一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

ある異常体験者の偏見【その3】~戦争を引き起こす『確定要素』対『不確定要素』という構図~

以前の記事『ある異常体験者の偏見【その2】~二通りある「負けるべくして負けた日本」~』の続き。

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(1988/08)
山本 七平

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前回のつづき)

比島の収容所の非常に面白い特徴は、一切が完全に混ぜくりかえしたようになって、すべての人間が同じようにPWとかWCとかCAとかペンキで書かれた一種の囚人服を着せられ、旧秩序が何もかも消滅して、みな平等になってしまった点であった。

呼び方もすべて「さん」づけで、ただ将官だけが別待遇だった。
従ってだれに何を聞いてもよかった。

もちろん返事は人によってさまざまで

お前そういうけどなあ、そりゃ結果論だ
あの場合、あれ以外にしようがないじゃないか
そいつはなあ、今になるとオレにもわからん
何かかんか偉そうなこと言う奴が、つまり『バカの後知恵』よ。だからな、そういうヤツは自分がバカだバカだと宣伝してるだけさ

と言った返事ももちろんあった。

しかし非常にまじめな人が私に言ったことには、要約すれば、新井宝雄氏の言葉と同じ発想があった。

すなわち、新井氏の「日本軍」というところが「米英軍」にかわり、「民衆のもえたぎるエネルギー」が「精神力」にかわっているにすぎないのである。

すなわち「強力な武器をもった米英軍を精神力で圧倒できる」または「できた」という考え方、いわば「武器」対「精神力」という思考図式なのである。

この図式は逆転した形で明らかに横井さんにもある。

そして私が入隊した昭和十七年ごろには、これは、あらゆる日本人の頭の中にあった図式である。
思い返してみれば、私は確かに非常に面白い時期に軍隊にひっぱられた。

星一つの陸軍二等兵であった昭和十七年十月は、いわゆる”緒戦の大勝利”から十ヶ月余、「ワシントンで観兵式、ロンドンで観艦式」などという景気のよいことがいわれ、次に日本軍が進攻するのはインドか豪州かが本気で議論され、事実、北豪のポート・ダーウィンを占領すべく豪北派遣軍が編成されようとしていた時期だった。

いわば「旭日高く」「意気天を衡く……」大日本帝国の絶頂の時、そして、転落の坂道を一気に転がり落ちて破滅へと進む直前であった。

従ってこの思考図式が絶対に正しいものとして、あらゆる面で強調された時代であった。

私より後の人の話を聞くと、そのころはこの図式が一種の悲壮感をもって語られているが、私の時代はまだ楽天的で、「だから大丈夫だ」というふうに語られていたのである。

従って、反論を許さぬ「絶対」というよりむしろ「当然自明」のことであり、その言い方は新井氏そっくりであった。

しかし、当時であれ、今であれ、いずれにしてもこの図式とは議論は出来ないのである。

たとえそれが「民衆のもえたぎるエネルギー」とか「革命の力量」とか「民族精神」「革命精神」とか「日本精神」「軍人精神」とか、何と言いかえようとも、これらすべてに共通することは、それが不確定要素だということである。

もちろんそういった「精神力」とも総称すべき一種の力があることは事実であって、それがないとは絶対にいえない。

しかし、武器・兵力・補給力・資源等はすべて、正確に計算できる確定要素だから、この「確定要素」対「不確定要素」という議論ははじめから成り立たない。

従って、この「武器」対「精神力」という思考図式にぶつかるたびに私が質問したことは、この「精神力」と総称すべき不確定要素を、武器で代表される確定要素になおして組み込む方程式を示してくれということであった。

私の言うことはなかなか理解されにくい点もあった。
私はこれでも経済学部の出身――というとみなが「ヘエー」と言って笑う金銭低能だが――なので、これを一種のバランスシートのような形で説明してみた。

資本・負債の部が米英の確定戦力である。
資産の部が日本の確定戦力である。

するとだれが見ても明らかに資産の部が決定的に少ないので、そのままいけば確実に破産する。

その際もしインチキ会社のように、資産を「精神力」という言葉で水増し評価して帳尻を合わせて世を欺いたのなら、これはもう初めから問題外、私は何も質問しない。

しかし、私は、あなた方が、それを本気で信じていたことを知っているのだ。

だから私自身は、「軍部が国民をだました」などという言葉にはだまされない

あなた方は、自らが信じていたが故に、そのバランスシートに基づいて戦争をはじめたはずだ。
従って、「精神力」という言葉は、帳尻合わせのための恣意的な水増し評価ではないはずだ。

