一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本軍の実態【その2】~「死を恐れぬ勇気」で勝とうとした日本人~【追記あり】

以前の記事「日本軍の実態【その1】~無能な司令や参謀が続出した日本軍~」の続き。

今回は、日本軍において無能な司令や参謀が続出したわけですが、それを許してしまった背景にどのような思考様式ががあったのか、ということについて岸田秀の記述を引用紹介して行きます。

日本がアメリカを赦す日日本がアメリカを赦す日
(2001/02)
岸田 秀

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前回の続き)

■死を恐れぬ勇気

日本軍は、本気で、個々の兵士が死を恐れぬ勇気をもてば戦争に勝てると思い込んでいたようです。
僕に言わせれば、この思い込みが日米戦争における日本軍の最大の敗因です。

実際、日本軍では、兵士に死の恐怖を捨てさせることに訓練の重点がおかれていました

『葉隠』の「武士道とは死ぬことと見つけたり」とかいう宣言がもてはやされ、「死ぬのが怖い」というのは軍人が決して口にしてはならないタブーでした。

「立派に死んでこい」というのが出征兵士を見送るときの励ましの言葉でした。
世界のどこに出征兵士に「死んでこい」と励ます国があるでしょうか

軍歌の『日本陸軍』には「勝たずば生きて返らじと/誓ふ心の勇ましさ」、『戦友』には「どうせ命はないものよ/死んだら骨を頼むぞと/言ひ交したる二人仲」、『露営の歌』には「勝ってくるぞと勇ましく/誓って国を出たからは/手柄立てずに死なりょうか」、『空の勇士』には「明日は死ぬぞと決めた夜は/広野の風もなまぐさく/ぐっと睨んだ敵空に」という文句がありますが、とにかく、日本軍の兵士は死を覚悟しなければならないことになっていたようです。

死ぬ覚悟をしていない兵士は戦う気がないと見なされていたようです。
戦うことは死ぬことだとされていたようです。

どこか変だと思いませんか。
死んだらもう戦えないのですから、戦争遂行のためにも逆効果なのは明らかなのですが……。

人間である以上、「死を恐れぬ勇気」をもつのはそもそも無理なことで、各部隊の兵士がそのような無理を貫くことを前提とした作戦は、どうしてもどこかで支障が生じ、必然的に失敗せざるを得ません

アメリカ軍に大打撃を与えるチャンスがあったレイテ沖海戦に日本海軍が失敗したのは、そのような無理な作戦だったからでした。

そのことはすでにほかのところで指摘したことかあるので繰り返しませんが、「死を恐れぬ勇気」があれば勝てるという思い込みが日本軍の最大の敗因であるというのは、そういうことなのです。

この思い込みがあったために、非現実的な作戦を立てることになったのです

アメリカの西部開拓が進み、インディアンが追いつめられ、絶滅に瀕していた頃、インディアンの諸部族のあいだに、あるまじないをすれば、白人の銃弾に当たらない、当たっても死なないという迷信が流行りました。

その迷信を信じたインディアンの戦士たちは、そのまじないに守られて、勇敢に騎兵隊に突撃しました。
もちろん、簡単に撃ち殺されただけでした。

このような迷信に縋らざるを得なかったインディアンの戦士たちの追いつめられた心境を思うと、哀れで哀れで涙がにじんできますが、死を恐れぬ日本兵は無敵であるというのも、このインディアンの迷信と同じような迷信ではなかったかと思います。

「生きて虜囚の辱めを受けず」とかで、日本陸軍が兵士に捕虜になることを厳しく禁止したのも、この前述べたように、日露戦争で日本兵が簡単に捕虜になったので、またそうなるのを警戒してということもありましたが、要するに、死ぬまで戦えということでした。

実際問題として、武器弾薬が尽きて負けが決定的になれば、それ以上戦うのは無駄で、そこで死を選んでも何の役にも立ちません

むしろ、敵にとって好都合です

ただでさえ物資が不足がちな戦場で大量の捕虜を抱えれば、管理が大変で、何かで捕虜を死なせたりすると、道義的非難を浴びますし、虐殺すればやはりいくらかは罪悪感をもたざるを得ません。

