一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「トッツキ」と「イロケ」の世界【その5】~二種類いるトッツキ礼賛者~

前回の記事『「トッツキ」と「イロケ」の世界【その4】~大日本帝国陸軍の”大躍進”~』の続き。

今回は、トッツキを礼賛する者はどのようなタイプに分けられるか、そして、山本七平の上司の部隊長になぜイロケがなかったのか、について書かれた部分について引用紹介してまいります。

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(1983/01)
山本 七平

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前回の続き)

この「上からトッツキ」と「下からイロケ」で構成される世界は、外部から見ているとまことに一億一心、まさに鉄の団結であり、一糸乱れぬ統制の下にあるように見える。

私はいわゆる無条件の中国礼賛者には、二つの種類があると思う。

その一つは、たとえば内藤誉三郎氏のような人で、いわば戦争中の一億一心滅私奉公を一方的に七億一心に投影し「中国は大した国だ。戦争中の日本のように国民は一糸乱れず生活している」というような言葉が出てくる人である。

全く冗談も休み休み言ってほしい

戦争中の日本で、その象徴ともいえる「大日本帝国陸軍」の実態、あの「トッツキ」と「イロケ」の秩序の実態が、まだわかっていないのだろうか――それがわからず、これを「一糸乱れず」と見うるこういう人たちは、生涯常に「トッツキ」側にいたに相違ない

もう一つは、こういう経験が皆無の若い人であり、その人たちは、結局ペンより重いものは持ったことがなく、一キロ以上は歩かずに車に乗るのを当然のこととしている人たちであろう。

それはこういった人びとが「人海作戦」という言葉を口にしたときに、はっきりと露呈する

人海作戦
この言葉を耳にしただけで私は寒けがする。

その実態、つまりそれを強行されている人びとの姿はまさに地獄の責苦なのである

私の言葉を反中国宣伝だと思う人は、野砲弾四発入りの弾匣を背に負って、炎天下を、一日四十キロの割で四日間歩きつづけてから意見を聞かしてほしい。

主義も理想もどこかに消しとんでしまうどころか、ものを考える力もなくなり、一切の刺激に対して全く無感動・無反応になり、声も立てずに機械のように足を動かす亡者の群れになってしまうのである。

そしてこれだけの苦痛を強いても、この輸送力がトラック一台の何百分の一にすぎないかは、各自計算なさればよい。
私もこの計算をやらされたのだから。

この「人海作戦」を高く評価できる人、またこの言葉を無神経に口にできる人は、この経験がなく、この有様を見たこともないに違いない

「対住民折衝」という部隊長の言葉で背筋に戦慄が走ったのは、いずれは現地人を強制徴用して、砲弾輸送の「人海作戦」となる恐れがあったからである。

私の部隊長は、職業軍人とは思えないくらいイロケがなかった。

これは部下にとって大変に有難いことだったが、しかしこのため、司令部の砲兵隊長への風当りも強かった。
そしてこれに対する部隊長の反発もまた強く、司令部から何か通達が来ると「バカ参謀めが!」といって机に叩きつけることもしばしばだった。

事実、部隊長は、参謀の上にバカという言葉をつけない方が珍しかった。

部隊長のこのレジスタンスには、いろいろな要素があったと思うが、第一には、イロケを出してジェスチャーをすれば、それで全兵士が倒れてしまうかも知れないという現実である。

ジャングルに砲車を引き入れると簡単にいうが、人一人通れればよい歩兵ならいざ知らず、砲車を引き入れるには進入路を切り開かねばならない。

だがその前に、測地をして基礎諸元を出し、砲車の位置を算出し、その位置に赤い小旗を立てねばならない。
この小旗が砲車の照準具の位置なのである。

そうしなければ視界ゼロに近いジャングルのしかも掩壕の中から、四千から七千メートル先の飛行場を正確に射撃することは不可能である。

従ってイロケのために、進路ぎわからジャングルのどこかいい加減な場所に砲車を移しかえて壕を掘らすことは、「稲を移しかえて植える」ぐらい無意味なジェスチャーなのである。

もっともそれをやれば「ヨクヤットル」ということでおおぼえはめでたくなるかも知れぬが、全く無駄な労働に兵士は倒れてしまう。

部隊長にはそれが出来なかった

彼は少尉候補者の出身で、一兵卒からの叩き上げ、苦学力行の人であって、昭和十五年戦争の大部分を戦場でおくり、兵士の苦労を知りすぎるほど知っていた。

また非常に頭の良い人で、私たちの部隊長になる前は、高級司令部の参謀部庶務課長であり、司令部や参謀の実体もよく知っていた。

自ら「オレは貧農の出だよ」といい(本当はそうでもなかったらしいが)、「山本ナンザァ、オンバ日傘で育ったんだろう。オレナンザァ小学校へ行く前から、朝メシ前に荷車ニハイも草を刈ったんだぞ」といって私をからかった。

