一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本軍の実態【その1】~無能な司令や参謀が続出した日本軍~

最近、右よりのブログ記事もチェックしているのですが、ちょっとそれは余りにも過大評価ではないか!という記事を見かけたので、何度かコメントしてみたところ、(全員というわけではなく一部ですが)取り巻きのコメンテイター達から罵倒された挙句、ブログ主よりあっさりとコメント禁止措置を食らってしまいました…orz

そのブログ「ねずきちのひとりごと」の当該記事はこちら↓

・勝利の要諦は至誠と愛情と情熱・・・藤原岩市陸軍中佐
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-789.html


・いくつかの主張
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-792.html

上記記事のなかで、ブログ主のねずきち氏はインパール作戦を評価しており、(心情的にはわからなくもないのですが)余りにも自己正当化・自己欺瞞に溢れている点が気になってコメントしたわけです。

コメ欄を荒らす気も毛頭なかったし、なるべく丁寧な受け答えを心掛けていたんですけどね。
それでも、取り巻きの一部コメンテイターらの反応は、異論を唱えることを許さないヒステリック気味な雰囲気で、何となく宗教じみていたのが印象的でした。

罵倒されるのは慣れているので、特に気にはしてなかったのですが、ブログ主からあっさりコメント禁止措置を下されたのにはちょっと意外でした。

たしかに、コメント欄が荒れるのは嫌なものですし、自分の主張を覆されるのは気分が悪いかもしれないのは、私自身もブログを運営しているのでよくわかるんですけどね。
しかし、取り巻きのコメンテイターに反論させておくだけで、ブログ主自らは全く反論もせず、いきなりのコメント禁止措置はいささか乱暴でビックリしました。

まぁ、そんなわけで、ねずきち氏のブログでは、反論することが出来なくなってしまったわけです。
それ自体は仕方がないのですが、ねずきち氏が私に対してコメント禁止措置を言い渡したときの言い分↓には全く納得できないので、この場でちょっと反論しておきます。

>あなた方と私の考えは違うようです。
>このブログは、歴史から謙虚に学ぶことを目的としています。
>歴史への批判や揶揄を目的とするものではありません。


歴史から”謙虚に”学ぶ???

それが目的ならば、なぜ、自己正当化したり、日本軍を必要以上に美化するのでしょうか?
それは、単なる自己欺瞞、若しくは、「自慰」行為と言うべきでは???

どうも、ねずきち氏の思考には、「自虐史観に侵された日本人を覚醒させるためには、自己正当化・美談化して歴史を歪曲するのも当たり前」といった考えがあるように思います。
これも、一種の「(正しい)目的は、(不正な)手段を正当化する」という一例ですね。

残念ながら、岸田秀が指摘するように「(不正な)手段は、(正しい)目的を”腐らす”」だけなんですけどねぇ。
そのよい見本が、取り巻きの一部コメンテイターの”ヒステリックな”言動に表れています。

あれのどこが愛国なんでしょうか。

彼らの言動は、山本七平の次の記述を何となく連想させるものがあるように思います。

私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))
(1983/01)
山本 七平

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……九月号の「諸君!」で、林健太郎教授が「王様より王党的」という言葉を引いて「北京より北京的」「林彪より文革派的」な日本人に言及しておられるが、私の青少年時代に、日本国中の至る所で無遠慮に横行していたのはまさに「軍人より軍人的な民間人」であった。

彼らは軍人より軍人的に振舞い、軍部より軍部的な主張をし、本職軍人などは足元にも及ばぬほどの神がかり的主戦論者で、言論機関を利用して堂々と対米開戦を主張する大物から、徴兵検査場でだれかれかまわず「トッツく」小物のおにいちゃんまで、社会の至る所に蟠踞し、強圧的な態度であたりを睥睨していた。……

……「王様より王党的」そのままの、あの軍部より軍部的で、軍人より軍人らしく振舞い、軍人以上に好戦的言辞を弄していたあの「軍系民間人」……。

【引用元:私の中の日本軍(上)/軍人より軍人的な民間人】


単なる自己正当化ばかりしていれば、上記のような人間ばかりになるような気がするんですが。
これのどこが、歴史から”謙虚に”学ぶことなんでしょうか。

まぁ、ねずきち氏への反論はこのくらいにして、ねずきち氏が賞賛した日本軍の実態が、どのようなものであったのかについて分析している記述を、岸田秀著「日本がアメリカを赦す日」から、何回かに分けて引用紹介していきたいと思います。

日本がアメリカを赦す日日本がアメリカを赦す日
(2001/02)
岸田 秀

商品詳細を見る
(~前略)

しかし、幕府に取って代わった明治政府の指導者たちは、日本が屈辱的状態におかれていることを十二分に痛感しており、この状態からの脱出を最優先の政治目的にしていました。

