一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

物量ではなく思想の違いで敗れた日本

よく太平洋戦争を語る際、「米軍の物量作戦に負けた、それさえ互角なら負けなかった」という言い訳を目にしますが、昔は私もそう考えていました。

しかし、山本七平の主張を読んでみて、それは間違いなのではないか…としか思えなくなりました。

このことについては、「日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)」でも詳しく取り上げられているのですが、今日は、砲測量を例に、そのことを端的にわかり易く指摘しているコラムを「常識」の研究 (1981年)から紹介したいと思います。

■「ミドル日本人優秀説」

週刊誌をめくっていたら、ある在米学者による「日本のミドルはアメリカよりはるかに優秀」といった一文が出てきた。

別にだれかが日本人は劣等だといったわけではないであろうが、この日本人優秀説は、何かへの反発のように、ときどき顔を出す。

そして、それは何らかの自信喪失・目標喪失のときや、挫折感を昧わっているときに出てくるように思われる。

これは終戦直後のフィリピンの収容所でも出てきたし、事実、アメリカ人やフィリピン人に接してみると、日本人優秀説を証明しうる事例はいくらでもあった。

下級将校・下士官・兵、そのすべてが素質・勇気・訓練において日本軍に劣り「なぜあんなバカに負けたんだ」がわれわれの嘆声であり、「結局、物量さ」が、その理由の真の探究を放棄した者の安直な結論であった。グアム島の横井氏もそう結論している。

しかし、理由はそんな簡単なことではない

私は砲兵の観測将校だったので、その後にも双方の射法の違いに関心を持ち続けてきたが、その結論を簡単に要約すれば、日本軍は観測将校の名人芸に依存し、彼らは、バカでもチョンでもできるシステムに依存するという違いなのである。

したがって、観測将校を比較すれば日本の方がはるかに優秀で「段が違う」、しかし、彼らは最も優秀な頭脳をそこには投入せず、システムの開発に投入しており、したがって安直な優秀論はできないのである。

以上のことを具体的に述べれば、砲の射撃では弾着点を観測しつつ射弾修正を行う。

この際、見えた通りに修正できるのは砲身の真後ろで観測している場合だけで、この場合は小銃の照準と同じである。

だが、通常、砲は後方の谷底のしゃへい地にあり、観測所は前方で、しかも射線からはずれた高地にあり、両者の間を軍用電話でつなぐのが普通だから、見えた通りには修正できない。

そこで目標・観測所・砲を結ぶ三角形を頭の中に描き、観測所で見える方向誤差と遠近誤差を頭の中の暗算で、一瞬のうちに砲の方向誤差と遠近誤差に換算し、その修正値を電話で砲側に命ずるのが、観測将校の任務になる。

【遠隔観測による集中砲火の図】
砲の測量図
(↑クリックすると大きくなります)

そのため、目標・観測所・砲の描くあらゆる三角形を頭の中に入れ、とう見えたらどう換算するかのすべてに熟達させるのが訓練であり、名人芸に達した「射撃の神様」などは、まるで頭の中に電算機が入っているのではないかとさえ思われるほどである。

あらゆる面におけるこういうタイプの中堅幹部、こういう人を優秀というなら、アメリカ人には確かにこういう優秀さはない。

同じタイプの優秀性、たとえばソロバンの名手の暗算能力などに接すると、アメリカ人は、そういう人間の存在さえ信じられず、驚きの余りポカンとしているのが普通である。

と同時に、われわれはそのポカンを見て「こんなバカにあの複雑な砲兵射撃がなぜできたのか」と不思議になり、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。物量さ」で片づける

だが、実際はそうではない

彼らの射砲では「見えたら、見えた通り、砲測に電話すればよい」のである。
これならば何の名人芸もいらず、昨日入隊した兵隊にもできる。

そして砲側には一種の計算盤があり、これにまず前記の三角形を入れておき、電話で来た誤差を入れれば、砲の誤差が自動的に出るようになっておりこの操作もまたきわめて簡単で、ほとんど訓練なしで使えるのである。

もちろん、その間に一定の時間を必要とするから、日本軍の名人芸のように瞬間的に修正できるわけではない。

ただし、日本的な意味での優秀な人間は中堅幹部には必要ないし、名人芸に到達するまでの長い訓練も必要でない。

さらに、名人が戦死したら射撃不能になることもないし、損害への人材補給ができず、みるみる戦力が落ちていくこともない

優秀な人材は、この計算盤をより早く、正確でかつ操作しやすくするため、戦場での経験を取り入れて研究を続け、実践のたびに性能が向上していく。これがシステムであろうか。

したがって私は、現場中堅幹部日本人優秀説とその行き方の是認に危惧の念を持たざるをえないのである。

【引用元:「常識」の研究/Ⅳ倫理的規範のゆくえ/「ミドル日本人優秀説」/P191~】


結局のところ、このコラムを読むと、物量が問題だったのではなく、思想の違いで負けた、というところでしょうか。
思想自体に優劣はないと思いますが、戦争という形態での争いの中では、日本のそれは人に頼る部分が大きい分、戦死により補充が利かないという弱点が露わになってしまったのではないかと思います。


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コメント

杜若さんへ

杜若さんへ

レスありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。

私もねずきちさんのブログは貴重だとおもってます。
特に日本人の心を忘れ、アイデンティティを喪失した人たちにお勧めしたいです。

ただ、それだけでは駄目なんじゃないだろうかと。
ひとりよがりになる恐れも大きいので、あえて水を差してしまったのです。

たぶん、今後も、折にふれ、水を差すようなコメントを入れると思います。読者の方々の反応が怖いですけど。

  • 2010/01/27(水) 22:10:47 |
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  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

