一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日の丸君が代問題を「思想信条の自由」と勘違いしている教師とその賛同者をプロファイリング【その1】~子供の成長の機会を奪う馬鹿教師達~

卒業式・入学式シーズンを終えると、決まって次のような記事↓が出てきますね。

◆日の丸君が代「7年目の風景」なぜ「4人」は立たなかったか
日の丸君が代「7年目の風景」なぜ「4人」は立たなかったか
上記画像↑をクリックすると大きくなります。
(画像引用元:レイバーネット)

◆君が代不起立、処分激減 東京の教職員 今春の卒業式は4人

とりあえず、これらの記事を読んで、こうした勘違い教師が少なくなったことにちょっと安堵を覚えた次第。
しかし、減ったとはいえ、朝日の記事にあるように、式典をサボタージュまでして職務命令に従おうとしない馬鹿教師がいるとは、呆れてモノが言えません…。

今回は、こうした教師並びにその賛同者の思想的背景について私なりに分析していきましょう。

まず、彼らは、この問題を「思想信条の自由」に対する侵害と考えているのですが、これは以前の拙記事『日の丸・君が代強制問題は、決して「思想・信条の自由」の問題ではない。』でも指摘しているように、教育問題に過ぎません。

それでは、この問題を教育という観点から考えてみましょう。
例えば上記記事にて、堀和世とか言う記者が「個々の”違い”を認め合うことが教育の要である」と述べてます。
それなのに、なぜ国旗国歌という画一的な価値観を一方的に子供に押し付けるのか!とこの記者は考えているのでしょう。

もちろん、そうした教育も必要ですが、それはあくまでも応用段階での話でしょ、と私は言いたい。
まだ、社会に出たこともない中学生や高校生に、いきなり応用問題を解かせるようなものです。

ここで、「教育とは何か」と言うことについて書かれた(カムイロケット開発に取り組んでおられる)北大の永田教授の主張を引用させていただきましょう。
その永田教授の文章はブログ移転に伴って消えてしまいましたので引用元は存在しません。サルベージの意味も含めて紹介したいと思います。

◆子供と人権/価値観の押付けと訓練の強制

(~前略)

教育とは、人間形成です。

それは、守破離の段階を追って行われます。

「守」は学びの段階、「破」は洗練と創造の段階、「離」は独自の境地を構築する段階です。
「守」をおろそかにしては、その後の「破」も「離」も達成不可能です。

「守」の段階で行われる教育は、基本的には、価値観の押付けと訓練の強制です。

子供に対してこれをしっかりと提供してあげないということは、彼らが人生において「破」、「離」と成長していく権利を奪うことを意味します

考える力というのは、最初から考える練習をしても身に付きません

まずは、考える道筋をなぞる訓練を積むことが必要です。
正しい論理展開を何度も辿るのです。

これは反復練習であり、知的訓練です。
詰め込み教育や反復練習は創造力の発達を阻害するというのは嘘です。

子供の頃に禄に知的訓練を積まなかった人に限って、そういう主張をします

基本的な技を身に着けずに、独自の技を生み出した剣豪は存在しません。
それと同じことです。

何事にも近道なんかありません。
訓練を楽しいと思えるように好きになること。

僕たちが子供に教えてあげられる最上の道はこれです。

(後略~/引用終了)


こうした観点からみると、日の丸君が代に反対する教師達というのは、いきなり考える練習をさせるような教育を施そうとしているようにしか思えない。
基本を教えることの大切さもわからないで、「個々の違い」とか「多様性」なんていってる場合じゃないと思うのですが。

そもそも「強制される」という体験をしなければ、子供たちもなぜ国旗国歌に対する礼儀を強制されなければならないのか、その意味すら考えたりしないだろうに。

子供たちに、自らが属する共同体について認識させ、日本人としてのアイデンティティを自覚させ、身に付けさせる。
そのためにも、公立学校の式典において、国旗国歌に対する礼儀を教え込むことは当然といってよいでしょう。
(日頃、外国との接触が希薄な日本において、そのような機会は希少なのですから尚更です。)

日本人としての自我を育てて初めて、世界と渡り合うことができる国際人になりうるのであって、そうした基礎を教えなければ、単なる”根無し草”で中身の無い人間が出来るだけです。

そうした基礎がまだ形作られていない段階の半人前の子供を、なぜ一人前の大人同様、尊重してあげなければいけないのか?

それは、尊重などではなく、単なる「甘やかし」でしょう。
甘やかして子供が成長しますか?

するわけがない。
まさに、永田教授が指摘する『「破」、「離」と成長していく権利を奪うこと』に他なりません。

こうしたことに思いを至らせることが出来ない教師達に、子供を教える資格があるでしょうか?
ましてや、子供をダシにして、自らの政治的主張を通そうとする連中に、教育を任せられるでしょうか?

