一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

書評/笠原十九司著『「百人斬り競争」と南京事件』…を斬る【その2】

「百人斬り競争」と南京事件―史実の解明から歴史対話へ「百人斬り競争」と南京事件―史実の解明から歴史対話へ
(2008/06)
笠原 十九司

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【その1】の続き。

向井・野田両少尉が、「百人斬り」を行なった証拠として、必ずといっていいほど取り上げられるのが、野田少尉が地元の小学校での講演会での証言、いわゆる「志々目証言」でなのですが、当然のことながら、笠原氏も本書の中で取り上げ、紹介しています。

■投降兵・捕虜の殺害

中国軍の塹壕を包囲占領した後、投降してくる中国兵を「処置」したというのがどういうことであったのかをよくわからせてくれるのが、志々目彰「”百人斬り競争”――日中戦争の追憶」(『中国』一九七一年一二月号)に書かれた、野田少尉が一九三九年の春に鹿児島県立師範学校附属小学校を訪れて小学生を前に話した、つぎのような場面である。

「郷土出身の勇士とか、百人斬り競争の勇士とか新聞が書いているのは私のことだ……

実際に突撃していって白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない……

占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから斬る……。

百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものがほとんどだ……

二人で競争したのだが、あとで何ともないかとよく聞かれるが、〔もう一人の人はうなされるそうだが――原稿にあったのを雑誌編集者に削除された部分〕私は何ともない……」

(~中略~)

白兵戦では斬らずに戦意を失って投降した敵を斬るという”勇士”の体験談は、私にはショックだった。ひどいなあ、ずるいなあ。それ以上のことは幼い自分には分からなかった。
(同書、四三頁)

【引用:「百人斬り競争」と南京事件/P117~】


笠原氏は、この証言を、秦郁彦の調査を例に挙げて信憑性が高いと判断しています。

しかしながら、この証言の問題点は、「野田少尉の証言があったかなかったか」ということではなく、「野田少尉の証言内容が果たして本当なのか」ということなんですね。

笠原氏はここでも、その本人が話したという証言内容が果たして事実かどうか、微塵も疑っていません。

従って、「志々目氏が野田少尉から聞いたのは事実」であるから、「野田少尉が据え物斬りしたのも事実」と単純に決め付けて、証言内容の精査をまったくしていないのです。

普通、本人が証言したからといって、それをそのまま真に受けますか?
偽証という可能性を考慮できないような人物が、歴史学者を名乗ってよいものでしょうか?

そもそも、この証言については、山本七平が「私の中の日本軍(下)」にて取り上げており、野田少尉の証言が、虚言である可能性が大であることを説得力を以って示しています。
以下、その記述を引用します。

(~前略)

一方、野田少尉は、故郷の小学校で後輩に次のように語ったと記されている。

〈郷土出身の勇士とか、百人斬り競争の勇士とか新聞が書いているのは私のことだ……。
実際に突撃していって白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない……。
占領した敵の塹壕にむかって「ニーライライ」とよびかけると、シナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから斬る……〉


これは志々目彰氏が「月刊中国」に投稿されたもので、氏がこの話を聞かれたのは昭和十四年春と記されているから、「百人斬り競争」が報ぜられてから約一年四ヵ月後のものであり、あらゆる点から見て、非常に確度の高い証言である

本多勝一氏もこれを「証拠」として取り上げ、その後で、一種の人体実験を強要する発言をしているが、その点は「文藝春秋」で取りあげたのでここではふれず、この野田少尉の証言そのものの検討からはじめよう。

まずだれも異論がないことは、この証言が、浅海特派員が報じた「記事」の通りの「百人斬り競争」は、現実には存在しなかったことを本人が明確に証言しているということであろう。