ねずきちさんのブログで、私がコメントしない事柄が一つだけあります。
それは、特攻が記事になる時です。私には、非常に精神的な負担を感じてしまいます。
その精神は貴重ですし、私もその精神を決しておろそかにできないと思っております。
わたしも、当時に生きていれば志願していたかも知れません。
そこが難しいところですが、納得はしても受け入れられない部分というものはあります。
人には、大まかに分ければ、知情意の分類があります。その性向によって微妙に考えが規定され、異なってきます。しかし、それは致し方がないことかもしれません。
ただ、それども尚、ねずきちさんのブログは大変貴重なものと思っております。

  • 2010/01/24(日) 23:01:10 |
  • URL |
  • 杜若 #-
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杜若さんへ

杜若さん、早速のレスありがとうございます。

>馬鹿だとは言っても、それは決して馬鹿には出来ない心情が存在することを汲みとることはできないでしょうか。

勿論、アジアの解放を真摯に願っていた日本人も居たかも知れません。というより居たでしょう。
それは否定できません。

しかし、そうした心情を絶対視し、現実を無視して作戦を強行した結果、出現したものは何か。
地獄の責め苦でした。特に現場の兵士にとっては。

フィリピンのジャングルを彷徨った山本七平は言っています。

現場からみたら、大本営はキチガイの集まりだと。
現場の人間にしてみれば、まるで親友や家族をキチガイに殺されたようなやるせなさを感じると。

理想は崇高でも、現実に立脚しない限り、結果として地獄行きです。

馬鹿には出来ない心情は、存在するでしょうし、それを否定するわけでもありませんが、それにおぼれては、いずれまた同じ轍を踏んでしまうでしょう。
滅びの美学はあるかも知れませんが、それに酔いしれてはならないと私は思います。

ねずきちさんのブログは、当時の日本人の心情を上手く記事にされていて素晴らしいと思うものの、そうした心情の絶対化がもたらした災厄について何ら触れられていないところに、私は一種危ういものを感じてしまうのです。

だから、なるべく言葉を選んでコメントを書き込んで見たのですが、あちらの皆さんにはやっぱり反発されてしまいましたね(汗)。
わかってもらうと言うのは実に難しいですね。

  • 2010/01/24(日) 22:30:01 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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一知半解様は、関西テレビのたかじんのそこまで言って委員会をご覧になったことはあるでしょうか。
関西のみの放送なので御存じないかも知れませんね。
そのなかで、三宅氏(この番組のメインパネラーです)が、靖国神社を訪れたときに、当時の地図を見て、兵站から考えて、それは気違い沙汰だと述べていました。

しかし、私はその発言を聞きながら別の考えをしておりました。インパール作戦も気違い沙汰です。しかし、ほんとうにそうだったのかと。

私は、そこに当時の日本人が考えた、アジア解放の夢があったのでは考えずにはいられません。馬鹿だとは言っても、それは決して馬鹿には出来ない心情が存在することを汲みとることはできないでしょうか。
ただ、これは私の想像に域に過ぎません。

  • 2010/01/24(日) 21:20:47 |
  • URL |
  • 杜若 #-
  • [編集]

杜若さんへ

杜若さん、コメントありがとうございます。
それぞれ個別に回答させていただきます。

>もしあの当時日本に自動車を造るラインを備えた工場群等のシステムがあるような国家なら、もうちょっと戦い方もちがっていたでしょう。

勿論、杜若さんのご指摘どおり、物量があれば日本も戦い方を変えていたでしょう。

しかしながら、たとえ物量が同等だったとしても、最終的には敗れるような気がします。

その理由を、山本七平は幾つか指摘しています。

1.「輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち」「輜重輸卒が兵隊ならば、電信柱に花が咲く」という言葉にあるように、兵站を軽視していたこと。しかも、ガダルカナル戦/ポート・モレスビー戦/インパール作戦の失敗のように何度も同じ失敗を繰り返す。

2.”武芸”に熱中するあまり、わずかな工夫さえできない。工夫をせずに、同じやり方に拘泥し、いたずらに戦力を消耗する。

3.精神力といった「勇気」に頼るあまり、現実を無視した作戦を強行してしまう。

4.米軍が戦争を遂行する為の「機能集団」であったのに対し、日本軍の組織は「共同体」であったこと。

特に、4.の「組織」の違いが大きな問題だったと思います。
日本軍は、機能集団ではなく、共同体であったために、和を重んじ、合理的な判断ができない。
共同体だからみんな張り切って戦闘していなくちゃ気がすまないから、捨て駒を作れない。
そしてまた、無能な上司を効率的に排除するシステムがない。
要するに日本軍は、全く戦争に向いていない組織集団でした。

このように考えると、やはり「精神」で負けたと思わざるを得ないのです。
なお、ここでいう「精神」とは、単に国を守るという気持ちではありません(そういう精神力なら、当時の日本人は世界最高レベルだったでしょう)。
というより、「考え方」とか「思考様式」とか言うべきものですので、そこのところお間違えないようにお願いします。

  • 2010/01/24(日) 16:34:15 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

一知半解様 こんにちは。

第二次大戦当時、アメリカはすでに近代的な工場設備とシステムがある程度完成していたと思われます。その完成度、効率性そして経済性までも考慮された工場群が戦争中一度も被害を受けず稼働し続けたのです。

日本と言えば当時、ゼロ戦を馬車で運んでいたとのこと。そこに、物量では無くて精神で負けたなどと言える余地はありません。
精神というよりも、近代化された工業システムに日本は敗れたのであり精神とは無関係と思います。
もしあの当時日本に自動車を造るラインを備えた工場群等のシステムがあるような国家なら、もうちょっと戦い方もちがっていたでしょう。ミッドウェーで大勢の優秀な戦士を失うこともなかったかもしれません。

  • 2010/01/23(土) 14:18:50 |
  • URL |
  • 杜若 #-
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tikurinさんへ

tikurinさん、レスが遅くなりすみません。
拙い質問に対して、丁寧で詳しいコメントをどうもありがとうございます。

>『日本教について』が最初、それについての小室直樹氏との共同解説が『日本教の社会学』、日本教の世界を「平家物語」や「太平記」の世界に遡って説明したのが『日本教徒』です。

