一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

だから「ナンパ」じゃないんだって…。

久々に、村野瀬さんのブログを読んで書きたくなった。

こんな記事↓を書いているあたり、彼女の考えている言論の自由というものが如何に狭量で、自己に都合のいいものでしかない事を如実に示しているとしか思えないのですが…。

では、以下、一部抜粋して引用の上、批判させていただきます。

「正反対」の意見に一言申したくてたまらない心理

【引用開始】
さて、ほかに、コメントを受け付けているブログのうち、コメント欄での議論をブログの特色としてアピール内容にしていて、実際にコメントが多いところとして、有名どころでは「お玉おばさんでもわかる政治のお話」があります。

それらのコメントの中には、当然ブログ主(お玉さんや私)が書く内容に反対のコメント、ブログ主の主張と方向性が一致するコメントに反対の内容のものがたくさんあります。

特に、中国・韓国・朝鮮がらみの記事や、国旗国歌や国家意識(カギカッコ付きの「愛国心」)や、歴史問題、特に日本の戦争責任や戦争犯罪を扱った記事なんかによくそういうコメントがきます。

最近では、「竹島問題について勉強してみる。」という記事にけっこうきたのですが、世界愛人主義同盟の役員会を開いて、全部非承認にすることに決めました。私の見方に好意的な方のコメントもそのあおりで非承認にしました。ご了承ください。m(__)m

私とはかなり意見の異なるブログにまでわざわざ行って反対意見を書きに行くことが私自身にはほとんどないこと、たとえばお玉さんも外に反対意見を書きに行くことがたぶんほとんどないことを考えると、「読んでいて不快であろう反対の意見を述べる他人のブログにまでわざわざやってきて、自分の意見を一度や二度ではなく何度も繰り返して書いていく人」の心理はなかなか興味深いものがあると感じ始めました。

私と意見が正反対で、私の意見を読んでいて不快になるのなら、読むのをやめればいいはずなのですからね。

私は民主主義の原理とその具体的な構成要素、人権思想をベースにして政治や社会について考えて意見を述べているつもりで、私の意見には十分な根拠があると思っています。

部分的に未熟なところや情報不足のところはあると思いますから、そういうところを指摘して補強する意見は歓迎なのですが、私の意見は真っ向から否定されるものだとは思っていません。だから、そんなに強硬に反対されても困るわけなのですけど…。
【引用終了】


>不快になるのなら、読むのをやめればいいはず…。

不快になるどころじゃありませんよ。

少なくとも私の場合は、彼女のような主張に、何も知らない人がコロッと騙される危険があるからコメント入れていたわけ(現在はコメ禁止食らってますのでTBのみですが)であって、別に村野瀬さんの考えを矯正しようとか考えていません。対抗意見を第三者へ読んでもらい判断してもらうことだけが目的です。

>私の意見は真っ向から否定されるものだとは思っていません。

そこからして自分の評価に過ぎないことが判らないんですねぇ。
他人はそう思ってないんじゃないか…とか、想像したことも無いのでしょうか?
自己の判断と、客観的な評価の違いすらわからないのでしょうか。

どんな主張であっても、真っ向否定される場合はありますし、政治系ブログを運営される以上、意見の対立は当たり前です。

ましてや、村野瀬さんのブログは、護憲左翼としてはランキング上位に位置しており、そのことはつまり、その主張を読む人が多いと言うことを示しているのですから、彼女の主張に異議を唱える人たちからみれば、「トンデモ主張」を垂れ流しているということで、異議を申し立てられるのはちょっと想像力を働かせればわかりそうなものですけど…。

私のような弱小ブログと違って、人気が高いのですから真っ向反対のコメントが来るのは当然の成り行きだし、むしろ、そうした意見を迎え撃って自説の正しさを証明するチャンスだと考え、歓迎してもいいくらいだと思うのですが…。

第一、他系統のブログと違って、「政治系のブログ」を運営するなら、そもそもコメント承認制にすべきではないでしょう。

確かにエロコメントや罵倒・ヘイトコメントなど全く記事に関係ないものもあるので、そうしたものは削除してもやむを得ないと思いますが、その場合でも、とりあえず表に出して一定期間を置いてから削除すべきだと私は考えます。それ以外のコメントは、例え記事違いでも残すべきだと思いますね。

ただまあ、私もよくお邪魔しているお玉さんのブログなどの状況を見ると、人気ブログのコメント欄の運営が難しいのはわからなくも無いです。

ましてネット上では少数派に属しているのだから、受け付けるのも嫌なコメントばかりになるのは想像できますし、コメント欄を荒す目的のコメント等もあるだろうし…。なかなか理想どおりに運営するのは、お玉さんの立場に立ってみれば相当難しいものがあるのでしょうけど…。

コメント承認制がベースとなってはいるものの、お玉さんのコメント欄は非常に非常に活発な論議が行なわれており、参考になることも多いので、護憲派のブログという立場を考えれば非常にすごいことではないかな…と思っています。

それに比べ、村野瀬さんのコメント欄は反対意見も一部載せているなど、一見開かれているように見えますが、よく見てみると、そうではないんですね。

彼女の場合、取るに足りない反対意見、都合の悪くない反対意見は載りますが、都合が悪くなると「貴方はナンパに失敗した」などと言い出しコメント禁止の措置に走ってしまう。

参照…「ナンパ」されても、「応じる義務」はない。(コメント欄の運営方針)


