一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

アントニーの詐術【その1】~日本軍に「命令」はあったのか?~

今日から、「ある異常体験者の偏見」の一章「アントニーの詐術」を丸々紹介していこうと思っています。かなり長いため十数回に分けてご紹介することになると思います。

初回の今日は、まず日本軍の指揮官の型について説明するところから始めます。

その前に、この「アントニーの詐術」のなかでたびたび使われる用語「軍人的断言法」について、山本七平自らの説明を引用しておきましょう。
これを説明しておかないと話がわからなくなると思いますので。

(~前略~)

ここではまず、なぜ「軍人的断言法」という言葉を造ったかを説明しておこう。

それは「戦犯容疑者収容所」で造ったのだから私にとっては新造語ではない。外地の戦犯裁判はいろいろな問題を合むが、その一つに「言葉の問題」があった。

陸軍は「英語」にも「英語的発想」にも無関係な集団で、士官学校出はほとんどがフランス語、ロシア語、ドイツ語であった。私は当時の水準で、またその集団の中では英語が出来る方だったわけで、そこでいろいろな相談をうけたわけである。

その中で一番悲惨なのは、部下は「命令された」と証言し、上官は「命令していない」と延言して対立するケースである。

この場合、まずは必ず部下が負ける。なぜか。

これには英語の「命令(オーダー)」「命令法(インペラティヴ・ムード)」「命令口調(コマンデイング・トーン)」といったものとは全く別な、英語的発想では絶対に命令ではないのに、また、どう読んでも絶対に命今ではないのに、実際には命令に等しい拘束力をもつ言い方が「軍隊語」にはあったと言うことが、大きな理由の一つなのである。

従ってその「言い方」を見つけ出し、ない知恵をしばって、それが「命令でなくても命令に等しい」ことをだれにでも納得できるように論証することは、当時の私にとっては「新造語」の作成という言葉の遊戯ではなく、人の命にかかわることであった。

そして私が見つけ出したものが「軍人的断言法(ミリタリー・アセヴェラティヴ・ムード)」であった。

この英語が正しいかどうか知らないが、これを巧みに使えば、その者は、発令の責任を一切負うことなしに人を拘束でき、時には人を殺すことさえできるのである。

それだけに私にはこの言葉は恐ろしい。だがこれについては後章「アントニーの詐術」で取りあげることにして先へ進もう。

(~後略~)

【引用元:ある異常体験者の偏見/軍隊語で語る平和論/P38~】


それでは本編に入っていきますが、山本七平は、指揮官のタイプを説明しながら、日本軍における「命令」がどのようなものであったのかを解説していきます。
まずは、教祖型から。

軍人的断言法――いわば「判断を規制していって命令同様の一種の強制力を発揮する言い方」、これは、ことによったら日本軍の特徴あるいは日本人における特徴的要素ではないかと思われる点もあるので、少し詳細に記してみたいと思う。

もちろんこれと非常によく似た言い方は部分的には外国にもあると思う。というのはこの断言法には直接話法と迂説的話法があり、この迂説的話法はほぼ「扇動」と同じだからである。といっても全く同じではないが、一応同じものとしておこう。

扇動はどの国にもあり、また軍隊だけのことではない。従ってこの迂説的話法=扇動の方が読者には理解しやすいと思うので、まずこれからはじめよう。

日本軍とは「天皇陛下の命令だ」といいさえすれば何でもできるところだったという神話が今では定説のようで、これに基づいてルパング島も押しかけたようだが、これは「タテマエ」にすら反する。

第一、人間の社会は、いずこであれそう単純にはいかない。特に「生死」という絶対的な問題に直面した場合、人間は、いや少なくともわれわれは命令では動かない

厳密な意味での「命令」いわば「命令形」という言葉のもつ意味における「命令」は日本軍にはなかったのではないかとさえ私は考えている。

もし命令だけで動かしうるならば、「作命」(作戦命令)を本部書記に書かして部隊長がハンコを押ずばそれだけで十分なはずで、これでは、名指揮官とか統帥の神様とかいったものが存在する余地がなくなってしまう。

こういう人が存在したことは、兵を動かすのに、命令以外にさまざまな要素が介入していたこと、というより命令は形式で、この要素の方が本質であったのではないかと思われるほど、何らかの要素が強く作用していたことを示している。

その要素を指揮官のタイプ――もっとも私か知っているのは下級指揮官だが――で分けると、だいたい次の四つになると思う。といってもこれはあくまでも便宜的類型化であって、たいていの人が、二つ三つの要素を併有していた。