早速、アマゾンのレヴューを見てみたのですが、面白そうだと思ったのが『日本教徒』ですね。不干斎ハビアンは、「日本人とは何か(下)」でも出てきた人物なので興味があります。

天秤の論理について、ご説明ありがとうございました。抽象的なのでなかなか掴みづらいですが、原書にもあたって見るなどして理解できるようになれば…と考えております。

>純粋であれば、何をしてもかまわない、鳩山前総務相に見られるような行為が今でも世論の支持を集める、そんな傾向が今でも残っている、ということですね。

このことは私も同じような印象を抱きました。
特に、麻生首相の手紙の内容をばらすような行為は、目に余ります。

しかしながら、ヤフーを見てみると、このニュースについたコメントは、麻生首相を批難するものが多く、また、そうしたコメントを支持する割合が多く、ちょっとしたショックを覚えました。

もちろん、ヤフーの信頼性というのも怪しいものがありますけど、「正しい」なら、ああいう行為も咎められない雰囲気というのは、薄気味悪いものがありますね。

>貴ブログ上の私の行った問答は、私のホームページ「山本七平学のすすめ」に転載させていただきます。よろしくご了解下さい。

了解です。早速、拝見させていただきました。
Apemanさんとの問答もありましたね。あれは実に見事な反論で、とても参考になりました。

  • 2009/06/21(日) 00:33:46 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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「天秤の論理」について

一知半解さん、しばらくです。現役中は大変ですから、返事はいつでもいいですよ。

Q ベンダサンの「天秤の論理」・・・どの本を読めばそのことが記載されているのでしょう?
tiku 『日本教について』が最初、それについての小室直樹氏との共同解説が『日本教の社会学』、日本教の世界を「平家物語」や「太平記」の世界に遡って説明したのが『日本教徒』です。

>「思想は思想自体として存在し・・・」というあなたの思想もまた思想なのだから、それも「大虚構」ではないか」と。
Q 司馬氏を批判したその理由というのは、そういう決め付けを行なうのではなく、なぜそのような考えが出てくるのか?について考察せよという解釈でよろしいでしょうか。
tiku そういうことだと思います。自分の思想を対象化すべきだ、ということですね。

>日本人の場合は、それを「論理=ロゴス=言葉」によって制御する事が「天秤の論理」ゆえにできない
Q 自らの行動規範が言語化されていないため、制御できない。ということでしょうか?確かにそうした指摘は山本七平の記述に出てきますね。
tiku 「天秤の論理」は、上記の本を読まれるとわかりますが、日本人は言葉を丸ごとその人の思想を表すもの、とは考えないで、それを「実体語」(現実を反映した内心の言葉)と「空体語」(空想的な建前→理想の言葉)に分けて天秤にかけ、後者を前者(=現実の重さ)とバランスさせるための分銅のように扱い、その支点に当たる部分に「人間」(=自分)を置いて左右に微妙に位置を変えながら、システム全体のバランスをとっている。
 つまり、自分自身を直接言葉で捉えようとはしないで、世間の空気を読みながら、自分の「実体(語)」とバランスするように「空体語」(日本人が「思想」と考えているもの)の量を加減しつつ、身を処している。この場合、そのどれが、その人の本当の思想かといえば、実はそうした生き方そのものがその人の思想ではないのか、ということを指摘しているのです。そういう生き方が”あたりまえ”として無意識の内に日本人に共有されているので、それを「日本教」といったのです。
 ただ、ベンダサンは、そうした生き方(=思想)を批判しているわけではなくて、それを対象化することで、初めて、そうした考え方を、現代社会で有効に機能するように修正できる、つまり、その問題点を是正し、その新しい活用法を発見することができるといっているのです。そうして初めて、無意識の思想による拘束を脱して、人間の「自由」を獲得できる。それが、より優れた自分の思想を生み出すことにもなる、といっているのです。
 ただ、この「天秤の論理」とは、本来、政治的(=人間関係調整)問題を処理するときに有効に機能するもので、従って、政治問題とならない限りは、通常の論理で処理されることになるのですが、ベンダサンが日本人は政治天才だといっているように、日本人は本来政治的問題でない問題まで政治問題にしてしまう。またそうしないと物事がうまく処理できない、そういう傾向がある。この問題点をしっかり把握し是正することが、日本人には必要である、そういっているのです。
 以上は、ベンダサンの指摘ですが、山本七平自身は『一下級将校の見た帝国陸軍』「言葉と秩序と暴力」において、「陸海を問わず前日本軍の最も大きな特徴、そして人があまり指摘していない特徴は、「言葉を奪った」ことである。日本軍が同胞におかした罪悪のうちの最も大きなものはこれであり、これがあらゆる諸悪の根源であったと私は思う」といっています。
 近代戦争を遂行する中で、この日本人の、物事を言葉で明確に規定しないという文化的特徴が何をもたらしたか、結局、その秩序維持の最終方法は暴力でしかなかったではないか・・・。この事実、この体験が山本七平にはよほど強烈な反省として捉えられたのでしょう。彼の「正義を口にすれば必ず汚れる」という思想との共鳴は、ここに端を発しているのです。しかし、一方で、彼は、そういう意味で日本人に近代戦を戦う能力がなかったということは、それは決して恥ではない、ともいっています。

Q それはさておき、三島由紀夫に関する山本七平の記述と言えば、私の中の日本軍(上)の中の記述を思い出しますね。
 三島由紀夫氏が切腹したとき、私は反射的に、氏はこの「フケメシ」という言葉を知らなかっただろうなと思った。フケメシとは読んで字の如く、メシの中にフケをまぜて食わせることである。
三島由紀夫は純粋だったから、軍隊の裏表を知らなかったということを指摘したかったのでしょうか。
それでも「純粋人」は純粋になってしまうものなんでしょうかね?