しかし、異見の表明をナンパと捉えるその感覚も、何と言えばいいのやら…。
少なくとも私は彼女なぞ引っ掛けようと思ったことなぞ、ツユほども思ってなかったのだが…。
自意識過剰の勘違いも甚だしいのではないでしょうか。

むろん、彼女のブログが、政治系ブログでなければこんな指摘はしません。
都合よくコメントを選択する行為は、政治系ブログとして自殺行為だと考えているだけです。

誰もナンパなぞしませんから、反対意見も”検閲なし”に載せて欲しい処ですが…。
無理だろうな。

以上、過去に彼女からコメ禁止を食らった男のつまらん批評でした。失礼致しました。


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コメント

mugiさんへ

mugiさん、コメントありがとうございます。

ブログをやっていると、いろいろなコメントがいただけて勉強になります。もともと私は見方が狭いほうなので、意外な意見とかもらえると、なるほどっ!と目が覚める思いをすることが多いです。
(もちろん、たまには嫌なのもありますが…)
私など弱小ブログなので、今のところ悪質なコメントとかないですけど、人気ブログの運営者は大変でしょうね。

それはそうと、「日本人とユダヤ人」を読んでいらっしゃるとのこと。
私はかなり染まってしまっているので(笑)、読了されましたら、そういった恐れの無いmugiさんの忌憚の無い批評を一度伺ってみたいです。
宜しくお願いしますv-290

  • 2008/08/27(水) 00:20:53 |
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  • 一知半解 #f2BEFQoE
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「路傍の人」君へ

長文レス、大儀でした。

>はっきり明言しちゃいますが、自分の意見を一方的に言い放つような社会は日本くらいのものです。

貴方は諸外国の例を挙げられてますが、それほど外国事情に詳しい人なら、こちらのブログに長文レスをするより、外国人ブロガーともやり取り、対話するのを好むのではないでしょうか?全世界の言論状況を本当に網羅しているのですか?
私もある欧米人学者とメールを交わしたことがありますが、その人もまた、全てに応じた訳ではありませんよ。むしろ私に異論を突きつけられ、都合が悪くなればダンマリでしたね。人間のやることは日欧変わりないと痛感しました。
外国では~というなら、具体的な例を挙げるのが筋ですし、ソースがないのなら拙劣極まる「出羽の神」のガセと信用されません。

私も弱小ながら一介のブロガーですから、村野瀬さんやお玉さんの気持は共感できます。
彼女らのブログ記事は全く共鳴できませんが、それでも村野瀬さんの書くとおり、主張したいのなら自分でブログを立ち上げ、そちらで自論を書くべきなのです。何故自らブログも立ち上げず、他人のサイトで長々レスするのですか?これぞ、『人間マナー』失格そのものでしょう。他人のブログに寄生するだけの安易でお気楽な評論家に過ぎません。それこそ発展性もない人間と見なされる。

このような人は結構ネットで見かけますね。自らはブログを立ち上げず、他人のサイトで「自分の意見を一方的に言い放つ」無責任な依存者。ある人気ブロガーがネットイナゴと仇名しましたが、貴方のようなタイプがまさにそう。URLもつけないのは、正体は反論に脅える小心者と見なされて当然。そんな貴方風情が責任、道徳論など、笑止千万もよいところ。たとえブログをはじめても、これでは過疎サイトでしょう。

対話をするなら、それ相当のマナーが必要。その程度は社会人として最低限の認識ですが、まさか実社会で働いたことも無い方?ネット掲示板等で尊大に説教する者に限って、正体はニートだったりしますが、何故かその類の者が特に好む言葉が「オナニー論」「責任論」(笑)。貴方の依存性と非寛容と社会的未熟性を、わざわざ披露している。以前も「稚拙」「問題」の言葉を繰り返していた人格障害の疑われる暇人コメンターがいましたね。

村野瀬さんやお玉さんも大人ですし、まさか貴方も未成年ではないでしょうから、ネットでどうあるべきか、どのような態度で接するのか、決めるのは当人次第です。それで対話拒否をするなら、対話する価値も無い相手と見て、今後一切関らなければよいだけ。
対人関係が築けず、自作自演が十八番な者ほど他人のサイトで狭量かつ退屈な「オナニー論」を展開する。そこにあるのは哲学性、道徳性も皆無な未熟極まる独善性。誇大妄想と自我肥大が特徴のネット弁慶の病的パターン。

>自分の礼節、節度は主張しても他者の礼節、節度を想定できない未開人の歴史を学んだ方がよろしい、と邪推します。

人は十人十色なので己の礼節、節度と他者のそれは必ずしも一致しないと想定できないのも、「未開人」となりませんか。貴方の礼節など私からすれば無作法そのものであり、私の節度もまたあなたのそれの範疇に入らないでしょう。「未開人」と「健常人」では対話など成立しません。この様子だと、貴方のお寒い人間関係が邪推されます。
その他の「未開人」こそ、他山の石になさいませ。己を客観視出来ない者、他人に要求ばかりする者もまた知的未熟人。

  • 2008/08/23(土) 12:00:19 |
  • URL |
  • mugi #xsUmrm7U
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管理人様へ

文芸評論家の人気ブロガーがいますが、自分より人気のあるブログの中傷を繰り返す人物でした。
でも見比べれば、やはり彼より上位者ブロガーの記事の方が面白いし、彼自身はコメントさえ受け付けない人。ブロガーとしての能力が劣っているのは明らかであり、負け犬の遠吠えで見苦しかったですね。

