一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

アメリカが銃を捨てられない理由【その4】~日米の”パーセプション・ギャップ”がいびつな日米関係の一因~

前回の記事『アメリカが銃を捨てられない理由【その3】~日本での「成功」とベトナムでの「失敗」~』の続き。

日本がアメリカを赦す日 (文春文庫)日本がアメリカを赦す日 (文春文庫)
(2004/06)
岸田 秀

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(前回の続き)

■第十一章 日本がアメリカを赦す日

現在の日米関係がまともな関係でないことは誰の眼にも明らかです。

日米関係は、日本とアメリカが最初に接したとき、すなわち、ペリーが戦艦四隻を連れてきて脅迫し、日本に開国を強制したときから歪んでおりました。

無理やり港を開かされた日本を、僕は、言い方は下品ですが、これ以上にピッタリした表現が見つからないので、無理やり股を開かされた女にたとえております。

この事件についての日米のパーセプション・ギャップ、見方の違いが最初の日米対立です。

日本側の見方によれば、弱い日本が強いアメリカの脅迫に屈した屈辱的事件でありますが、アメリカ側の見方によれば、愚かにも鎖国していた野蛮な日本を開国へと導き、先進文明を教え、広い世界に目を開かせてやったわけで、日本に大いに感謝されてしかるべきことでした。

■ねじれと悪循環

僕は、初め、この事件の結果、日本はアメリカ(および、ヨーロッパ諸国)を憧憬し、崇拝する卑屈な外的自己と、アメリカ(および、ヨーロッパ諸国)を憎悪する誇大妄想的な内的自己とに分裂したと考えておりましたが、その後、このような分裂は、昔の日本建国の頃、すでに中国との関係で見られることに気づき、ペリー・ショックは、すでにあったこの分裂を激化させたに過ぎないと考え直しました。

ペリーが傲慢な脅追者だったとしても、もともと日本がこの分裂を抱えていなかったとすれば、すなわち、外的自己と内的自己を使い分けて危機に対処する伝統をもっていなかったとすれば、ペリー・ショックのために、その後の日米関係がこのようなこじれ歪んだいびつな関係になることはなかったかもしれません。
近代日本の病状はペリーだけのせいではないようです。

いずれにせよ、同じ事件を、日本はアメリカに屈辱を与えられたと見ており、アメリカは日本に恩恵を施したと思っているのだから、これほど大きなパーセプション・ギャップがあれば、日米がいつかそのうち必ず喧嘩することになるのは不可避だったと言えましょう。

そして、日本人の一部(外的自己)は、この事件をアメリカ人と同じように見ているのだから、この事件をめぐって日本はますますこんがらがるのでした。

日露戦争に勝った日本は、それまで隠していた内的自己を示し始めます。
このことについても日米の見方は対立します。

日本としては、ここでやっと、恐ろしいアメリカに迎合するために無理して見せていた外的自己をいささか引っ込め、いくらか内的自己を示して、傷つけられた誇りを回復しようとしただけなのですが、アメリカから見れば、日本は、われわれ(アメリカとイギリス)のおかけで勝たしてもらったくせに自分一人の力で勝ったつもりになって舞い上がり、いきなり大きな顔をし始めた、これまでの友好的な態度はわれわれを誑かすための偽りの仮面だったのだ、日本はそういうことをやる不誠実な国なのだ、日本を助けてやって裏切られた、ということになります。

恩を仇で返す日本は信用できないという見方が固定します。
何とかして、日本を叩き潰したくなります。

アメリカのこういう日本観は、現実の日本の客観的観察にもとづいてのみできたものではなく、アメリカの歴史の恥部であるインディアン虐殺の正当化によって歪められた見方でもあるというのが僕の説です。

僕がこれまで述べてきたことを要約すると、アメリカは日本人をインディアンと同一視しており、アメリカにとって、日本征服はインディアン征服の延長線上にありました

日本征服、すなわち、日本を開国させ、アメリカ文化を受け入れさせ、アメリカの世界(野球の「ワールドシリーズ」という言い方からわかるように、アメリカ人にとっては、アメリカの世界は世界そのものです)に引き入れることに成功すれば、アメリカが、かつてインディアンをアメリカの世界に引き入れることに失敗し、虐殺せざるを得なかったのは、インディアンがその野蛮な文化に執着し、愚かにも、優れたアメリカ文化を拒否したからであって、悪いのは、インディアンであり、アメリカではないことが証明されるのです。

そのため、アメリカは、開国以来の日本を好意的に援助してきたつもりでした。
日本はそれに応えて友好的態度を示し、アメリカに感謝しているようでした。

ところが、日本の友好的態度は偽りの見せかけでした。
そこで、アメリカは大いに怒ったのです。
それが日本移民の制限、禁止となりました。

日本は、アメリカが怒っていることはわかりましたが、なぜ怒っているか、全然わかりませんでした。
アメリカに不利なことをしたつもりはないし、失礼を働いたつもりはないし、敵対したつもりもありませんでした。

日本に言わせれば、最初に日本を脅迫し、侮辱したのはアメリカであって、日本こそアメリカに腹を立てて当然であり、その日本がアメリカに怒られるいわれはないのでした。
そこで、アメリカはわけもなく不当に日本を差別していると思い、アメリカヘの憎しみをますます強めました。

このようにしておたがいの憎しみが憎しみを呼び、悪循環を起こし、ついには真珠湾奇襲となるわけです。

アメリカは、日本人をインディアンと同一視していることにも、日本への憎しみがインディアンがらみであることにも、もちろん、自覚はありませんでした。

ある客観的根拠があって日本を憎んでいるのであれば、その根拠が解消されれば、憎しみは消えますが、抑圧された無意識的コンプレックスに由来する憎しみは、そのコンプレックスを意識化しない限り、いつまでもつづきます

日本としては、外的自己から内的自己への反転は、正当な理由のあることであって、それが、アメリカには、人を騙すために偽りの仮面をつけ、用が済んだら外す不誠実なふるまいと見えるとは気づいていませんでした。

■気分の反米

日米戦争は、ペリー来航のときに燻って陰に籠っていた日米の対立がついに爆発したものと考えられよすが、この戦争がアメリカの圧倒的勝利に終わった現在も、日米関係にかかかる困難な問題は、少しも解決されず、そのままつづいております

すなわち、アメリカは、相変わらず、インディアン・コンプレックスに支配されて日本に対しており、日本も、相変わらず、外的自己と内的自己との分裂を抱えて、つねづねは内的自己を押し隠し、外的自己でアメリカに対しています

日本にもアメリカにも関係のない第三者が見たら、日米関係は実に変てこなおかしい関係に見えるのではないでしょうか。
現実の諸条件にもとづいた正常な関係でないことは確かです。

おたがいの誤解にもとづいて辛うじてもっているような関係ですね。

アメリカの対日態度もそうですが、日本の対米態度も、過剰に怯えてみたり、無意味に悪口を言ってみたり、ちぐはぐで矛盾していて、何をどうしたいのか、まったくわかりません。

敗戦後の日本を振り返っても、どうしたかったのか、見えてこないですね。
アメリカに対する日本の態度はどうあるべきであるか、日本の国益のためにどういう選択肢があるか、などのことが客観的に真剣に議論されたり、一定の方針が打ち出されたりしたことがあったでしょうか。

