一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

アントニーの詐術【その8】~一体感の詐術~

前回、問いかけの詐術についてご紹介しました。
今日はいよいよ最終回となります。扇動に欠かせない「一体感の詐術」とはどういうものなのか。山本七平のわかりやすい解説をご堪能ください。

ここまでくれば、あとは起爆剤があればよい。
そして起爆剤の役をするのが(三)一体感の詐術である。

もっともこの(三)は、大体、(一)編集の詐術(ニ)問いかけの詐術と並行して用意されていく。

ただこの一体感の詐術は、軍隊ではほとんど必要がない
一団の人間が共通して死に直面すれば、否応なく一体感を持たざるをえない。

またマニラや南京の法廷の場合も同じである。
傍聴人ははじめから被害者と一体感をもっている。そこで、前述のように扇動という意思が、裁判官、検事に全くなく、従って(三)が欠落していても、扇動されたと同じ結果になってしまうのである。

従って「大久保清」の裁判ではこういう状態にはならない。

なぜなら被害者と傍聴人は、全く一体感がないからである。これが前に、こういう状態にはならない場合もあるといった理由である。

アントニーの場合は、群衆は、その前にブルータスの演説をきいているから、被害者シーザーとの間に何の一体感もなく、いわば文字通り「傍聴人」なのである。

従っていかにして一体感を錯覚さすかということが、アントニーにとって最も重要な点であり、また実はこれが、扇動の最も重要な点なのである。

言うまでもなく殺されたのはシーザーであって群衆でない。
その証拠に群衆はアントニーの演説を聞いているわけである。

だがただ聞いているだけでは何のエネルギーも起らないから、(ニ)によって、彼らに、自分で判断し、自分で結論を出したかのような錯覚を抱かせるべく判断を規制するとともに、さらにこれに対し、「シーザーの痛みを痛みとし」「殺されたシーザーの側に立ち」自分たちは何の被害もうけていない安全地帯の第三者なのに、あなたも「シーザーの被害は自分たちの被害」であるかのように思いこませ、そこで「殺された側に立つ」と錯覚させ、それによって、「生きている」のに「シーザーの死を自分の死」と感じて、その死を払いのけようと、シーザーの加害者へと殺到する――それを自らの意思と決断で行ったように思わせるため「問いかけ」で誘導する、という方法がとられるわけである。

アントニーはまず、「遺言状」の内容をほのめかし、シーザーの遺産相続人が「ローマ市民」であるような、ないような、それを読むような、読まないような態度でみなの注意をひきつけ、「遺産相続者」ということで、群衆を「第三者」ではなくしてしまい、まず一体感の第一歩へと引き入れてしまう。

そうしておいて、まず着衣の上からシーザーの傷口を一つ一つ説明し、だれがこれを刺し、だれがここを突き、と説明していって、まるで群衆が自分が刺されたかのように錯覚して、「シーザーの痛みを自分の痛み」と感じてきたところで、いきなりその着衣をはぎとって「ごらんあれ、これこそ彼自身、これこの通り反逆者どもによって斬りきざまれたシーザーを……」といって死体そのものを示す。

すると全員が「殺されたシーザーの側に立つ」結果になる。

この辺がいわば「殺人ゲーム的ハイライト」だが、「創作記事」でもあれだけの集団ヒステリー状態になるのだから、実物を見せられれば、爆発寸前になるのが当然であろう。

ところがアントニーはここでわざと群集を抑える、抑えれば抑えるほど爆発力は大きくなるから、まずブルータスを弁護するようなしないようなことをいって、「彼らの声を聞こうではありませんか」といったまことに「民主的?」な詐術の問いかけをする。

ついでそれに対しては「シーザーの傷口に語らせよう」といい、いわば、アントニーと群衆の間のやりとりが一種の増幅装置のようになって、集団ヒステリー的一体感を極限までもりあげ、そこで最後に、じらしにじらした「遺言状」を公開して、シーザーは全財産を諸君に寄付し、それは子々孫々まで諸君のものだといって両者を「一体にし」、そうやって群衆を、一斉にブルータスとその一党に殺到させるのである。