言うまでもなくこれは戦時中の発言であり、「百人斬り競争」が武勇伝として新聞紙面を飾ることを、だれも不思議に思わなかったどころか、大々的に称揚され賞賛されるのが当然で、いわばマスコミのリーダーが、これでもかこれでもかとこういった記事を次から次へと紙面にもりこみ、新聞を開くとウンザリさせられた時代の話である。

いわば『中国の旅』が裏返しになってもっと大きなスペースで連載されていたと考えればよい。

そういう時代だから、今とちょうど逆に野田少尉自身が、「あの通りだ、オレがあの時の勇士だ」と胸をはって答えて少しも不思議でなく、それが当然とされる時代のことである。

そして話を聞きに集まった人びとも、そういった「大武勇伝」が当然披露されると思って集まっていたはずである。

ところが彼はあの「記事」そのものを否定した

すなわち野田少尉が「百人斬り競争」という記事は事実でなく虚報だと言ったのは、何も戦犯法廷ではじめて口にしたことではなく、実に記事が報ぜられて一年四ヵ月目にすでに否定しているのである。

そしてこれが相手がまだ小学生で、新聞の虚報でしか戦場を知らないから、彼はある程度とりつくろっていられたわけだが、相手が白兵戦の体験者だったら、こういったとりつくろいすらできないのが、当時のある面の現実であったろう。

ものごとには確かに二つの面がある。

当時は「百人斬り競争」は表向きには事実で通ったであろう。
しかし「実は……」の世界では、今よりもかえって「事実」として通らなかったはずである。

前線には新聞は配送されない。
従って二人は一体全体、何か書かれていたか、内地に帰ってみなければわからなかったのが実情であろう。

向井少尉は半年後に新聞を見て「恥ずかしかった」と上申書に書いているが、実際、前にものべたが、この「恥ずかしかった」は、いろいろな面で、実に実感のこもった言葉というべきであろう。

というのは、読者の中に「つまらんホラをふきやがって」と思っている人間がいることを、彼自身、今よりもはるかに強く感じないわけにいかないからである。

だがしかし、人間はつくづく弱いものだと思う。

定説とか定評とかが作られてしまうと、向井少尉のようにノー・コメントで押し通すか、野田少尉のように、何とかとりつくろうか、のどちらかをせざるを得なくなる。

しかしそこにもし白兵戦の体験者がいたらすぐに言ったであろう。

「……四、五人? 本当に人を斬った人間はそういうあやふやな言い方はしない。野田少尉!四人か、五人か!――五人だというなら貴官にうかがいたい、五人目に軍刀がどういう状態になったかを」――彼はおそらく答えられまい。

というのは、彼が口にしている「とりつくろい」は、戦場での伝聞であっても、おそらく彼の体験ではないからである。
そして戦場での伝聞は前にものべたが恐ろしく誇大になるのである。

なぜそういえるか。理由は簡単である。

私は体験者を知っており、そして私にも「斬った」体験があるから(註)である――といっても即断しないでほしい、後述するような理由があったことで、私は別に残虐犯人というわけではない。

(註)…山本七平は、戦死した部下の遺骨を持ち帰るよう部隊長に命令され、一度埋葬した部下の遺体を掘り起こし、日本刀でその手首を斬り落とした。本来ならば遺体そのものを火葬すべきであったが、米軍の爆撃の目標になることから、当時の戦況では禁止されていたため、手首だけを切り取って荼毘に付した。このことに関しては、下記記事↓を参照されたし。

【参照記事】
・「規範の逆転」を察知しようともせず糾弾することの愚かさ


しかし人体を日本刀で切断するということは異様なことであり、何年たってもその切りロが目の前に浮んできたり、夢に出てきたりするほど、衝撃的なことである。

そしてこれは、私だけではない。
従って本当に人を斬ったり、人を刺殺したりした人は、まず絶対にそれをロにしない、不思議なほど言わないものである。

結局、私もその一例に入るのかも知れないが、「日本刀で人体を切断した」という体験に、私も最後の最後までふれたくなかったのであろう。従ってこの一点を、自ら意識せずに、自分で回避していたのである。ある意味で、それを指摘される結果になったのが、Sさんという台湾の方からのお手紙であった。これは後述しよう。