捕虜をどう扱うかは、各国とも頭痛の種です。

ところが、太平洋の島々などを守っていた日本兵は、敗北が避けられないとなると、美しく玉と砕ける玉砕と称して、捕虜になる前にバンザイ突撃などをしてきて死んでくれるので、アメリカ軍は大助かりでした。

アメリカ軍は捕虜を取らないという方針のもとに日本軍の捕虜を多く虐殺したとのことですが(ジョン・W・ダワー『人種偏見』一九八七年)、玉砕兵士はアメリカ軍に大いにその手間すら省いてやったわけです。

捕虜になって殺されるより、玉砕したほうがましかもしれませんが、いくらアメリカ軍が相手でも、捕虜になれば命が助かる可能性もあったし、捕虜収容所から脱走して戦列に戻る可能性(捕虜になるとスキあらば脱走しようとしたアメリカ兵やイギリス兵やドイツ兵と違って、日本兵は脱走しようとはしなかったようですが)もあったのですから、玉砕することはありませんでした。

(次回へつづく)

【引用元:日本がアメリカを赦す日/屈辱感の抑圧のための二つの自己欺瞞/P45~】


「玉砕がアメリカ軍に好都合だった」という指摘には、どうにもやり切れない思いを感じてしまいますね。

なぜ日本兵の多くが「降伏」または「投降」という選択をしなかったのか。
その心理については推測の域を出ませんが、そこには上記のように岸田秀が指摘した「背景」があったことは間違いないでしょう。

余談ですが、「降伏」と「投降」はまったく意味がちがうそうです。
山本七平は、「私の中の日本軍」の中で、グアムの竹林に潜伏していた横井庄一wiki参照に触れながら次のように解説していますので、以下引用紹介しておきます。

私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))
(1983/01)
山本 七平

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(~前略)

今ではもうわからなくなっているであろうが、降伏と投降は別ものである。

降伏とはスターリングラードのパウルス元帥のように、司令官が自らの責任で敵と交渉し、戦闘中止を部下に命ずることで、この場合は部下はあくまでも命令で戦闘を中止するのであって、何の責任もない

日本の降伏も基本的にはこれと同じで、陸海軍総司令官で大元帥である天皇が降伏を決意し、部下に降伏を命じたのだから、われわれは降伏したのであって、しなかったわけではない。

投降はこれとちがって、その大部分はいわば敵前逃亡であって、これは軍隊が存在する限り、世界いずれの国でも銃殺刑である

ノルマンディ作戦のとき逃亡したアメリカ兵が、フランス娘にかくまわれて十数年屋根裏にひそんでいた話、そして発見されたとき、恩赦するかしないかが問題になったことを新聞で読んだが、横井さんが、もし自分の行動を敵前逃亡と考え、竹林をこのアメリカ兵の屋根裏と同様に見ていたら、内地へ送還されれば「軍法会議」と考えるのは、軍隊の常識であろう。

司令官が降伏を命ずれば部下には責任がないが、しかし司令官は軍法会議にかけられ、極刑は銃殺刑である。

日本陸軍の高級幹部は、すべてを部下に押しつけて、最後までこの責任を回避しつづけた

横井さんの悲劇はここにある、と私は考えている。

(後略~)

【引用元:私の中の日本軍(上)/ジャングルという生き地獄/P147~】


上記の指摘を鑑みると、日本軍の”玉砕”の背景には、一種の「責任回避」という要因もあったのかも知れません。

次回は特攻隊について述べた箇所を紹介する予定です。
ではまた。

【追記】
降伏や投降しなかった理由には、世間体といったものもあったのかも知れません。
それに関して書かれた山本七平の記述を、過去記事で紹介したのを思い出したので以下ご紹介します。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
(1987/08)
山本 七平

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◆「世間」をバックに発言することの怖さ


(~前略)

しかし人びとが忘れたのか、覚えていても故意にロにしないのか私は知らないが、もう一つの恐ろしいものがあった。

それは世間といわれる対象であった

軍が家族を追及することは絶対にない。

では、母一人・子一人の母子家庭、その母親でさえ、兵営に面会に来たときわが子に次のように言ったのはなぜか。

お母さんがかわいそうだと思ったら、逃亡だけは絶対に、しておくれでないよ」――彼女が恐れたのは帝国陸軍ではなく、世間という名の民間人であった

その「後ろ指」なるものは、軍より冷酷だった。――少なくとも、正面から指ささぬので「指した人間」が不明だという点で。

(後略~)

