一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「トッツキ」と「イロケ」の世界【その4】~大日本帝国陸軍の”大躍進”~

前回の記事『「トッツキ」と「イロケ」の世界【その3】~部付(ブツキ)はコジキ~』の続き。
今回引用紹介する箇所でようやく「トッツキ」とは、「イロケ」とは何なのか。
そしてそれがどのように関連しているのか、ということについて明らかになります。

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山本 七平

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前回の続き)

「ドロガメ」とか「出歯ガメ」とか「オカメ」という渾名で呼ばれたK少佐という、まるでどこかの国の進歩的映画監督のようにスタッフを撲るので有名な参謀がおり、「将校を撲り倒すのが彼の唯一の趣味」だといわれていたからである。

たとえそういうことがなくても、それがどれほどやっかいなことかは今の人にはもう理解できまい。

ただ中国関係の記事を注意深く読めば、当時の日本軍のこういった状態もある程度は理解できるのではないかと思う。

これはほんの一例だが、「文藝春秋」昭和四十七年十月号の『中国に何か起っているか』で、森康生氏が「諸君!」に載った「大躍進時代」を語る陳福栄氏と中嶋嶺雄氏の対談から引用して、次のように述べておられる。

初めの五行が陳氏の発言の趣旨である。

>「弱点、欠点を(下から上へ)報告すれば、かえって上の方から大変怒られますから、成績を報告するだけになります。

いちばんひどかったのは人民公社初期のころで、そのときのやり方は、いよいよ収穫になると、ほかのところの稲をみんな集めてきて移すのです。

そして、ほかのところから植えられたみかけだけの豊作田は、他の人民公社の人々に見せられる。

ある人はこんなことはいけないんじゃないかと思っても何もいえない」


私は黙っている人を非難する気にはなれない。

批判がましいことをいえば、「大躍進を妨害する反革命分子」という三角帽子をかぶせられ、恐ろしい人民裁判が待っていることを知っているからだ。<


私は中国へ行ったことがないから、これが大躍進の実態ですと陳福栄氏が嘘をついていても、それはわからない。

しかし、これが大日本帝国陸軍の”大躍進の時代”の実態ですというのなら、いつでも「その通りでした」といえる。

まず「弱点、欠点を(下から上へ)報告すれば、かえって上の方から大変怒られますから、成績を報告するだけになります」と。
まさにその通りである。

ただ違うのは、三角帽子をかぶせられて人民裁判にかけられるのでなく、徹底的な罵声・怒声・罵詈讒謗をあびせられ、なぐられて、足蹴にされるという点であった。

どちらがひどいか私にはわからない。

三角帽子と人民裁判を、フース氏のように「暴力よりさらに耐えがたい暴理」だとすればこの方がひどいが、私は大体、似たようなとこだろうと思っている。

というのはどちらも「トッツク」ことだからである。

トッツクとはこの状態を示す軍隊語だが、これを今日の日本語に訳すことは不可能であろう。
ただこの言葉の示す実態なら、後述する通りである。

司令部には、隷下の多くの部隊から、私のような「陳情係将校」が、入れかわり立ちかわりやって来た。

その人たちとは「同病相憐れむ」のかすぐ顔なじみになったが、その中では私が一番若く、階級も最も低かったためであろう、みな私に同情していろいろと細かい注意をしてくれた。

行く道ですべての人がまるで挨拶のように口を揃えて言った言葉は「ドロガメにトッツカレンようにな」であり、帰る道で言った言葉は「大丈夫だったか、ドロガメにトッツカレンかったか」であった。

「弱点、欠点を下から」すなわち砲兵隊から、「上へ」すなわち司令部に報告し、しかも報告している人間も「下から」すなわち見習士官から「上へ」すなわち少佐参謀へという形になれば、たちまち徹底的にトッツカレルのである。