これが(三)一体感の詐術であって、ここに扇動は完了し、群衆は「自分の意思」で行動し、アントニーは身を隠してしまう。

人間が集団ヒステリー状態になる一番大きな原因は、「共通する死への恐怖」である

これに直面すると、人びとは時間の前後がわからなくなり、「危険があった、死があった」ということと「危険が来る、死ぬかも知れぬ」ということとの差がわからなくなる

一番良い例が関東大震災で、表へとび出して恐怖にふるえている人は、生きている、生きているから恐怖している、死者は恐怖を感ずることさえない。

自分が恐怖しているのは生きている証拠でそして屋根の下でないから、死はすでに過ぎ去った、危険はまぬかれた、ということは理屈ではわかっていても、人の死を目前にし、その人を死に至らしめた恐怖を共感して、死者との「一体感」が成立すると、その「死の恐怖への共感と死者との一体感」が、逆に、自分の死が目前に迫ったような錯覚になり、その目前に迫った死の恐怖から逸れようとして集団ヒステリー状態になり、その「架空の迫った死の恐怖」を排除しようとして、その「死」を連想させる者を排除しようとする。

そのため「シナという名をその胸からえぐり出し」「山本という名を消すため、同姓のものを絞首台に送る」という結果になる。

そして、(三)一体感の詐術とは、この関係を、人為的に起させる論理なのである。それはアントニーの演説に余すところなく記されている。

イギリス人は一番「扇動」に乗りにくい民族だという話をきいたが、こういうものを小さいころから読ませられれば、確かに扇動されにくくなるだろう。

あまりにその実体がみごとに描かれているから、これさえ知っていればだれかが扇動しようとしても、その実体はすぐ見破ることができるであろう。

もっとも私は、ここの描写の原型は聖書ではないかと思っている。
あの有名な場面、群衆の叫びが「十字架につけよ」「十字架につけよ」になって行くあの場面と、実によく似ているように思われる。

しかし私は文学者でないから、そう見るのが正しいかどうかは知らない。

いずれにせよ、扇動されにくい、ということが、彼らを、「発令者が全責任を負う明確な命令でなければ動かない」者にしたのであろう。

しかし日本軍はそうではなかった

そしてそれが、戦犯という問題になると「命令された」「いや、命令は、していない」という押問答になってしまう。

これは結局、群衆はアントニーに命令されたのかどうか、という問題と非常に似てくるのである。

以上が「扇動の論理」または扇動者がそれを意識しない場合には「軍人的断言法の迂説的話法」の概要だが、こういう状態をもう全くあきあきするほど見せつけられ、そのたびに、殺したり、殺されたり、ぶら下げたり、ぶら下げられたり、という状態に接してきた人間には、これはもうどうにもならないのではないかという、一種の暗い絶望感に襲われることもある。

タクシーのラジオから、まことに幼椎きわまる見えすいた「アントニーの論理」が流れ出てきて、その「アントニーの劣等生」のような人間の演説でさえ、また時にはシェークスピアが吹き出しそうな演説にさえ、人びとがワッと騒ぎ出す声を聞くと、その騒ぎの中から「シナか、なに、別人のシナか。かまうもんか、シナなら殺してしまえ」「砲兵も憲兵もあるもんか、山本ならぶら下げてしまえ」という声がきこえてきて、「もう、こりゃ、ダメなんだ」という気さえする

「殺される側に立つ」という錯覚で自分の殺人や暴行を正当化しては、人は人を殺しつづけて来た――『百人斬り競争』はその典型ではないか。

「『南京大虐殺』のまぼろし」の上に、その仕上げとして、向井・野田両少尉の死体を積みあげたのは、結局、日本人自身ではないか。

そしてそれを防ごうとした人間は、結局、中国人の隆文元氏だけではないか

こういう人を見ると私は一瞬ホッとして、「大丈夫だ、人間はまだ大丈夫だ、こういう人がいるのだから」という気がする。

一体、扇動された集団ヒステリーの謎とは何なのか、それは、動物的恐怖なのである。
いわば「判断停止」の「馬の目」をしながら、異状なエネルギーはもっている状態なのである。その顔を見てきた者には、そのときの顔を見ればわかる。