日本政府はだいたいいつも親米の外的自己を代表していて、そのかたわらで、いろいろな人々、いろいろな団体が反米の内的自己をいろいろな形で散発的に発散してガス抜きをやっていましたかね。

アメリカでなく、ソ運を持ち上げるとか、中国を持ち上げるとか、北朝鮮を賛美するとか。
反米論はまさに気分的な反米論ばかりで、アメリカヘの依存を断ち切るための具体的方策をもっているわけでもなく、ソ運や中国や北朝鮮を持ち上げても、反米のジェスチャーに過ぎず、具体的に何かやろうというのではありませんでした

六〇年の安保闘争のことは前に触れたけれど、たとえば、ベトナム反戦運動も、建て前は建て前として、気分的な反米運動でした。
べ平連の運動も、徴兵拒否の反戦アメリカ兵の逃亡を助けたりして、みんなでいい気分になりました。

感情論としてはわからないでもありません。
地下壕に潜むベトコンを硫黄島の日本兵と比べたり、病院に爆弾を落とす北爆を非難したりした新聞記事を読むと、北ベトナムとベトコンに肩入れしているみたいでしたが、だからといって、アメリカ軍に協力する政府を打倒しようというのではありませんでした。
国家としての日本はアメリカにどう対処すべきかということを考えたわけではありませんでした。

政府は政府で、アメリカに何も言わない。
当時のカナダの首相なんか、ジョンソン大統領に会って、ベトナム介入はアメリカのためにもやめたほうがいいんじゃないかと言っていますがね。

日本政府だって、アメリカが間違っていると確信をもっていたら、遠慮せずアドバイスしていいんですよね、いかがなものかと言って。
そのとき、アメリカは不機嫌な顔をするかもしれないけど、そのあと結局、アメリカは負けて逃げ出すというみじめな形でやめざるを得なくなったわけですから、あのときの日本のアドバイスは正しかったということになり、日本に敬意を払うようになったと思うけどね。

個人の付き合いの場合だって同じで、自分か間違ったことをしていても、尻尾を振ってついてくるだけの友人を誰がまともに扱うでしょうか

日本の新聞は、気分的な反米といったところがあり、気楽に無責任に言わば内的自己を代表しているんですね。
そのほうが正義を気取れるし、読者に気に入られて新聞がよく売れるんでしょうな。
そういう点で、戦前の新聞と変わっていませんね。

当時の日本国民の内的自己は戦争に傾いていましたから、それに迎合して新聞は盛んに戦争を煽り立てていました。
さらに昔のことを言えば、万朝報日露開戦に反対の論陣をはったために読者が減り、慌てて開戦論に転じたそうです。

売れないと困る新聞としては仕方がないかもしれませんが、それなら正義を気取るのだけはやめたほうがいいと思います。

あたかも、政府が外的自己、新聞が内的自己を話し合いの上、それぞれ分担して満足させているみたいですね。
少なくとも、外部からは、両者は、対立しているのではなく、もたれ合っているように見えるでしょうね。

日本の新聞の反米論調は、世間の反米気分のガス抜きでした。
新聞は政府・自民党の親米的な姿勢にずうっと批判的だったつもりでしょうが、それは、新聞側がそう思っているだけで、そういう批判が建設的な意味をもったことはありません

ガス抜きであることがわかっているので、アメリカに対しても何の影響力もありませんでした。
新聞記者自身とか、一部の知識人が気分がよかっただけで。

彼らの自己満足ですよ。

同時に、日本の一般大衆に対しても説得力がなかったようですね。
だから、自民党は選挙では勝ちつづけたわけで。

国民は、対米追随の自民党を選挙では支持し、内的自己の反米気分を新聞と、それから、何でも反対の社会党で満足させていたわけです。

政府と新聞のように、自民党社会党もしめし合わせて役割分担していたみたいでしたね。
実際にはしめし合わせてなんかいなかったでしょうが……。

こういうことでは、国として確固たる一貫した対米態度が取れるわけはなかったですね。

反米を言うのだったら、反米の論拠を検討し、対米従属の現在の日本の状態を少しでも改めるために、具体策として何かできるのか、アメリカとのこの緊密な関係のなかで、日本の国益を守る最善の手段とは何か、そういうことを考える方向に向かうべきだったと思いますが、そうはならず、反米のエネルギーを気分的に発散して無駄遣いしてしまいました。

このように日本は、主観的にはアメリカと良好な関係を維持してゆこうとしているのに、客観的には、親米派も反米派もともに、わざわざアメリカの軽蔑と不信を買うようなことばかりしてきたのでした。

(次回へ続く)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/第十一章 日本がアメリカを赦す日/P208~】


上記の岸田秀の分析のように、日米のパーセプション・ギャップに注目しながら日米関係を捉えることが出来れば、今後の日本をどうすべきかという方針が定まると思うのですが、なかなか「日米関係の何が問題なのか」を把握するということは難しいものですね。

日本の言論界やネット世論を見ても、親米派も反米派も「自らの言動が外的自己や内的自己に基づいている」という自覚がないのが殆どではないでしょうか。

それさえ客観視して再認識できれば、分裂していた人格(外的自己・内的自己)が再統一され、誇大妄想でも自虐ない、傲慢でもなく卑屈でもない対応が初めて出来るようになる筈という岸田秀の主張には頷かざるを得ません。

さて、次回の紹介が最後になりますが、ようやくアメリカが銃を捨てられない理由について述べた処をご紹介する予定です。
ではまた。


【関連記事】
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その1】~米国人の深層心理に潜む「インディアン・コンプレックス」~
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その2】~アメリカが二度も原爆を投下した「真の」理由とは~
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その3】~日本での「成功」とベトナムでの「失敗」~
◆「内的自己」と「外的自己」とに分裂した近代日本/きっかけはペリー来航だった!?


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アメリカが銃を捨てられない理由【その3】~日本での「成功」とベトナムでの「失敗」~

前回の記事『アメリカが銃を捨てられない理由【その2】~アメリカが二度も原爆を投下した「真の」理由とは~』の続き。

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岸田 秀

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前回の続き)

■アメリカの盲点

ついでながら言えば、たびたび問題にする、敗戦後の日本に対するアメリカの特別な寛大さも、その逆である残忍さと同じく、インディアン虐殺と関係があるのではないかと、僕は考えています。

アメリカ人はインディアン虐殺を大体、次のように正当化しているようです。

われわれだってインディアンを絶滅させるつもりはなかったのだ。

彼らをわれわれの文化、われわれの社会に受け入れ、われわれと仲良くともに生きてゆけるようにしようと最大限の努力はしたのだ。

たとえば、彼らの子供たちをわれわれの学校に入学させ、立派なアメリカ人に教育しようとした。
しかし、彼らは、その野蛮な文化に固執し、われわれの優れた文化を断じて受け付けなかった(これは必ずしも事実ではありません)。

われわれが彼らを拒否したのではなく、彼らがわれわれを拒否したのだ。
彼らは、自分たちが生きてゆける道を自ら閉ざしたのだ。
そこで、やむを得ず、われわれは、彼らが滅びてゆくのを手を拱いて眺めることになったのだ
」、と。

アメリカ人は、日本人を、インディアンと同じように、徹底的に殺戮し、絶望的状態に追い込んだのだが、日本人がインディアンと違うところは、それにもめげず、絶望的状態から立ち直り、自ら進んで積極的にアメリカ文化を採り入れ、アメリカのような自由と民主主義の国になろうとしたことだと、アメリカ人には見えているようです。