私は実はネットの影響力をさほど評価していないのです。
私のような弱小ブログは話にもなりませんが、所謂アルファブロガーさえ、マスコミの前では卑小な存在。地方紙に比べても、今のところ太刀打ちできません(新聞社の発行部数も水増し気味ですが)。ネットジャンキーほどネットを買いかぶる傾向があるのは、私もこれまでの体験から知っています。

紙面のメディアにもイエローペーパーがあるのだから、その電子版があるのは当然です。イエローペーパーを見た人全てがその記事を鵜呑みにする訳でもないし、これはイエローブログも同じでしょう。それでも他人のサイトを掲示板代わりにする横着者よりマシですが、イエローペーパーもない社会、恐ろしくありません?
にも係らず、ネットが非難の標的にされるのは何故でしょうね。ネットで庶民が自由に発言して困るのは誰か、それを思えば予測がつくでしょう。

今、山本七平の『日本人とユダヤ人』を読んでいる所ですが、「すばらしき誤訳“蒼ざめた馬”」の章の最後に、古のユダヤの賢者の言葉「頭の空の人間ほど、議論を好む」があります。
ネットでは議論と称して人に絡む者がいますが、ネットストーカーとしか思えない者も一部見かけます。方々のブログで締め出しを食っている者は性格、精神疾患の可能性があり、これはブロガーではなく当人の問題です。

  • 2008/08/23(土) 11:51:47 |
  • URL |
  • mugi #xsUmrm7U
  • [編集]

<MUGIさんへ>
>政治ブログだとかなり高尚な姿勢が求められるようですね。

「政治ブログだから」という以前に
『人間マナーとしての対話は必要ではないか?』
という問答はないのでしょうか?

はっきり明言しちゃいますが、
自分の意見を一方的に言い放つような社会は日本くらいのものです。
諸外国ならば、提示された見解に対してのリアクションを求められるのは当然ですし、それを道徳、マナー論のレベルで履行している国も多いです。
「日本人は日本人の理論で行動すればいい」という道理が通じる社会で政治を論じている時代なのか?
そして、人権論などの国際政治にも関連する水準の問題で、日本人基準のやり方といいと言うのは通じる話ではありません。

そういう姿勢が日本の国際社会における発言力(発言に対する影響力)の低下につながっているのです。

「他人がやっているから」と考えなしに従いた「オレがこうしているから、オマエも同じようにやれ」というのも全体主義に繋がることになるのではないでしょうか?

この指摘は、管理人殿ではなく対話を拒否する姿勢の人間に言われるべきものでしょう。
つまり「こうあるべき」という指標の提示にしか過ぎない管理人殿の姿勢を
「強制」「強要」と解するのが不自然と考えられる。

実際に、対話しない姿勢を貫いている側のエゴが通ってる状況を考えれば、批判されるべきは、対話拒否側にあるのが責任論・ではないだろうか?
私ならば、反論を求められて
反論として、持論で反論しない理由付けを説明します。
それをしないから問題なのです。

責任論として説明責任を果たさないことは、政治に限らず、道徳性、規範性の問題が問われることも当然のことである。

つまり、「政治ブログであるから」という理由ではなく、「人として」の領分で問題提起されても仕方ないと私は思う。

そして、最大の稚拙な過ちは、全体主義とは、特定の組織が、一個人の自由、権利を制限する政治原理、政治哲学である。
この場合は、拒否する側は、「対話を拒否する自由、権利」が侵害されている、となることですが、
逆説的に、対人関係の対話ルールの道徳慣習の領分で言えば、拒否する側の違法性も問われることでしょう。
つまり、相対する権利同士の衝突でしかない自由主義的な相克と、全体主義は同じではない。
仮に全体主義と批判されるならば、強要が成立しないと言明できないのである。

>表現力に甲乙はあっても、ブログに限らず紙の媒体メディアも、所詮客観性を装った“感想文”に過ぎません。

残念ながら違います。
全数統計の指標は感想文になりません。そも言語的に”感想文”にさえならないものも多く存在します。
思い込むのは結構ですが、貴方の知識の射程の狭さが知的未熟さを感じさせます。

>言論の自由があっても、何を書いていい訳ではなし、異論、反論するにも節度と礼節が望まれます。

問題は、その節度と礼節です。
拒否側は、リアクションしない節度と礼節を主張します。
それが通じる社会であるのか?
という回答においては、社会責任論でも言われるように「説明責任」が問われるのは当然のことでしょう。
それとも、感想文の中にある事実を問い詰める権利さえ否定されるべきでしょうか?
そして、重要な問題では、礼節、節度の前の法的課題があります。

内部告発者は組織に対する恩義と社会正義の元で葛藤します。
そこでどの礼節、節度を優先するべきか、は難問です。
 そもそも、拒否するのが礼節に適うことでしょうか?
 リアクションを求めることは礼節に違うことならば、現代社会の説明責任などはどのように説明するのでしょうか?

自由な発想で書けるし、異論は少なく、あっても知的で礼儀正しい反論は心地よいものです。

人に嗜好はそれぞれです。
貴方にとって異論が不快でしかないような水準もいるようです。
ただし、そういう人間のレベルはあくまでも、発展性のない言論封殺の人間の世界だという処断は免れないでしょう。
それこそ、オナニー論というものでしょうか?
そして、そのオナニー論は自由ですし、それをバカにするのも、批判するのも自由です。
それが礼節、節度ではなく法というものですから

もっとも、礼節、節度という身勝手な通じる理論を振りかざしていたい人の喚きというべきでしょうか?

