一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

ある異常体験者の偏見【その4】~砲兵が予告した「冷戦時代」の到来~

以前の記事「ある異常体験者の偏見【その3】~戦争を引き起こす『確定要素』対『不確定要素』という構図~」の続き。

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)ある異常体験者の偏見 (文春文庫)
(1988/08)
山本 七平

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前回のつづき)

もちろんこれは彼にとってはお喋りであり、時間つぶしであった。

また当時は「冷戦」などという言葉はもちろんなく、冷戦時代を予測したものもなく、たとえ論理的帰結として当然そういう一時代が来ると言っても、だれ一人、耳を傾けるはずもない時代であった。

また私自身が、自分の発想の内部に、冷戦という要素があろうなどとは、夢にも考えていなかった。

これは、新井宝雄氏が、「強力な武器」対「精神力」という発想と思考図式が戦争の要因だなどとは、夢にも考えておられないのと同じである。

そして以上のような言い方はすべて、屁理屈か机上の空論として片づけられるのが普通であった。
当時の私ももちろんそう考えており、何かうまくはぐらかされたような気持であった。

しかし冷戦時代に入ってから、彼の言葉や当時収容所で質問したいろいろな人の返事を総合すると、こういう状態になるのが、当然の帰結であるように思えた。

彼らはそれと知らずに、私と話すことによってただ自分の体験を整理していくだけで、全く予測せず、冷戦という状態がありうることを予告していたのであった。

冷戦の基礎となった大陸間弾道弾は、その基本的発想は砲兵と同じであり、ただ規模が異常に大きい超長距離・超巨大砲であるというにすぎない。

そしてその基礎は、実はロケットの推力でなく、あらゆる不確定要素を一方の方程式で数になおして計算し、それを弾道に織り込んで誘導する技術である。

ロケットそのものの歴史は砲と同じくらい古い。
中国のどこかの博物館に昔の噴射式の火器が飾ってあって、「ミサイルを発明したのは中国人だ」と書いてあったと、だれかの中国紀行にあった。

書いていた人はやや嘲弄的口調であったが、これは恐らく事実である。

だれが考えても弾丸そのものに推力をもたす方が合理的で、日本軍にも噴進砲というのがあったそうである。

私は見たことがないが、おそらくバズーカ砲の類いであろう。
ただロケットがなかなか実用品にならなかったのは、精度の点で致命的欠陥があったからにすぎない。

いわば風向、風速、気温等の不確定要素に左右されるので、弾着点が算出できないのである。

こういう要素は普通の人が考えるよりもはるかに大きく作用する。
砲ですら例外でない。

発火時の火薬の温度だけで射距離は非常に狂うもので、これは「『撃ち方持て』の後のタマはのびる」という言葉に表われている。

射撃をすれば高温の火薬ガスと弾丸の摩擦で砲身は熱する。

これに砲弾を装填したところに「撃ち方待て」の号令がかかり、そのまま放置しておくと薬筒内の装薬の温度が上昇する。

それを忘れてそのまま射撃を再開すると、この砲弾だけは異常な遠方に飛んでいってしまう。

これがロケットともなると、その日、その時の気温の差だけで、射距離が常に狂う。

また向い風、横風、追い風も砲弾に作用するが、ロケットだと、比較にならぬほどさらにさらに強い影響をうける。

従ってミサイルの特質は、これらすべての不確定要素を計算して確定要素とし、それに基づいてロケットを誘導できるという点にあるはずである。

いわば電算機が生み出した兵器というべきであろう。

計算機を使うという発想は日本軍にもあり、その初歩的なものなら私も使ったことがある。

偏差盤といって、偏差交会法で使う一種の計算盤だが、ただこれは、精度が悪くて使いものにならなかった。

従って、当時の新聞・雑誌が書きたてたような、「ミサイル時代」という特別な時代が始まったわけではなかった。

規模が極端に大きくなり、測定の技術と計算の技術が異常に高くなったというだけで、友軍の頭越しに相手の心臓部に巨大な砲弾を送りこむという根本的発想には少しも変化はない。

従って原則は砲兵と同じで、あらゆる不確定要素を徹底的に追究し、計算して、これを確定要素に織り込むという態度にならざるを得ない

そして相互にこういう態度で、徹底的に不確定要素を消去してしまえば、計算が終ったときにすでに結果は出ている。

従ってあの老佐官がいったような結果

つまるところ砲兵だけになったら戦争は起らんな
測地が終ってあらゆる要素が確定したら、それで終りじゃろ

計算してすべての結果がもうわかっているのに

撃ち合ってみるバカはおらんじゃろ。だからいくさにはならんのじゃよ

という状態になったわけである。

つまり計算が終ったときに戦争は終り、だれも「やってみにゃわからん」とは考え得ない状態である。

従って「冷戦の思想」というのが特別にあったわけではないし、冷戦が極限まで進むと熱戦になるわけでなく冷戦と熱戦とは発想が全く逆方向なのである。

(次回へつづく)