不平等条約の改正と富国強兵を主眼にしたのは、そのためです。
二〇世紀の初め(一九一一年)、不平等条約はすべて廃棄されましたが、それは日本が軍事的に強くなってゆくことと軌を一にしていました。

日本は、屈辱的状態から脱するには軍事力を強化するしかないと、ますます固く信じるようになりました。

しかし、日本は天然資源の乏しい貧乏国で、産業的基盤もまだ弱く、欧米諸国に対抗する軍事力をもつのは無理でした。
屈辱感を解消するに足る軍事力と、現実の経済力・工業力でもつことができる軍事力とのあいだに大きな落差がありました。

この落差が、そののち日本軍、日本兵が辿らなければならなかった悲惨な運命の最大の原因です。
この落差を、個々の兵士にとてつもない無理を強いることによって埋めようとしたのです。

日本は、日露戦争に英米の助力で辛うじて勝ったのに、自力で勝ったつもりになったことについてはすでに述べました。
この自己欺瞞は、この落差を少なくとも主観的に埋めたつもりになるために必要だったのです。

あまりにも屈辱的な状態におかれていて、しかも、着実に確実にその状態を克服する現実的能力を欠いていた日本は、屈辱感、劣等感を補償するために、現実を無視してでも、優越感に飛びつき、誇大妄想に逃げ込んで舞い上がったのでした。

この前も言ったように、「死を恐れぬ勇敢な日本兵」という神話ができあがりました

日本兵は強い、とくに敵味方が入り乱れて戦う白兵戦においては日本兵にかなう者はいない、敵兵は臆病で死ぬのが怖くてすぐ逃げるから、日本兵が決死の覚悟で突撃すれば必ず勝つ、ということになりました。

(僕の子供の頃、「サッサと逃げるはロシアの兵/死ぬまで尽すは日本の兵/五万の敵と戦ふで/六人残して皆殺し」という手毬歌があり、女の子たちはよくこの歌を歌いながら、毬をついていました)

これらの観念が現実の裏づけがあってできたとは思えません

白兵戦で日本陸軍が勝った戦さがあったでしょうか。

旅順攻略戦でしょうか。
奉天会戦でしょうか。

そんなことは聞いていません。

戦争に勝つためには、兵士の戦意や勇気などの精神的要因だけでなく(近代戦ではその重要性はだんだんと減ってきていますが)、軍資金、武器、情報などの現実的要因が不可欠です。

戦略や補給などのことも無視できません。
日露戦争においては、勝利の現実的要因に関しては外国(英米)の援助に頼るところが大でした。

ここで、屈辱感から逃れるために、自力で勝ったと思いたかった日本は、現実的要因(外国のおかげで手に入れたもの)を軽視し、もっぱら精神的要因(自分で持つことができると考えたもの)を強調するようになりました

このことがその後の日本軍の全体的戦略構想を決定づけました。

日米戦争は日露戦争の勝利から数えて三十六年目に始まりましたが、言ってみれば、日本は、日露戦争の勝因だと自分が思い込んでいたところの勝因と同じ勝因でアメリカに勝とうとしたのです。

いま述べたように、この勝因は、現実的要因を考慮の外においた空想的勝因でした
空想的勝因によって現実の戦争に勝てるわけはありません。

空想的勝因によって日米戦争に勝とうとした日本は、どこそこで作戦を誤ったとか、敵の物量作戦に圧倒されたとか、不運が重なったとか、誰それが怠慢であったとかのことで負けたのではなく、初めから不可避的に負けるに決まっていました

戦争中、日米の戦いは精神と物質の戦いだと言われていました。
高貴な精神が下賤な物質に負けるはずはないので、この戦争は日本が勝つに決まっているということでした。

このような考え方の背後に誤った日露戦争観があったわけで、何度も言いますが、日露戦争の勝因を正しく見なかったことが日米戦争の敗因でした。

個々のまずい作戦はそのような現実離れした全体的戦略構想の一環なのです。

ガダルカナル作戦辻政信参謀、インパール作戦牟田口廉也中将などは、後から見れば、実に馬鹿げた非現実的な作戦をやっており、そのため日本軍は無意味に莫大な損害を被りました。

これらの作戦の敗北の責任が彼らにあることは間違いないですが、彼ら個人を責めても始まりません。

彼らは、普通のまともな集団でなら、大法螺吹きの空威張り屋だと馬鹿にされて放り出されかねない、現実感覚を喪失した誇大妄想的人物でしたが、問題は、そのような人物がリーダーに選ばれ、権力をもち、その意見が通るようになる構造が日本軍にあったことです。