自分の礼節、節度は主張しても他者の礼節、節度を想定できない未開人の歴史を学んだ方がよろしい、と邪推します。

  • 2008/08/22(金) 19:57:17 |
  • URL |
  • 路傍の人 #-
  • [編集]

mugiさんへ

コメントありがとうございます。

>凡人がブログをやるので、高邁な姿勢を求める方が望み薄となりませんか?

そうかもしれません。自分も凡人に過ぎませんが、そうした姿勢だけは、取り続けていきたいとは思います。ただ、mugiさんのご指摘どおり、周りに要求するのは行き過ぎかと感じました。

>政治ブログだからこうあるべき~、というのもある種の規制と強要を感じました。

そうですね。確かにそう受け取られても仕方ないかもしれません。
確かに理想を押し付けるのは良くないと思います。
「すべき」というより、「したほうが主張に重みを持たせられる」という程度に留めるべきだったのかもしれません。こういうことは、指摘されないとなかなか気付かないものですね。ご指摘ありがとうございます。

>一部ブロガーに、人気ブログを叩く者もいますね。そうすることで注目も集められるし、アクセスアップにも繋がる。男の嫉妬は陰険と言われますが、やっかみ丸出しブロガーの遠吠えとも取られかねません。

う~ん、そのつもりは無くても、mugiさんのご指摘どおり、そう受け止められられかねないですね。耳が痛いです。ご忠告ありがとうございます。

自分は自分、他人は他人と割り切れればいいのですが、どうも自分の感情がそれを許さないことがあるようです。
なるべく自制していくつもりですが、たまには「毒を吐く」ことがあるかもしれません。
それこそが、凡人の証かもしれませんが、出来るだけ抑えていきたいと思いました。
ご指摘ありがとうございました。

  • 2008/08/22(金) 00:20:48 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

横レス、失礼致します

管理人様へ

記事を拝読しましたが、政治ブログだとかなり高尚な姿勢が求められるようですね。
ブロガーが高い理想を持つのは大変結構なことですが、残念ながらいつの時代も世の中は凡人が大半。凡人がブログをやるので、高邁な姿勢を求める方が望み薄となりませんか?管理人様と他の政治ブロガーは性格も年代、思考も異なります。

「他人がやっているから」と考えなしに従いたがるのが日本人の悪癖ですが、「オレがこうしているから、オマエも同じようにやれ」というのも全体主義に繋がることになるのではないでしょうか?政治ブログだからこうあるべき~、というのもある種の規制と強要を感じました。ファシズムなら右も左も共にあり、非寛容な姿勢は同じ。
表現力に甲乙はあっても、ブログに限らず紙の媒体メディアも、所詮客観性を装った“感想文”に過ぎません。

言論の自由があっても、何を書いていい訳ではなし、異論、反論するにも節度と礼節が望まれます。ただ、己のことは棚にあげ他人を責めるのが人間のどうしようもない欠点です。もちろん私にもその傾向がありますが、ここにもその種のブロガーがいますね(笑)。しがない非常勤講師でも教授以上に学者風を吹かせ、居丈高に大口を叩けるのもネットならでは。

一部ブロガーに、人気ブログを叩く者もいますね。そうすることで注目も集められるし、アクセスアップにも繋がる。男の嫉妬は陰険と言われますが、やっかみ丸出しブロガーの遠吠えとも取られかねません。

本当に私は歴史ブログでよかった。弱小ブログなのは避けられませんが、自由な発想で書けるし、異論は少なく、あっても知的で礼儀正しい反論は心地よいものです。

  • 2008/08/21(木) 22:23:00 |
  • URL |
  • mugi #xsUmrm7U
  • [編集]

コメントありがとうございます

>通りすがりの無能な壮年男児さん

コメントありがとうございます。

>残念なことですが、議論する以前に議論するためのスキルと意識が低い人が多いのが現状なのでしょう。
それに彼らが該当すると思います。


ある意味、議論するためのスキルは稚拙でもいいと思うんです。議論を重ねていけば人それぞれ程度はあれ、必然的にうまくなりますから。
問題は「意識」ですね。
彼らにも、彼らなりの正義とか理想とかいうものがあるのでしょうが、それを訴えるためには、ただ主張するのではなく相手の疑問に応えたり、対話しようとしなければ、相手に通じないというのが全く理解できていないようです。
残念ですが。

>路傍の人さん

感想文にも違いがあるとおっしゃっていただくと、少しは救われた気分になりました。駄文しか書けない自分にとって励みになります。ありがとうございました。
山本七平は、「人は偏りみるもの」であって、偏見をもたない人間はいないと述べています。
偏見から逃れ得ないという意識を持ち、他者の意見を聞く姿勢を持てば、ある程度は偏りから自由になれるのではないかと考えています。
対話が重要といっている連中に限って、対話を拒絶するのにはあきれてしまいます。

  • 2008/08/16(土) 23:53:44 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

管理人さんへ

>でも、感想文を書くのは、それでストレス解消になる効果がありますね。オ○ニー的要素というか…、確かに読んでいる他人にとっては、気分良くないでしょうね。

感想文とは苛烈な批判ですが、感想文でも意識に違いは大きな問題ではないでしょうか?
感想文であっても、そこから発展させるような気概がある人の感想文は、それから先の進化が望めます。
逆説的に今回の問題になっている問答に応じない、コメント承認制にするなどの姿勢、態度では感想文は、単なる一人の感想文、内輪の感想文で終わるだけではないでしょうか?
 
