一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「伝統的規範」と「社会の変化」を調和させることの難しさ/~「日本スバラシイ論」を疑え!~

今回ご紹介する山本七平のコラムは、随分前に書かれたもののはずなのに、まさに今現在の状況について述べているような気がします。

「常識」の研究 (文春文庫)「常識」の研究 (文春文庫)
(1987/12)
山本 七平

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◆伝統文化と近代化

日本における世論というより、むしろ論壇・マスコミの”空気”は、非常に奇妙に転換する。

もっともこれは”空気”だからそれが当然でやがて雲散霧消するであろうが、この”空気”は時には一時的にドグマとして人を拘束するから、やはり無視すべきではないであろう。

「日本ダメ論」は長い間、論壇・マスコミの”空気”であり、「日本をダメにした云々」といった本まであった。この伝統は相当に長く、決して戦後はじまったものではない。

私は、少年時代に「これだから日本人はダメなんです」といった種類のお説教を聞かされて、「では一体あなたは『なに人』ですか」と反問したくなった経験がある。

戦後は欧米先進国、また社会主義を「スバラシイ」として、「それにひきかえわが国は……」とする形の「日本ダメ論」が「定式化」していた時代もあった。これも相当期間つづいている。

しかし、この方式は社会が受けつけなくなった。

その反動のように出てきたのが、「日本スバラシイ論」であろう。

これは確かに、長いあいだ続いた無意味な「ダメ論」への解毒剤として価値はあったであろうが、「ダメ論」と同じ問題点を含んでいる。

日本人は何も天性ダメでもなければ、天性スバラシイわけでもない

現時点で非常にうまくいっているのは、日本の伝統的文化が近代化・工業化社会の形式に適合していることと、戦後政策の成功、および国際環境が日本に有利に展開しているといったさまざまな複合的要因の上に成立しているのであって、その一つが欠けても現状はあり得なかったであろう。

それは、日本が社会主義圈に組み込まれていたらどうなっていたであろうかを想像すれば十分である。

この状態は、「自然に形成された」ものでなく、方向を誤れば逆転もあり得る

かつてのチェコ・スロバキアは東欧一の工業国で、ある一時期はアメリカより生活水準が高かったなどと言っても、今の人にはもう実感がないであろう。

同様なことが起これば、日本も同様な状態になる。

これは「ダメ論」「スバラシイ論」で解ける問題ではない

従って、その状態にならないための努力と負担は惜しむべきではあるまい

さらに同じ自由主義圈に属していても、その中の各国の比重は絶えず変わっている。

勤労を絶対的規範としてきたプロテスタント圏においても、その伝統文化の保持は必ずしも成功しているとはいえない。

これは日本にもいえることであり、あらゆる宗教ないし宗教的思想には徹底した堕落があり得ること、また同時に宗教改革・対抗宗教改革による再生があり得ることも歴史が示している。

現代の状況を見れば、勤労を絶対的規範とする日本の伝統文化が、放置したまま持続しうるという根拠はとこにもない

この点でも、「ダメ論」も「スバラシイ論」も意味をなさないのである。

さらに社会保障という問題がある。

社会保障を「絶対善」とする”空気”はまだ強く残っており、これに関してさまざまな問題提起をすることは一種のタブーになっているが、社会保障が人間の心理にどういう影響を与え、それが社会心理となった場合、勤労のエトスにどのような影響を与え、それが産業国家をどう変質させるかといった問題は、何一つ論じられていないに等しい

だがこれは、社会保障を可能にしうる産業的基盤そのものを危うくし、それが社会保障をも不可能にしかねない問題を合んているはずである。

これまた「ダメ論」でも「スバラシイ論」でも解決がつかない問題である。

現代の世界を見ていてつくづく感じることは、最も困難なことは決して新しい技術や組織の輸入ではなくて、自己の伝統的文化をいかに保持するかであり、同時にそれを、近代化・工業化・脱工業化という社会的変化にいかに適応させて機能させていくかという問題である。