【引用元:ある異常体験者の偏見/ある異常体験者の偏見/P20~】


本当に戦争を厭い、平和を望むならば、上記の「砲兵」のように彼我の戦力差を冷静に計算する態度を保つことが要請されるでしょう。
勿論、「やってみなければわからない」と思わせるような”不確定要素”を徹底的に排除しながら…ですが。

要するに「理性的」であれば、戦争は起こらない。
砲兵のような人間ばかりならば、冷戦状態になっても”熱戦”は起こらないはずなのです。

これは極当たり前のことですね。

しかし、その当たり前のことが、何らかの外部要因(飢餓・恐慌・天変地異・戦乱など)で出来なくなってしまう。

それは、人間が理性を無くす可能性を持つ「生物」である以上、どうしても避けられないことなのです。

理性の喪失を「避けられない」との前提で、平和を希求するのが、本当の平和主義者ではないでしょうか。

しかしながら、自称平和主義者たちの主張を見ていると、「人間は常に理性的である」という”無意識”かつ”絶対的”な前提が潜んでいる場合が殆どです。

そしてそうした自称平和主義者ほど、平和を維持したり実現したりする具体的な道程を何ら示すことが出来ず、空疎な言葉だけの情緒的な平和論を叫ぶ傾向が見受けられます。

要は、感情に訴えるだけの平和論だと言えるでしょう。

毎年、この時期に放送される戦争を考える番組を見ると、その殆どが戦争の悲惨さを強調し、感情に訴えるだけの”情緒”的平和論ばかりです。

そして、その感情に同調することが、「反省」と見なされてしまっているのではないでしょうか。
それは、反省行為ではなく、戦争が嫌だとか怖いという「告白」若しくは「懺悔」にしかなりません。

こういう状況を見ると、山本七平の「反省という語があっても反省力なきこと」という指摘を思い浮かべざるを得ません。

少し話を戻しますが、情緒に基づく平和主義は平和をもたらすでしょうか?

それは、たぶん否です。

情緒というのは所詮「不確定要素」です。

情緒という不確定要素を重視する”発想”は、冷戦の論理とは真逆で、むしろ「熱戦」につながる”発想”ではないでしょうか。

これで平和を維持するが出来るわけがありません。

情緒的で観念的な平和論からの脱却。
そして「砲兵的」発想の維持。

これこそが、まず平和維持に求められるものではないかと愚考する次第です。

しかしながら、テロリストが大量殺傷兵器を入手しかねない今後の世界においては、「冷戦の思想」だけでは平和を維持し続けることは難しいかもしれません。

何しろ、テロリストには「冷戦の論理」は通用しませんからね。

こうした難しい時代に対応した平和論をどのように構築していくか。
それが今問われているような気がします。

さて次回は、不確定要素が重要視された場合どうなるのかについて書かれた記述箇所を紹介していく予定です。
ではまた。


【関連記事】
◆ある異常体験者の偏見【その1】~日本を破滅に追い込んだ「思考図式」~
◆ある異常体験者の偏見【その2】~二通りある「負けるべくして負けた日本」~
◆ある異常体験者の偏見【その3】~戦争を引き起こす『確定要素』対『不確定要素』という構図~
◆ある異常体験者の偏見【その5】~「精神力」対「武器」という発想→「地獄の責め苦」~
◆ある異常体験者の偏見【その6】~「確定要素」だけでは戦争できない日本~

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コメント

Saizwongさんへ

Saizwongさん、こんばんは。
コメントありがとうございました。

なかなか読み応えがありそうなブログですね。
一気に読む時間もないので、少しずつ読み込んでみようと思います。
面白いブログのご紹介ありがとうございました。

  • 2010/08/18(水) 23:38:02 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

砲兵とそれ以外

 第一次~第二次に絞って見ると砲や銃はそれほど進化せずにその多くが旧式のまま留まり、逆に航空機や艦船、戦車といった兵器は異常なほど発達していましたが、そういった急激な兵器の発達の仲に何か理性を失わせる傾向があったのかもしれないのでは…と読みながら思いました。

 ちょうど、私がよく拝読する軍事関連の重鎮が執筆するブログ(http://stanza-citta.com/bun/)でそういった砲兵が第一次大戦から第二次大戦へ向かう途中で味わった苦悩が分かりやすく書かれており、もし、砲兵があとほんの少しでも軍隊の中で重用されていれば本当に歴史は全く違ったものになったのではないのかとつくづく思う次第です。
 僭越ながら紹介させていただきます。

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