つまり、敗戦後の日本の繁栄は、アメリカ人にとって、インディアン虐殺の正当化を支える、この上なく好都合な根拠なのです。

日本を見よ!アメリカ人とインディアンとの物語は不幸な物語であったが、日本の例は、間違っていたのはアメリカ人ではなく、インディアンだったことを証明する。

インディアンと日本人に対するわれわれの政策は同じだったのに、インディアンはほとんど絶滅し、日本は繁栄している。

すなわち、インディアンだって、日本人と同じようにすれば繁栄できたはずなのだ。絶滅したのは、インディアンが悪いのだ。

われわれは、遅れた野蛮な文化を捨てようとしない者を罰しただけなのだ。それは神の正義のためだったのだ
」と、アメリカ人は考えることができるわけです。

日本人の一部(自民党、通産省、外務省など)は、日本がアメリカ文化(政治思想なども含めて)を受け入れ、アメリカと似たような国になればなるほど、アメリカ人は日本に対して寛大になり、いろいろ便宜をはかつてくれ、気前よく肋けてくれることに気づき、実際はどうであれ、できるかぎり日本をそのようにアメリカ人に見せかけようと努めるようになりました。

この策はある程度、成功しました。
アメリカの寛大さに支えられた戦後の復興、さらに、一九六〇年代から八○年代までの高度経済成長は、その一例でしょう。

実際、アメリカは、テレビ、テープレコーダー、カメラ、オートバイ、自動車、半導体などに関して、自国の産業が壊滅寸前になるまで(壊滅したのもあります)、日本製品の輸入を野放しにしました。

日本の技術が遅れていたときは、特許だの、企業秘密だのと細かいことは言わないで工業技術もほとんど無制限と言っていいほど開放してくれました。

その点、アメリカ人は実に鷹揚でした。
アメリカ人が、日本人のこの策になかなか気づかなかったのは、どれほど工業技術を教えてやろうが、どうせ大したことができるわけはないと日本人を甘く見ていたためでもありますが、主たる理由は、以上説明したような、インディアン・コンプレックスとでも呼ぶべきものに囚われていたからです。

日本に対するアメリカの断固たる壊滅的攻撃、日本の敗北、日本占領、戦後の教育改革、政治改革などの一連の施策の結果としての今日の日本の繁栄という物語は、インディアン・コンプレックスに苦しむアメリカ人の精神安定のために必要だったのです。

それは、インディアンに対しては失敗した、アメリカ人の建国以来の夢、他民族に受け入れられるアメリカ文化の普遍性の夢がついに実現した物語でした。

日本人のためというより、アメリカ人自身のために、アメリカ人はこの物語が崩れるのが怖かったのです。

これは、さっきも問題にした、敗戦後の日本に対するアメリカの寛大さの理由の一つであったと思われます。
アメリカは、ドイツに対しても、第一次大戦後のドイツに対するイギリスやフランスと比べてはるかに寛大でしたが、日本に対する寛大さには、ドイツに対する寛大さにはなかったそのような理由もあったのではないかと思います。

横道に逸れますが、ついでに言っておくと、ベトナム戦争は、日本での成功に気をよくしたアメリカ人が柳の下の二匹目の泥鰌を求めて、この物語をベトナムでも再演しようとして戦った戦争でした。

植民地をつくる気はなく、ベトナムの領土が欲しいわけでも、ベトナム人を搾取して儲けるつもりもなかったのに、はるか彼方のアジアの小さな国に五十万以上の大軍を送り、ベトナムの地に足を踏み入れた兵士は計三百万人に及び、そのなかから六万近くの戦死者と三十万を超える負傷者を出し、千七百機の航空機(戦闘機と爆撃機)を撃墜され、千五百億ドルの戦費を費やし、アメリカ経済を疲弊させてまで十五年間も戦ったのは、そこにアメリカの夢がかかっていたからでした。

ベトナム戦争に敗北したときのアメリカのショックの深さは、アメリカ人にとってのこの夢の重要性を示しています

この夢が破れれば、アメリカ人は、やはりインディアンを虐殺したのは間違いであったという事実を突きつけられるのです。
アメリカ人にとって、ベトナム人は、独自の文化を守ってアメリカ文化を拒否したにもかかわらず滅びないインディアンでした。

ベトナム人という名のこのインディアンの存在を容認できるのなら、なぜ、かつて、独自の文化を守ってアメリカ文化を拒否したインディアンの存在を容認してやれなかったのかと、アメリカ人の良心は疹くのです。

それを避けるためには、ベトナム戦争に勝たねばならなかったのでした。
ベトナム人をインディアンと同じ目に遭わせなければならなかったのでした。

なのに、負けたのです

ベトナム戦争中、アメリカはなぜそんなにベトナムにこだわるのかと不思議がられて、ベトナムの共産化を許せば、ドミノ倒しのように周辺諸国も共産化するという、いわゆるドミノ理論を持ち出しましたが、このドミノ理論は、アメリカのこの不安が神経症的不安であったことを示しています

たとえば、不潔恐怖症の患者は、身体の一部(手など)が汚れると、その汚れが全身に伝わるような不安に駆られて、血が滲むようになるまででも手を洗いつづけます。

アメリカは、不潔恐怖症患者が手の汚れにこだわるように、ベトナムの共産化にこだわったのです。
それが神経症的不安に過ぎなかったことは、ベトナムが共産化しても、周辺の諸国に関係なかったことが証明しています。

精神分析によれば、神経症的不安とは、抑圧された本来の現実的不安が置き換えられたもの(代理症状)なのですが、この場合、アメリカの抑圧された不安とは、インディアンにかかわる不安でなくて何でしょうか

しかし、アメリカ人も馬鹿ではありません。

ついに、アメリカ人の一部が日本人のこの策に気づき、日本は自由主義、民主主義の国ではない、日本の資本主義はとこかおかしいと、日本を警戒し始めました

いわゆるリヴィジョニストたちです。
このリヴィジョニストたちは、日本では、いたずらにジャパン・バッシングをやっていると見なされたようです。

確かに、彼らのなかには、日本が嫌いで嫌いで日本を貶めようとしているだけの人もいたようですが、彼らの多くは、これまでの日米の友好関係がアメリカの日本誤解にもとづいていることを指摘し、日本を正しく理解しようとしていたと考えることができます。

僕は、むしろ、彼らとの関係のなかにこそ、真の日米友好関係へと至る道があるのではないかと思っていますが、この問題はまたあとで取りあげます。

それにしても、正義という観念に関しては、日本とアメリカとは正反対の国ですね。
アメリカほど正義にこだわる国は他にないと思いますが、逆に、日本ほど正義にこだわらない国も珍しいんじやないですかね。

江戸時代の喧嘩両成敗の思想は、何はともあれ、喧嘩した双方のどちらの言い分か正しいかはいっさい問わないで、とにかく喧嘩した奴が悪いということですから。

みなさんがそうおっしやるなら、そういうことにしましょう」で通る国ですから。

東京裁判で、悪人にされて裁かれるというこの上なく侮辱的なことをされて、そのこと自体をそれほど怒っているようでもなかったし(これは、すでに述べたように、ストックホルム症候群(註)の一つとも考えられますが)。

