一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「自己欺瞞」と「精神分裂病/ストックホルム症候群」

前々回の記事『「内的自己」と「外的自己」とに分裂した近代日本/きっかけはペリー来航だった!?』にて、「内的自己」と「外的自己」という言葉の意味をご紹介しましたが、今日はその続きで、「精神分裂病」と「ストックホルム症候群」なる言葉について岸田秀の説明を、著書「日本がアメリカを赦す日」からご紹介していきたいと思います。

日本がアメリカを赦す日日本がアメリカを赦す日
(2001/02)
岸田 秀

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前回のつづき)

この正反対の方向の二つの反転のうちの、内的自己から外的自己への反転に限って言えば、一種のストックホルム症候群と見ることもできるのではないかと思います。

一九七〇年代、ストックホルムのある銀行を強盗が襲い、人質を取って立てこもったという事件がありました。

そのとき、人質になった被害者たちは、犯人に抵抗するとか、犯人の逮捕に協力するとか、犯人を憎んでいるはずの被害者に当然期待されるようなことはせず、犯人になぜか共鳴し、敬意と好意を寄せ、警官隊の動きを見張る役を自ら買って出て、実際に警官隊が突入したときには警官隊から犯人をかばおうとさえしたという興味深い事件があって、それ以来、被害者が加害者に共鳴してその味方をするという奇妙な現象をストックホルム症候群と呼ぶのですが、人間の不思議さというか、この種の現象はときどき起こります。

アメリカの新聞王ハースト家の令嬢パトリシアが誘拐され、しばらく行方不明になっていたのですが、その後、彼女は自分を誘拐したテロ集団の一員として突然、姿を見せ、他の者たちと一緒に銀行強盗を働き、世間を驚かせました。彼女は、銃で銀行員を脅したりして大いに活躍しました。

脅迫されたり強制されたりしてそうしているのではないことは明らかでした。

先日、釈放されて韓国に引き取られた終身刑囚の金嬉老が、一九六八年、大井川上流の寸又峡温泉の富士見屋旅館(僕は、あとからわざわざ見物にゆきました)に十三人の人質を取って四日間立てこもったときも、そのうち、人質たちが彼に尊敬と信頼をもち始め、人質の一人は、彼に用事を頼まれ外に出て、そのまま逃げればいいのに、「信義は守らねばならない」とか言い、ちゃんと用事を果たして囚われの部屋に戻ったりしました。

捕虜になった日本軍将校が米軍機に乗り込み、機上から爆撃すべき日本軍陣地を指示した話は有名ですが(岩川隆『決定的瞬間』一九八四年)、これもストックホルム症候群の一例ではなかったかと思います。

宮嶋とかいうこの少尉も、拷問や脅迫や強制によってではなく、自ら進んで米軍機に乗り込んだらしく、アメリカ人のほうが驚き呆れています。

これは、例外的なとんでもない日本人が一人いたということではなく、この宮嶋少尉は、戦後の日本人、アメリカの占領を歓迎し、その思想に共鳴し、その文化を称賛した戦後民主主義者の魁、先駆者だったのではないかと思います。

彼は戦争中にすでに戦後日本を先取りしていたのです。

このようなストックホルム症候群も、精神分裂病と同じく、ある程の危機的状況におかれた人間に発生すると考えられます。

その状況とは、簡単に言えば、不本意なことをしなければ生きのびられないという状況です。

自尊心とか主義信念とか節操とかを守っていれば殺される、それを捨てれば生きられるという状況です。

それが軽い程度のものであれば、適当にあしらっていれば済むかもしれませんが、そうもゆかないときがあります。
生きるか死ぬかの重大な危機に直面すると、人間は、往々にして自己欺瞞に逃げ込みます

精神分裂病というものはまだよくわかっておらず、その原因についてはいろいろな説がありますが、幼児期の親子関係に原因があるとする説もあります。

幼児が、自分を愛してくれず、理解してもくれないで、勝手な要求を押しつけてくる親に育てられているとします。

幼児は、その要求に従いたくはないのですが、従わないと見捨てられる危険があります。
従っている限りは、親は一応、世話し保護してくれます。

こういう場合、親の要求はあくまで自分の意に反し、自分の内なる欲望、言わば内的自己と矛盾するものではあるが、親に見捨てられないためには従わざるを得ないと判断し、親の要求と内的自己とが矛盾対立している事実を明確に認識したまま、現状ではやむを得ないとして不本意ながら親の要求に従うということができるためには、かなり強靭な精神力が必要です。

そのような強靭な精神力をもっている幼児はまずいません。

幼児は、その緊張と葛藤と不安に耐えられず、親の要求と対立する自分の欲望を捨てようとします。

内的自己の存在を否認し、抑圧します。そして、親の要求こそが自分の欲望であると思い込みます。自己欺瞞するわけです

親の要求に合わせた自分、それが外的自己です。

表面的には、親と自分との対立は見えなくなります。幼児は、そのようにしてつくりあげた偽りの安定感に縋って、何年か十何年かを過ごします。

しかし、親の要求と対立するために抑圧された内的自己は、もちろん消滅するわけではなく、無意識のなかで存続します。

無意識のなかに閉じ込められたということは、すなわち外の世界、現実の世界から切り離されたということであり、そのため、そのまま無傷で健全な形では維持され得ず、無意識的なさまざまな空想と結びついたりして、いろいろと形を変え、歪み、言ってみれば妄想的になってきます。