tiku 先の、「空体語」と一体化したような大言壮語を吐き、正義を振り回し、世間的に純粋を標榜する青年将校が、実際は現場の兵隊にどれほど嫌われたか、ということを指摘しているのですね。このあたりは、司馬遼太郎の感覚と似ています。要するに、言うこととすることが違うということなのです。青年将校に暗殺された犬養毅は「革新革新といいながら彼等は白足袋をはいて毎夜待合まいりをしているではないか」と批判していました。純粋であれば、何をしてもかまわない、鳩山前総務相に見られるような行為が今でも世論の支持を集める、そんな傾向が今でも残っている、ということですね。  

 貴ブログ上の私の行った問答は、私のホームページ「山本七平学のすすめ」に転載させていただきます。よろしくご了解下さい。

  • 2009/06/16(火) 14:39:51 |
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  • tikurin #wQAHgryA
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tikurinさんへ

tikurinさん、お返事が大変遅くなり申し訳ございませんでした。
何せ仕事が忙しくブログもなかなかチェックする暇がなかったもので…。
それはさておき、ベンダサンの三島批判について教えていただきありがとうございました。

教えていただいた司馬遼太郎の解釈ですが、私には至極ごもっともな指摘じゃないかと思いました。

それに対し、ベンダサンの「天秤の論理」はまだ読んだことがないので、いまいち理解できませんでした(泣)どの本を読めばそのことが記載されているのでしょう?

>「人間は言葉では規定できない」という日本教の教義第一条に基づく考え方だといったのです。

これは、「日本人とユダヤ人」に書いてあった、

日本教の根本理念を形成する「人間」なるものの定義が、すべて言葉によらず、言外でなされていることである。(「日本人とユダヤ人」より)

と関係がありそうですね。
要は、

>「思想は思想自体として存在し・・・」というあなたの思想もまた思想なのだから、それも「大虚構」ではないか」と。

と司馬氏を批判したその理由というのは、そういう決め付けを行なうのではなく、なぜそのような考えが出てくるのか?について考察せよという解釈でよろしいでしょうか。

日本教の教義第二条については、よくわかります。これは、岸田秀との対談の中でも盛んに触れてましたね。

>要するに、ベンダサンがいっていることは自分の行動を支配している思想を客体化すべきだ(捨てるべきといってるわけではありません)、ということなのです。
>日本人の場合は、それを「論理=ロゴス=言葉」によって制御する事が「天秤の論理」ゆえにできない


自らの行動規範が言語化されていないため、制御できない。ということでしょうか?
確かにそうした指摘は山本七平の記述に出てきますね。

それはさておき、三島由紀夫に関する山本七平の記述と言えば、私の中の日本軍(上)の中の記述を思い出しますね。

三島由紀夫氏が切腹したとき、私は反射的に、氏はこの「フケメシ」という言葉を知らなかっただろうなと思った。フケメシとは読んで字の如く、メシの中にフケをまぜて食わせることである。

三島由紀夫は純粋だったから、軍隊の裏表を知らなかったということを指摘したかったのでしょうか。
それでも「純粋人」は純粋になってしまうものなんでしょうかね?

お待たせした割には、要を得ないお返事ですみません。

  • 2009/06/12(金) 22:37:03 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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ベンダサンの司馬(三島を訂正)批判?

 時々の書き込みですがご容赦下さい。ご質問の点だけお答えしておきます。
 標記の件ですが、三島が割腹自殺をしたとき司馬遼太郎は「毎日新聞」に『異常な三島事件に接して』という1文を書きました。その要旨は、「思想というものは、本来、一大虚構であり、現実とはなんのかかわりもない。ところが、思想は現実と結合すべきだという不思議な考え方がつねにあり、特に政治思想においてそれが濃厚である。三島は、自分の思想を現実世界のものにしようという、神のみにできる大作業をやろうとした。それを現実化する方法はただ一つ狂気を発することであり、この狂気の果てに三島の死があった」というものでした。
 これに対して、ベンダサンは、こうした考え方は日本教徒の「天秤の論理」から出てくる考え方で、要するに「人間は言葉では規定できない」という日本教の教義第一条に基づく考え方だといったのです。ベンダサンは続けて司馬氏に対して次のような質問をしています。
 「思想は思想自体として存在し・・・」というあなたの思想もまた思想なのだから、それも「大虚構」ではないか」と。
 その上で、では日本教における人間の価値はどうして決まるかというと、それは人間の「純粋度」によって決まる。これが日本教の教義第二条だといっています。だから三島は「純粋」ゆえに今も左翼からも支持されるのだと。
 要するに、ベンダサンがいっていることは自分の行動を支配している思想を客体化すべきだ(捨てるべきといってるわけではありません)、ということなのです。
 このあたり、言葉によらず「感情(あるいは情緒)で人間を理解し得ると信じている日本文化の神髄に触れる問題だと思いますが、この点については小林秀雄も「おもしろい」といっていましたね。
 トラウトマン工作の失敗についてベンダサンが指摘している「感情が条約に優先した」ということについても、実はベンダサンのこうした認識がベースになっています。といっても、どこの国の国民も「感情的」なわけで、日本人の場合は、それを「論理=ロゴス=言葉」によって制御する事が「天秤の論理」ゆえにできない、といっているのです。
 これに対しては、立花隆氏が激しく反発していましたねえ・・・。要するに、「論理(学)がないなんて”言い過ぎだ”」ということなんですが。でも、確かにベンダサンの論理には「言い切りすぎている」所がありますね。トラウトマン工作の分析などはそういう荒っぽい点があります。私はこのあたりは山本七平ではなくユダヤ人ベンダサンではないかと思っているのですが・・・。続きは、後日余裕があるときにしたいと思います。