そしてこの動物的恐怖に対抗しうるものは、別の形の動物的恐怖による応酬ではなくて、結局、隆文元氏のもっていたような「人間の勇気」しかないのである。確かに、それしかない

(終わり)

【引用元:ある異常体験者の偏見/アントニーの詐術/P102~】


以上、「アントニーの詐術」全文を引用させていただきました。
こうした記述を読むたび、山本七平の人間観察力の鋭さ、そして、それを具体的でわかりやすい言葉で表現する筆の力というものに感心してしまいます(何しろ、私でも理解できるくらいなのですから)。物事をわかりやすく伝える事については、山本七平というのは傑出していたと思わざるを得ません。

それはさておき、扇動に戻りますが、なぜ日本軍は、「命令」ではなく「扇動」で動いていたのか?
私なりに考えてみました。

思いつくのが、日本軍の命令というのが、現場にとっては実行不可能なものだったからじゃないかと。実際、アメリカ軍に比べて日本軍は兵隊の命を粗末にしていましたし。
つまり「命令」を聞いていたら命がないという状況では、単に命令を下すだけでは兵隊は動かなかった。そこで「扇動」という手法を使わざるを得なかったのではないでしょうか。

また、日本軍は決して「アンチ・アントニー」の存在を認めなかったと山本七平が指摘していますが、これも判断の規制に役立つわけで、その結果、責任を負わざるをえない「命令」でなく、無責任に兵を動かせる「扇動」に流されていったのかも知れません。

それに、日本人は感情を移入しがちという点も、「一体化」しやすいことに通じますから「扇動」には適していたと思います。

こんなとこしか思いつきません…ていうか、山本七平の言っている事をアレンジしているだけのような気もしてきました(笑)。

とにかく、山本七平は、「扇動」の仕組みを解き明かしてくれました。
あとは我々が、如何にこのプレゼントを活用できるか…だと思うのですけど。

コメント欄でも書きましたが、例えば、高校生の国語の授業とかで、この「アントニーの詐術」や「ジュリアス・シーザー」を必修にするとかどうでしょう。なまじ「道徳」とか「修身」とか教え込むより、いい案だと思うんだけどな。

結局のところ、扇動されにくくなるためには、やはり教育を通じてこうしたことを教えていくしかないような気がします。


【関連記事】
★アントニーの詐術【その1】~日本軍に「命令」はあったのか?~
★アントニーの詐術【その2】~日本軍の指揮官はどのようなタイプがあったか?~
★アントニーの詐術【その3】~扇動の原則とは~
★アントニーの詐術【その4】~同姓同名が処刑されてしまう理由~
★アントニーの詐術【その5】~集団ヒステリーに対峙する事の難しさ~
★アントニーの詐術【その6】~編集の詐術~
★アントニーの詐術【その7】~問いかけの詐術~


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物言えば唇さむし・・・

南京軍事法廷判決 理由

日本軍は殺人をゲームや娯楽にしていたのであり、それは被告本国の『東京朝日新聞』に掲載されている
(京字一〇号証拠書類の二八四・二八五ページを見られたい) 。

南京裁判では、日日新聞の浅海特派員は部外者となっている!ーーーーーーーーーーーーー
>二人は藁にもすがる思いで、浅海特派員の供述書を取り寄せたんですよ。そうした点は全くの無視ですか?

上記の資料を見てもまだ、貴方はこのようの仰るのですから、もう何も申し上げることはございません。

  • 2008/10/28(火) 23:36:07 |
  • URL |
  • 葵 #cwJ6o44Q
  • [編集]

mugiさんへ

mugiさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
返事が遅くなって済みません。

>英国史は教科書以上の知識はありませんが、「一番“扇動”に乗りにくい民族」という説には、私はどうも疑問に思えます。
“扇動”がなければ、あれほどの大帝国を築けたでしょうか?文学でこれほど見事に「アントニーの詐術」を展開できるならば、英国で実例があったとは考えられないでしょうか。


私は英国の分割統治など、mugiさんに教えてもらったくらいですから、英国史にはまったく疎いので、「英国人=扇動に乗りにくい民族」説が果たして妥当かどうかわかりません。