少なくとも、管理人さんの政治ブログとしての姿勢は高いものがあると思います。
 
 

  • 2008/08/15(金) 16:57:12 |
  • URL |
  • 路傍の人 #-
  • [編集]

管理人様

>都合よくコメントを選択する行為は、政治系ブログとして自殺行為だと考えているだけです。

彼らには、自殺行為という理解はないと思います。
彼らにとっては、自分の都合のいい理論だけが全てであって、
不都合な理論は耳を塞ぎたい。排斥したい。
そのために「承認制」にしていると思います。
おそらくそれを卑怯、アンフェアなどと自己批判しないことでしょう。だからこそ、承認制を自己肯定するしかないでしょう。

自分は、「不都合な理論」を含めて差し引きで理論の優越性で政治を語るべきだと思います。
不都合な理論も理論として認めて、その理論の精度、現実性、具体性で対論すれば、建設的な議論になるはずです。
そういう対論に対するアクセス方法を知らないのかもしれません。
残念なことですが、議論する以前に議論するためのスキルと意識が低い人が多いのが現状なのでしょう。
それに彼らが該当すると思います。


冥王星さんへ

相変わらずの毒吐きですね。
冥王星さんのいう「議論」の水準があまりにもブログ向きではないと思います。
つまり、冥王星さんが求めるレベルが高すぎる。
冥王星さんのブログ含めての批判ですが、
貴方の言葉と理解深度は深すぎるのです。
難解な文章、内容という問題。必要とされる知識があまりにも要求される因子が多すぎるのです。
もちろん、それでも読む人がいるのですからご自身の自由でしょうが、貴方が伝えるべき相手にはまったく届かない記事になっていると思います。
 冥王星さんが内輪の理論の耽溺しないように意識していることは分かりますが、
内輪ではなく相手を選抜するような結果になっていることは留意した方がいいと思います。
 貴方の主張はもっと咀嚼されて吐き出されるべきだと思います。
 読み手が消化不良の文章になるようでは、立派な文章とは言えないでしょ?
あえて、貴方のブログにコメントしなかった意味は推測してほしいと思います。

願わくば、政治ブログのコメント承認制を正当化する野蛮人が減ることを祈ります。
そのような野蛮人が語る政治が滅ぶことも併せて祈るものです・・・・

  • 2008/08/15(金) 11:23:22 |
  • URL |
  • 通りすがりの無能な壮年男児 #-
  • [編集]

まとめてレスごめんなさい。

>お玉さん

コメントありがとうございます。いつもそちらではご迷惑おかけしています。

>ああ、それと気になってるんだけど・・・政治ブログだからコメント欄は開放されて当然というのも違うな

コメントの取捨選択にあたって、ブログ主の主観というのはどうしても影響します。本人がヘイトコメントだと判断しても、客観的に見れば違うという場合があるように…。そもそも、人は主観から逃れられないのではないでしょうか?

冥王星さんのいうように感想文だけのブログなら問題ありません。
しかし、仮にも政治を論ずるなら、コメントを恣意的に取捨選択することは、自らの主張を貶めるだけですし、プロパガンダに堕してしまうのではないでしょうか?
そうした危険を避けるためにも、一度表に出すべきだと私は思っているのです。
(ただ、そうするとコメント欄が荒れてしまうかもしれないのは、困った問題だとおもいますけど)

私があえて、村野瀬さんを批判するのも、彼女の場合はそれが酷すぎるからなのです。言論の自由を謳いながら、自らにはその基準を適用しないその「偽善性」が鼻を付いてならないからなんです。
もちろん彼女自身が、「自らの偽善」を認めていれば私もこう何度も批判しませんよ。

自覚していないのか?それともわかっていてやってるのか?は知りませんが、良心的日本人を装い道義的優位性をぷんぷん匂わせながら、異論を唱える者をブログ上でネタにしてこき下ろすような卑しい人物であることを、少しは自覚してもいいんじゃないかと思ったので今回も批判させてもらいました。

>言論の自由がある。あなたのようにブログを持ってそこで批判すれば充分。相手に議論を挑んで受け入れられなかったとしても、それは相手の土俵上の決まりなのだから、従うべきだとお玉は思うな・・・

もちろん、私は村野瀬さんが嫌がるコメント投稿を一切してませんよ(頼まれてもお断りです)。
ただ、陰で悪口(と思われるでしょうが、自分的には批判です)言っていると思われたくないので、TB入れさせてもらってますが。
彼女がTBを拒否しないところは素直に評価させていただきます。


>仮)山田さん

コメントありがとうございます。
ご指摘のとおりだと思います。
山本七平の本を読むと、日本軍という組織は、対立意見を認めない存在だったわけですが、真っ先にそれを非難しているはず連中が、まったく同じような行動をしているのを見ると、これこそ「反省力なきこと」の典型を見せ付けられているような気がします。ある意味滑稽ではないでしょうか?


>冥王星さん

コメント(というよりアドバイスというべきか)ありがとうございます。

>人の概念、思考は常に正しい解答を編み出せるわけではありません。
その中で反対意見に傾聴に値する持論をどう処理するか?でその人の論理正当性は拡充されるのです。


この点を自覚することは重要ですね。そのためにも他人の意見を受け入れる姿勢を取る必要があるのでしょう。

>反対意見に対応できない人間は、それだけ反対論に対する対応ができない持論として、その価値が軽減するだけのことです。
>単なる「クソ感想文」と諦観されればいいのです。
>価値観の違いという問題に過ぎないので気にすることはないでしょう。


仰る通りなんですけど、どうも反応してしまって自分も相当感想文を書き散らしているようです。自戒せねば…(汗)。
でも、感想文を書くのは、それでストレス解消になる効果がありますね。オ○ニー的要素というか…、確かに読んでいる他人にとっては、気分良くないでしょうね。