兵隊には「ムテン(陸大を出ていない)の少将は大将にまさり、少候の少佐は大佐にまさる」という考え方があった。
部隊長がいかに優秀でも、少尉候補者出身では、少佐以上には絶対になれない。

従って実力は大佐以上でも、少佐でとまっているからそういわれるわけである。
そこで少候出身の少佐には「兵隊元帥」という渾名もあった。

准尉・兵長という「星なし」を除外すると、陸軍二等兵から少佐までの階級数は、少尉から元帥までの階級数と同じになるから、兵隊から同じ階級だけのぼった元帥に等しい例外的な実力者の意味と、もうこれ以上うえへは絶対に行けないという、二つの意味があったと思う。

私は戦後、アイゼンハワーの参謀長、軍隊はじまって以来の名参謀長といわれたベテル・スミス中将が、全くの無学歴将校で一兵卒から叩き上げだときいたとき、日米両軍の差のあまりの激しさに驚いた

日本軍では絶対に考えられないことである。
敗戦は、武器の不足などという単純なことが原因ではない

部隊長にイロケがなかった理由は、ここにもあると思う。
いわばもう頂点に行きついた「兵隊元帥」であって上がない。

今さらイロケなど、という気と、さらに、たとえ階級は上でも、実力も経験も識見もはるかに劣る若僧の参謀などにイロケを示すことは、砲兵という専門職のプライドが許さなかったという点もあったろう。

いわば日本軍における文字通りの古参兵(ベテラン)つまり「実権派」であって、「神がかリ」にとって最も扱いにくい人物の典型であった。

この点、前述のドロガメ参謀とは、まさに対蹠的な位置にいた。

噂では(こういった噂の真偽は全く不明だが)、この参謀K少佐は、陸士・陸大を、共にはじまって以来という成績で卒業し、陛下の前で戦術の御前講義をしたということであった。

だれも見ていたはずがないのに、その御前講義の有様が、微に入り細をうがって描写されるのである。

みなこの話を信じていて「だが、それなのに彼は実戦の経験がない。そこでその劣等感からあのように調子コムのだ」ということであった。

この「調子コム」という軍隊語も、今の日本語には翻訳不可能だが、いわば「トッツク」の前段階的状態だといってよいであろう。

こういう将校が実は常に主流なのだが、まず例外なく兵士から嫌悪された。
そしてその暴行に対しては、もちろん兵士は復讐をした。

この復讐のことを「逆をくわせる」といい、「○○中尉はいい気になって調子コンでやがる、いつかきっと逆をくわせてやる」という言い方になるわけである。

(次回へ続く)

【引用元:私の中の日本軍/「トッツキ」と「イロケ」の世界/P113~】


トッツキ礼賛者は、常にトッツク側にいた人間か、もしくは、トッツカレタことを体験したことがなく想像すらできない人間であるという山本七平の指摘は、実に的を得ているなぁ…と思いますね。

人海作戦というものを自分が強制される立場を想像できるか否か。
結局のところ、ここでは、そうした想像力の有無が問われているのではないでしょうか。

そして想像をできた上で、それでも礼賛する人間だとしたら、それは自らを終始トッツク側に置いている人間だけなのでしょう。

日本軍の無謀な作戦を美化しがちなねずきち氏らの言動を見ると、トッツキを想像できない性向を濃厚に持っていると思わざるを得ません。
まぁ、これは彼らに限ったことではなく、左右いずれにも見受けられることですが…。

それと今回の紹介部分で考えさせられるのは、たとえ優秀な人間であっても、昇進に限界があるという日本の組織の問題ですね。

考えてみれば、今の国家公務員でも、キャリア/ノンキャリアという区別があって、ノンキャリア職員は、たとえどんなに優秀であっても官僚のトップにはなれない。

日本の場合、それを許すと組織が維持できないからなのでしょうが、こうした点は、戦後も戦前の軍部同様の欠陥を受け継いでいるともいえると思いますし、日本における「組織」の欠点として押さえておいたほうがよいと思います。

次回も、この続きを紹介してまいります。
ではまた。

【関連記事】
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その1】~「神がかり」が招いた”餓死”という悲劇~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その2】~現場の兵士が抱いた”やりきれない気持ち”~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その3】~部付(ブツキ)はコジキ~
・「トッツキ」と「イロケ」の世界【その4】~大日本帝国陸軍の”大躍進”~


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