一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「トッツキ」と「イロケ」の世界【その3】~部付(ブツキ)はコジキ~

以前の記事『「トッツキ」と「イロケ」の世界【その2】~現場の兵士が抱いた”やりきれない気持ち”~』の続き。
今回ご紹介する箇所は、山本七平が軍隊内でどのような役職・仕事をこなしていたのかについて記述された部分です。
「トッツキ」と「イロケ」を理解するための「前振り」になります。

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(1983/01)
山本 七平

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(前回の続き)

昭和十九年の九月ごろだったと思う。
部隊長に呼ばれて「別命あるまで、兵器の整備と弾薬の集積に専念するように。同時に今まで通り、住民との折衝も担当するように」といわれたとき、正直なところ背筋がゾクッとした。

これくらいいやな仕事はないからである。

確かに危険も大きかったのだが、その方は案外気にならなかった。
私はその軍隊生活の全期間を通じて、ほぼ「ブツキ」であった。

ブツキとは部付であって、本部付将校とか司令部付将校とかの総称である。

これに対応するものが隊長であって、同じ少尉でも本部付もいれば小隊長もいるわけである。

ブツキはコジキ」という言葉があった。

もちろん誇張はあるが、小隊長が殿様なら部付は確かに乞食ぐらいの位置にいる。
いわば同階級でありながら、その実質的な待遇にあまり大きな懸隔があるから生じた言葉であろう。

将校というのは、外部から見れば肩で風を切って歩いている威勢のよい存在に見える。
確かに、小隊長が自分の部下を率いてどこかに分屯すればお山の大将であろう。

ところがブツキ少尉となればそうはいかない。
第一、部下がいない。

確かに当番兵はいるか、少尉や見習士官の当番兵は、ていよく上役に召し上げられてしまう。
従って「ブツキの靴磨き」という言葉もあった。

当番兵という言葉は、何か将校が非常に贅沢な特権階級であるかのような印象を与えるし、また確かにそういう面もあったが、戦地のブツキに関する限り、だれかが少しでも身のまわりの世話をしてくれないと、本当に倒れてしまうのである。

その生活状態は、風呂も台所もない安アパートに住む、倒産直前の会社の独身のモーレツ社員よりもっとひどいものであった。
第一、戦場は、スイッチをひねれば電気がつき、蛇ロをひねれば水が出て、ガス栓をひねれば飯がたけるわけではないからである。

さらに、部下がいないのに、上役すなわち「偉い人」だけはいくらでもいるのである。

私は何の不運か、実に見習士官のときからブツキであった。

見習士官はいわば見習社員のようなもので、少尉になってはじめて正社員である。
少尉の期間は約一年だから、陸軍少尉といえば、入社後まだ一年たっていない新入社員ということになる。

そしてこの新入社員にとって、下からたたき上げた准尉・曹長という古強者は、確かに扱いにくい存在であった。

彼らはすべて、軍隊経験二十年といったぬし的な存在である。
ちょうど大学出の新入社員が、高商卒の古参社員や、その部課のヌシ的存在である老OLなどに手を焼くのと同じである。

四月号の「諸君!」で、「百人斬り」の野田少尉が、少尉で大隊副官だと知ったとき、私はつくづく彼に同情した。

私自身は、別に部隊本部内の人間関係その他で不満があったのではないが、それでも同期の小隊長たちに羨望の念を禁じ得なかっただけに、この上さらに「兵器の整備、弾薬の集積、住民との折衝」を担当せよといわれると、全くげっそりしてしまうのであった。

一言にしていえば、これは補給の担当ということである。

仲の良かった兵技のS軍曹に、「オレはもう逃亡したいよ」と冗談のように言ったが――内心、必ずしも冗談ではなかった。
それくらいいやな仕事なのである。

しかしだれかがこれをやらねば、もうどうにもならない状態であることも事実だった。

大本営の書類の上では確かに師団砲兵隊であり、砲数は十八門、いわば正規の連隊の半分はあった。
だが人員は三個中隊弱で、後から来るはずの兵員の補充は来ない。

したがって本部の将校はみな一人三役ぐらいになる。
さらに観測機材ゼロ、通信機材ゼロ、輸送手段ゼロ、砲弾の集積ゼロである。

砲兵は「長い槍で敵をつく」といわれていたが、このありさまでは、目と耳と神経系すなわち首を切りとられ、両足を切りとられた胴体だけの死体が、穂先のない槍をにぎってころがっているに等しかった

そういう状態にしておいて、一日も早く戦備を完了せよと、矢の催促なのである。

大本営の想定では、アメリカ軍はまず、バシー海峡の中央にあるバブヤン諸島のカミギン島に上陸して比島と台湾の連絡を断ち、ついでアパリに上陸して飛行場を確保し、ここを沖縄進攻の基地とするであろう、その時期は早ければ十九年末か二十年早々だから、一刻の猶予もならんというわけである。

そして飛行場を使用させるかさせないかは、一に砲兵にかかっている。

砲兵さえ健在で、滑走路に砲弾の雨をふらしている限り、敵の企図は挫折する。
それなのに、砲兵隊は何をぐずぐずしとる、というわけであった。

と言われても何もないから何もできない。
ということはつまるところ、「こうして下さい、ああして下さい」と司令部に陳情しに日参することが私の役目ということになる。
司令部はまだバギオにあり、部隊はアパリの近くである。
フィリピン地図
ゲリラの出没する国道を、車で片道二日かかる。

やっとついて司令部に顔を出せば、ここは「偉い人」だらけの場所である。
参謀部や兵器部の各部屋を、「何しに来やがったんだ」という顔をされながら陳情にまわる一見習士官の姿は、まさに「ブツキは乞食」を絵に描いたようなものだ。

それだけではない。
歯の二、三本を折られずに帰ってこられればもうけもの、というのが実情だった。

「ドロガメ」とか「出歯ガメ」とか「オカメ」という渾名で呼ばれたK少佐という、まるでどこかの国の進歩的映画監督のようにスタッフを撲るので有名な参謀がおり、「将校を撲り倒すのが彼の唯一の趣味」だといわれていたからである。

(次回へ続く)

【引用元:私の中の日本軍(上)/「トッツキ」と「イロケ」の世界/P107~】


軍隊における下級将校の役割・仕事というものが、上記の記述で大まかにわかるのではないでしょうか。

軍隊というのは、「トイレの中でしか一人になれない」といわれますが、部下がほとんどいなくて上司ばかりじゃ確かにうんざりするでしょう。

ましてや、「神がかり」的参謀が暴力的に支配する部隊司令部に、連絡将校として行かなければならないというのは厳しい。

さて、こうした軍隊を舞台にどのような「トッツキ」と「イロケ」が行なわれていたのか。
次回以降、「神がかり」的参謀の実態について、山本七平の記述を紹介して行きます。


【関連記事】
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その1】~「神がかり」が招いた”餓死”という悲劇~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その2】~現場の兵士が抱いた”やりきれない気持ち”~


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