山本七平も聞いた話として紹介しているだけですので、「日本人に比べたら扇動されにくい」ぐらいの話として受け止める程度がいいのかもしれません。

逆にmugiさんの仰るように扇動が得意だったからこそ大帝国を築けたというのも、面白い見方だなぁと思いました。

しかし、今回ばかりではないんですけど、私が疑問に感じない点についてmugiさんから指摘していただくと、改めて自分の見方というのが一面的だなというのを感じますね。考えさせられることが多くて勉強になります。

>日本赤軍の上下関係の難しさは旧日本軍以上ではないでしょうか。
>赤軍派シンパは未だに国が悪い、アメリカが悪い、政府が悪い、社会が悪い…と様々な口実で言い逃れ、「総括」精神なし。


私は、あさま山荘事件当時は、赤ん坊だったので歴史上の一事件でしかないのですが、山本七平が「私の中の日本軍」で、批判していたのを覚えてます。

曰く

「彼らはただただ自己評価の中に閉じこもっており…」、

「彼らが知っているのは、ただ「ゲ」「リ」「ラ」という三文字のカタカナだけで、それをただ彼らへの自己評価への裏付けに使っているに過ぎず、「何一つ見ヨラン」「知りヨラン」のである」、

「ゲリラの戦士は、女連れのモヤシとは関係ない。彼らは彼らの間だけで通用する相互評価と自己評価においてゲリラであると夢想しているに過ぎない」


などなどかなり辛らつ…。

そして、「何一つ見ヨラン」「知りヨラン」状態になったのも、周りではなく「自分を」見る勇気が無かっただけ…と結論づけていました。

自分を見る勇気がないのですから、所詮、彼らに「総括」なぞできるわけもないんだろうなぁ…と読みながら思った記憶があります。

  • 2008/10/28(火) 22:22:46 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

葵さんへ

葵さん、こんばんは。
返事が遅くなって申し訳ないです。

貴方のブログ拝見しました。
以前、もう議論しないとコメントしましたが、(私から見て)見過ごせない誤解も多々あるようなので、一応こちらで答えさせていただきます(ウェブリブログはコメント字数が少ないので)。

>日本を滅ぼしたのは本多勝一の「虚報」であり、それに乗じたイザヤ・ベンダサン=山本七平と、その他の百人斬り論争の「お祭り騒ぎ」と私は想う。
山本七平に本多勝一を批判する資格は無いのダ。


全くの誤りですね。むちゃくちゃもいいところです。
戦前から「虚報」は幾らでもあった。大本営しかり、戦意高揚記事しかり、それが日本を滅ぼした。なぜ山本七平が、本多勝一に噛み付いたか。それは戦前同様、戦後も「虚報」にだまされる日本人が多かったからですよ。本当に「反省」したのであれば、宣撫班の本多勝一ごときの記事に踊らされることは無いはずなのですから。

>浅海特派員は二人の名誉を守るために「あれは嘘」とは言えなかったと思う。

二人は藁にもすがる思いで、浅海特派員の供述書を取り寄せたんですよ。そうした点は全くの無視ですか?

嫁さん貰ったから…、母校で講演をさせて貰ったから…、それだから二人は命乞いをする資格がないのですか?

記事を書いてくれて二人が感謝しているですって?向井少尉は百人斬りについて聞かれるのを嫌がったのをご存じないのですか?

二人の名誉を守るためですって???当人を見殺しにしていて何が名誉を守るですか。
名誉どころか、南京大虐殺の象徴として足蹴にされているじゃないですか。それを助長した行為が、名誉を守るためとは…。どうしてそうした解釈になるのか?

もちろん、南京裁判は、葵さんが言われるように批難されてしかるべきだと思う。
ただ、その問題と、浅海特派員の問題は関係がない。南京裁判がリンチだからといって、浅海特派員の偽証が免責されることは無いし、見過ごしていい問題ではない。

その後の浅海特派員の言動を見ても、「虚報をあくまでも事実だと強弁し、不当に処刑場に送った者の死体を自ら土足にかけ、その犠牲者を殺人鬼に仕立てあげている」いるじゃないですか。
これのどこが「反省」なんでしょう?