(註)…過去記事『「自己欺瞞」と「精神分裂病/ストックホルム症候群」』参照のこと。

当時の日本人は、東京裁判にアメリカ人が込めた悪意にあまり気づかず、どうしてアメリカ人はこんなことをやりたがるんだろうと、いささか不思議に思っていたようです。

しかし、アメリカ人には、そうせざるを得ない深い理由があったのです。

次回へ続く)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/東京裁判とアメリカの病気/P172~】


確かに日本の敗北とその後の繁栄というのは、自由民主主義という旗頭を掲げるアメリカにとっては非常に「都合が良い」ケースだったんでしょうね。

アメリカが現在に至るまで、自由民主主義を広めようとする「押し付けがましい動機」は、自らの建国精神に基づく自由民主主義こそ、至上の体制であるという確信があるからなのだろうな…と漠然と考えていましたが、岸田秀の意見を読むと、むしろその「確信が無い」からこそ、押し付けてでもその正しさを証明したいという”反復強迫”に基づく動機があるからではないか…と思うようになりました。

確かにアメリカの「押し付けがましさ」というのは、自らの利益誘導という面もあるのでしょうが、抑圧されたインディアン・コンプレックスという一因にも多分に影響されているのかもしれません。

さて、次回は、現在に至るまでなぜ日米関係がまともな関係にないのか?ということについて、岸田秀の主張を紹介していく予定です。
ではまた。


【関連記事】
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アメリカが銃を捨てられない理由【その2】~アメリカが二度も原爆を投下した「真の」理由とは~

前回の記事『アメリカが銃を捨てられない理由【その1】~米国人の深層心理に潜む「インディアン・コンプレックス」~』の続き。

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前回の続き)

■原爆投下の論理

たとえば、原爆投下を正当化する口実として、アメリカは、もし原爆を使用しなかったとすれば、日本を降伏させるために日本本土への上陸が必要であったであろう、本土決戦ともなれば、アメリカ兵の死傷者は百万人(五十万人と言われることもあります)を超えるかもしれない、そしてその十倍以上の日本人が死傷するであろう、したがって、原爆投下は、百万のアメリカ人とさらにその十倍の日本人の生命を救ったのだというようなことを言います。

この論理はどこかおかしくはないでしょうか。

本土決戦になれば、アメリカ人が百万人、日本人がその十倍以上死傷するという予測は、何の根拠もありませんが、ここは譲って、この予測は正しかったとしてみましょう。

この論理は、日本を完全に屈服させ、無条件降伏を承認させることを疑うべからざる当然の前提としています

日本をそこまで追いつめるためには、原爆投下と、アメリカ人が百万人(そして日本人がその十倍)死傷する本土決戦との二つの手段があり、この二者択一では、原爆投下のほうが日本人にとっても被害が少ないであろうから、原爆投下を選ばざるを得ず、原爆投下はやむを得なかったという論理です。

しかし、当時の日本は、戦況は絶望的で、敗北が避けられないことは認識していたし、天皇の大権の保持などの条件が認められれば直ちに降伏したことは間違いないでしょう。

しかし、アメリカは、日本人がプライドの余地を残す条件降伏では満足できなかったのです。

すなわち、原爆投下は、アメリカ人が百万人(そして日本人がその十倍)死傷するのを防ぐためにやむを得なかったのではなく、日本を完全に屈服させるため、日本人がプライドを残す余地を完全に潰すために必要だったのです。

この最終目的をあきらめさえすれば、アメリカは原爆を使わなくてもよかったのですから。

アメリカが直面していた二者択一は、原爆投下か、百万のアメリカ人(その十倍の日本人)の死傷かの二者択一ではなく原爆投下か、日本の条件降伏の容認かの二者択一だったのです。

それから、もっとはっきり言えば、アメリカは、何らかの目的のためのやむを得ない手段としてではなく、自己目的的に、原爆を投下してできるかぎり多くの日本人を殺したかったのでしょうね。

とくに長崎への二発目の原爆投下にはそれ以外の理由は考えられません。

なぜアメリカは敵を完膚なきまでに叩きのめさないと気が済まないのでしょうか。
またインディアンとアメリカ人の歴史に返りますが、それはインディアンを完膚なきまでに叩きのめしたからです。

アメリカ人はインディアンを完膚なきまでに叩きのめし、かつ、そのことを正当化したため、それ以後、いかなる敵と戦っても、敵の立場をいささかでも考慮に入れ、敵の正当性をいささかでも認め、完膚なきまでに叩きのめす手前で中止したとしたら、かつてインディアンを完膚なきまでに叩きのめしたのは果たして正しかったのか、そこまでやる必要はあったのか、などの深刻な自己疑惑に陥らざるを得ないのです。

それが恐ろしいので、アメリカ人は、戦争となると、敵を完全に屈服させることを疑い得ない前提とせざるを得ないのです。
その前で、思考停止せざるを得ないのです。

かつて正しかったことは、今も正しいはずなのです。
いま、それを正しくないと認めれば、かつてのことも正しくなかったと認めざるを得なくなります。
そうなれば、アメリカという国家のアイデンティティが崩れます

ここで、日米の問題から離れて、一般論として考えてみましょう。

自国がある国と敵対関係にあるとします。
自国はこの敵国に攻撃される危険があります。

この場合、この危険を防ぐ方法は二つあります。

一つは、この敵国を滅ぼすか、もしくは徹底的に弱体化し、自国の強さ、恐ろしさを印象づけて、敵国が二度とふたたび自国を攻撃しようなどとは思いもしないようにする方法。

もう一つは、敵国に自国に対する好意を抱かせ、たとえ攻撃力があったとしても、自国を攻撃する敵意などもつことがないようにする、もしくは自国の道義的高潔さを敵国に尊敬させ、自国を攻撃するのは道義的に許されないことだと敵国に思わせるようにする方法。
つまり、敵国を敵国でなくする方法。

孫子の兵法に侯(ま)つまでもなく、普通の国というか、病的でない国なら、この二つの方法のうち、第二の方法のほうがコストがかからないし、戦争はしないから、敵味方とも損害を出す心配はないし、道義に叶っており、かつ平和的でみんなの非難を買うこともないだろうと考えて、第二の方法を優先してまず用い、それがうまくゆかなかった場合に限って、状況に応じて、第一の方法をやむを得ない限度内で用いるでしょう。

アメリカという国は、もっぱら第一の方法しか考えない国ではないでしょうか。

たとえば、日本への原爆投下は、第一の方法としてきわめて効果的でした。
日本を徹底的に怯えさせ、日本はもう二度とアメリカと戦争しようなどとは思わなくなりました。

しかし、この方法には危険があります。

もし、日本が将来、核兵器をもち、ふたたびアメリカと戦争する戦力を獲得したとすると、かつて原爆を投下された恨みから、アメリカに原爆を投下するかもしれません。
また、そのとき、日本にはアメリカヘの原爆投下をためらう道義的義務はいっさいないわけです。

すなわち、第一の方法は、敵の恨みを買うので、敵が復讐してこないようにつねに警戒していなければならないという欠点があります。

したがって、日本に原爆を投下したということは、論理的に筋道を立てて考えれば、日本が将来、核兵器をもち、ふたたびアメリカと戦争する戦力を獲得する可能性がないこと、もし日本がそれを獲得しようとしても阻止できることを前提としています

ということは、日本を、将来にわたって永遠に支配していなければならないということです。
冷戦が終わっても、アメリカ軍が日本に駐留しつづけているのは、そこに理由があるのかもしれません

