一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「同一の言葉で、その意味内容が逆転しているかもしれない」と気付くことの難しさ

もう過ぎてしまいましたが、6月23日は沖縄戦から64回目の慰霊の日だったそうですので、今日は沖縄戦に触れた山本七平の記述を紹介してみます。
一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
(1987/08)
山本 七平

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◆死の行進について

野坂昭如氏が『週刊朝日』50年7月4日号で沖縄の「戦跡めぐり」を批判されている。

全く同感であり、無神経な「戦跡めぐり」が、戦場にいた人間を憤激させることは珍しくない。

復帰直後のいわゆる沖縄ブームのとき、ちょうど同地の大学におられたS教授は、戦跡への案内や同行・解説などを依頼されると、頑として拒否して言われた。

「せめて三十キロの荷物を背負って歩くなら、まだよい。だがハイヤーで回るつもりなら来るな」と。

同教授はかつて高射砲隊の上等兵であった。
末期の日本軍が十日近くかかって這うように撤退した道も、ハイヤーなら一時間。

「そこを一時間で通過して、何やら説明を間いて、何が戦跡ですか。その人は、その地に来たかもしれないが、戦跡に来たのではない。それでいて何やかやと深刻ぶって書き散らされると、案内などすべきではなかったという気がする」と。

その通りである。

戦争において、今の人に一番わかりにくいのはこの点ではないかと思う。

事情は比島でも同じである。
たとえば有名な「バターンの死の行進」がある。

これは日本軍の行なった悪名高い残虐事件で、このため当時の軍司令官本間中将(当時)は、戦犯として処刑された。

ではこの残虐事件の現場を、ハイヤーで通過したらどうであろうか。

おそらくその人には、この事件も処刑の理由も、何一つ理解できないであろう。

それではもう「戦」跡ではない

この行進は、パターンからオードネルまでの約百キロ、ハイヤーなら一時間余の距離である。

日本軍は、バターンの捕虜にこの間を徒歩行軍させたわけだが、この全行程を、一日二十キロ、五日間で歩かせた。

武装解除後だから、彼らは何の重荷も負っていない。

一体全体、徒手で一日二十キロ、五日間歩かせることが、その最高責任者を死刑にするほどの残虐事件であろうか。

後述する「辻政信・私物命令事件」を別にすれば――。ハイヤーでそこを通過した人は、簡単に断定するであろう。

「それは勝者のいいがかり、不当な復讐裁判だ」と。

だがこの行進だけで、全員の約一割、二千といわれる米兵が倒れたことは、誇張もあろうが、ある程度は事実でもある。

三ヵ月余のジャングル戦の後の、熱地における五日間の徒歩行進は、たとえ彼らが飢えていなかったにせよ、それぐらいの被害が現出する一事件にはなりうる。

まして沖縄での撒退は――確かに、ハイヤーで通過しては戦跡でない。

だが収容所で、「バターン」「バターン」と米兵から言われたときのわれわれの心境は、複雑であった。

というのは本間中将としては、別に、捕虜を差別したわけでも故意に残虐に扱ったわけでもなく、日本軍なみ、というよりむしろ日本的基準では温情をもって待遇したからである。

日本軍の行軍は、こんな生やさしいものでなく、「六キロ行軍」(小休止を含めて一時間六キロの割合)ともなれば、途中で、一割や二割がぶっ倒れるのはあたりまえであった。

そしてこれは単に行軍だけではなくほかの面でも同じで、前述したように豊橋でも、教官たちは平然として言った、「卒業までに、お前たちの一割や二割が倒れることは、はじめから計算に入っトル」と。――こういう背景から出てくる本間中将処刑の受取り方は、次のような言葉にもなった。

「あれが”死の行進”ならオレたちの行軍はなんだったのだ」「きっと”地獄の行進”だろ」「あれが”米兵への罪”で死刑になるんなら、日本軍の司令官は”日本兵への罪”で全部死刑だな」。

当時のアメリカはすでに、いまの日本同様「クルマ社会」であった。

自動車だけでなく、国鉄・私鉄等を含めた広い意味の「車輛の社会」、この社会で育った人は、車輛をまるで空気のように意識しない。

そして車輛なき状態の人間のことは、もう空想もできないから、平気で「来魔(クルマ)」などといえても、重荷を負った徒歩の人間の苦しみはわからない。

「いや私は山歩きをしている」という人もいるが、「趣味の釣り人」と「漁民の苦しみ」は無関係の如く両者は関係ない。

否むしろ、山歩きが趣味になりうること自体、クルマ時代の感覚である。
当時アメリカ人はすでにその状態にあった。

従って彼らは、バターンの行進を想像外の残虐行為と感じたのであろう。

しかし日本側は、もちろん私も含めて、相手がなぜ憤慨しているのかわからない。

従って「不当な言いがかり、復讐裁判」という感情が先に立つ。

だが同じ復讐裁判と規定しても、戦後の人の規定とは内容が逆で、前者は「これだけの距離を歩くことが残虐のはずはない」であり、後者は「確かにひどいが、われわれはもっとひどかったのだから差別ではなく、故意の虐待でもない」の意味である。

一番こまるのは、同一の言葉で、その意味内容が逆転している場合である。

戦無派と同じ口調で戦争を批判していた者が、不意に「経験のないヤツに何かわかるか!」と怒り出すのはほぼこのケース。

そこには、クルマ時代到来による、その面のアメリカ化に象徴される戦後三十年の激変と、それに基づく「感覚の差」があるであろう。

この「差」は本当に説明しにくい。

(~後略)

【引用元:一下級将校の見た帝国陸軍/死の行進について/P97~】


文中では説明しにくいと言ってますが、それでも山本七平はわかりやすく説明してますよね。

この「差」というものを私もなかなか実感することが出来ませんが、いわゆる戦争について語るとき、このことについて自覚する必要はあるのではないでしょうか。

どうも、沖縄集団自決を巡る論争を眺めていると、(自分も含まれるかも知れませんが)いずれの側にもこの「差」に対する配慮が欠けているような気がしてならないのですが…。


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一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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