そう思えばこそ、その「評価の算定の基礎およびそれに基づく方程式」を示してくれ、ということであった。

私かもし新井宝雄氏に質問するなら、これと全く同じ質問になる。
私はもちろん新井宝雄氏が国民をだましているとは思わないし、森康生氏に対して遁辞を弄しているとも絶対に思わない。

そう思えば何も言わない。
思わないからこそ、この質問が出てくる。

すなわち、こういうことを言った以上、「武器」という言葉で象徴される双方の戦力の確定要素を正確に算定し、また「民衆のもえたぎるエネルギー」という不確定要素も何らかの方程式で確定要素になおしてこれに加え、その結果両者はこういうバランスになり、日本は破産したと言われなければならないはずだからである。

そして、それが出来ずにこの言葉がロにできるはずがないからである。

戦犯容疑者収容所に移されたころから、すべての人が無聊に苦しみ出した。
「退屈」は度がすぎると一種の拷問に等しい。

従って私のような青二才が妙な議論を吹っかければ、みな退屈しのぎに、何時間でも相手になってくれた。

そしてある日、私は全く意外な返事をされて、一瞬、妙な気になったのである。

その人の名は覚えていない。

だいたい、話し合った人びととは、同収容所内の顔見知りというだけで、お互いに正確に名前など確かめもせず、ただ時間つぶしのお喋りをしていたに等しかったからである。

その人は、おそらく戦死した私の部隊長の少し先輩だったのであろうと思う。
彼は不意に言った。

君は砲兵だろ、だれの部下だった」。

当時はすべて「君」だった。

H少佐の部下です
ソーダロ、ソーダロ、そのはずだ。ナニ、本部付。観測か、アハハハ……。すっかり薫陶を受けたな、論法がそっくりじゃ、ワッハハハハ……。だがな歩兵はそう考えたらいくさはデケンのだ

私はいささか毒気を抜かれたが、相手の笑い方や言い方が不満だったので、少々口をとがらせて反論した。

いや、私か言ってるのは、歩兵だ、砲兵だ、ということではないデス。精神力という漠然とした不確定要素をどういう計算方法で、戦力という確定要素に……

ソレソレソレだよ。ちょっと自分の言ってることを考えてごらん。君たちは、風向とか風速とか気温とかいう不確定要素まで、一定の方程式で算定して弾道に加算するんだろう。

だから言ったのさ、君は砲兵だろうって。
H少佐は典型的な砲兵だったな。当然だ、あの人は一生砲兵だった。努力家だったな。いい人たった。

しかしナ、彼の話はいつも同じことになるんだナ。
不確定要素という奴が許せないんだ、あの人にゃ。

そうそう、君んとこは師団長が砲兵出身だったろ、M閣下さ。有名だったぞ、一分一厘の誤差も許さんのだ。
K中尉、知ットルか、あれがこぼしとったよ。

隷下各部隊の人員が各何千何百何十何名、各部隊の入院者が各何十名、従って野戦病院の患者総数が何百名、それの全部をまた兵科別、階級別にし、タテヨコ碁盤のような表にしてな、それの最終計がピシャリ師団の総人員と合致せんとな、承知しなかったそうな。

一人二人は、師団の戦力には影響ない、なんて気にゃなれなかったんだナ。
確かにナ、砲兵はそれでいいんだ。

あらゆる不確定要素を何とか計算して確定要素に組みこむ、どうしてもそうなるんだろうな。五分くるったら……


ご、ご、五分ですって、冗談じゃない。射距離四千で五分といやあ二百メートルです。二百メートル手前に砲弾が落ちてごらんなさい、友軍の歩兵を叩いちまうじゃないですか

なるほどね、それじゃH少佐みたいに一分一厘うるさくなるのが当然なんだろうナ。しかしナ、君、そういう考え方を進めれば、歩兵だけでない、すべていくさというものは、デケンことになるんじゃ

というと……

つまりだな、両軍がすべてを正確に確定要素になおして一分一厘ちがわんように計算したとするナ、そうすりゃ結果はわかっとるから、だれもいくさはでけんよ。

たとえばだ、米英中国で十個師団、日本は七個師団とするか。

もちろんこれは、砲兵的にダ、あらゆる不確定要素を計算しつくして確定要素になおして師団数にしたと思えばよい。そうなれば結果はワカットルから、初めからだれもいくさはセン。