第二の方法に重点をおく国なら、対日戦中のアメリカと同じ状況におかれたとしても、この危険を考えて(これは、考えてみれば、大変な危険です)、日本に原爆を投下しないであろうと思われます。

実際、当時のアメリカ政府や軍の関係者の一部、原爆製造にかかわった科学者の一部に、いろいろの理由で、原爆の使用に反対した人たちがいました(M・ハーウィット『拒絶された原爆展』一九九七年)。

もし日本に原爆を投下するとしても、兵員のみを目標とすべきで、女子供に用いてはならないとか、日本政府に降伏の機会を与えた後でなければ使うべきではないとか、投下地点を日本にあらかじめ知らせておくべきだとか、原爆の破壊力を示しさえすればいいのだから、陸地ではなく日本近海にしてはどうかとかの意見があったようです。

しかし、結局、アメリカは軍事基地や軍需工場があるわけもない市街地に予告なしで二回も原爆を投下しました。

なぜでしょうか。

日本人を人間だと思っていなかったからだという説があります。
さすがにトルーマン大統領も日本に原爆を落とすかどうかためらい、チャーチル首相に相談したところ、日本人は猿だからいいんだと言われ、それはそうだと納得して原爆を使う決心をしたとのことです。

ヒトラーも『わが闘争』のなかで日本人のことを東洋の山猿と言っていたそうですが(日独伊三国同盟を結んでいた当時の日本で翻訳が出たとき、その個所は削除されたそうです)、これは当時の白人にはめずらしくなかった見方です。

しかし、それだけが理由ではなく、そのほかにアメリカ特有の理由もあると思います。

アメリカには、敵対する相手をあまり追いつめず、なるべく恨みを買わないようにし、その好意や信頼や敬意を得るように努めて、戦争をある限度内にとどめて終結し、相手との今後の永続的友好関係を築くことによって、相手からの将来の攻撃を防ごうという選択肢はないらしいのです。
相手を絶滅させるか、徹底的に脅えさせ、二度と抵抗できないほど無力化するかしか考えないらしいのです。

それは、もちろん、先住民のインディアンに対するかつての行動パターンの反復強迫です。

反復強迫とは、ニュートン的物体の慣性の法則よろしく、ある行動が何回か行われると、習慣化されて同じ行動が機械的に繰り返されるようになるということではなく、ある好ましくない行動をいったん正当化すると、その正当化を崩さない限り、強迫的に同じ行動を無限に繰り返さざるを得ないという病的な心理現象です。

なぜ正当化を崩せないかというと、正当化を崩すと、正当化によって無意識へと抑圧していた苦痛な感情(罪悪感)が噴き出してくるからです。

日本との関係で、第二の方法によって戦争を終結させたとすると、そして、それでうまくいったとすると、なぜ、インディアンとの関係でそうしなかったのかという、アメリカ人が永遠に答えられない恐ろしい疑問が襲いかかってくるのです。

次回へ続く)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/東京裁判とアメリカの病気/P166~】


アメリカ側がよく言う原爆投下の理由というのは、昔から「欺瞞的言い訳に過ぎない」と思っていましたが、岸田秀の分析を読むとそのことが改めてよくわかりますね。

また、徹底的に相手を叩きのめさずにはいられない性向が、インディアン・コンプレックスに由来しているという分析も、なかなか的を得ているように思うのですが、如何でしょうか?

しかし、上記の彼の分析で、長崎への二発目の原爆投下を「自己目的的に多くの日本人を殺したかった」からと決め付けている処は、ちょっと違うのではないか…とも思っています。

なぜなら、長崎の原爆は、広島に投下したウラン型原爆と違って、プルトニウム型なので、二種類の原爆を試したいという実験意図があったことは明らかだと思いますので、ただ単に殺戮したかっただけというのは言いすぎじゃないかと。
(まぁ、それでも非人道的であることは間違いありませんけど。)

それはさておき、いずれにしろ、原爆投下というアメリカの残虐非道な行為の前には、アメリカ側の言い訳など通用しないことは間違いありません。

アメリカ側の周到かつ冷酷なまでの非人道性は、原爆投下の際の行動を詳細に調べていけば疑う余地がありません。それは下記のHP↓を参考にしていただければご理解いただけると思います。

◆『原爆機反転す ─ ヒロシマは実験室だった』──「反転爆撃」説の紹介
◆広島の空に白く大きく華やかに開いた「落下傘」の謎

そもそも、仮に日本人が原爆を使用出来る状況にあったと仮定して、ここまで周到かつ冷酷により多くの敵国人を殺そうとするでしょうか?

歴史的に自国内での民族紛争を殆ど経験してきたことのない日本は、他人種に対する人種的憎悪を抱く経験がありませんでした。
「鬼畜米英」という言葉がありますが、あれこそ、日本人が米英人を”おなじ人間”と認識していた証であって、その相手に「鬼畜」とレッテルを貼らねば憎めなかったことを示しています。

そうした性向を鑑みれば、日本人はヒステリーに駆られて相手を殺害することはあっても、アメリカ人のように計画的に虐殺することはありえないでしょう。

誤解を恐れずに言えば、原爆投下というアメリカの蛮行に比べれば、南京事件など全然甘っちょろく生半可な事件に過ぎません。

要するに、日本の蛮行とアメリカの蛮行では「質が違う」ということです。
この違いをしっかり認識した上で、異質な世界の国々を相手に、冷静に対応していくことが今後の日本人に求められているのではないでしょうか。

さて、次回は、敗戦後の日本の繁栄が、アメリカにとって都合のよい理由について書かれた記述について紹介していく予定です。ではまた。


【関連記事】
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その1】~米国人の深層心理に潜む「インディアン・コンプレックス」~
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その3】~日本での「成功」とベトナムでの「失敗」~
◆「敵への憎悪」は理解できても、「人種的憎悪」は理解できない日本人
◆八百長のある国、日本。八百長の無い国、アメリカ。【追記あり】


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アメリカが銃を捨てられない理由【その1】~米国人の深層心理に潜む「インディアン・コンプレックス」~

先日も、アメリカのアリゾナで銃が乱射される痛ましい事件がありましたが、こういう銃乱射事件が起こるたびに、銃規制の議論が起こるものの、常に銃規制が進んだという話を聞きません。

事実、次の記事↓にあるように銃規制が進んでいないのが現状であるようです。

【米銃乱射】銃規制進まぬ米国社会 9千万人所持で2億丁出回る

なぜ、アメリカは銃を捨てられないのか?
そしてまた、なぜ好戦的なのか?