  • 2009/05/29(金) 17:06:15 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

tikurinさん、コメントありがとうございます

tikurinさん、大変示唆に富んだコメントをありがとうございます。

>要するに何のために戦争しているのかが分かっていなかったのです。このことは自分の思想さえ明確に把握していなかったということになります。つまり、思想より先に行動がある、しかし、それはそういう思想の結果だと言うことがわからなかったのです。思想以前の問題ですね。

なるほど。
確かに「英霊にすまない」などと言う”一時の感情”に流された結果、何のために戦争しているのかを見失ってしまったと言えますね。
これも、結局のところ、思想的に徹底していなかったための悲劇なんでしょうね。

どうしてこうなってしまうのかは、山本七平の主張によく出てきますが、やっぱり、自らの行動規範をはっきりと把握してない(言語化していない)故なんでしょうか。

それはそうと、山本七平が浅見批判にどう答えていたか教えていただきありがとうございました。どういう反応をしていたのか知りませんでしたので参考になりました。

>こういった考え方が私たち日本人にどれだけ啓発的であるか、このことを評価すべきで、それが専門家の目から見て間違いがあったとしても、適切な助言を与えればいいことなのです。(小室直樹の言)そうした観点からいうと浅見さんの批判は実にいただけませんね。

まさにそのとおりなんですよね。
間違いがあったら指摘するのは当然ですし、構わないです。
ただ、間違いを犯したことをもって、とにかく相手の主張や人格すら全否定するのが浅見氏の「目的」なんでしょうか(まだ浅見氏の本を読んでいないのでなんとも判断できませんが)?
どうも彼の本を論拠に、山本七平を否定してくる手合いというのは、レッテル貼りするばかりで、まともな議論に応じようとしない連中という印象があるせいか、どうも浅見氏ご本人もその類いに思えてなりません。

>ベンダサンの三島切腹時の司馬批判がありますからね。

そんなことがあったのですか。どのような批判だったのかちょっと興味がありますね。
私は司馬遼太郎の著作も好きで結構読んでいるほうだと思うのですが、昭和史に関する部分では、なんかツッコミが足りないというか甘いというか物足りない印象があります。その点、山本七平の方が踏み込んでいるし鋭いですよね。

戦争体験の違い(山本七平は地獄のフィリピン戦線/司馬遼太郎は終戦時も統率が取れていた中国戦線)というのが起因しているのではないかという意見もどこかで見かけたことがあるのですが、どうなんでしょうか?

しかし、tikurinさんのコメントやブログ記事を見ていつも痛感するのですが、山本七平の主張に対する自分の理解度と言うのは、浅いというか一知半解レベルでまだまだだなぁ…と思うことしきりです。

これからも、山本七平に詳しいtikurinさんのブログやコメントを参考にさせていただきたいと思いますので、こちらこそ宜しくお願いいたします。

  • 2009/05/24(日) 00:25:26 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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山本七平をめぐるいくつかの話題について

 一知半解さん、こんばんは。いろんな議論があって賑やかですね。今日は少々私見を申し述べさせていただきます。
 まず、「物量でなく思想の違いで敗れた日本」ですが、私も山本七平の軍隊論のポイントはそこにあると思っており同感です。この問題は軍人だけの問題ではなく、日本人一般の思想の問題として次の三点が指摘されています。①可能・不可能と是非論の区別ができない②組織の名誉を守る、あるいは時代の空気に逆えずホントのことを言えない③事実認定と思想・信条の区別ができない。
 私も昭和史を自分なりに点検していますが、まさにこうした日本人の思想上の問題点が不可解極まる昭和の戦争の主因をなしていると思いましたね。
 それから、トラウトマン工作の評価についてですが、昭和12年12月2日に蒋介石が広田外相が示した講和条件を受諾した、これは「ポツダム宣言の受諾に等しい」というベンダサンの評価について、史実としては異論があるのは当然です。しかし、ここでのベンダサンの主題は、「日支事変を世界はどう捉えたか」であり、世界はこの戦争を「満州国承認」を戦争目的としたプロシャの「七年戦争=シレジア領有確認戦争」と見た、ということなのです。こうした観点から見れば、蒋介石はこの時の条件受諾で「満州国の黙認」を覚悟したでしょうから、日本は戦争目的をほぼ100%達成したことになります。そのことをベンダサンはポツダム宣言受諾に比しているのです。残念ながら日本はさらに条件を加重し交渉を駄目にしてしまいましたが、要するに何のために戦争しているのかが分かっていなかったのです。このことは自分の思想さえ明確に把握していなかったということになります。つまり、思想より先に行動がある、しかし、それはそういう思想の結果だと言うことがわからなかったのです。思想以前の問題ですね。
 それから浅見定雄氏の「にせユダヤ人と日本人」ですが、後に山本七平は浅見の批判にどう答えるか問われて、「この本については編集上協力したが著作権は持っていない(分かってもらえずいいあきた)」「あれはエッセイですから楽しんで読んでもらえばよい。学術論文として見たら非常に欠陥があることぐらいは私だってよく知っている。本というのはそういうものなんです」といっています。この点が多くの人に全く理解されていませんね。
 ところで、この本が楽しめるかどうかですが、例の「全員一致の議決は無効」についても、これは何もサンヘドリンでの議決ルールの専門的解釈を問題にしているのではなくて、「人間には真の義すなわち絶対的無謬はあり得ない」という西欧の伝統的思想を日本人に紹介しているのです。こういった考え方が私たち日本人にどれだけ啓発的であるか、このことを評価すべきで、それが専門家の目から見て間違いがあったとしても、適切な助言を与えればいいことなのです。(小室直樹の言)そうした観点からいうと浅見さんの批判は実にいただけませんね。とくに彼のイデオロギッシュな口吻、ベンダサンを批判しさえすれば一度落第点を与えた生徒にあらためて及第点を与えたと公言するのですから、私はこんな先生にはつきたくないと思いました。ただ氏の指摘にも学ぶところは多いと思いますので、今後ゆっくり勉強させていきたいと思っています。
 それから、山本七平と司馬遼太郎の対談は三本あって、全て「山本七平全対話」に収録されています。これには秘話があって、関川夏央氏によると、二人の対話は必ずしも噛み合わず、三度目の対談「日本に聖人や天才はいらない」では、司馬は司会役の編集長だけに顔を向けて話すという露骨な態度を示した、といいます。まあ、ベンダサンの三島切腹時の司馬批判がありますからね。私は、山本は司馬が書けなかった昭和を、司馬のように日本史の非連続として切り離さないで連続と捉えて書き尽くそうとした、そうした山本の仕事を唯一のものと評価しています。あくまで個人的な楽しみでありますが・・・今後ともよろしく!