不確定要素があると思うから、はじめていくさをするわけだ。

だから、『武器』対『精神力』などというあやふやなことでなぜ戦争をオッパジめたんだ、という質問が実はオカシイのだ。

というのは、『武器』対『精神力』という考え方、いわば、『確定要素』対『確定要素』でなく、
『確定要素』対『不確定要素』ではじめて戦争がはじまるのだ。

簡単にいやあ、さっきの十個師団対七個師団で、この差の三個師団は『精神力』という不確定要素でおぎなえると考えること、つまりこの部分は『武器』対『精神力』でいけると考えて、はじめて、いくさというものははじまるんだ。

そうでなきゃ、みな、計算がすんだらおしまいにするはずだ


というわけであった。

つまり新井宝雄氏のような発想から戦争をはじめるのだから、その発想が完全に一掃されれば戦争は起らない、という意見でもあった。

彼はさらに語をついだ。

つまるところ、砲兵だけになったら戦争は起らんな。

たとえばだ。一方の射程が二万で、もう一方の射程が一万なら、測地が終ってあらゆる要素が確定したら、それで終りじゃろ。結果がわかりきっとるのに撃ち合ってみるバカはおらんじゃろ。だからいくさにはナランのじゃよ


これはずっと後で気づいたことだが、彼の言っていることは、いわば「冷戦」の予告だったのである。

(次回へつづく)


「精神力」に至上価値をおいていた戦前当時の日本人は、日米の戦力の差を精神力で補えると本気で信じていたのでしょうか。

私が思うに、本気で信じていたのではなく、必勝の信念を持てば勝てるはずだという「希望的観測」に縋らざるを得ない精神状態に陥っていたのではないでしょうか。

それが戦後になって一転、「軍部が国民をだました」ということになってしまっているようです。
そして「軍部」という”抽象名詞”に原因を転嫁するという一種の「様式」が、戦後の戦争についての反省となっているのが現状なのではないでしょうか。

本来ならば、なぜ”精神力”という「不確定要素」を信じてしまったのかが追求されるべきなのに、「だまされた」という立場に置くことで、なぜ信じたのかということがいまだになおざりにされています。

それを山本七平は、この「ある異常体験者の偏見」を始めとする戦争三部作でとことん追求しました。
これらの著書を読んでいけば行くほど、単に「だまされた」で済む問題ではないことが明らかになっていきます。

さて次回は、文中の「砲兵だけになったら戦争は起らんな。」という指摘から、なぜ冷戦の時代の予告を読み取ったのか、その理由が述べられているところをご紹介する予定です。

ではまた。


【関連記事】
◆ある異常体験者の偏見【その1】~日本を破滅に追い込んだ「思考図式」~
◆ある異常体験者の偏見【その2】~二通りある「負けるべくして負けた日本」~
◆ある異常体験者の偏見【その4】~砲兵が予告した「冷戦時代」の到来~
◆ある異常体験者の偏見【その5】~「精神力」対「武器」という発想→「地獄の責め苦」~
◆ある異常体験者の偏見【その6】~「確定要素」だけでは戦争できない日本~


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コメント

花春さんへ

花春さん、コメントありがとうございます。

>分隊、小隊の規模の戦いだったら精神力で語るのも(場合によっては)ありだと思うんですけどね

そうですね。
戦術レベルでは、そうした要素も比重を増してくるとは思います。
実際、重火器が使えないとか爆撃を受ける心配がないなどの一定の条件下においては、日本軍は異様な戦闘力を発揮した、と山本七平が書いてましたっけ。

制約条件のある受験戦争型の戦争ならば、”武芸”を磨き、三八銃の”宮本武蔵”となって、勝利することも出来るのかも知れませんが、なんでもありの近代戦では、こうした行動様式は通用しないでしょう。

  • 2010/07/24(土) 16:03:36 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

分隊、小隊の規模の戦いだったら精神力で語るのも(場合によっては)ありだと思うんですけどね(アメリカ映画に出てくる先任軍曹のような軍人とか)
21世紀になっても不確定要素の多い市街戦なんかは歩兵部隊の仕事ですねえ

  • 2010/07/23(金) 17:25:40 |
  • URL |
  •  花春 #-
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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