私は実際に人を斬殺した人間、人を刺殺した人間を相当数多く知っている。
そしてそういう人たちが、そのことに触れた瞬間に示す一種独特な反応――本当の体験者はその瞬間に彼の脳裏にある光景が浮ぶから、否応なしに、ある種の反応を示す――その反応を思い起すと、「本当に斬ったヤツは絶対に自分から斬ったなどとは言わないものだ」という言葉をやはり事実だと思わないわけにいかない。

(~後略)

【引用元:私の中の日本軍(下)/日本刀神話の実態/P73~】


この山本七平の見解は、当時の時代背景を元に分析しており、野田少尉の心理を洞察している点からも、説得力のある妥当な解釈だと思います。

このように、三十年ちかく前に、上記のような見解が出ているわけですが、本書の中には、山本七平のこの見解に対する反論というものがまったく見当たらないのです。

都合の悪い見解を無視しているのか?どうなのかわかりませんが、笠原氏は、こうした見解へ納得の行く反論を示すべきではないのでしょうか。

それもできずに、「歴史学の立場から一つの決着をつけておきたい」などと述べるのは、おこがましい限りではないか…と思えてなりません。

次回は、実際に野田少尉が中国人の農夫を斬殺する現場を見たという唯一の証言「望月証言」について書かれた箇所を取り上げて見たいと思います。


【関連記事】
・書評/笠原十九司著『「百人斬り競争」と南京事件』…を斬る【その1】
・書評/笠原十九司著『「百人斬り競争」と南京事件」…を斬る【その3】《追記あり》


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コメント

apeman先生は連続投稿かね(´ー`)y-~~

今日だけで10個も投稿してるのかね? 相変わらずすごい体力だよね・・俺なんかその半分いくかどうかがやっとだというのにねぇw
朝から晩まで投稿時間がまんべんない感じで、本当にここの会話を重要視しているみたいだね。それだったら、佐藤生さんたちが南京掲示板で待ってる件、1月にこことsirokazeさんを荒らした件、cheap某としての先生をyahoo掲示板で待つnmwgipさん達のこともちゃんと相手してほしいんだけどね。
俺やワシさんは後回しでいいのでね。(´ー`)y-~~

一知半解さん、どんな記事を紹介しても先生の尊敬する本多尊師は「日本刀はスーパーウエポン!!時代劇でも何十人と斬ってる!!」と言ってるからそっちを選ぶと思うよ。日曜朝の特撮番組とかみて「ほらみろ、やっぱり刀(サーベル?)は戦闘員を何十人と斬ってるから間違いない!!」と喜んでるんじゃないですかねw それが先生にとっての「歴史的事実」なんでしょうな。
(´ー`)y-~~

戦国時代の剣豪だって、合戦では槍をメインにして刀は予備武器だったことぐらい、俺でも知ってるよ。何十人と斬れる武器じゃないんだよ。剣技の兜割りが難しいのも、剣道の雑誌とかで読んだことあるからね。
apeman先生は日本ゲッベルスの本多勝一に刷り込みされちゃってて、疑ったりすることすらできないんだからかわいそうだね。

剣技の冴えを競うなら斬る人間は一人か二人で充分だし、縛った相手をたくさん斬ったから偉いなんて観念は戦国時代も現代もないわけでね。当時、どんな経緯でいつ何人ぐらい斬ったのか、目撃者はどのぐらい居たのか、軍法会議にはかけられなかったのか? といった基本的な説明すら嫌がってキーキー!!と叫ぶばかりだから、apeman先生はあきれられてるんだよ。
ムダに捕虜を惨たらしく大量に殺害するのは、もともと中国側のお家芸で歴史的にも古いものでね。日清戦争以来、日本人は不必要に虐待されて殺されてたんだよね。