  • 2009/05/22(金) 22:46:37 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
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わくわく44さん、再度レスをいただきありがとうございます。
唐突にコメントいただいても、失礼だと全然思ってませんのでお気遣いなく。

詳しい解説を寄せていただき、大変参考になります。
ただ、読んで思ったのですが、わくわくさんの御指摘は、原因というよりも「あらわれた結果」であるような気もしました。

>「何も言えない」のではなく、「何を言っても無駄」という状況なんです。

その「何を言っても無駄」という状況が出来たのはどうしてなのか?
どうして2・26事件が起きたのか?

最近、山本七平や岸田秀を読んで見て私が思うのは、その社会状況・背景や当時の日本人の思考・行動様式等にまで、メスを入れなければならないと思うのです。

護憲派のように「軍部が悪かった」とか「だまされた」とか理由つけて結論付けているようでは、到底そうした分析はできないのではないでしょうか。

  • 2009/03/30(月) 23:38:04 |
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  • 一知半解 #f2BEFQoE
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いきなり、すみません

唐突にコメントして、失礼でしたね。
申し訳ありません。

>なぜプロが口を塞がれ、何もいえない状況になってしまったのか。
>それを解明することこそ、反省に値する行為だと思うのですが…。

原因はいくつかあります。

陸軍は、山梨軍縮・宇垣軍縮と、兵力と軍事費の削減に伴う民間の科学技術の進歩と近代兵器開発を画策していましたが、永田鉄山暗殺や226事件などでぶっ飛びました。

海軍は、統帥権干犯問題による「条約派」の追放と、日独伊三国同盟反対派の追放によって、有能な人材が次々と中央から追放されたことです。

なお、この統帥権干犯問題は、帝国議会でも野党政友会が与党民政党を追い込むための「口実」に使われ、浜口内閣が倒れた原因でもあります。(統帥権干犯を主張して、浜口内閣を追い込んだのは、後に515事件で「話せばわかる」と諭した犬養毅と、「友達の友達はアルカイダ」と言った総務大臣の祖父の鳩山一郎です。)

政府が軍をコントロールしきれないばかりか、陸軍省と参謀本部、海軍省と軍令部も対立してしまって、関東軍は勝手に日中戦争をやらかしても、それを政府も大本営も止められず、議会は党利党略に励んで足の引っ張り合い。

さらに、東條英機も、立場として微妙でした。
東條英機は、内閣総理大臣に就任した直後に陸軍大将に昇格しますが、そもそも在籍期間の不足で陸軍大将になれないところを、特例で昇格しました。その理由が、海軍大臣が海軍大将であるため、「中将が大将に指令するのはおかしい」というだけの話です。
ただ、陸軍においては、参謀総長の杉山元が陸軍大将として先任されており、同じ「陸軍大将」といえど、格は杉山が上(同じ階級の場合、先任者が上になる)であったことも、東條英機の難しい立場が出ています。

つまり、「何も言えない」のではなく、「何を言っても無駄」という状況なんです。
はっきり言って、対中戦争・対米戦争開始どころか、「外国からの防衛すら、もはやおぼつかない」状態であって、軍国主義がどうとか、天皇主権がどうのという、そんなレベルの高い話ではなく、実にレベルの低い、反省するなら、小学生低学年レベルの反省が必要な、実に情けない状態だったわけなんですよね。(号泣)

  • 2009/03/29(日) 00:57:01 |
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  • わくわく44 #-
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わくわく44さん、コメントありがとうございます。

>先ほどボロクソに言った日本軍ですが、敵国の情報収集と分析は、実は、相当な精密さがありました。「アジア歴史資料センター」で検索すればわかりますが、対米戦争に好戦的な軍人ですら、アメリカに「勝てる」と思っていた上層部はおらず、「戦うなら今しかない」という、やけっぱちな状態だったことが証明されています。

どうやらそうみたいですね。秦郁彦も、「プロが投げちゃって、アマがハッスルしていた」と表現していましたよ。

問題は、どうしてそういう状況に陥ってしまったのかですよね。

なぜプロが口を塞がれ、何もいえない状況になってしまったのか。
それを解明することこそ、反省に値する行為だと思うのですが…。

  • 2009/03/28(土) 22:20:42 |
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  • 一知半解 #f2BEFQoE
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計画性のなさが敗因

日米戦争の歴史をたどれば、物量や思想もさることながら、最大の原因は「計画性のなさ」であると言えると思います。

そもそも日米戦争は、日中戦争勃発から南部仏印進駐までの一連の日本軍の行為により、米国を中心とした国際的な経済制裁の結果、発生した出来事であって、あくまでも日中戦争の派生だということを踏まえないといけません。そして、1941年12月8日現在、日中戦争はまだ解決していないのです。片方が泥沼化している中で、二面戦争に突入したというのは、完全に無謀以外のなにものでもなく、仮に当時の日本が米国並みの国力を持っていたところで、「うまくいって痛み分け」だと考えます。