そうした問題に対し、心理学の側面からこの問題を分析し、解き明かした岸田秀の解説を、何回かシリーズで紹介して行こうと思います。

今回ご紹介する記述は、岸田秀著『日本がアメリカを赦す日』から引用していきます。
まずはこの問題を考える上での、重要な原因となる「インディアン・コンプレックス」について説明した箇所からご紹介です。

日本がアメリカを赦す日 (文春文庫)日本がアメリカを赦す日 (文春文庫)
(2004/06)
岸田 秀

商品詳細を見る

(~前略)

インディアン・コンプレックス

なぜ、アメリカは戦争に勝つと、文明とか平和とか人道とかの文句のつけどころのない普遍的な価値を持ち出して、それを破壊した罪というような罪科を設けて、敵を裁判したがるかが問題です。
なぜ、自分が普遍的価値を握っていると信じることができるのかが問題です。

やはり、その理由はアメリカの歴史に求めなければならないと思います。

アメリカが敵を裁判にかけたのは、もちろん、日本が最初ではなく、すでに南北戦争のとき、勝った北軍が南軍を裁いています。
このときも、講和交渉で、両軍が戦後の武器保有などの条件をつけようとしたのですが、北軍はそれを拒否して無条件降伏を求め、南軍がやむを得ず承諾すると、北軍は、寛大な処置として南軍の武器保有を許すというやり方をしています。

とにかく、アメリカは、おのれを普遍的正義の立場、善悪の絶対的判定者の立場におき、それに従わざるを得ないような無条件降伏に敵を追い込んでおいてから、敵を裁くというのが好きなようです。

その点を貫くことができれば、あとは寛大になるようです。
そう言えば、戦後の日本に対しても、アメリカは実に寛大でした(すでに述べたように、これには他の理由も考えられますが)。

他方、アメリカは、自分が裁判にかけられるのは絶対に容認できないようです。

ベトナム戦争のとき、北ベトナムが、アメリカ空軍の北爆は国際法違反の戦争犯罪だから、捕虜の空軍兵士を裁判にかけるとほのめかしたことがありますが、当時のジョンソン大統領は烈火のごとく怒り、そのようなことをするなら、核兵器の使用も辞さないと北ベトナムを脅かしました。

その怒り方が度外れだったので、印象深く覚えていますが、このことは図らずも、アメリカが敵を裁判にかけるとき、敵をどのように見ているかを物語っています

アメリカがつねに正義の立場に立ちたがるというのは、立たざるを得ないコンプレックスがあるからだと思います。

僕はそれは、インディアン虐殺からきていると考えています。

アメリカ大陸にはインディアンが住んでいたわけですね。
アメリカなる国をつくるためには、インディアンを殺し、その土地を奪わねばなりませんでした

ここでアメリカ人(まだアメリカ人はいませんが、いちいち断るのも面倒なので、未来のアメリカ人の先祖もアメリカ人と呼んでおきます)は、解決しがたい矛盾に直面しました。

彼らは、不正に汚れたヨーロッパから逃れ、新大陸に新しい正義の国を建設するという使命を神に託されてやってきた(という幻想をもっていた)人たちでした。

したがって、単に邪魔だから、インディアンを殺すということを正直に認めることはできず、何とかインディアン虐殺を正当化しなければなりませんでした。

そこで、アメリカ人は、神に託された使命を果たすわれわれは絶対的正義の立場に立っており、この絶対的正義の実現を妨げる者は神に反逆する極悪人であり、極悪人を排除するためにはどのようなことも許されるという理論をつくり、それに縋りました。

この理論が、今日に至るまで、アメリカ人のアイデンティティを支えています
インディアン虐殺は正義のためにやむを得なかったんだという理論を堅持しないと、アメリカは正義の国ではなくなります

建国の精神から言って、正義の国でないアメリカはアメリカではないのだから、アメリカは滅びざるを得ないわけです。
滅びないためには、つねにアメリカには正義がついているんだと確認する必要があるということですよ。

それ以来、アメリカ人は、何か悪いことをすると、いやむしろ、強迫的に同じような悪いことを繰り返して、同じ理論で自己正当化をしなければならなくなったのです。

すなわち、アメリカは、どこかに極悪人をつくり、正義の立場から、彼と争い、彼を打ち負かし、彼を処罰するということを繰り返さざるを得なくなったのです。
繰り返しそうしていないと、正義の立場が揺らぐのです。

自己正当化は、言ってみれば、自己欺瞞ですから、意識的には正当化していても、心のどこかではつねに不安なので、同じ悪事を何度も繰り返して、それが悪ではなく、正義であることを確認しなければならないということになるわけです。

フロイドは、罪悪感を動機として同じ犯罪を繰り返すある種の犯罪者、すなわち罪悪感が犯罪に対するブレーキになるのではなく、逆に犯罪へと駆り立てる動機となる犯罪者の症例をあげていますが、アメリカは、精神分析的には、強迫神経症の患者で、反復強迫の症状を呈していると考えられ、その種の症例の一つであると言えます。

アメリカの対外関係の歴史は、最初のトラウマ体験であるインディアン虐殺体験の反復強迫と見れば、非常によく理解できます。

とくに、日本人は、インディアンと同じくモンゴル系の人種で、よく似ていますから(日本人は日本人とインディアンが似ていると思わないかもしれないが、アメリカ人から見ると同じように見えるらしい)、インディアンと同一視されたということは十分考えられることです。

したがって、アメリカ人がその歴史においてインディアンをどう扱ったかをよく研究していたなら、日本人をどう扱うかについて正確な予測ができたと思うのですが、日本軍部は、アメリカ兵はジャズを聞いて踊っている享楽主義の腰抜けどもだから、忠勇無双のわが日本兵が死ぬ気でぶつかってゆけば、尻尾を巻いてすぐ逃げ出すなどと、たわけたことを言っておりました。

何はともあれ、強迫神経症の症状なのですから、何か何でもそうせざるを得ないわけで、アメリカは、インディアンとの戦争で、あくまで皆殺しをめざしたように、他の国または他の民族に対しても、いったん戦争を始めたら、敵国の言い分もいくらか認め、どこかで妥協して適当なところで戦争状態に終止符を打つということができません

一九四三年、カサブランカ会議で、アメリカのルーズベルト大統領は、あくまで枢軸国の無条件降伏を要求する方針を打ち出し、イギリスのチャーチル首相が、それでは連合国側の死傷者や損害もいたずらに増えることになると反対したのですが、頑として聞き入れなかったそうです。
アメリカの軍事援助を欠かせないチャーチルは押し切られました。
このことについては、このあとすぐ、もう一度説明します。

次回へ続く)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/東京裁判とアメリカの病気/P162~】


そういえば山本七平が「アメリカ人は手加減と言うものを知らない」と評していましたが、それはこの「インディアン・コンプレックス」に由来した性向であることは間違いなさそうです。

アメリカ人が銃を捨てられない理由もこの「インディアン・コンプレックス」に求めることが出来るのですが、それは後ほど岸田秀本人の筆にて説明がありますのでお楽しみに。

私は岸田秀に出会ってからというもの、国際関係を読み解く上で、心理的側面からのアプローチというものが意外に重要な要素ではないだろうか…と思うようになりました。

岸田秀は、民族それぞれの”共同幻想”が歴史を動かしてきたという、史的唯物論ならぬ「史的唯幻論」というものを唱えていますが、確かに彼の分析どおり考えるならば理に適っている場合が多いんですよ(なかにはこじつけと思える場合も稀にありますが…)。

特にアメリカの攻撃性が何に由来するかということについては、今回の岸田秀の意見は非常に参考になると思いますので、アリゾナの銃乱射の事件を契機に、紹介したいと思い引用した次第です。