伝統文化保持のため近代化を排除すれば、その国は転落せざるを得ない

しかし近代化のため伝統文化を破壊すれば、混乱を生じて近代化は不可能になり、やはり転落せざるを得ない

イランも中国も、形は変わってもこの問題に解決の道が見出せずに悩んでいる点は同じであろう。

しかし、さらによく見れば、先進国なるものの抱えている問題も、実は、同じ問題であることに気づく。

そして、この問題を抱えているという点では日本も決して例外ではない。

「ダメ」「スバラシイ」ではなく、日本の伝統を踏まえつつ、この問題にどう対処していくかが、われわれの課題であろう。

【引用元:「常識」の研究/倫理的規範のゆくえ/P188~】


私が最近とみに違和感を感じるのが、この「日本スバラシイ論」の隆盛なんですね。
日本ダメ論の反動もあるのでしょうが、あまりにも露骨な気がする。

それと共に、ちょっと気がかりなのが、嫌韓・嫌中ムードの高まり。
誤解を招きそうなので、あらかじめ断っておきますが、私自身も嫌韓・嫌中であるので非常にこうしたネタには頷くことが多いです。

ただ、なんかこういう傾向に「危うさ」を感じる今日この頃なのです。
「厳選!韓国情報」などの嫌韓サイトを見ていると、特にそう思います。

確かに韓国人とか中国人とかは、日本人から見れば嫌悪感を抱くに十分な素質を持っている。
しかし、それはあくまでも「育った環境のせい」でしょう。つまり後天的なものであるはずです。

それを批判したり馬鹿にしている日本人であっても、仮にそうした環境で育てば、やはり馬鹿にしている”韓国人”が出来るのではないでしょうか。

それを、ただ単に韓国人だから、中国人だからといった「人種」に起因するような批難に結び付けているような気がしてなりません。

それは問題の解決になるばかりか、相手を見誤り、相互誤解の元になるだけではないでしょうか。

勿論、日本がスバラシイ文化を持っていることは私も認めるにやぶさかではありません。
というか、知れば知るほど日本の歴史・文化というものの素晴らしさを改めて思い知ることばかりです。

ただ、そのスバラシイ歴史や文化の蓄積というものは、たまたま日本の置かれた位置や環境によるもので、決して日本人そのものが優れていたわけではないと思います。

例えば、韓国には日本のような古典文学というものがほとんど存在しません。
それは韓国人が劣っていたからではなく、中国という存在に近すぎた故に過ぎないのです。中華文明の同化力が強すぎ、韓国独自の文化が抹殺されてしまったのだけなのですから。
(そういう意味では、可哀想な民族だと言えますね。彼らが、日本の文化の起源を呼称したがるのも、オリジナルな文化蓄積がないが故のコンプレックスに基づいているのでしょう。)

つまり、その当時は、中国が先進的で、その基準でみれば、韓国は優等生的存在で、日本は落第生のようなものでした。
その当時の基準で測れば、韓国は優秀だったし、日本は愚劣だったことでしょう。

たまたま、現在の基準が日本に有利なだけなのです。
嫌韓・嫌中でも構いませんが、そうした「前提」だけは認識しておく必要があるでしょう。

さて、ここでコラムに戻りますが、山本七平の次の指摘は非常に重要だと思います。

・現代の状況を見れば、勤労を絶対的規範とする日本の伝統文化が、放置したまま持続しうるという根拠はとこにもない。

・社会保障が人間の心理にどういう影響を与え、それが社会心理となった場合、勤労のエトスにどのような影響を与え、それが産業国家をどう変質させるかは、何一つ論じられていないに等しい。


今現在、様々な社会問題が論じられていますが、そこには、上記の視点がすっぽり欠けているように思うのは私だけでしょうか?

私が、高福祉社会を理想とする人たちの主張に危惧を憶えるのも、この点に対する「配慮」がまったく感じられないからに他なりません。

「勤労を絶対的規範とする日本の伝統文化」が、社会保障制度の充実と入れ替わりに失われてしまったとしたら、「角を矯めて牛を殺す」ようなものではないでしょうか。

社会保障の充実は結構ですが、公正かつ補助的であるべきで、勤労精神を損なうものではあってなりません。

生活保護不正受給の問題など放置したまま社会保障制度を拡充すれば、正直者が馬鹿を見る社会になってしまいます。てゆーか、もうなりつつあるような気が…。

そもそも、日本の強みは、「勤労を絶対的規範とする日本の伝統文化」にあります。
それを損なうような政策を取るような恐れが、今の民主党をはじめとする野党に、濃厚にあるような気がしてなりません。

それに比べ、自民党は、確かに腐敗しているとは思いますが、日本の伝統的規範を棄損していくような政策は採る意図を持たない(結果は別にして)んじゃないか…という信頼感だけはあります。

保守主義者としては、政権交代後の日本がどうなるか不安を抱かずにはいられませんね。

ついでに言えば、「日本スバラシイ論」がこうした問題を何ら解決できないのは、山本七平のご指摘どおりだと思うのですが、スバラシイ論であたかも解決できたように錯覚している人たちが多いような気がします。

問題解決には、「スバラシイ日本は、永遠にスバラシイのだ」という「前提」を、疑う必要がまずあるのではないでしょうか?

