一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

左翼の方(右翼の方も)、戦争を語るのも結構ですが、せめてこれを読んでネ。

山本七平信者の一知半解男です。ちなみにFC2のIDは”山本八平”で登録してます
今日は、「私の中の日本軍」について紹介していきます。

私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))
(1983/01)
山本 七平

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なぜ山本七平がこの本を書いたのか?その動機が詳しく本書のまえがきに記されているので長くなりますが以下全部引用します(途中でコメント入れてますので切れてますが、全部つながっていますので宜しく)。
読み返してみると、なんだか今でも十分通用することばかりですよ。

はじめに
 「戦争体験を忘れるな」
 と言っても現実に戦争を体験した人はしだいに高齢化しこの世を去っていく。さらにこれが直接的な戦場体験となると、多少の例外はあっても、体験者のすべてが還暦を越えていると言ってよい。
 そのように軍隊の体験者も戦場の体験者も数少なくなっていくと、そのような体験者から見れば明らかにフィクションであるものが、実際には何の体験もない作者によって、「事実」として世に提供される。そして提供される側はもちろん、提供する側まで、それを「事実」と信じて疑わない場合がある。


どうも慰安婦問題などは、これの典型のような気がしてならないですね。時期的にも、かなり遅くなってから問題化してますし。

 本書執筆の動機の一つは、東京日日新聞(現在の毎日新聞)の、百人斬り競争」という昭和十二年の、まことに悪質な「戦意昂揚記事」という名の「虚報」に接したことであった。この記事は、資料として全文を掲げてあるから、本書を読まれる前に、まずこの記事を精読していただきたい。
 しかしいかに精読しても、戦後の読者にはおそらく、なぜこれを「虚報」と断定しうるか、わからないであろう。無理もない。昭和十二年の時点でも、これだけではわからなかったぐらい巧妙なのである。
 そのことは、帝国陸軍というものが、さらに日華事変、太平洋戦争なるものの実態がその時点ですでにわからなくされていたからに外ならない。そして戦後の言論の自由は、この種の虚偽をはぎとるべきなのに、驚いたことには、朝日新聞の本多勝一記者が、「殺人ゲーム」という記事を虚報と批判されたとき、断固たる事実である証拠として提出したのがこの「百人斬り競争」であった。


出ました。本多勝一。今ではすっかり評価もガタ落ちのようですが、この本が出た1975年と言えば、自虐史観が隆盛の頃ですから、当時こうした意見を述べることは想像以上に大変だったのではないかと思います。実際、山本七平自らが、大量の抗議の手紙が舞い込んだとあちこちで記述していますね。今ならさしずめブログ炎上ってとこでしょうか。

 何ということであろう。戦争中の「虚報」が戦後三十数年たってもなお、断固たる事実として通用するとは!
 私にはこれが不思議であった。戦争中の虚報を事実とすることは決して「戦争体験を忘れるな」ということではない。否、このような「戦意昂揚記事」という名の「虚報」で国民を欺いたことこそ、新聞にとっても読者にとっても、忘れてはならない戦争体験の一つのはずである。ところが不思議なことにこういう考え方はされず、かつての「戦意昂揚記事」の信憑性を少しも疑わず、これを対中国懺悔の資料とすることが正しい態度であり、これを疑問視することは「反省の足りない証拠」だとされる始末であった。


百人斬りを信じている人は流石に少ないと思うけど、未だにあちこちでみかけません?南京大虐殺や従軍慰安婦問題などに、疑問や否定する意見をぶつけると上記のように「反省がたりない」とか軍国主義者のレッテルを貼ろうとする連中を。

 まことに不思議である。昭和十二年当時、もしこの記事を「虚報」だと論証したら非国民であっただろう。そして戦後三十年余たつと、別の観点からこの記事を「虚報」とすればやはり、別の意味の非国民とされるのである。そして、「虚報」の奥の実体は触れようとせず、それでいて、「戦争体験を忘れるな」と言っているのである。
 だが、これが「虚報」であることを論証するのは容易ではない。いわばこのような記事は常に、「しっぽ」が出ないように構成されているからである。だがその虚報の外披を一つ一つはぎとって行けば、その作業は、とりもなおさず、帝国陸軍がまとっていた虚偽を一つ一つはぎとっていき、そして日華事変・太平洋戦争がどのようなものであったか、その実態をさらけ出すという作業にそのままなっていくのである。