本多の本に載ってる「殺人ゲーム」というのも、そのへんの観念が入ってるわけでね。正直、そのへんの証言とかも取材の過程で共産党にしゃべらされた怪しいものだったと観てるがね。
「百人斬り」とか中国とかサヨクがやたらと騒いでるのも、史実では日本人含めた外国人をむごく殺し続けてた件を覆い隠すために必死だからなんだろうね。連中、中華意識で自分たちのほうが道徳的に上だと思い込みたがってるらしいんでね。
だからどのみち、apeman先生たちは問題をしっかり分析して解決する気なんてゼロなんだろうね。

「とにかくウダウダ言ってればいいのさ。ウッシッシー♪」とかねw

>一知半解さんはほんとうに例の裁判の経過を全然ご存じないようですな。21世紀の議論を無視して1970年代の認識にとじこもる理由は何なんでしょう? 先ずはそれを教えて下さい。

Σ( ゚д゚) ギョッ!!
こっちが「やれやれ」と言いたいよw 誰が裁判の話なんかしてるというんだねw だいたい百人斬り訴訟は「名誉毀損と言うには証拠不足である~。」と却下されただけでサヨクにお墨付き与えてないと何度言えばわかるかねw ・・わかりたくないんだねw
自分で語るのが嫌だから、裁判所様のお墨付きである~♪ とでも言いたかったのかね。サヨクが権力に頼るのかねw
サヨクのしわざその2「とにかく話をそらす大作戦」だね。もう見飽きたよ。
(´ー`)y-~~

要するに、先生は絶対に自分で説明できない。できるほどの知識もないくせに本多本に洗脳されて根拠も把握しないままに「中国大好き!!」と叫びつづけていたというわけだね。で、こうやっていろんな人に聞かれてマニュアル本を調べてみたら、返せる言葉がのってなくてウギャー!!とw だから「逃げの小五郎、桂小五郎」といわんばかりに逃走してるわけですな。
「絶対に自分は正しい!! でも説明は一切できん!!クヤチイ(TÅT) 」

というわけですな。もう、これ以外にはありえないでしょ。apeman先生もこれまでだね。
哀れなりサヨク。

  • 2009/04/19(日) 01:59:17 |
  • URL |
  • 潜水艦 #3un.pJ2M
  • [編集]

やれやれ・・・

一知半解さんはほんとうに例の裁判の経過を全然ご存じないようですな。
21世紀の議論を無視して1970年代の認識にとじこもる理由は何なんでしょう? 先ずはそれを教えて下さい。

Apemanさん、日本刀の特徴がよくわかるHPを見て勉強しなさい。

>前線には新聞は配送されない。
>従って二人は一体全体、何か書かれていたか、内地に帰ってみなければわからなかったのが実情であろう。

これが間違いであることはすでに明らかになっています。


そこまで断言されるからには、余人ならぬ「両少尉」本人たちが前線において自分達の活躍を取り上げた「百人斬り」の記事を読んでいたというはっきりしたソースを提示できるんしょうね。

そもそも、元の山本七平の記述は明らかに推測に基づく記述ですが、それを否定さえすれば山本七平の主張そのものを否定しうるとの考え自体が、あまりに短絡的で幼稚ではないかと私は思うのですが…。
(ちなみに断っておきますが、この記述箇所自体については、私も山本七平の推測が絶対に正しい、無謬であるとは思ってませんし、強弁するつもりもありませんので誤解なきよう)

>私は体験者を知っており、そして私にも「斬った」体験があるから(註)である

これは山本「事実であろうと、なかろうと」七平お得意の「エピソード主義」というやつで、彼の「日本刀限界説」にはただの一つも客観的かつ実証的な根拠はありません。


「客観的かつ実証的でない」などと、ろくなソースも示さず断言できるものですね。つい最近のあなたの記事にもソースらしきものが引用されていたが、あの記述のどこが「客観的・実証的だ」なんて言えるのでしょうか?