到底まかせることは出来ないですね。私には。
一人の親として、こうした教師は教壇からさっさと消えて欲しい。
本当にそう思います。

さて、次回は、こうした勘違い教師について、私なりの分析を披露していきます。
ではまた。


【関連記事】
・日の丸君が代強制問題は、決して「思想・信条の自由」の問題ではない。
・日本人に足りないのは、「公の心」と「判断力」


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テーマ:日の丸・君が代問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント

南溟さん、レスありがとうございます。

私が中学校の頃は、問答無用で丸刈りでしたよ(涙)。
嫌だと思いましたが、南溟さんのように抵抗することは思い浮かばず三年間坊主で過ごしました。
高校が、私服だったので一時的に服とか派手になりましたが、それはそれで結構面倒でしたね。
元々おしゃれではないものぐさだった所為かもしれません。
今はユニクロで十分満足してます(笑)。

  • 2010/05/05(水) 22:14:01 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

子どもの人権とは?

私の出身地には、おそらく今は撤廃されているでしょうが、私が小さかったころは男子は中学生になると頭を丸刈りにしなければならないという校則がありました。私はそれがいやだったから、わざわざ受験勉強をして頭髪規制のない私立中学に行きました。理不尽な物事に対する抵抗は、こうやって行うものですよ。
私があげた朝日新聞の投書ですが、制服を着るのがいやなら学校が休みの日に好きなようにおしゃれを楽しめばいいだけの話です。私の丸刈り校則の例もあるから、「制服を着るのがいやだ」と思うことは自由だし、そういう学校もあっていいとは思いますが、そもそもこの女子高生の都立高校でわざわざ制服が導入されるようになったのは、生徒の風紀の乱れもあったんじゃないの? 
そもそも個性は学校の勉強や活動の中で示すべきで、制服を着たくらいで殺される個性など大した個性ではないですね。今では制服のない学校の生徒がわざわざ「なんちゃって制服」という制服に似たファッションをしているというし。

  • 2010/05/05(水) 20:36:41 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

自分勝手な怠け者ほど、左翼に惹かれる

南溟さん、レスが遅くなりスミマセン。
興味深い投書のご紹介ありがとうございます。

投書の女子高生の要求も確かにわからなくはないですが、そうした権利の主張は大人になってからすべきことなのでしょう。
左翼の駄目な点はそうした立場の違いも斟酌せず、権利をひたすら主張するところです。

子供に選挙権が無いように、立場に応じて権利は制限されるのが、実社会でしょう。その代わり、子供だから保護されているものもあるし、大目に見られることだってあるのですし。

権利と義務はセットであるべきだと思うのです。
そうしないと社会が崩壊してしまう。

人はなぜ左翼になるのか、といえば、左翼のメンタリティというものが、元々権利の主張ばかりで、義務を蔑ろにする傾向にあるからだと私は思います。
要するに、言い訳ばかり上手な怠け者のようなものではないでしょうか。
ダブルスタンダードを平気でやらかすのも、そのせいでしょうね。

だから、左翼の多くはどうしようもない連中ばかり。
「人権」とか「個性の尊重」なんてキーワードは、わがままな怠け者にとっては、都合のよい言葉なんでしょう。

  • 2010/05/02(日) 00:42:24 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
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人はなぜ左翼になるのか

私はかねてから、村野瀬さんや秋原さんをはじめとする左翼は、どういう経緯であんなガチガチに左翼思想にはまってしまったのだろうと疑問を持っていました。
そのような左翼の思考のサンプルとも言える例が、先日24日の朝日新聞「声」欄に掲載された17歳の女子高生の投書です。少々長いですが、以下全文を引用します。

「制服押しつけるおかしな論理」
 私が通う都立高校で、一昨年、制服が導入されました。先輩たちは反対しましたが、一方的に話は進められました。最近では、頭髪検査も行われるようになりました。茶髪やパーマは許されません。
 高校生が高校生らしくするため、と学校は意義を説明します。では、その「らしさ」って何でしょう。髪を染める染めないは個人に任せればよい、と私は思います。個性の表現方法は人それぞれだし、皆一緒となると、他と違うものが排除されかねないからです。
 先生方の中には、制服や頭髪検査に反対の意見もあります。でも、誰一人として、声を大にしません。自分の立場が大切な大人ばかりなのでしょう。
 先生方をそういう立場に追い込む日本社会を、憎らしく思います。でも、この社会を作ってきたのは紛れもなく私たちです。どうしようもないジレンマを感じます。(引用終了)

 左翼の中には、こういう学校や大人への不満をきっかけとして、そこから「人権」「個性の尊重」という語につられてこのような思想にはまった人が多いのですね。制服がなぜ「日本社会」全体への不満へと発展するのでしょうか。

  • 2010/04/29(木) 20:33:50 |
  • URL |
  • 南溟 #-
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聖職者ならぬ労働者

吉田 五郎太さん、コメントありがとうございます。
レスが遅れてすみません。

>ホラ、小粒な人間の多いほうが、あの人たちの“赤い理想”は作りやすいでしょうし。

教師には、聖職者というプライドを持って欲しいのですが、残念ながら日教組の先生達は、単なる労働者に堕しているようです。
だから、自分のワガママを通すためには、子供のことなんてどーでもいいのでしょう。