【関連記事】
・社会保障には、人間性を破壊する負の面があるのではないだろうか?
・日本人に足りないのは、「公の心」と「判断力」
・だまされないためにも、「自立心」と「想像力」が必要だ

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コメント

tikurinさんへ

tikurinさん、丸山真男の主張のご紹介、ありがとうございました。

昔から繰り返しているのは、山本七平の記述を読んで認識していましたが、なぜそのようになるのかいまいち疑問でした。

>なぜそんなことになるか、それは自分たちの考え方を無意識的に支配している「伝統思想」を歴史的に対象化し思想史として再把握しないからだ

やっぱりそういうことなんですね。
私自身、まだそれが出来ているか非常に疑問ですが、それでも山本七平や岸田秀の本を読んでいて、日本の歴史を大体把握することができ、そのおかげで、嫌韓・嫌中というものを客観的に捉えることができるようになったと思います。

それが欠けると、その時の状況でダメ論⇔スバラシ論の間を振り子のように揺れ動くことになってしまうのでしょう。

自らを知らないということは、根無し草のようなものですね。

また、社会保障に関する山本七平の主張の要約をありがとうございます。

「器量絶対」の方は、自由主義社会に属していればなんとか大丈夫そうですが、「勤勉の哲学」の方は心配ですね。

解決する為には、tikurinさんの言われるように「自覚」することがキーになると思いますが、それが出来ているかはなはだ心もとなく思います。

  • 2009/07/23(木) 22:08:56 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

”たこつぼ型”と”ささら型”

 日本の文化は「たこつぼ型」欧米の文化は「ささら型」とかって丸山真男はいいました。要するに日本の言論はリレーのようにつながっていかない、その場限りで、同じことを何度も繰り返す、ということです。
 ご指摘の”嫌韓・嫌中”論から”日本すばらし”論の循環についても同様です。山本によると、これは江戸時代以来やっていることで、はじめは”日本人犬猿論”それに対する反発から”中国人犬猿論”と循環したそうです。それを戦前も、そして戦後も気がつかず、今だに繰り返しているわけです。
 なぜそんなことになるか、それは自分たちの考え方を無意識的に支配している「伝統思想」を歴史的に対象化し思想史として再把握しないからだ、と山本はいっています。そして、その仕事を自らの仕事としてやったのです。
 彼の批評が、30年を経て今だに有効なのは、そのためです。”ささら型”なら本当はこういうことは起こらないのかもしれませんが。

 それから、社会保障に関する山本七平の意見について一言付け加えておきます。
 山本は日本の社会を武家政権確立以来「器量絶対=実力主義」の社会とみており、それが江戸期に「労働即仏行」とする「勤勉の哲学」が確立したことによって、明治の西欧資本主義に基づく近代化に対応し得た、と考えているのです。
 従って、 この「器量絶対」と「勤勉の哲学」という思想的・倫理的伝統が失われるなら、日本の社会が何時崩壊してもおかしくない。例えば戦後ソ連権に組み込まれていたら、この両者は当然消滅していたでしょう。
 運良く、資本主義を選択し得て、「器量絶対」を”あたりまえ”とする社会を維持し得た。では、そこにおける「勤勉の哲学」はどうなったか。
 戦後の復興期=経済成長期はこれを会社共同体のなかで維持し得た。しかし競争のない官公庁では「器量絶対」を無視した年功制が組織の植物化を招いた。しかし低成長期を迎えてこうした組織の経済合理性を図らざるを得なくなった。それが今日のグローバル経済の中で一層強く求められるようになった。
 おそらく、グローバル経済の中で、日本人の「器量絶対」は再び力を発揮することになるでしょう。では「勤勉の哲学」はどうなるか。これは”自分に与えられた社会的役割に対する献身的態度”と云いかえることができますが、これを”自己実現”を超える価値としてはたして共有できるかどうかが、今後の課題になると思います。
 社会保障の負担を担わされる若者世代は当然不満を持つ、一方年寄りはそれを当然とする、このギャップをどう埋めるか、この問題を思想的、制度的にどう問題解決をはかるか、それが今日問題となっているのではないでしょうか。
 が、まずは、グローバル経済の中における日本の通商国家としての宿命を自覚することが必要ではないかと思います。

  • 2009/07/22(水) 16:43:03 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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