ドロガメにつかまる。

ナニー、ウン、砲兵隊か。砲兵隊の戦備はドーナットルー!何をグズグズシトル

実は測角器材が皆無なため、何も手をつけられない状態でありまして……
ここまで言えばもう先は明らかであった。

ナニッ、器材ないから戦備がデキント。貴様ソレデモ国軍の幹部カッ……」に始まり、後は罵声、怒声、殴打、足蹴である。

前に「正直なところ背筋がゾクッとした」と書いたのは、反射的にこの情景が脳裏に浮んだからである。

高木俊明氏がビルマ戦線における花谷中将のこういった異常な状態を書いておられる。

だれでもかでも殴りつけ蹴倒し、「腹を切れ」といい、連隊長でも副官でも兵器部長の大佐でも容赦しない――だがあれを読んだ人が、花谷中将という人だけが異常だったと考えればそれは誤りである。

ああいうタイプの人間は、中将から上等兵に至るまで、至るところにいた

そして不思議に主導権を握る

同時にその被害をうけた者は、それらしき影を垣間見ただけで、一種、動物的ともいえる反射的な防御姿勢をとるようになる

横井さんの異常な興奮の背後に見える日本帝国陸軍のもつ一つの体質がこれであると思う。
そしてこの二つは、実は同根なのである。

この防御姿勢は、「俺だって白兵戦をやったことがある」という形にもなれば「一心不乱に戦闘準備をしております」というジェスチャーにもなる。

このジェスチャーを軍隊では「イロケ」といった
そしてこの「イロケ」の有無を兵士はすぐに見抜いた

どの社会でも「隣の花は赤い」で、どの兵士でも他部隊の方がいいような気がするものである。
従って部隊長への兵士の評価は常に点が辛い。

しかしこの中にあって、私の部隊長のH少佐は、「イロケ」がないという点では、兵士たちの最高の評価を得ていた。

オマエンとこ、テンホの甲だろ。隊長にイロケがないもんな。オレンとこは最低のインケツよ、うちの隊長はイロケのかたまりだあー

他部隊の兵士の言葉である。

テンホはおそらく中国語の「頂好」から来た軍隊内俗語で、最高の好ましい状態を示す言葉。
インケツは「陰欠」でないかと思う。

私の記憶ではバクチ用語だったように思うが、大体、「もっともひどく割を食う」といった意味であった。

実際、このイロケぐらい、兵士にも下級幹部にも耐えられないものはなかった

一生懸命やっております」「大いに成績をあげております」というジェスチャーのため、全く無駄な重労働を部下に強いる

兵士は、そんなことはすぐに見抜いてしまうから、余計に耐えられない。

その状態はまさに陣氏の書いている通りである。

いよいよ収穫になると、ほかのところの稲をみんな集めてきて移すのです。そして、ほかのところから植えられた(移植された)みかけだけの豊作田は、他の人民公社の人々に見せられる

前述のように、この言葉が人民公社大躍進の実態を語っているかどうか、それは私は知らないが、日本軍の状態を象徴的に語っているとはいえる。

こういう方法で、確かに上役を欺くことは出来るし、新聞記者を欺くことも出来るだろう。

しかしどうしても欺くことのできない者がいる

それは「稲の移植」という全く無意味な無駄な労働を強いられた農民である。

それと同じで、たとえだれを欺くことができても、兵士を欺くことは絶対に出来ないのである。

(次回へ続く)

【引用元:私の中の日本軍(上)/「トッツキ」と「イロケ」の世界/P110~】


上記の引用文を読まれれば、「トッツキ」と「イロケ」のおおまかな実態というものを掴めるのではないかと思います。

「トッツク」人間が、組織の中で主導権を握ってしまうのはまさしく異常そのものですが、そうなってしまうのは、やはりある「目的」を絶対化してしまうからではないでしょうか。