第一が教祖型である。

この場合部下はみな信徒だといってよい。この典型の一人は「ガ島の神兵」軍神若林中尉であろう。

彼のことは下級指揮官の模範として、常に講話や講義に引用された。事実非常に立派な人であったらしく、彼の上官であった連隊長が豊橋予備士官学校で彼について語ったとき、語るうちに涙があふれ、ついに講壇上で絶句したことをおぼえている。

話をきくと彼のひきいる中隊はまさに「若林教」の信徒団ともいうべきものであったらしい。

彼が戦死したとき、先に後方に撤退していた中隊付准尉は、その報をきいて、「オレはもう生きる望みはない」といって自殺用手榴弾をもち、彼が戦死したジャングルヘと戻っていったのは有名な話である。

この准尉は非常にクセのあった人で、転任してくる中隊長は次々に実質的には彼に追い出されたのだそうである。嫁のイビリ出しのようなもので、こういうことは、日本軍では、階級や命令ではどうにもならない

兵隊をブルーカラーとすれば、准尉はその頂点にいる中隊の「ヌシ」のような存在で、少尉などはもちろん歯がたたない。中隊長職の古参中尉ですら歯がたたない場合も少なくない。

この一クセもニクセもある准尉に対して、若林中尉があらゆる誠意と忍耐とをもって接し、自らも精進と修養に徹し、それをもってついにこの准尉を心服させた態度は、いわば下級指揮官の模範として強調されたことであった。

お前たちもこれを見習えというわけだったのだろう。形式的な命令や星の教だけでは、ましては単なる組織論では、日本軍という組織は絶対に動かなかった

若林中尉の態度は一貫して教祖的であり、ついに全中隊を「若林教」の信徒にしてしまうのである。

大体寡黙で、もの静か、名指揮官といわれたこのタイプの人たち、中でも特に老将校には「老僧」といいたいようなタイプの人もいた。

これがいわば当時の模範型であり、この型の指揮官にひきいられた部隊は、最も苦戦に強いというのが定評であって、「若林中隊」はその意味でも模範とされた。

そして戦後、部下の罪を負って絞首台にのぼったというような人は、ほとんどこのタイプである。

私は今でもこういう人を尊敬している。もちろん私とその人たちとは考え方も生き方も違う。

しかしその人たちは、他を律するのと全く同じ基準で自己をも律し、そのためには処刑されることも辞さなかったこれはなかなかできない

他を批判したその批判の基準で自己を律することさえ実に困難なことは、『百人斬り競争』という記事の周辺の人びとを見ても明らかであろう。

たとえば「殺される側へ立つ」というなら「不当に処刑された側に立つ」のかというと、実はそうではない。自己や自社を律する基準はあたりまえのように、別にしてあり、そのことに少しも矛盾を感じていない。

私の原隊のH大尉という若い大隊長もそれで、兵隊から分裂症(痴呆性?)という渾名をつけられていた。女郎屋から連隊に朝帰りして、その足で営庭に出て兵隊に、実に荘重きわまる口調で、滅私奉公の精神訓話をすることに少しも矛盾を感じていない人だったので、このあだ名がつけられたのだが、どういうわけかこのタイプは秀才に多いようである。

これほど厚顔でなく、その矛盾に大きく煩悶はしても、他に課した基準を自らに課して絞首台に行けるかとなると、いざとなると、ほとんどの人は「処刑」で崩れるのである。

従って人が何といおうと、それが出来た人を私は尊敬する。

ただ私の体験では、これが出来ないのに、それが出来るかの如くに教祖型を気取る人間の方が多く、実際にはこういう人の存在は例外に近いほど少なかったと思う。

もっとも戦争が終って、わが身が安全になれば、また、あたかも自分がそういう型であったかのように気取る人は、これまた実に多いけれども――。

(~次回へ続く~)

【引用元:ある異常体験者の偏見/アントニーの詐術/P78~】


次回は、第二の型 叱咤・扇動型の指揮官の解説に入っていきます。
今日はここまで。次回をお楽しみに。


【関連記事】
★アントニーの詐術【その2】~日本軍の指揮官はどのようなタイプがあったか?~
★アントニーの詐術【その3】~扇動の原則とは~
★アントニーの詐術【その4】~同姓同名が処刑されてしまう理由~
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★アントニーの詐術【その6】~編集の詐術~
★アントニーの詐術【その7】~問いかけの詐術~
★アントニーの詐術【その8】~一体感の詐術~


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