  • 2008/08/14(木) 19:27:24 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

仮山田二郎氏へ

あくまでも「内輪の論理」というのは普遍的に存在しえるものであって、その論理に自律的にどう対処するか?という問題が組織の課題になると思うわけです。

だから、内輪の論理を否定するのではなくて、その内輪の論理に耽溺しない姿勢であればいい、というのが結論なのですが・・・

指摘にある「目的と手段」の履き違えは、私も実感したからこそ、距離を置く人間になったわけですが・・・

実は、そもそも、目的がまったく違う状態での結合が普通になってきているような気がします。
私が批判的になる人は、あくまでも悪意などの感情論を元にして客観的事実から逃避する連中です。

特に最近ひどいと思うのが、民主党支持者ですが、それはまた別の機会にでも・・・・

現在、政治活動している人の「目的」というものを疑うべきかもしれません。
つまり、こちらが手段だと思っていたものが、当初から彼らの目的だった・・・
そんな世界を想定するべきかもしれません。

二大政党制を目的化したり、政権公約の実現よりも、政権奪取を目的にするような政党が大手を振ってる時代ですから、目的も手段もないのでしょうが・・・・

  • 2008/08/14(木) 09:25:04 |
  • URL |
  • 冥王星 #-
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冥王星さん

冥王星さんのコメントを読ませてもらうと、なんだか物分りの悪い学生に戻ったような気分です。

一応、反論(言い訳)ですが、政治活動(主に多数派工作)において、少数派における外の集団から相手にされない(あっさり論破される物も含む)ような論理を内輪の論理として使わせて頂きました。(多数派における内輪の論理は、問題があったとしても、多数派である限りは問題が表面化はしませんし)

あと、私がやたらと護憲左翼や日本共産党に批判的なのは、色々合って、そっち系の団体と以前から係わってしまっている事と、どう考えても彼らの目的と手段が入れ替わっている事に、気が付いていないと見えるからです。(活動を飯の種にしている連中は、問題外)

  • 2008/08/13(水) 20:47:07 |
  • URL |
  • 仮)山田二郎 #-
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少し思い出したので加筆

内輪問題は本当は、自覚症状がほとんどの人にないだけの話です。
実は、思想、宗教などは、すべて内輪の論理に過ぎません。
 要は、内輪=内部化(内律化)の弊害の予防のために、外部との関連性を蜜にする必要性があるわけで、

指摘の内部化、目的手段化、目的集団化した方々には、自浄作用は働きません。

これは、どんな組織でも言えることなので、組織の質を見る時の基準は、開放性と自由の度合いで図るのがもっとも妥当でしょう。

いっておきますが、
日本のメディアは記者クラブとかの問題よりも昔から、内部的です。
盗撮映像を堂々と公開するなどのモラルの部分は明らかに異常ですし、それをソースにしている解説者などは到底、理解できません。
過激なことを言わせてもらうと、メディア露出の激しい学術解説者などは到底信用できるものではありません。
彼らは事象を判りやすく説明するスキルはあるでしょうが、それは真理、真実とは別の次元の話で終わるだけです。

まぁ、どこぞのオピニオン誌などでは、
○○教授という人がまったく専門外について、”さも専門家”のように言動しています。
あれもある種の偽装なのですが、そういう批判はほとんどないのが不思議です。

ちなみに、一度、「正論」の論壇の方々の履歴と言説を各人で見てみてくださいw
文学専門の人間が国際法を騙る姿は滑稽というよりも、恥ずかしい限りです。
それで、「正論」とほざくのは、さすがに海外に馬鹿にされるのは仕方ないでしょう。
ちなみに、ドイツで4回もネタにされたことは忘れられません。
ちなみに、冥王星は、「正論」は評論偽装雑誌と取り扱っておりますw
まぁ、肩書きに弱い日本人は、「○○大学教授」というだけの情報で信用してしまうのでしょうねw
もっとも、そういう能無し「情報精査能力がない」というだけかもしれません。

  • 2008/08/13(水) 10:58:59 |
  • URL |
  • 冥王星(補足) #-
  • [編集]

管理人様へ

持論に関しては、概ね同意する立場ですが
正直いいますと、

保身活動に走るブログというのは、集団化して、その集団を維持する目的が発生してしまうのです。
内輪の論理という生暖かい世界で生きてゆくことがどれだけ楽な世界か?
というのは堕落しない識者は絶対に自覚して生きています。
ユートピア論と同じで自己研鑽できない人間は、論理進化できないのです。

そして、実はディベート術、論理学の基本的として、反論できない人間は、結局は発展できないだけの話なのです。
人の概念、思考は常に正しい解答を編み出せるわけではありません。
その中で反対意見に傾聴に値する持論をどう処理するか?でその人の論理正当性は拡充されるのです。

反対意見に対応できない人間は、それだけ反対論に対する対応ができない持論として、
その価値が軽減するだけのことです。

アカデミズムに言わせてもらえば、
オナニー陰謀論というレッテルとされるだけなのです。
陰謀論と同じく、持論を立証、論証する証明もなく、反論に対する反論としての立証論も構築できないような持論などは、
単なる「クソ感想文」と諦観されればいいのです。

ただ、冥王星個人としては、こうも指摘しておきます。
「クソ感想文の評論の自由はある」と
クソ感想文が展開されるのが一般社会であり、私も程度論の差異はあれども、クソ感想文とも言えるわけですから
問題は、如何に汚い、矛盾のない姿勢を貫けるか?ということに価値があると思います。
価値観の違いという問題に過ぎないので気にすることはないでしょう。