この指摘にも、戦前の軍国主義信奉者と左翼との類似点を見出すことができますね。

 従ってこの記事は、ある面では、日本軍の実態なるものを明らかにしていくモティーフともなった。それは否応なく統帥権(系統的指揮権)、組織、私的盟約等の問題、その中における各人の義務、賞罰等々の問題を明らかにし、同時に兵器、器材、補給等の実態、さらに戦場における戦闘なるものが現実にはどのようなものであったかが明らかにされていく。それはそこにいる人間が現実にどのような生活をし、何を考えていたかを明らかにし、さらに「日本刀神話」という、まことに非科学的な不可思議な神話の実態をも解明していくことになる。そしてそれを通じて、結果において、「虚報」でない戦争の体験そのものが、読者の前に明らかになっていけばよい、と言うことが、この稿を書きつづけた私のエネルギーの基であった。


「虚報」でない戦争の体験談。山本七平は、体験者ゆえにその真贋を見極めることができました。
果たして体験していない我々はどうでしょうか?真贋を見極める心構えをもっているでしょうか?

 もっともこれは一つの動機であって、それ以前から日本軍や今次の戦争について、実に確固たる「戦後神話」とも言うべきものが出来あがっていることも、折に触れて感じてはいた。たとえば横井さんが出て来たときすぐその原因は『戦陣訓』ということになり、私自身も取材を受けたが、私は『戦陣訓』など読んだことはないし、部隊で奉読されたこともないと言ってもその人は信用しない。私は自己の体験を語り、その人は戦後生れで軍隊を知らないのに信用しない。
 また私自身、軍刀をぶら下げていた人間であり、本書に記したように、それで人体を切断した体験のある人間だが、その体験者が「百人斬り」など日本刀の強度からいってあり得ないと言っても人は信用せず、相変らず戦時中の「虚報」の「戦後版」や「戦後神話」を信じつづけているというのが、戦後の実態であった。それでいてその人は、戦争中の日本人が、大本営発表や新聞の戦意昂揚記事に、いとも簡単にだまされていたことを不思議がるのである。


戦陣訓」ですか…。よく左翼が引っ張り出してきますね。沖縄戦の教科書記述問題でもテンプレのように使われていましたけど。山本七平が上記のとおり証言しても信用しないんだろなぁ。

 これはいったい、何としたことであろうか。このままに放置しておいてよいのであろうか。われわれの世代には、戦争に従事したという罪責がある。もちろん、個々人にはそれぞれの釈明があるであろう。しかし釈明は釈明として、もしわれわれの世代が、自らの体験をできうる限り正確に次代に伝えないならば、それは、釈明の余地なきもう一つの罪責を重ねることになるであろう。
 そして以上の事態は、われわれがすでに、その「もう一つの罪責」を重ねつつあることを証明しているのではないか、と私は思った。そしてこう思ったことが、本書を執筆しつづけたエネルギーの基本にあった。
 最大規模のとき七百万といわれた日本軍のすべてを、私が、上は大将から下は二等兵まで、また歩・騎・砲・工・輜重から航空兵・船舶工兵の全兵科にわたって知っているわけではない。従って本書の内容は書名の如くに『私の中の日本軍』であり、記述の基準は、自己の直接間接の体験を、自己を偽ることなく、そのままに記すことであった。
 本書は、その意味で、膨大な日本軍の中で、私が触れ得たその一断面といえる。その意味で量的には日本軍のすべてとは言えないが、その「質」は示し得たであろうと思う。そして常にさまざまな方向へ歪曲されつづけたその「質」の実態を示すことが、本書の意図であり、読者がこれを知って、戦争とは何かを追体験され、それを覚えていて下されば幸いである。


本当に日本は山本七平の危惧するとおりの方向へ進んでいるのではないでしょうか?
そうならないための一助として、まだ読んだことのない方(左翼も右翼も)、是非「私の中の日本軍」を読んでみましょう。
この本を読まずして、太平洋戦争を語るなかれ!
と(僭越ですが)私は声を大にして主張したい。本当にそう思います。

私は、山本七平が生き延びてこうした証言を残してくれたことは、後世の日本人にとって実に貴重な贈り物ではないかと考えています。
問題は、この贈り物を生かすことができるか?否か?なんですけどネ。

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コメント

わくわく44さん、コメントありがとうございます。
南京大虐殺については、山本七平もいろいろ言及してますので、いづれ一度まとめるなり、断片的になり記事にしたいと思っています。