さて、次回は「原爆投下の論理」について分析している箇所を紹介したいと思います。
ではまた。


【岸田秀 関連記事】
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その2】~アメリカが二度も原爆を投下した「真の」理由とは~
◆アメリカが銃を捨てられない理由【その3】~日本での「成功」とベトナムでの「失敗」~
◆自己欺瞞と偽りの謝罪論【その1】
◆自己欺瞞と偽りの謝罪論【その2】
◆「内的自己」と「外的自己」とに分裂した近代日本/きっかけはペリー来航だった!?
◆「自己欺瞞」と「精神分裂病/ストックホルム症候群」
◆平和主義の欺瞞【その1】~日本人の平和主義は「強姦された女の論理」~
◆平和主義の欺瞞【その2】~自己欺瞞によりますます卑屈になる日本~
◆平和主義の欺瞞【その3】~現実を直視しなければ不可逆的に失敗する~
◆平和主義の欺瞞【その4】~押しつけられた平和主義は平和の敵~


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新年のご挨拶&名曲紹介:「Happy New Year」他 from「レント」

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。

なんだか昨年後半は、ツイッターのまとめ記事ばかりで手抜き更新になってしまった感がありますが、今年はなるべく山本七平の紹介記事をUPできたらいいな…と考えております。

年頭の記事で何を書こうかな…と思ったのですが、まずは軽く「趣味ネタ」をば。
新年絡みということで、私が大好きなミュージカルの曲でも紹介しようかな、と思います。

新年ということでまず、ご紹介する曲はこちら↓
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Happy New Year"

(対訳無し)

今回ご紹介する『レント(rent)』は1990年代を代表するロック・ミュージカルですが、ミュージカル好きの私の中でも、三本の指に入る最高傑作。

この「レント」は、プッチーニオペララ・ボエーム」を1990年代のNYを舞台に再現したミュージカル(だから登場人物のロドルフォ・マルチェロが、ロジャー・マークと言う英語風になっている。ミミは変わらず)。
詳細についてはwiki(レント)の項をご参照ください。

とにかく名曲揃いなんですよね。
レントの代表曲と言えばやっぱり「Seasons of love」なのかな。

ですが私個人的には、ロジャーとミミのデュエット曲「Another Day」と「your eyes」がたまらなく好きです。
エイズ患者としての絶望感・喪失感を歌い上げた「one song glory」や「Will I?」なども聴いていて切なくなってしまう。
そしてフィナーレ曲「Finale B」のハーモニーと盛り上がりの凄さといったら感涙モノ。
また、激しいロック曲なら、題名の「rent」がお勧め。
ミミがロジャーを誘う「Out tonight」やロジャーとマークのデュエット「What You Own」も格好いい。

とりあえず思いついただけでも、すぐこれだけ挙げられる。
以下、列挙した曲のyoutube動画と訳詞([対訳:野村伸昭]一部のみ無し)を貼っておきます。
このミュージカルは、ロックミュージカルとされてますが、ロック・ゴスペル・バラード・タンゴ・R&B・フォーク・ディスコ等々、曲調が幅広い。
ミュージカルを聴いたことが無い方でも、きっとお気に入りの曲が見つかるはず。
是非、訳詞を参考に視聴あれ。

↓ロジャーの絶望とミミの激情がぶつかり合う名曲。ミミのパートのピアノ伴奏がとても美しい。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Another Day"

15.アナザー・デイ
ロジャー:
何様のつもりだい
ぼくのギターの邪魔をしたりして
お嬢さん
出口はあっちだ
さっさと帰ってくれ
ここにはもう暖房もないんだから

パウダーを忘れずに それからロウソクも
甘い囁きを聴いたところで
ぼくにはどうしていいか分からない

きみのその髪には月光か似合ってるよ
その茶色の瞳にもね さよなら おやすみ

言ってやろうか 言ってやろうか
言ってやろうか 言って…だめだ!

いつか どこか違うところでなら
ぼくらはもっと暖かくなって
長く抱き合うこともあるかもしれない
そして踊り合うことも
ロマンスを求めてるのかい?
別の日に来てくれ
別の日に

ミミ:
ハートが凍りつくか燃え上がるか
やってみなけりや分からないわ
それが分かりさえすればわたしの痛みもなくなる

未来なんてない
過去なんてない
今生きてるこの瞬間が
わたしの最期の時

ここにいるのはわたしたちだけ
ここでは真実はひとつ
人生を我が物にしたいなら
後悔しないこと
他に道はない
他にやり方はない
あるのは今日という日だけ

ロジャー:
勘違いしてたらごめんよ
だけどもしきみがそんなに賢いんなら
一体どどうして…キスなんかほしがるんだい?

きみに必要なのは注射針
そして素敵な祈りの言葉
月の光に輝かせるのは
もうやめてくれ
ずっと昔に きみはぼくの心を魅了した
炎は消えたんだ もう二度と
そいつは燃え上がらない

いつか どこかで
なんて言葉は韻を踏んでるだけ
ぽくらは虚空に消えていく
新しい歌ができたなら
新しい歌い方をしてみよう
ぼくが間違ってるって言いたいのかい?
別の日に来てくれ
別の日

ミミ:
イエス以外の言葉なんて聞きたくない
今夜しかないのよ
何が正しいのか
今確かめましょう
他に道は無い
他にやり方はない
あるのは今日という日だけ

ミミとその他の人たち          ロジャー
抑えきれない気持ち           自分の気持ちを
                       コントロールしなよ
わたしの運命               人間には魂があるなんて
わたしは自分の魂を信じる       誰が言ったかさえ
                       彼女は知らないんだ
わたしの唯一の願いは
ここにいること               ひとりにしてくれ

今しかない                 一体何様のつもりだい?

この場所しかない
愛に身を任せましょう           ぼくのギターの
                        邪魔をしたりして
でなきゃ恐怖に負けてしまう
他に道はない               お嬢さん
他にやり方はない            出口はあっちだ
あるのは今日という日だけ       炎はもう消えてしまったんだ

全員:
あるのは今日という日だけ       パウダーを忘れずに
                       ロウソクもね
あるのは今日というロだけ       茶色の瞳
                       可愛い笑顔
                       きみのシルエット

あるのは今日という日だけ       いつか
                       どこかで
                       新しい韻を踏み
                       暖かな抱擁
あるのは今日という日だけ       新しいダンス
                       新しいやり方
                       新しいチャンス
                       別の日に
あるのは今日という口だけ



↓ロジャーが死に瀕して意識を失ったミミに語りかけるラブソング。ミミの名前を叫ぶロジャー、切な過ぎるヨ…。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Your Eyes"

ユア・アイズ
ロジャー:
きみの瞳
ぽくらは互いにさよならを言ったけど
きみの瞳はいつもぼくの心の中にあって
追い出すことなんてできなかった
きみの瞳
その瞳にぼくは心奪われた
きみがぼくの前に現れた夜
月の光が射していて
ぽくはきみの瞳を見た

きみを抱きしめたくてしかたないのに
行かせてしまうことなんてできないよ
あともう一日 そのためならぼくは死んでもいい
だって きみにはまだ伝えてないことがあるんだ
そう 伝えるべきなのに伝えてないことがあるんだ

ぼくはきみの瞳をのぞき込んだ
離れていることで賢くなれるのはなぜだろう
きみはいつでもぼくの歌だった
そしてその歌が終わる前に

言っておきたいことがある 言っておきたいことがある
ぼくはずっときみを愛してる
ぼくの瞼を見れば 分かるはず



↓孤独なロジャーの思いが伝わってくるような曲。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "One Song Glory"