浅海特派員のそうした行為も含めて、山本七平は批難していることを無視しないでいただきたいと思います。

>一人でも多くの人に山本七平の素晴らしさを知って欲しいのならば、よーく考えてから抜粋をしないと、私のようなアンチの人にはイカサマ野郎に見えてしまい、彼の名誉を損なうし、山本七平ファンに対して失礼になる、と私は思う。

ご忠告どうも。
要するに、お前は贔屓の引き倒しをしている…といいたい訳ですね。

私も要約は正確にしたいとは思いますが、これは一部の引用だけではどうしても誤解を招くことは避けられません(これも編集という問題に似ていますが)。また、私の能力的問題もありますし、それに加えて、「受け手側の問題」もありますからなかなか難しいと思います。
なるべく気をつけて行きたいとは思いますけど。

ただ、一言言わせて貰えば、山本七平を読んだことのある方から指摘されるならともかく、読んだことの無い人から、「信奉者だから鵜呑みにしている」とかいわれましても、読んだことも無いくせに何で「鵜呑みにしている」って判断できるの?と思わざるを得ないのも正直な処ですね。

>それで「百人斬りの二人は、日日新聞の浅海特派員に見殺しにされた。
日日新聞は謝罪記事を出すべき」と言うのであれば・・・以下省略。


ご提示の史料は読みましたが、それによって浅海特派員の言動・行為が免責されるとは思えませんので、私の結論は変りません。

以上反論させていただきましたが、葵さんが、それでも「訂正記事を出したり謝罪する必要は無い」と言われるのであれば……。
もはや私には言うべき言葉はございません。

  • 2008/10/28(火) 22:16:29 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

一体化

私は軍事お呼び軍隊について全くの浅学ですが、拙ブログにコメントされたmottonさんが、鋭い指摘をされていました。
「軍隊の上下関係の厳しさは、部下が兵器を持つ(=いつでも後ろから上官を撃てる力を持つ)ことと対応しています。リンチした人間に自分の背後をあずける覚悟がなければ殺すしかありません」

もちろんこれは日本軍に限らず、他国も大同小異と考えられます。結構米国映画にも新兵イジメの話は出てきますし、ソ連邦崩壊後、軍隊内部のリンチで多くの若い兵士が死亡したとか。

英国史は教科書以上の知識はありませんが、「一番“扇動”に乗りにくい民族」という説には、私はどうも疑問に思えます。
“扇動”がなければ、あれほどの大帝国を築けたでしょうか?文学でこれほど見事に「アントニーの詐術」を展開できるならば、英国で実例があったとは考えられないでしょうか。扇動を扇動と感じさせないほど、指導層は欺瞞で大衆の一体化を図ったのかも。欧州大陸に先駆け、「神と国王と祖国のために死ぬ」との教育をした国でもあり、英国国教会が国教となっています。

古代ローマも大英帝国も、大衆を“扇動”して巨大帝国を建設したのです。現代もそうですが、英国は古代ローマ研究者が多く、特に大英帝国時代はこれが盛んでした。明らかにローマを参考にしていた節がありますよ。
「アントニーの詐術」って、政治家としては必要な資質でもありますね。軍団長クラスの力量しかなかったと、歴史での評価は低いですが、大衆を操る術は長けていたのでしょう。

日本赤軍の上下関係の難しさは旧日本軍以上ではないでしょうか。6月に映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』を見ましたが、一斉に「異議なーし」ですよ。そして内ゲバで妊娠八ヶ月の女性同志も惨殺。異議者を排斥した結果でしょうね。赤軍派シンパは未だに国が悪い、アメリカが悪い、政府が悪い、社会が悪い…と様々な口実で言い逃れ、「総括」精神なし。

  • 2008/10/26(日) 12:05:17 |
  • URL |
  • mugi #xsUmrm7U
  • [編集]

一応コメントは歓迎という御言葉でしたので、遠慮なく御知らせコメントをします。
URLがありますので、お邪魔でしたら削除してください。

  • 2008/10/25(土) 01:14:13 |
  • URL |
  • 葵 #cwJ6o44Q
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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