>『起こる方が難しい』ことを、信じて疑わないところにも、「B層」の特徴が出ているなぁと感じます。

B層の定義を私はよく知らないのですが…(笑)。最近よく目にしますね。
まあ、左翼であれ右翼であれ、「事実の認定」を、己の政治的立場で歪める人が多すぎますね。

山本七平の言葉を借りれば、

「ある事実は目前につきつけられてもこれを認めず、それに対立する事実は針小棒大にし、そうすることを、一種の正しい態度乃至はその人間の思想・信条の表白としていくと、最終的には自らの目をつぶし、自ら進んでめくらになるという結果になってしまうのである。」

という状態に陥っているのではないでしょうか。

  • 2008/03/21(金) 21:47:06 |
  • URL |
  • 一知半解男 #-
  • [編集]

「大虐殺」も同じですね

私は、南京に限らず、至るところで虐殺や略奪等の戦時国際法違反行為があったと思っています。従って、南京も「虐殺」自体はあったのでしょう。
しかし、その被害者が20万人とか30万人というのは「ありえない」と考えています。

理由は『何万人も殺傷できるだけの攻撃能力を、当時の日本軍は持っていない。』これに尽きます。
戦闘中は武器弾薬をどんどん使用するのは当たり前ですし、その「巻き添え」は当然いたことでしょう。

しかし、東京大空襲のような、大型爆撃機での広範囲じゅうたん爆撃をしても、死者は10万人程度です。それに遠く及ばない日本軍の武装で数万の損害を与えるのは、はっきり言って「物理的に無理」だと断じざるを得ません。

もっとも、何千人も一箇所に集まっていて、そこに総攻撃を仕掛けたならば、可能性はなきにしもあらずですが、わざわざ攻撃を受けるまで待っている奇特な人もいないわけで、ほとんどの住民は戦闘を避けるために逃げるわけですから、巻き添えも、おそらくは1万人はいないんじゃないだろうかと思います。

ましてや、戦闘行為以外で行われる「虐殺」は、それこそ弾の無駄遣いでしかないですし、法的にも、日本の軍法にも違反する重大犯罪です。そんな命令を中隊長が出すどころか行為を黙認するわけもない。(銃殺刑は免れません。)
また、当時の中国には、アメリカやイギリス等の人もかなりいましたし、日本人も滞在していましたから、いくら報道統制を敷いたところで、日本国内に知れ渡るのは時間の問題です。(治安維持法も、当時はユルユルでしたからね。)

『起こる方が難しい』ことを、信じて疑わないところにも、「B層」の特徴が出ているなぁと感じます。

  • 2008/03/21(金) 14:25:27 |
  • URL |
  • わくわく44 #-
  • [編集]

>その証言を裏付けるような証拠、例えば戦陣訓が現場でどう扱われていたのか、とか山本の同僚や他の部隊の人間の証言とかも読んだ上で

一応こういう記述↓もありました。

>「射撃の神様」などといわれた老将校の中には、いねば「ゴルフ・マニア」的な人もいて、頭の中にあらゆる射法が入っていて、「方向の誤差を距離に修正し、距離の誤差を方向に修正する」というむずかしい遠隔観測射撃の射弾修正を、まるで電算機を頭の中にしまっているのではないかと思われるほど正確に暗算でやる人もいた。私の部隊長も相当なマニアで、明けても暮れても射法の話、ついに軍人勅諭の奉読など一度もやったことがないほど徹底していた。

ただ、私も、山本七平以外の人間の証言とかを調べたことはありません。ですから、山本七平の言葉のみをもって、戦陣訓を「全否定」しようとは思ってません。もし、そのように受け取られたのであれば、私の書き方がまずかったも知れません。その点は、お詫びします。

山本七平は、余りにも「戦陣訓」を戦後のマスコミがテンプレ使用しているのを苦々しく思っていたのではないかと考えています。原因を戦陣訓にのみ、求めることは戦争の実態を誤解させるだけなのではないでしょうか?