その目的遂行の為には、現実とか合理性とか感情とかは全て否定され、抗議の言葉は無視どころか、封殺されてしまう。

トッツク人間は、ある意味、その役割を果たす為に必要とされただけなのかも…。

抗議の言葉を封殺するために、暴力が横行する。
挙句には、その暴力に呼応して、「イロケ」という状態が出現してしまう。

その結果、下の者が地獄の苦しみを味わうことになってしまう。

しかも、地獄の苦しみを体験したからと言って、問題が解決するわけでもなく、むしろ、自らの眼を潰して破滅してしまうだけ。

組織がそういった状態に陥らないためには、目的を絶対化してはならないのでしょうが、当時の日本のせっぱつまった状況に置かれれば「云うは易し行なうは難し」で難しいことだったんでしょうねぇ…。

そう考えると、今の日本にとって、「経済成長」というのが絶対「目的」なのは、幸せなことなんでしょうね。

経済成長するためには、何よりも「合理性」というのが重視されますから、トッツク人間というのはあまり必要とされないでしょうし。

ただ、日本は経済成長のみ追いがちで、経済成長の基となる世界の安寧秩序に無関心になりがちな点は気をつけねばならないでしょう。

それはそうと、やたら日本軍を美化し、そこに「トッツキ」と「イロケ」の世界が展開され、地獄の苦しみを兵士達が味わっていたことにまったく気が付かない、又は、平然と無視したりするような人たちがいて、そうした人たちが英霊のことを口にしながら、他人を糾弾するような行為を見ると、非常に違和感というか、嫌悪感に似たものを感じずにはいられません。

さて、次回はイロケがあった上司とそうでない上司がいた理由などについて、山本七平の分析を紹介していきたいと思います。
ではまた。

【関連記事】
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その1】~「神がかり」が招いた”餓死”という悲劇~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その2】~現場の兵士が抱いた”やりきれない気持ち”~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その3】~部付(ブツキ)はコジキ~


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コメント

謎の銀さん、cicaさん、KYさんへ

> 謎の銀さん

コメントありがとうございます。
ご紹介いただいたマイク・ホーのお話、興味深いです。

確かに軍隊においては、恐怖政治で統率していくケースがありますね。
山本七平が日本軍の指揮官をいくつか型に分けていますが、暴行・威圧型と名付けていました。

過去記事↓で紹介してますので、良かったらご覧ください。

・アントニーの詐術【その2】~日本軍の指揮官はどのようなタイプがあったか?~
http://yamamoto8hei.blog37.fc2.com/blog-entry-137.html

>cicaさん

コメントありがとうございます。

感謝の念と過去から学ぶことは両立できるというご意見には全く同意です。
しかし、残念ながらそれが出来ない人もいるようですね。

なんとなく現在の風潮を見ていると、自虐から自尊へ大きく針が振れているように思えて、ちょっと不安になります。
ご紹介いただいた安岡正篤氏の言葉は、至言ですね。

「純粋さ」と言うのを日本人は良きものとして受け止めますが、山本七平や岸田秀を読んでみると、純粋さが恐ろしさを持つことに気付かされます。目的を絶対化するというのも、純粋になるということですから、そういう意味では恐ろしいですね。

>KYさん

コメントどうもです。

トロッキストやスターリニストの統率の仕方はどのようだったのか?

確かにそう仰られると疑問に思えてきます。
人種民族等の違いなく、同じように統率するのでしょうか?それともロシア人は別のやり方だったのか?

やり方は多少違えど、暴力にて威圧するという本質は変わらないとは思いますが…。

  • 2010/03/24(水) 23:04:46 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「トッツキとイロケ」の語感

 失礼ながら、最初タイトルを観た時つい「トロッキー」と間違えて読んでしまいました(苦笑)。でも、これが読み間違いと気付いた時、トロッキストやスターリニストも旧軍のような手管を使って身内を纏めたことがあるのかな、と疑問に思いましたが、実際はどうだったのでしょうね?