そして、致命的だったのは、「戦争の終結ビジョン」がまったくなかったこと。
戦争目的と戦争終結のポイントを明確に設定し、そのポイントに向かって戦略と戦術をたて、兵站を考えたスケジュールを定めること。そして、戦後の状態をきちんとイメージしておくこと。
とはいっても、戦場はイレギュラーのオンパレードですから、なかなかうまくいくものではないのですが、日露戦争では、計画を設定したおかげで、常に修正を行うことができたのみならず、実は、宣戦布告する前に、アメリカと水面下交渉を行って仲介の依頼、すなわち、日露戦争開始時には、すでに「講和のための根回し」ができていたわけです。
そして、戦争の目的が「利益線に対する脅威を除去するため、南満州に優位的な地位を確立する」という『意思統一』がなされた上での計画であり作戦だったので、末端の下士官まで「自分はどう動けばよいのか」ということを判断しやすい状態にあったので、全軍がブレることなく、計画や作戦を徹底しつつも、現場で柔軟な対応もできたのです。

ところが、日米戦争はおろか、日中戦争ですら、「そもそも、中国になんで攻撃するの?」という攻撃の意義がなかったわけで、これだと、意思統一などできません。意思統一ができなければ、作戦や計画を「理解して徹底させる」ことなど不可能に近い。なぜなら、いくら思想教育を行ったところで、命令を伝える相手は「考える生き物」である『人間』だからです。
強いて言うなら、「現場レベルでの無理解での徹底」で期待できるのは、「自陣営よりも圧倒的に弱い軍事力が、小規模で自国へ侵攻してきたとき」の防衛行動ぐらいです。(これも、50年前には通用しなくなっていますが)

つまり、日中戦争当時の日本軍は、装備や技術面ではともかく、「マンパワー」に関しては、もはや「防衛戦争ができるかどうか」というレベルになり下がっていた、ということが言えると思います。

>敵国の徹底した情報収集、分析を怠った日本の至らなさは残念です。

これは、みなさん誤解しています。
先ほどボロクソに言った日本軍ですが、敵国の情報収集と分析は、実は、相当な精密さがありました。「アジア歴史資料センター」で検索すればわかりますが、対米戦争に好戦的な軍人ですら、アメリカに「勝てる」と思っていた上層部はおらず、「戦うなら今しかない」という、やけっぱちな状態だったことが証明されています。

そして、暗号解読に関しては、実は日本もアメリカの暗号をかなり解読していることがわかっています。
外務省では、在日米国大使館への米国務省からの暗号電文を傍受した上で解読し、東郷外相が、アメリカ側の秘密情報をキャッチしていた可能性が極めて高いのです。これも「アジア歴史資料センター」に残っています。

  • 2009/03/27(金) 03:44:15 |
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  • わくわく44 #-
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mugiさん、こんばんは。再度レスいただきありがとうございます。

>もちろん敵国の徹底した情報収集、分析を怠った日本の至らなさは残念です。これは何故なのか、その背景を追求しなければなりませんね。

おっしゃるとおりです。
私はそのヒントを、山本七平に求めてきたのですけれど、最近、岸田秀に惹かれています。

岸田秀は、精神分析的手法を個人だけではなく、民族にも当てはめて分析しています。
なぜ日本人がそのような行動を取ったのか?その真の原因は、意外と「精神分析」的手法で解き明かせるのかも知れません。
機会があれば、ブログで引用していきたいと思ってます。

>滞在国の実態を見抜くべきなのに、洋行滞在を己のハクにするだけ
>これは戦後も全く変わらず、“出羽の神”が大手を振っており


この御指摘は、まさにその通りですよねぇ。
戦前戦後を通じて、日本人はまったく行動パターンが変っていなくて、変ったのは寄って立つ立場だけですが、それで自分は変身できたのだと自己欺瞞に陥っているだけじゃないでしょうか。
だからこそ、軍国主義者が一夜にして、平和主義者になれるのでしょう。
9条を信奉している人たちなど、戦前だったら教育勅語を絶対視していたことでしょう。

  • 2009/03/25(水) 22:22:31 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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思想の不徹底

こんばんは、一知半解さん。レス、ありがとうございました。

 現代から見れば、何故物量の差を前提とした闘い方が出来なかったのか、私も疑問に感じていました。しかし、これは後知恵の一種でもあるのではないか、とも思うことがあります。当時は軍国主義一色とされていますが、それでも人間の頭は十人十色なので、軍部さえも「思想の徹底」というのは容易ではなかったのかもしれない。ナチス・ドイツは日本より「思想の徹底」に成功していたはずですが、それでも物量の差はどうしようもなかった。イタリアとなれば、日本より不徹底。

 インドはじめ植民地で物量に勝る支配者に反乱が起きますが、この場合も思想が徹底されていたとは到底いえません。古代ユダヤもローマを刺激する名人であり、次第に過激派が支持を集め(ユダヤ人も感情が暴走しやすいとか)穏健派は排斥。物量に勝るローマと戦い、方々で玉砕を出しながら滅ぼされた様は日本と重なります。思想の徹底というのは想像するより難しいのかもしれません。

 もちろん敵国の徹底した情報収集、分析を怠った日本の至らなさは残念です。これは何故なのか、その背景を追求しなければなりませんね。私は戦前の“欧米通”知識人にも問題があると思っています。滞在国の実態を見抜くべきなのに、洋行滞在を己のハクにするだけで、山本の言葉を借りれば「外来思想の権威を笠に同胞を見下す”知識人”の小役人的表現」をしていた者が大半。
 これは戦後も全く変わらず、“出羽の神”が大手を振っており、ブロガーにも一部そのような者がいます。欧米のよい面だけを取り上げ、同胞を叱責するパターンですが、その類に欧米の問題点を指摘すると、反論は「暗黒面ばかり見るのは人間的に如何なものか…」。ある面だけ見るのは分析力を放棄したと同じなのに。