7.ワン・ソング・グローリー
ロジャー:
ぽくは偉大な曲をひとつ書くんだ 手遅れになる前に…

ひとつの歌
栄光
ひとつの歌
ぽくが逝ってしまう前に
栄光
ひとつの歌を残しておきたい

ひとつの歌を見いだそう
ひとつのラスト・リフレイン
栄光

僕はかつてステージで輝いていた
だけどチャンスを無駄にしたんだ

ひとつの歌で全世界を魅了した
栄光
若い女の子の瞳に映る
若い女の子
栄光をつかむ
安っぽい色の光を越えて
ひとつの歌
栄光 空っぽの人生に
時は飛び去り 時は死に絶える
栄光 一度燃え上がる栄光
一度燃えあがる栄光 栄光
栄光をつかもう
本物の歌で
真実は炎のように燃え上がる
永遠の炎

ひとつの歌をつかもう
愛の歌
栄光
それは若者の魂から湧き出す
若者
ひとつの歌を
つかもう
ウィルスにやられちまう前に
栄光
沈む太陽のように
ひとつの歌が
この空っぽな人生を慎打ちあるものに変える

時は飛び去り
そして もう苦しむことはない
時は死に絶える
(ドアにノックの音)



↓シンプルな旋律ながら、輪唱のハーモニーが素晴らしい。合唱愛好者としては一度歌ってみたいと思わせる傑作!
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Will I?"

ウィル・アイ?
スティーヴ:
ぼくが名声を失ったとして
誰か気にするだろうか
明ロまでぽくは生きられるだろうか
こんな悪夢を切り抜けて?

グループ#1:
ぽくが名声を失ったとして
誰か気にするだろうか
明日までほくは生きられるだろうか
こんな悪夢を切り抜けて?

グルーブ#2:
ぽくが名声を失ったとして
誰か気にするだろうか
明日までぽくは生きられるだろうか
こんな悪夢を切り抜けて?

グループ#3:
ぼくが名声を失ったとして
誰か気にするだろうか
明日までぼくは生きられるだろうか
こんな悪夢を切り抜けて?

グループ#4:
ぼくが名声を失ったとして
誰か気にするだろうか
明□までぽくは生きられるだろうか
こんな悪夢を切り抜けて?



↓冒頭の曲。のっけからビートが激しい。これぞロック!!
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Rent"

(対訳無し)

↓ロジャーとマークが激しく掛け合うデュエット。二人のハモリが素晴らしいの一言。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "What You Own"

(対訳無し)

↓ミミがロジャーを誘う曲。ボールダンス踊ってます。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Out Tonight"

14.アウト・トゥナイト
ミミ:
今何時?
もう深夜ね
わたしの身体から声か間こえるわ
「危険なことが始まる時間だ」ってね
こうも言っているわ 「わたしは罪を犯したい
争いの引き金を引きたい
タイト・スカートを履いて
見知らぬ人といちゃいちゃしたい」

一度ゲームの要領を呑み込んだら
わたしはどんなルールでも破ってみせる
そんなコツをつかんだのはずいぶん昔の話
起きましょう 人生は短いんだから

病気みたいな場所をわたしは知っている
そこでわたしは炎に包まれて踊る

お金なんか要らないわ
わたしはいつもただで入るの
あんたもただでいいわよ
わたしと一緒ならね

今夜出かけましょう
出かけなきやならないのよ
遊びたいの?
一緒に逃げましょう
クリスマスの日になる前に
今夜わたしを連れ出してちょうだい(ニャーン)

ドアマンがわたしにウィンクしてくれたら
それがどんなにラッキーなことか分かる?
アヴェニューBを代表する猫と
あんたは一緒にいるってことなのよ

今夜 出かけましょう
出かけなきゃならないのよ
さまよってみたい?
わたしの夜のお供になってくれる?
手を握ってちょうだい
今夜はふたりで吠えましょう

夜になるとわたしは唸り出す
都会のネオンや鋼鉄に囲まれてると
  眠れないのよ
でもスペイン人の赤ん坊だちか泣き出すと
まるで故郷に帰ったような気がしてくる

どこかでバーを見つけましょう
お互いの顔も分からないぐらい真っ暗な場所
見られたくない傷跡だって
すべて隠してしまえるわ

今夜 出かけましょう
出かけなきやならないのよ
あんた素敵ね
ストリートに出たい?
さかりのついた猫みたいに
月に向かって鳴いてみたい?
とにかくわたしを連れ出してちょうだい

今夜 わたしを連れ出してちょうだい
見捨てたりしないで 今夜
一節に行きたいの 今夜
今夜 今夜 今夜



↓フィナーレ曲。「Will I?」「another day」「without you」等のメロディがハーモニーとなって混ざり合い昇華していく。素晴らしいの一言。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Finale B"

フィナーレ・B
ミミ:
月より高くジャンブしたわ!

ロジャー
え?

ミミ
跳んだのよ ムーーーー

ジョアンヌ
帰ってきたのね!

ミミ:
わたしはトンネルの中にいた そして柔らかい白い光を
目指して歩いたの…

モーリーン:
すごいわ!

ミミ:
エンジェルがいたわ 本当よ 元気そうだった
彼女は言った 「振り返りなさい
そしてあの人の歌を聴くの…」

コリンズ:
彼女 びしょ濡れだ

モーリーン:
熱は下がったようね

マーク:
未来なんてない 過去なんてない

ロジャー:
今この瞬間が最後じゃないことに感謝しよう

ミミとロジャー:
ここにはわたしたちしかいない
人生を我が物にしたいなら
後悔はしないこと

全員:
他に選はない 他にやり方はない
あるのは今日という日だけ

女性たち:                 男性たち:
わたしには変えようのない       ぼくが名声を失ったとして
                       誰が気にするだろうか
わたしの運命               明日までぼくは
                       生きられるだろうか
                       こんな悪夢を切り抜けて?

わたしの望みは             今しかない
ただひとつ                この場所しかない
あなたがいなければ          愛に身を任せよう
わたしは手探りして           でなきゃ恐怖に
                       負けてしまう

わたしは死んでしまう
あるのは今日という日だけ
あなたかいなければ死んでしまう あるのは今日という日だけ

全員:
あるのは今回という日だけ



↓最後に流れる「Seasons of Love」。スティービー・ワンダーがボーカルに加わっています。
◆RENT (1996 OBC Recording) - "Seasons of Love B"

シーズンズ・オブ・ラヴ

一同:
525600分
525000の愛しい瞬間
525600分
一体どうやって 1年を計ることなんてできるだろう?
昼の光 日没
深夜 何杯ものコーヒー
インチ マイル
笑い 争い

525600分
人生のうちの1年を
一体どうやって計ることができるだろう?
愛はどうだろう?
愛はどうだろう?
愛はどうだろう?
どうやって愛を計るんだい
愛の四季
愛の四季

ソロイスト#1:
525600分
525000の旅行計画

525600分
ひとりの女あるいは男の
人生をどうやって計ることができるだろう?

ソロイスト#2:
彼女がつかんだ真実
あるいは彼か泣いた時間
彼か燃やした橋
あるいは彼女の死に方

全員:
歌うべき時が来た
物語の終わりは決して訪れないけど
今はお祝いしよう
友人たちの1年を忘れずに

愛を忘れずに
愛を忘れずに
愛を忘れずに
愛を計る

ソロイスト#1:
愛で人生を計る

愛の四季…
愛の四季



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◆【お勧め動画】ストンプ・シリーズ

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一知半解

Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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