  • 2010/03/23(火) 19:06:24 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

upありがとうございます。
こちらの皆様の意見はとても勉強になりますね。

意見の割れるところですね。「『日本軍』を盲目的に美化する」というと誤解されそうなので(^^;)自分の言葉で細かくいうと・・・「感謝することと客観視して学ぶことは切り離せるものであり、両立するものである。感謝のみに重きをおくことは否定しないが、両立しないかのごとく、客観視して学ぼうとする人を感謝していない者だと非難する排他的な態度」には私も賛成しかねます。残念です。
今後の日本を良くする為に、過去を冷静に見て、その中から学ばせてもらいたいのです。こういう意見も左翼的だと捉えられてしまう風潮が一部(だといいのですが)あることは残念です。寛容さは日本人の古来からの長所であったと思うのですが・・・。でも「自国の歴史は自国に有利に書かれているのが世界的に見て普通」だとは思うので、その方達の意見を否定する気は今のところはないですね。ベストとは思わないけれど、ベターだと思います(^^;)
(ちなみに昭和10年頃の陽明学の大家・安岡正篤氏の言葉です→「今日憂うべきことの一つの大事は、心なき人々が、妄りに日本主義、王道、皇道を振り廻わして、他国に驕ることであります」 そういったいわゆる国粋主義者達がいわゆる「神ながら」を唱えて猛威をふるっていた時代だったと言われていますね。日清・日露で勝利し(ギリギリでしたが)、マスコミにも扇動され、そうなっていったことも理解できます。同じ日本人としてその国民性も愛すべきものではありますが、今後同じように行き過ぎないよう、見守っていきたいですね。)

実際に戦争の前線におられた方の本を拝読すると(まだ少ないですが・・・坂井三郎さん、小野田寛郎さん、「特攻最後の証言」の皆様)、本当に純粋に、自分の持っているものすべてを掛けて日本の為に戦ってくださったのがすごく分かります。その彼らが残して下さった言葉の中にも、上部の方々の理にそぐわない行動というのが散見されるのです。

なぜそうなってしまうのか?私も考えている部分です。それを理解することが再発防止になるなら、答えを見つけたいですよね。「目的を絶対化してしまうからではないか」というのもおもしろい意見だと思います。戦時中という興奮状態の中で、冷静でいられる人といられない人がいて、後者の方が目的を絶対化すると盲目的になりそうです。純粋さといった性格的なものも考えると、人間学?心理学?まで勉強したくなりますね。

「そして不思議に主導権を握る」という山本氏の言葉、ほんとにそう思います。戦時中に限らず、今でもそうですから。一般的に考えておかしいと分かることを、力のある人が平気でする・・・。

ジョン・アクトンというイギリスの歴史家・思想化・政治家の言葉で「権力は腐敗する傾向にあり、絶対的な権力は絶対に腐敗する」というのがあるそうですが、詳しく言うと「人は自分の影響力が強まるに応じて、道義的感覚が鈍麻していくのが常だという指摘」ということなんだそうです。多少あてはまるところがあるのでは、と思っています。性善説の日本人には行き着きづらい定義かもしれないですが、それで説明のつく事柄っていくつかあると思います。もちろんそれだけではないでしょうけど。

また長文乱文書きたい放題、失礼致しました。

  • 2010/03/23(火) 12:04:18 |
  • URL |
  • cica #-
  • [編集]

トッツキ

20世紀後半のアフリカ大陸で、旧植民地の独立ブームが起きたとき、ほぼ同時に内乱・紛争が頻発するようになり、そこで脚光を浴びたのが傭兵部隊だった。その中でもアイルランド系傭兵のマイク・ホーが有名だが、彼は、傭兵部隊という荒くれ男たちを指揮するマネージメントについて語る部分が彼の著書にある。それによると、もちろん沈着冷静で能力に優れ・・・という隊長として兵隊たちから尊敬を受けるのは無論だが、彼ら一人ひとりの事情をよく理解してやって・・・という人格型も慕われるようである。だが、そこらへんの兵隊よりはるかに暴力的で何をおっぱじめるかわからないような怖い男も、兵隊をまとめ上げるカリスマのようなものがあったらしい。トッツキとはそれと似ている気がする。

  • 2010/03/23(火) 01:57:33 |
  • URL |
  • 謎の銀 #56hFMYbw
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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