もっとも、政治的には、指摘される方々のエゴイズムは通じません。
通じないからこそ、子供のように「喚いている」という理解が妥当かもしれません。

現実の政治はこの「喚いてるクソ感想文レベルの国民」をどう騙すか?という方法論であるという部分もあるのでしょうがw

  • 2008/08/13(水) 10:35:45 |
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  • 冥王星 #-
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仮山田二郎さんへ

>政治を語るのであれば、内輪の論理が駄目な事ぐらいは、理解してもらいたいものです。(それがどれだけ嫌な事だとしても)

内輪の論理に閉じこもるのが処世術なのです。
そして、これは実は多くの人が無意識に行っているという自覚が必要でしょう。
例えば、日本人としての価値観での論理展開は、日本で当然のように展開されます。
現代社会の情報共有化の結果論では、統一的主観論を共有化して、それが正当化、普遍化されたような共同幻想さえ構築してしまう恐怖があります。しかし、その恐怖とともに、社会が構成されていることを否定することはできないでしょう。
本質的には、政治の内律化はさけるべきでしょうが、特定政治団体では、内律化の必要性が発生することも留意するべきでしょう。
それが問題であるならば、政党政治から批判する必要性があるでしょう。
貴方はそれをできますか?という問題です。
問題は、この内律化が止め処なく進んで、目的と手段のすり替え作業が発生した時などにあるわけで、内輪=内律化は仕方ないというべきでしょう。
「群れないと行動できない日本人」独特の性ということで諦観するのが妥当ではないでしょうか?

内輪の論理のみを重んじると、どこぞの無差別テロをおこしたオウムや、自然消滅の危機に瀕している日本共産党みたいになるのがオチだったりします。

そして、社会学的分析で言わせてもらうと、
内輪の論理は組織の存在意義として重要になってしまうことがあるわけです。
特定の目的のために集団化した組織は、内にこもる(内律化)して自己保存するしかないのであり、それは国家でも言えることでしょう。
今の日本国の内律化の様相の複雑さは言及できそうにもありませんが・・・

そして、ここが重要なのですが、
結局は、人を集団化して論じている時点で、内律化しているという認識は重要ではないでしょうか?

>政治を語るのであれば、内輪の論理が駄目な事ぐらいは、理解してもらいたいものです。
という持論に対して、貴方とそれに近い部類の人は内輪化していないと断定できますか?
そして、内律化の批判の妥当性は別にしても、それを全否定できるほど各人は堅牢な価値観を持っているでしょうか?
冥王星は、民主主義の発展の過程は、内律化だと思います。特定の政治意思が集団して、それが多数派になれば民主主義的な正当化が図られる状況は、ものの見事に、政治の内輪化=内律化の象徴と思いますが・・

持論としては尊重できますが、貴方自身が、内輪化している想定で思考することをお勧めします。

私は、内輪化の危険を意識して言動していますし、その危機感のある人間とだけでしか集団化してはいけないと思っています。
ただ、組織化という人間活動の否定になるのは、現実離れというものだと思いますが・・・


  • 2008/08/13(水) 10:22:54 |
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  • 冥王星 #-
  • [編集]

お玉という人へ

>最近掲示板誘導型ブログの必要性を痛感してる。ようは、ブログ上の議論は運営がむずかしいのよ。

議論が難しいのではなくて、議論するスキルがないだけでしょう。それは貴方に言えることだと思います。
ブログというメディアの管理責任は管理人の問題でしかない。
議論できないブログが圧倒的なだけで「難しい」のではなく「議論できない・議論しない人間」が多いのが問題であり、ブログの問題ではない。
現実に、ブログという媒体での議論の限界はあれども、それが出発点になることは冥王星には多い。
(もっとも、感想文ブログでは議論という水準とは到底思えないが)
当然、貴方もその人間と思われる根拠は数多くあります。
自覚されるとは到底思えませんが・・・

現実に、議論するために必要な事実認識の構築作業などができないような人間の多く。そのような人々がブログで議論ではない感想文を展開しているだけである。
 そもそもブログの有り様は多様なのであって、多くの今のブログのスタンダードとされる存在が、議論を前提にしていないことを問題にするならば、ブログというシステムではなく、ブログ管理人の責任だろう。
ブログという媒体の責任にする人間に限って議論の方法論も知らないのが現実。


>政治ブログだからコメント欄は開放されて当然というのも違うな・・・・トンデモ垂れ流して信じてしまう人のために批判コメント入れてる??あなたはあなたと意見の違う、ブログなんかよりもずっと影響力絶大な有名人の本などへはどのように反対意見を述べてるのだろうか・・・・言論の自由がある。あなたのようにブログを持ってそこで批判すれば充分。相手に議論を挑んで受け入れられなかったとしても、それは相手の土俵上の決まりなのだから、従うべきだとお玉は思うな・・・

そもそも、管理責任者がすべてのブログの記事、コメントの責任を負えるわけではない。
数多いコメントを精査する作業は、管理人の限界がある。
同時に、表現の自由の担保と表現の自由の制限は当然、図られて当然だろう。
 まず、貴方のように逃避活動が激しい部類は、
都合の悪い論理から逃避してしまえる。
このような行為は無意識に行えてしまえる。
指摘しようと思えば、貴方の議論の逃避とも言える指摘を列記できると思います。