【引用元:一下級将校の見た帝国陸軍/組織と自殺/P228~】



【関連記事】
・日本軍の実態【その1】~無能な司令や参謀が続出した日本軍~
・アントニーの詐術【その1】~日本軍に「命令」はあったのか?~
・アントニーの詐術【その2】~日本軍の指揮官はどのようなタイプがあったか?~
・「世間」をバックに発言することの怖さ


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コメント

杜若さん、うたのすけさんへ

>杜若さん

コメントありがとうございます。
確かに、杜若さんの仰るように「士気」というものは大事です。

しかしながら、近代戦になればなるほど、その重要性は減り続けているのも事実ではないでしょうか。

アメリカ軍の兵員募集のビデオは、まるでスポーツやビデオゲームでも楽しむように戦争を描いているそうです。(日本軍の戦意高揚映画を向こうの人間に見せると、戦争の苦しみを描いた反戦映画だと受け取るそうですよ。)

彼らは、個々の兵隊の「やる気」には依存しない”やり方”で戦争を遂行できるのです。
これは、奴隷制度の有無が影響していると、山本七平は指摘していますね。
そして、日本には奴隷を前提とした組織を作り、運営するノウハウがない。

日本人の組織のあり方まで考えねばならない問題だと思います。

アメリカ軍は、自国の兵士が頼りにならないことを知っていたから、白兵戦などを極力挑まずに、(空や艦砲で)レンジ外から多量の砲弾を打ちまくって敵を殲滅するやり方を貫きました。

近代戦では、士気”のみ”に頼る戦いは、通用しません。

個々の人間に極限の苦しみを与え、いたずらに自軍の損害を増やし、効果の薄い「戦い方」になってしまった太平洋戦争がそのことを証明しています。

岸田秀がトラファルガー沖海戦のネルソン提督と日本軍の東郷提督の言葉を比べてその違いを示しています。

ネルソン提督
「諸君が各自の義務に忠実であることを期待する。」


これは、要するに戦いの勝敗なぞ考えず、自分の仕事だけをキチンとこなしてくれ、といっているだけですね。それに対し、

東郷提督
「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。」


こちらは、末端の兵士まで「やる気」を持たせる。
自分のやっている仕事に「意義付け」をしないと、日本人は頑張れないのです。

これが日本人の強みでもあり、弱みでもあるというこですね。
太平洋戦争においては、この「やる気」に頼りすぎ、いたずらに人命を失う結果となった。

「やる気」に頼る分、何らかの原因(たとえば無能な上司の存在とか)で「やる気」が失われてしまうと、組織が崩壊してしまう。

「やる気」に頼らない組織作りというのが、これからは必要かもしれません。

それはさておき、今後、戦争における「士気」の役割は、ますます低下していくのではないでしょうか。
必要以上に、「やる気」ばかり求めると、また悪しき精神主義に陥ってしまうような気がします。


>うたのすけさん

こんばんは。コメントありがとうございます。

本当に日本人を猿だと見なしていた欧米の人種偏見主義者に比べて、日本人の場合は「鬼畜米英」と思い込まねば、敵を憎めなかったのでしょうね。
なにせ「話せばわかる」世界の住民でしたから。

私もそんな日本人が好きですが、ただ、それの弊害を自覚せず外人に対しても同じように思い込んで、応対する日本人ではいけないと思いますし、とにかく危ない。そうした点は改めていかないと…。

これについては、過去の拙記事で山本七平のコラムを取り上げてますので、もしまだ未読でしたら、ご覧になってください。

・「敵への憎悪」は理解できても、「人種的憎悪」は理解できない日本人
http://yamamoto8hei.blog37.fc2.com/blog-entry-238.html

  • 2010/03/03(水) 21:56:45 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

話がちょっとずれるかもしれませんが、「鬼畜米英」「捕虜の辱めを受けず」・・・このような標語は、戦争当時は必要だったのでしょうね。戦争をやると決めた時、たとえ一時的に国民をだましても、挙国一致のムードを作らねばなりません。しかし、日本はやはりうまく外交できず、行くところまで行ってしまいました。そのような国民性といいますか性質の日本ですでれど、小生はやはり日本を愛しています。