 何処の国にも極右はいますが、「カハネ主義者」と呼ばれる過激派がイスラエルの若者の間で結構支持を集めているそうです。彼らは民主主義や人道主義は西欧の借り物だとの理由で否定、正統ユダヤ主義のため神権政治を目指すべき…とも語っています(※ユダヤ教は元来政教一体)。カハネは「ユダヤのヒトラー」と渾名されましたが、支持者達はナチそっくり。

 一部極右が叫ぶならともかく、元首相ゴルダ・メイア(女性)も「この国は神御自身によってなされた約束の成就として存在している。イスラエルに対してその正当性の説明を求めることは馬鹿気た話だ」とまで漏らしていた。聖典を共有するセム族一神教なら、イスラム圏さえ“神の約束”の言葉は重いのです。
 日本の平和主義者は女性が政治を執れば平和主義になると夢想しがちですが、一般に世界の女性指導者は男より遙かにタカ派です。

山本の対話相手を紹介して頂き、有難うございました!これだけの学者や文化人と対談していたとは知りませんでした。

  • 2009/03/24(火) 22:35:48 |
  • URL |
  • mugi #xsUmrm7U
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「思想の違い」というより「思想の不徹底」というべきか?

mugiさん、こんばんは。コメントありがとうございます。

ご指摘のとおり、確かに「思想の違い」だけに敗因を求めたのは、一面的過ぎました(ちょっと断定的で誤解を招く書き方でしたね。すみません)。

もちろん、物量の差という原因は否定しきれないです。
ただ、物量の差がわかっていながら、それを前提とした戦い方ができていなかったのではないでしょうか。例えば、兵器の劣弱を補うならゲリラ戦に徹するとか、潜水艦で敵輸送船を狙うとか、自分の立場に応じた戦略に徹するべきなのに、何事も中途半端なため目標を貫徹できない。
日本の場合、「思想が徹底されてない」と指摘できると思います。

メイル・カハネの言葉は存じませんでしたが、強烈ですね。確かにこういう意識を持っていたからこそ、しぶとく生き延び続けているのでしょう。「神との契約を意識している」というのは以外に重要かもしれません。アメリカのインディアンとか南米のインディオなどにそういった意識があれば、絶滅することが無かったのかも知れませんね。
神に選ばれたのだという「強烈な自己意識」の有無が重要なファクターだったのかも知れないな…などと思いました。

>この記事に無関係な質問で恐縮ですが、山本は著名な歴史学者や作家(例えば司馬遼太郎など)と対談したことはありますか?

小松左京とは対談していたと記憶していますが。あと、会田雄次とか山本夏彦とか。

ネットで検索したところ、↓司馬遼太郎とも対談しているみたいです。
(山本七平全対話6「根回しの思想」対談集/西部邁、秦郁彦、司馬遼太郎、香山健一・渡部昇一、藤原公達、高坂正堯、会田雄次、坪内寿夫、他)

  • 2009/03/23(月) 21:32:18 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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思想の違い

>物量が問題だったのではなく、思想の違いで負けた、というところでしょうか。

一知半解さんには大変申し訳ありませんが、その見解に私は疑問です。
「思想の違い」云々なら、ベトナム戦争に負けたアメリカ、アフガンで敗退した旧ソ連、古代ならローマに滅ぼされたユダヤも含まれますね。圧倒的な物量を誇っていても、遥かに劣る軍備と軍勢に大国が負けるのは世界史上珍しいことではありませんよ。「思想の違いで負けた」との結論は、性急かつ勇み足ではないでしょうか?

 実は私は軍事には全くの素人、戦場や兵器のことは皆目分らない軍事オンチです。しかし、物量のある軍の方が圧倒的に有利なことだけは確かです。イギリス人作家フレデリック・フォーサイス作『戦争の犬たち』(角川書店)で、主人公の傭兵が語る第二次大戦観は実に鋭い。30年以上も前のベストセラーですが、その一部を抜粋します。

ソビエトとイギリスとアメリカが、ヒトラーより多くの大砲と戦車と飛行機と船を持っていたから、勝ったんだ。理由はそれだけだよ。ヒトラーの方がより多く持っていたら、彼が勝っただろう。そして歴史は彼が正しくて、我々が間違っていたと書き記したことだろう。勝てば官軍さ。いつかこんな格言を聞いたことがあるよ。『神はより強い部隊の味方をする』…

>日本のミドルはアメリカよりはるかに優秀

 このような感情は日本のみならず、欧米列強に支配されたアジア諸国にも見られるものです。19世紀はじめのインド総督も記録していますが、意外なことに現地人の方が読み書きでは西欧より水準は上、道徳面を褒めています。その後は後退しますが、インドのミドルはイギリスより優秀だったと私は見ています。逆にそれが負けた(支配された)原因の一つだったのかも。

 山本はユダヤ人の冷静で理性的な面を強調する傾向がありますね。もちろんそのようなユダヤ人もおりますが、それは一部であり、その他は他民族と同じく非理性的な者が多数でしょう。そもそも選民思想なるものが、非理性の典型ではないですか。ユダヤ人が溶解せず生き残ったのはその強力な自負心ゆえであり、これこそがイスエラル建国の原動力になった。

メイル・カハネというユダヤ人過激派はこう宣言していますが、山本より真実を突いていると思われませんか?。

ユダヤ民族がこの2千年間生き残ってきたのは、理性的だったからではない。もし理性的だったりしたら、とっくの昔に絶滅させられていただろう。我々が生き残ったのは、ユダヤ民族は決して滅ぼされることはないという明白な神の契約があったからだ…
 断じて我々は異教徒たちと平等ではない。我々は違うのだ。我々は優れているのだ…


P.S.
ところで、この記事に無関係な質問で恐縮ですが、山本は著名な歴史学者や作家(例えば司馬遼太郎など)と対談したことはありますか?

  • 2009/03/22(日) 23:06:26 |
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  • mugi #xsUmrm7U
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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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