なぜ日本軍はそのような構造の集団になったかということです。

ガダルカナルやインパールの作戦のときの参謀や指揮官がたまたま不運にもとんでもない無能な人だったということではないのです。

(次回へ続く)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/屈辱感の抑圧のための二つの自己欺瞞/P43~】


上記引用のように分析すること、若しくは、こうした分析から自らの欠点に気付くことこそ、歴史から”謙虚に”学ぶ、ということじゃないでしょうか。
私はそう思います。

次回もこの続きを紹介してきます。
ではまた。


【追記】
一応、ねずきち氏の記事にトラックバックしてみますが果たして通るかどうか。

”謙虚に学ぶ”といいながら、批判を全く受け付けない姿勢はいただけません。
せめて、トラックバックぐらいは受け付ける度量を見せることを、期待したいところです。

【追記の追記】
どうやら、トラックバックが通ったようです。
後は、削除されなければいいのですけれど。


【関連記事】
・アントニーの詐術【その1】~日本軍に「命令」はあったのか?~
・アントニーの詐術【その2】~日本軍の指揮官はどのようなタイプがあったか?~


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コメント

南溟さんへ

南溟さん、こんばんは。

当該記事拝見いたしました。
やっぱり、かの御仁は、あのような受け答えが限界なのでしょう。

最近は翼賛的なコメントばかりでつまらないので、チェックもおざなりになってました。
教えていただきありがとうございました。

  • 2010/03/06(土) 22:25:16 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

やれやれ。

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1644.html

ここのコメント欄を見てもわかるように、自分にとって都合の悪い言説に対しては「『金正日政権のイデオロギー』とは何かも具体的に言語化してください」とかいう捨てゼリフを吐いてひたすら逃げるのが、村野瀬女史の常套手段なのですね。これで民主主義とか言っているのだから呆れますね。

  • 2010/03/06(土) 21:44:13 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

tikurinさんへ

tikurinさん、コメントありがとうございます。

日本民族は人災というものをあまり体験してこなかったというご指摘には、考えされられます。

確かに、日本の歴史を振り返ってみても、世界の歴史と違って虐殺などが殆ど無いように思います。

それだけ平和だったのでしょうけど、戦前においてはそうした体験の無さが、逆に作用したのかも…。

山本七平が、右からも左からも攻撃されるのは、tikurinさんの指摘する「人間のリアリズム」の醜さをむき出しにして見せたからかも知れませんね。

それよりは、ねずきち氏らのように「自慰的」美談に浸っていたいというのは、人間として自然なことなのかも知れません。

それで問題が無ければ、いくら自慰していても構わないのですが、そうもいかないので困ってしまいますね。

  • 2010/03/02(火) 23:44:36 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

昔はやった言葉「自己否

一知半解さん、ご苦労様です。
 私の学生時代、当時の若者に流行していた言葉は「自己否定」でした。「自己否定」なんてそんなことが簡単にできるわけがないじゃないかと私は思っていましたが、いつの間にかその言葉は「他者否定」に転化していて、結局それは「自己正当化」のためのマネーロンダリングだったと分かりました。自虐史観といわれる歴史観もこういう仕掛けになっていたのです。大切なことはこの自己欺瞞に気づくことです。また、、一見これと逆に見える美談史観も、自己陶酔による自己欺瞞に陥っている点は同じで、これでは何にもなりません。事実は、個人もその集まりである民族も、それぞれに長所と短所があると言うこと。その長所を生かし短所を是正することでしか生きられないということ。そのためには長所を大切にしなければいけないが、短所に目をつむってもいけない、ということだと思います。日本の歴史を振り返ってみると、日本民族は人災というものをあまり経験してこなかったようですね。だから、災害は自然災害ばかり。万葉集の山上憶良の漢詩文などを見ても、病気や老衰や災害の嘆きばかり。貧乏も自然災害のように書かれています。恐いのは人間ではなく自然だったのです。だから、そうした自然を無常として運命的に受け入れると共に、それを畏れ崇敬したのでしょう。しかし、こうしてできあがった自然思想が、反面において人間のリアリズムを見えにくくしたことも事実のようですね。その弱点が太平洋戦争で露呈したわけで、その百万を超すと言われる広義の餓死者の出現こそ、実は最大の人災だったといわなければなりません。さらにこの人災の深刻なことは、それが他国によってもたらされたものというより、同胞によってもたらされたものだと言うことです。つまり、そうした人災を引き起こす要素を私たちは持っている。それは自然災害よりもはるかに大きな災害をもたらした。この事実を見据えることが日本人には必要なのです。確かに、祖国の存亡の危機に際して自らの命を投げ出す自己犠牲の精神は讃えられるべきです。しかし、餓死では死んでも死にきれないでしょう。山本七平はこの事実を、フィリピンの餓死戦場からの生き残りとして、戦後世代に伝えようとしたのです。ところが、これが左からも右からも容易に理解されない。今なお、この隠れようもない人災を美談に変えてしまう弱さがある。あきらめないで議論していかなければ・・・と思ったことでした。(下線部訂正3/2)