  • 2010/03/03(水) 18:08:42 |
  • URL |
  • うたのすけ #J8bl0gKU
  • [編集]

アメリカの空母は決して沈まないとは言われます。
それに比べて、日本の空母はミッドウェー海戦でほとんど沈んでしまった。そのための多くの熟練戦士の命が失われた。

武運という言葉があるように、かの海戦には不運も重なったのも事実ではありますが、日本の空母に人命第一の思想が無かったのは確かでしょう。
その点は一知半解様のおっしゃる通りでしょう。

しかし、戦場において死んだつもりで戦えとは、ある面真理と言えないでしょうか?
戦場では、一瞬の判断ミスや、気後れ、油断が生死を分けるものと見てよいでしょう。
そういった、云わば修羅の世界に行かねばならない兵士に命をなによりも大事にせよでは士気そのものを保てないのではありませんか?
戦争とは士気と士気の戦いでしょう。特に陸軍のように白兵戦をも伴うような状況では、士気の低いほうが圧倒的に不利であり、もし一箇所そのような穴が開いてしまえば全軍総崩れにならないとも限らない。

そういうことを考えれば一面無理も無い叱咤激励ともいえます。戦場は甘いものではないとの判断はたとえ今の平和な世に住もうともそう想像に難くないものでしょう。

以前、私も゛ねずきちのひとりごと"に、日本は人命軽視の一点においてのみアメリカ軍に敗れたのではないでしょうかと書いたことを思い出します。

  • 2010/03/03(水) 00:16:42 |
  • URL |
  • 杜若 #JalddpaA
  • [編集]

吉田 五郎太さん、KYさんへ

>吉田 五郎太さん

コメントありがとうございます。

なるほど、「決死」と「必死」の違いですか。
それがまぜこぜになっていった…というのは鋭いご意見ですね。

>ただ、「逆の意味で」岸田氏も同じことになってるきらいが、引用の文章の中に見受けられるような気がしますが・・・…何となくですがね。

はぁ、そのように受け取れる処がありましたか…。
私は、どうも鈍いせいか気が付きませんでした。
どこら辺がそう感じるのか、ヒントを教えていただけると、私にも、もう少し深読みすることが出来るようになるかもしれません。

>KYさん

「督戦隊」という言葉は私も見かけたことがあります。

朝鮮戦争時の人民義勇軍にもそれに似た話があったような…。
日中戦争時も、中国軍のトーチカには外側から鍵が掛けられていて、中の兵士が逃げられないようになっていたという話もどっかで見かけた記憶が…。

そういえば、ハンニバルvsスキピオの有名なザマの会戦においても、ハンニバルが傭兵部隊を捨て駒として使い、逃げてくるものは味方であろうと斬ったことを思い出しました。

日本人には味方をそのように扱うことなど考えられませんが、奴隷とか傭兵とかいた世界ではそういう形もアリなのかも知れません。

  • 2010/03/02(火) 23:47:46 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

中国の「督戦隊」

 小林氏の「戦争論」によると、日中戦争時の国民党軍にはタイトルの名の特務隊がいて、日本軍との交戦を放棄して逃亡しようとする正規兵を射殺してまで戦場に引きとめようとしたそうですが、これは「兵士に死を強制するもの」か「敵前逃亡を阻止するためのもの」か私には判断が付きかねます。
 小林氏はこの隊の存在について否定的な評価を述べていましたが・・・

  • 2010/03/02(火) 13:11:48 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

『決死』と『必死』

何と言いますか……かの松本零士著『音速雷撃隊(『ザ・コクピット』内)』の、山岡中尉のセリフを思い出しますね。

『“決死の覚悟で戦う”ことと、“必死”はちゃいまっせ!!』
『……みんな死んじまっちゃあ、いくさにもならんよ。』

僕も第二次大戦中の日本兵の言動の記録はちょっとだけかじったことがありますが、やはり敗色濃厚になっていくにつれて、『「決死の覚悟」と「必死」がまぜこぜ(というより同一化?)になっていった』感じがします。
……ただ、「逆の意味で」岸田氏も同じことになってるきらいが、引用の文章の中に見受けられるような気がしますが・・・…何となくですがね。

  • 2010/03/01(月) 11:20:21 |
  • URL |
  • 吉田 五郎太 #OAxxUYaQ
  • [編集]

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一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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