そもそも、Apemanさんは日本刀の特徴や構造をわかっているのですか?

反りの角度の問題(竹刀稽古のように叩くだけでは斬れない程度しかない反り)、目釘の問題(刀身が抜け落ちたり、柄・鍔元がぐらつく)、打撃すると曲がる習性(古刀は柔かく曲がると元に戻さない限り使用不能・鞘にも収められない)、等々、通常の思考力を持った頭で考えれば、最大3人説というのが概ね妥当ではないかとの判断に落ち着くと思うのですが…。

そうした指摘を山本七平も散々していたはずですし、そうした指摘に対してまともな(論理的・科学的な)反論にお目にかかったことがありません。

ちょうど参考になる居合い道の方のHP↓を紹介しますから、すこしは刀の構造について勉強されたらいかがでしょう?
(Apemanさんは、たとえこのHPを読んでもそうした日本刀の欠点を認めないでしょうが、中にはApemanさんのような主張にだまされる方もいないとも限りませんのでここで引用させていただきます。)

・目釘について
http://kiguchi810.hp.infoseek.co.jp/zk/mekugi/newpage1.htm

(以下、一部引用)

『先人の伝えた事は正しいと確信』
<目釘のこと>
一回の稽古が終わると目釘が折れております。こんなにも目釘が持たないものかと思いました。でも、新刀・新々刀・現代刀は刀身が硬いため鉄目釘にした時、刀身に強い衝撃が加わると目釘が頑張るため刀身に刃切れが出来ます。古刀は柔らかいため刃切れは出来ませんが曲がりやすいのです。

稽古中何度も曲がりを直します。古刀は驚くほど曲がりやすいものです。しかし、鉄目釘にすると刀身が凄い勢いで飛び出そうとする力のために目釘穴が大きくなります。柄の材質が朴のため柔らかく鮫皮で巻いてはいますが、それほど助けにはならず穴は大きくなります。大きくなると目釘が鉄で重いため自然に抜け落ちます。目釘が抜けた事を知らずにそのまま使うと刀身が抜け命に係わります。新刀のとき鉄目釘で使用した時は刃切れが出来、知らずに使い続けると刀身が折れ、これも命に係わります。


このHPにはその他にも日本刀の特徴が示されているから、下記リンクを参考にされたし。

・刀・拵のメンテナンス 其の壱(柄ががたがたする場合)
http://kiguchi810.hp.infoseek.co.jp/zk/mt02/newpage4.htm

・刀・拵のメンテナンス 其の壱(鍔鳴りの直し方)
http://kiguchi810.hp.infoseek.co.jp/zk/mt01/newpage2.htm

戦場において、上記のように日本刀をメンテナンスする時間があったとはとても思えませんね。
野田少尉なんか、大隊副官ですから、そんな暇あるわけないのですが。

というわけで、私に反論をしたいならば、かならず上記2点について説得的な反論を考えて下さい。

これはそのままそっくりApemanさんに問い返します。
私が引用した日本刀の特徴について、科学的・論理的な回答を頂かない限り、あなたの主張には、何ら「客観的・実証的」根拠がないと判断させていただきますから、そう判断されたくなければ、きちんと反論するように。お願いします。

しかし、こうしたApemanさんの態度を見ていると、山本七平の次の言葉を思い出しますね。

鉄刃で鉄板を斬断することは、木刀でマキを割るのと同様不可能なことだ、というわかりきった事実が通用せず、「百人斬り競争」「鉄兜もろとも真向唐竹割り」などという虚報が事実で通用するから、日本刀をぶら下げて「太平洋戦争」をはじめるのである。そして、この「記事」が、今なお堂々と「事実」と強弁されて通用している「事実」こそ、まさに寒心すべきことであろう。われわれは今も、さまざまな形の「百人斬り競争」を、疑う余地ない事実と思い込まされていることは、おそらく、疑う余地のない事実だと私は思う。

不思議なことに日本軍の悪行をあげつらうApemanさんの思考というのは、その憎むべき日本軍の思考と似ているんですよね。ベクトルがちがうだけで。

これでは、潜水艦さんにインパール牟田口と言われるのも当然ではないでしょうか?