  • 2010/03/01(月) 02:41:51 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

南溟さんへ

南溟さん、コメントありがとうございます。

ねずきちさんのブログも、村野瀬女史に比べれば、全然マシです。
それに常連のコメンテイターの中にも、話は通じる方は何人もいらっしゃいましたし。

しかし、右にも左にも話が通用しない人がたくさんいるものですね。

村野瀬女史のブログは突っ込みどころが多すぎて、最近はまともに読んでません。
慣れてきたというか麻痺してきたというか…(笑)。

  • 2010/02/26(金) 23:42:05 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

吉田 五郎太さん、KYさんへ

>吉田 五郎太さん

初めまして、コメントありがとうございます。

>それと『現実的な批評』とは別、という部分を押さえないとやっぱりまずいですよね。

仰るとおりです。それがきちんと区別できていない人だと、ちょっとの指摘でも怒り出す。
そうなっちゃうと、もう何を言っても駄目な場合が多い。

困ったものですね。

>KYさん

コメントありがとうございます。

>戦前も戦後も「現実を無視し、誇大妄想に逃げ込む」と言う点では変わりませんね。

ホントその通りです。
KYさんが仰るように「裏返し」で、根本の思考様式は同一なんですよねぇ。
反省すべきは、この思考様式のはずなのですが…。

  • 2010/02/26(金) 23:24:15 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

お疲れさまです。

問題のブログのコメント欄を拝見しましたが、「無理が通れば道理が引っ込む」とはまさにこのことだと痛感しました。日本を盲目的に持ち上げ、気に入らないものは「朝鮮の工作員」などと罵声を浴びせる連中は、まさしく戦争中と同じ過ちを繰り返していることに気づかないのでしょうかね。いくら大義を掲げても、戦争に負けて大勢の死者が出ては何もなりません。
そのような中でも一致半解さんは冷静に対応しておられたのが救いでした。ここのブログ主も、「歴史から謙虚に学ぶ」ことを心がけるならば、むしろ自分と違う考えにこそ耳を傾けるべきだということに気づかんのかねえ。このブログ主は、角が立つことを恐れずきちんとした進言をする家臣を退け、口先で阿諛追従するいかがわしい輩ばかりを重んじるバカ殿様と似てますね。

話は変りますが、村野瀬女史も年が明けてからも相変らずトンチンカンな主張ばかりしてますね。村野瀬ブログもつっこんでやりたい箇所など山とありますが、この人も話してわかる人じゃないからね。こういうのは右も左も関係ないですが。

  • 2010/02/26(金) 23:22:15 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

初めましてです。

いつも貴ブログをのぞかせていただいております。今回初めてコメントします。
さて、日露戦争の件ですが、要するにあれは格闘技の試合でいう『ギリギリの判定勝ち』のようなもので、相手(ロシア)を『KO』してみせたわけでは全く無いわけですからねぇ……。
もちろん、当時の日本軍将兵の戦いぶりには僕は心から敬意を持ちますし、誇りに思ってもいいとは思いますが、それと『現実的な批評』とは別、という部分を押さえないとやっぱりまずいですよね。

  • 2010/02/26(金) 15:34:38 |
  • URL |
  • 吉田 五郎太 #OAxxUYaQ
  • [編集]

「死を恐れぬ勇敢な日本兵」という神話の対極にあるもの

 昨今ネットで揶揄されている「日本軍最強伝説」もこれの裏返しでしょうね(棒読み)。
 サヨクが「旧日本軍はこんな残酷なことをした」と強調するあまり時間的、物理的可能性や制約など全く無視した「残虐行為」を言い募るうちに「じゃあ何でこれだけのことが出来る日本軍が負けたんだ?」と突っ込まれるようになったと言う皮肉。それに加えて「非武装中立」「無防備都市宣言」という誇大妄想に取り付かれたか、もしくは敵性国の手先としか思えない脳内お花畑平和主義。
 戦前も戦後も「現実を無視し、誇大妄想に逃げ込む」と言う点では変わりませんね。

  • 2010/02/26(金) 14:37:29 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

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総括>山本七平信者

評論家という名の似非文化人 その?~?の力作、面白く読ませていただきました。ありがとう~{%ハート1webry%} mugiさんの耶蘇教嫌いは筋金入り・・老舗というべきか?{%表情爆笑deka%} フランシスコ・ザビエルは日本にキリストの愛を広めにきただけではないからね。禿同!

  • 2010/03/08(月) 00:25:44 |
  • 世間の片隅で
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一知半解

Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

http://yamamoto7hei.blog.fc2.com/

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