それは、ブログ管理者のエゴイズムの行使として貴方の価値観では当然ということになる。
まったく公平性もないし、身勝手が通るブログなど政治的な価値は見出せません。
もっとも貴方のような水準の人は、都合がいいので、そういうルールの方がやりやすいと思います。しかし、その水準の政治ブログと一線を引きたい人は正直多いと思います。そういう人間の一人として私は、あえていいますが
貴方みたいな持論の人間のせいで、議論する能力もない日本人が多くなった、とでも言及しておきましょう。

私からすれば、表現の自由を認めることで民主的発展してきた社会を逆行するような制限こそ退化としか言えない。(社会進化論などは疑似科学と言われそうだが)

それにも「トンデモ情報」など世の中に溢れている。
それにどう対応するのか?というのは当事者の問題であり、管理責任者がすべての責任を負うものではない
それとも、お玉という無能な人間はすべての論理の正当性、合理性を判断できるほど素晴らしい人間なのだろうか?
それはまずないだろう。

疑わしき情報を自分で判断できない人間は騙されるしかないのだ。
他人様が危険から自分を守ってくれるという社会認識は弱者のエゴでしかない。同時に、安全性は自ら確立するものである。むしろ、その他人が確立してくれる安全が当然と思う人間が増えたからこそ、危機管理能力が発展しなかったというべきだろう。
平和ボケという批判よりは、「安全神話ボケ」という批判の方がよっぽど深刻だという持論であるが・・・

>相手に議論を挑んで受け入れられなかったとしても、それは相手の土俵上の決まりなのだから、従うべきだとお玉は思うな・・・

従うべきは議論しなかったことへの責任でしょう。
それとも、議論から逃避した人間はまったく責任はないのでしょうか?
ここらが日本人のマインドの低さなのだと思う。
たとえば、冥王星はしばしばシンポジウムの狩り出される部類だが、
この部類の人間は、まったく共有化できる論理を提示できない。
終始、感想文で展開する。
当然、こちらは個人の感想を批判するわけにも行かないので、常に相手の土俵で話することがある。
これは、議論できないだけではなく、政治的なスタンスの中立性を持たないという最大の危険を孕んでいるのだ。
(もっとも多くの人が、「私の意見は私の自由」であることを正当化するだけで終わる議論ばかりだが)
議論とは、相手の土俵に相互に立ち会う場所である。相手の論理を理解できない人間には議論はできないのである。
 当然、逃避してばかりいる人間は常に、相手の土俵に入る能力も気概もないと判断されるし、そういう事実が存在しえるのが一般的である。
そもそも、議論する能力のある人間なんぞ日本人には稀なのであって、
貴方の言う議論は感想文の発表会でしかないでしょう。

少なくとも、あなたの持論は感想文でしかないので、議論になる素地はまったくないと断言しましょう。

それでも、「私は私で自由だ」という持論の展開が、議論できない原因とは、当人は到底自覚できないでしょうがね
(苦笑)

  • 2008/08/13(水) 10:05:05 |
  • URL |
  • 冥王星 #-
  • [編集]

日常生活復帰おめでとう(?)ございます。
私目は、ここ2日ほど休む為に真面目に働かなきゃいけなくなっておりました。(犬・ネコ’Sの世話を適当にしていたせいか、特にネコ’Sが冷たいような)

http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/200807260001/#comment
http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/200808060000/#comment

村野瀬さんや左翼に関しては、上記でぶさよでぃっくさんやカナリヤさんが、短文ですが結構強烈な批判をしております。(図星さされて反論すら出来ないのか、上から目線で馬鹿にして黙ったままなのかは、知りませんが)

政治を語るのであれば、内輪の論理が駄目な事ぐらいは、理解してもらいたいものです。(それがどれだけ嫌な事だとしても)
内輪の論理のみを重んじると、どこぞの無差別テロをおこしたオウムや、自然消滅の危機に瀕している日本共産党みたいになるのがオチだったりします。
また、この手の思想集団(ナチスや戦後護憲左翼も含む)が性質が悪いのは、全部が全部間違っている訳ではなかったり、現実から逃れたい人間や、選民思想に陥った人間にとっては、極めて居心地が良い事でしょうね。
まあ、村野瀬さんら一派は、あの水伝騒動でも、ぶいっちゃんを煽ってドツボに叩き込んだ事(本性を暴露させたとも言う)を未だに何も反省していない所(実際の言動が何も変わっていない)なんて、他人に責任を押し付けて本当の意味での反省から逃げている戦後左翼らしいとも言えますが。

  • 2008/08/13(水) 01:15:18 |
  • URL |
  • 仮)山田二郎 #-
  • [編集]

運営方法は人それぞれ・・

一応玲奈の親代わりとしてひと言・・・

人様のブログを訪れるのならばそれなりに礼儀もあるし、不文律もあると思う。
最近掲示板誘導型ブログの必要性を痛感してる。ようは、ブログ上の議論は運営がむずかしいのよ。
ああ、それと気になってるんだけど・・・政治ブログだからコメント欄は開放されて当然というのも違うな・・・・トンデモ垂れ流して信じてしまう人のために批判コメント入れてる??あなたはあなたと意見の違う、ブログなんかよりもずっと影響力絶大な有名人の本などへはどのように反対意見を述べてるのだろうか・・・・言論の自由がある。あなたのようにブログを持ってそこで批判すれば充分。相手に議論を挑んで受け入れられなかったとしても、それは相手の土俵上の決まりなのだから、従うべきだとお玉は思うな・・・

  • 2008/08/13(水) 00:01:51 |
  • URL |
  • お玉おばさん #e2xIBKiE
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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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