  • 2009/04/18(土) 11:00:51 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

先生はまだゲリラ活動してるかね(´ー`)y-~~

ape「先に上海を攻撃したのが国民党軍であろうとなかろうと日本軍が悪い」man先生こと、yahoo掲示板から逃げ出した「南京大虐殺の名簿はあるけど絶対見せないもん♪」cheap某先生が短文でごまかす時は、理屈で勝てないとわかってる時なんだよね。中国共産党から直伝されたゲリラ戦法だよw

このフレーズ気に入ったから、しばらく使うとしようかねぇw

>彼の「日本刀限界説」にはただの一つも客観的かつ実証的な根拠はありません。

それだから、宗教サヨクは「日本刀スーパーウエポン説」なんてアホな主張をしてるのかね? 日本刀はシロウトでもすぐ達人なみに使えるようになる武器で何十人と斬れる、時代劇でも何十人と斬ってるからできる!! ってやつでしょw
いつから日本刀って特撮ヒーローのレーザーサーベルに変わったというのかねw

まさかそれで、「日本刀はすごいから百人斬りはあったの!!」と叫ぶつもりなのかねw それ結局、事件の経緯、斬った人数、時間と場所をなにひとつ説明できないもんだから、苦し紛れに言ってるだけなのはバレてるんだよ。本多勝一をまるまると信用してたのに「ウヨク」から根拠をいろいろ聞かれて慌てて言い出した話にすぎんのでね。

ま、もともと本多のテキスト自体が中国共産党からの丸写しで、ちゃんと自力で調査したものじゃなかったからなんだがね。
戦後になって出てきた望月証言とかにしても、どれを自分が信じてるのかも説明もせず、「二つの証言はムジュンしてるけど、とにかく証言があるから間違いないんですヨー。」とか曖昧なことを言って誤魔化してるしさ。

まじめにやる気がないし、ちゃんと分析すると他のサヨクと意見がぶつかるかもしれんのが怖いから、憂さ晴らしに「異教徒」に突撃して迷惑かけてるのもお見通しでね。儒教ナショナリズムの関係で見解をアップデートする気がさらさら無いのもわかってるからね。
だいたい、先生は自分でこれだけ騒いでおいて今になって「時間のムダが・・」とか言うのはどういうことだいw やっぱり、ケンカした相手の家に勝手にあがりこんでお茶菓子をたいらげて、満腹になったら勝手に帰る猿人なのかねw

他人様にいつも要求してるレベルの半分でいいから、責任もって筋の通った振る舞いをしたらどうかね? 新撰組なら士道不覚悟で切腹ものですぞw

ま、それが先生の生き方なんですけどね。
哀れなりサヨク。

  • 2009/04/13(月) 01:04:08 |
  • URL |
  • 潜水艦 #3un.pJ2M
  • [編集]

時間の無駄を避けるために

>前線には新聞は配送されない。
>従って二人は一体全体、何か書かれていたか、内地に帰ってみなければわからなかったのが実情であろう。

これが間違いであることはすでに明らかになっています。

>私は体験者を知っており、そして私にも「斬った」体験があるから(註)である

これは山本「事実であろうと、なかろうと」七平お得意の「エピソード主義」というやつで、彼の「日本刀限界説」にはただの一つも客観的かつ実証的な根拠はありません。

というわけで、私に反論をしたいならば、かならず上記2点について説得的な反論を考えて下さい。上記2点をスルーするつもりならもはや山本「事実であろうと、なかろうと」七平にこだわる理由なんてないはずですからね。

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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