あるとき、たいていは青年期ですが、それまで抑圧されていた内的自己が、ついに限界点に達し、抑圧の壁を破って噴き出してきます。

この噴き出してきた内的自己は、親をはじめとする周りの人たちの期待に反するもので、かつ、妄想的になっていますから、本人としては、長年がまんして抑えてきた本当の自分をついに表現して解放された気分ですが、周りの人たちには発狂したと見られるわけです。

これが精神分裂病の発病のメカニズムとされています。

ストックホルム症候群は、精神分裂病のように本人の幼児期や親子関係に関係づけられてはいませんが、それが発生する状況は同じようなものです。

同じ現象を、精神分裂病と見る見方は、抑圧されていた内的自己が外的自己を突き破って噴出する時期に重点をおいており、ストックホルム症候群と見る見方は、外的自己が形成されて内的自己が抑圧される時期に重点をおいているという違いがあるに過ぎないと言えます。

いずれにせよ、ストックホルムの銀行で人質になった人たちも、パトリシア・ハーストも、寸又峡温泉で人質になった人たちも、宮嶋少尉も、自分としてはやりたくないが、相手の意に沿わなければ殺されるかもしれない状況(または、そう信じられる状況)におかれたのです。

相手の意に沿うのは屈辱です。相手の意に沿わなければ殺されます。
屈辱的生存か、誇り高き死かの二者択一を迫られたのです。

ここに便利な逃げ道があります。自己欺瞞です。

すなわち、自分はいま、自分の考えにもとづいてこうしているのであって、それがたまたま相手の考えと一致していただけのことだ、自分はもともと相手の意に反するような考えなどもってはいなかったのだ、と考えるわけです。

そのように考えれば、殺されずにすむだけでなく、誇りを保つ(もちろん、主観的に保つだけであって、客観的には卑屈の極みですが)こともできます。

いったん、そのように自己欺瞞すると、自己欺瞞を維持しつづけなければ、抑圧している屈辱感がぶり返してくるので、現実の危険が去っても、自己欺瞞をやめるわけにはゆかなくなります

すべては推測でしかありませんが、たとえば、パトリシア・ハーストは、テロ集団に誘拐されたとき、彼らを憎んだでしょう。彼らの要求に従いたくはなかったでしょう。

しかし、従わざるを得なかった。そこで彼女は自己欺瞞に訴えます。

どのような集団でも、おのれの存在を意義づけるような、正当化するような何らかの理屈はもっていますから(世のため、人のために悪い奴を懲らしめる必要があり、そのための軍資金が要るので、銀行強盗もやむを得ないとか)、彼女はその理屈に縋りつき、それを受け入れます

自分はもともと世の中に納得できない矛盾をいっぱい感じていた、それらの矛盾を解決し、理想の世界を実現するには、この集団の大義のために尽さねばならない、と彼女は考えます。

そのように考えるようになったとき彼女は、自ら進んでこの集団と行動をともにすることになります。

脅かされなくなり、強制されなくなったとき、もし、この集団と行動をともにするのをやめれば、彼女は、自分は命欲しさに脅迫と強制に屈し、誇りを捨てて屈辱的なことを平気でした卑屈な人間であったことを認めなければならなくなります。

それを認めたくないので、彼女は、脅迫や強制がなくなっても、いやむしろ、脅迫や強制がなくなった今こそ、自ら進んでこの集団と行動をともにしつづけるのです。

彼女が銀行強盗に加担したのは、そういうときであったと考えられます。
宮嶋少尉に閉しても、同じように推測できるでしょう。

しかし、自己欺瞞はあくまで自己欺瞞です

自分で自分を騙すわけで、他人を騙すのとは違って、騙されるのも自分だから、心のどこかでそれが嘘であることを知っています。

自己欺瞞によって屈辱感を抑圧しても、屈辱感は消え去りません
屈辱感とはっきり認識されていないかもしれませんが、心のどこかに何かわだかまりのようなものとして残っています。

人間には、見えていて見えない、知っていて知らない、感じていて感じていない、こういう微妙な状態が可能なんです。

だから、自己欺瞞が成り立つわけです。

そういう例は、日常、よくあるでしょう。ガン患者が、意識的には自分は大丈夫だと思いながら、心の奥のほうのどこかで、もうダメだと知っているとか。夫婦が、もう関係が壊れてしまっているのを薄々知っているのに、何とかやっていけるんじやないかと意識の上では思い込んでいて無理をつづけているとか。いろいろあるんじやないかな。

パトリシア・ハーストも宮嶋少尉もその種の自己欺瞞に陥っていたと考えられます。
自己欺瞞なのですから、彼らも、心の底から全面的に相手に賛同していたわけではありません。

どこかに無埋があります。無理はいつかは破綻します。
しかし、破綻するまでは、自己欺瞞に執着し、自己欺瞞を崩されることに必死に抵抗します

またしかし、自己欺瞞が崩されたあとは、彼らは、自分がどうしてあのような馬鹿げたことを信じていたのか、あのようなとんでもないことをしたのか、自分のことながら不思議で不思議でどう考えても理解できないのではないかと思います。

(次回につづく)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/第三章 ストックホルム症候群/P61~】


今日はここまで。
次回はいよいよ、これらの言葉を踏まえて、戦後日本が陥ったおかしな自己欺瞞について話が展開していくことになります。ではまた。

【関連記事】
・「内的自己」と「外的自己」とに分裂した近代日本/きっかけはペリー来航だった!?
・自己欺瞞と偽りの謝罪論【その1】
・自己欺瞞と偽りの謝罪論【その2】


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