきます。

虜人日記 (ちくま学芸文庫)虜人日記 (ちくま学芸文庫)
(2004/11/11)
小松 真一

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1.精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。

3.日本の不合理性、米国の合理性

19.日本は人命を粗末にし、米国は大切にした

21.指導者に生物学的常識がなかった事


上記の指摘も、「不確定要素」対「確定要素」という”発想”が影響しているのは、間違いないところでしょう。

余談になりますが、普天間基地移設問題を巡る議論で出てくる「抑止力」も、ある意味、”不確定要素”ですよね。

海兵隊を追い出したい反対派は、「抑止力を無い」と言い、必要だと考える移設容認派は、「抑止力が有る」と言う。

証明できないだけに、お互いの議論が成立せず、一方的な言いまくりになってしまう恐れが大きい。

この問題を考える際には、こうした「不確定要素」ばかりの議論に終始するのではなく、日米同盟への影響、防衛力の維持、世界情勢等々、複眼的な視点から、この問題を考える必要があるのではないかな…と思う次第です。

さて、次回は、「不確定要素」対「確定要素」という発想が、なぜ日本人の間に根強くあるのかについて書かれた箇所を紹介していく予定です。
ではまた。


【関連記事】
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◆ある異常体験者の偏見【その3】~戦争を引き起こす『確定要素』対『不確定要素』という構図~
◆ある異常体験者の偏見【その4】~砲兵が予告した「冷戦時代」の到来~
◆ある異常体験者の偏見【その6】~「確定要素」だけでは戦争できない日本~

◆アントニーの詐術【その6】~編集の詐術~
◆「トッツキ」と「イロケ」の世界【その5】~二種類いるトッツキ礼賛者~


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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
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