  • 2008/03/21(金) 00:19:37 |
  • URL |
  • 一知半解男 #-
  • [編集]

>ご指摘のとおり、この点については、私は山本七平の言うことを信用しています。
もちろん、彼自身も、前書きで断っていますが、彼自身が関わった範囲で日本軍について記述していますから、彼の所属した部隊では奉読されなかったと見て間違いないと考えています。

「戦陣訓を読んだこともなければ、奉読されたこともない」というのは山本の証言です。彼の発言が真実か嘘であるかは断言できませんが、その証言を裏付けるような証拠、例えば戦陣訓が現場でどう扱われていたのか、とか山本の同僚や他の部隊の人間の証言とかも読んだ上で山本の発言を信じているんですか。

>日本軍とは「天皇陛下の命令だ」といいさえすれば何でもできるところだったという神話が 今では定説のようで、これに基づいてルバング島にも押しかけたようだが、これは「タテマエ」にすら反する。第一、人間の社会は、いずこであれそう単純にはいかない。特に「生死」という絶対的な問題に直面した場合、人間は、いや少なくともわれわれは命令では動かない。

戦陣訓や「天皇陛下の命令」が実際にどれだけの影響を与えたかどうかは知りませんが、当時の視点から見ても不合理に見られていた特攻や玉砕といった事象を考えると「生死」を前にしてもなおそういう行動に駆り立てる何かがあったのは間違いないと思います。

  • 2008/03/20(木) 11:59:36 |
  • URL |
  • ブリーチャー・バム #-
  • [編集]

戦陣訓も戦後の神話の一つでは?

ブリーチャー・バムさん、初めまして。コメントありがとうございます。

ご指摘のとおり、この点については、私は山本七平の言うことを信用しています。
もちろん、彼自身も、前書きで断っていますが、彼自身が関わった範囲で日本軍について記述していますから、彼の所属した部隊では奉読されなかったと見て間違いないと考えています。もちろん、それだからといって、他の部隊でもそうだったと彼は断言していませんから、奉読した部隊もあったかもしれませんね。

いづれにしろ、山本七平は「戦陣訓」の効果について非常に疑問視していたと思います。例えば「ある異常体験者の偏見」で次のように書いています。長くなりますが、参考になるかと思いますので引用します。

>日本軍とは「天皇陛下の命令だ」といいさえすれば何でもできるところだったという神話が 今では定説のようで、これに基づいてルバング島にも押しかけたようだが、これは「タテマエ」にすら反する。第一、人間の社会は、いずこであれそう単純にはいかない。特に「生死」という絶対的な問題に直面した場合、人間は、いや少なくともわれわれは命令では動かない。
厳密な意味での「命令」いわば「命令形」という言葉のもつ意味における「命令」は日本軍に はなかったのではないかとさえ私は考えている。もし命令だけで動かしうるならば、「作命」 (作戦命令)を本部書記に書かして部隊長がハンコを押せばそれだけで十分なはずで、これでは、名指揮官とか統帥の神様とかいったものが存在する余地がなくなってしまう。こういう人が存在したことは、兵を動かすのに、命令以外にさまざまな要素が介入していたこと、というより命令は形式で、この要素の方が本質であったのではないかと思われるほど、何らかの要素が強く作用していたことを示している。


  • 2008/03/20(木) 00:05:31 |
  • URL |
  • 一知半解男 #-
  • [編集]

戦陣訓についての山本七平の証言

初めまして。
『私の中の日本軍』は読んだことはないのですが、一知半解さんが引用した中に、

たとえば横井さんが出て来たときすぐその原因は『戦陣訓』ということになり、私自身も取材を受けたが、私は『戦陣訓』など読んだことはないし、部隊で奉読されたこともないと言ってもその人は信用しない。私は自己の体験を語り、その人は戦後生れで軍隊を知らないのに信用しない。

というのがあります。一知半解さんはこの山本の発言についてどう思われているのでしょうか。疑問を呈していないのをみると山本が戦陣訓を読んだことも奉読されたこともないという発言に疑問を感じていないように思えたのですが違いますか。

  • 2008/03/19(水) 22:43:13 |
  • URL |
  • ブリーチャー・バム #-
  • [編集]

パカパカ気に入っていただけたようで嬉しいです。仮)山田二郎さんの地元ではラジオで聴けますか?是非一度生で堪能してください(笑)
それはさておき、ご指摘のとおりなんですよね。それはわかっちゃいるんですが…。
事実の認定を、思想信条で歪めてはならないとは思いますが、彼らに期待するだけ無理なような気がします。ただ、普通の人たちには読んで貰いたいですねぇ。

  • 2008/03/17(月) 22:02:39 |
  • URL |
  • 一知半解男 #-
  • [編集]

パカパカ行進曲をお気に入りに入れてしまった仮)山田二郎です。

左(右)がかった方々がこういった本を読んでも、自分達の主張に都合の良い部分だけを取り出して使っちゃいますからねー。(もしくは全否定しちゃったり)

  • 2008/03/17(月) 01:09:30 |
  • URL |
  • 仮)山田二郎 #-
  • [編集]

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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