>阿川弘之氏の言葉をぶつけて見たい。

たぶん、ぶつけても「蛙の面にションベン」でしょうね。
私も彼らに、「お前らは当たり屋だ」と指摘したことがありますが、そのことを自覚しておらず、自らを全くの被害者だと思い込んでいるようです。ひとりよがりの極みで救いようがありません。

それはさておき、阿川弘之氏の著書のご紹介ありがとうございました。
面白そうな本ですね。今度読んでみたいです。

  • 2010/04/27(火) 20:13:23 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

>一知半解さん

>居合道をされているのですか。スゴイですね。
アハハ、ありがとうございます。
とはいっても、最近さっぱり練習してないので、恐らく腕の方は錆び付きすぎて“赤いわし”です(汗)。
さて日教組の方々の話ですが、「仕事を怠けたい」というのもあるでしょうが、「本当の意味での『宮本武蔵』のような“剛毅な人間”に出てきてほしくない(自分達がやりづらいから)」というのもあるかもですね。ホラ、小粒な人間の多いほうが、あの人たちの“赤い理想”は作りやすいでしょうし。
あと、『南溟』さんへのコメントの中で、
>日本ほど、甘ったれな彼らにとって住み良い社会はないのでは。
安楽な生活を楽しみながら、レジスタンス気取りで居られるのですから、実にいい国ですよ(笑)。

……とありますが、全力で同意です(笑)。
僕としてはそういった面々に(しつこいようですが)阿川弘之氏の言葉をぶつけて見たい。

『糧道を絶たれる心配の無い抵抗なんて、抵抗ごっこですよ。』(『国を思うて何が悪い』より)

ちなみに阿川氏の同著書によると、いわゆる『反体制派』を自称する文士の人々の多くは、大出版社の社長や幹部といった、「悪口言ったら仕事がなくなりそうな」人々への表立った思想批判は決してやらず、そんな心配の無い政治家や思想家の批判だけを行っていたそうで、『埴谷雄高』氏、『佐多稲子』氏らのような“気骨のある”文士は、阿川氏の知る限りほんの少数だったとのことです。

  • 2010/04/26(月) 00:02:19 |
  • URL |
  • 吉田 五郎太 #OAxxUYaQ
  • [編集]

杜若さんへ

杜若さん、コメントありがとうございます。

youtube拝見しました。素晴らしい美声ですね。
この高校生は只者じゃない。感動しました。

日本人の中にも、素直じゃない人もいるとは思います。
しかしながら、それを騒ぎ立て社会問題にして、国旗国歌を否定しようという人たちが、残念ながらこの日本には存在しますし、そういう人たちに限ってノイジーです。

彼らのような日本人は、押しなべて他者を思いやることや、控えめといった言葉から程遠い人間であるように思います。

  • 2010/04/25(日) 23:40:09 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

日の丸はシンプルでとても美しいシンボルだし、国歌の君が代は外国人からオペラのようだと絶賛されるほどに格調があり、内容もどんな国歌よりも平和をうたっているにも係わらず、一部の方たちは極端に嫌う、、。

理解しがたいものですが、彼らは自分の醜い姿をこういったものに投影しなければ気がすまないのでしょうか。
今年の、春の選抜で歌われた高校生の声楽部門の優勝者の野々村あやのさんの国歌の独唱は素晴らしかった。
http://www.youtube.com/watch?v=_ORh8TKxsMU

素直に、国旗や国歌を愛しましょうよ。

  • 2010/04/25(日) 17:19:41 |
  • URL |
  • 杜若 #qKuIJ8qA
  • [編集]

吉田五郎太さん、南溟さんへ

>吉田 五郎太さん

コメントありがとうございます。

居合道をされているのですか。スゴイですね。

私も百人斬り問題がキッカケで、いろいろ居合道をされているHPとか覗いたことがあるのですが、真剣の取り扱いの難しさ、そして、目釘などのメンテナンスの大切さとか指摘されているのを読んで、素人が扱えるような武器じゃないなぁと改めて認識したことがあります。

>多分日教組の方々なんかは、 『地味な修行なんか無くても、君の中の「個性」を信じれば、さあ君も明日から宮本武蔵DA!!』……なあんて教え(に見せかけた甘言)で子供らを釣ろうってんでしょうがね……。

日教組の方々は、そうしたタテマエを唱えつつ、実際は、自らの仕事を怠けるのが目的じゃないでしょうか。
彼らの思うようにさせては、ますます日本の教育はおかしくなるように思います。

>南溟さん

コメント&ご忠告ありがとうございます。
確かにキリがないので、そろそろ止めにしようかと思います。仰るように、「粘着」「荒らし」呼ばわりされることは必至ですからね。

それはさておき、日本ほど、甘ったれな彼らにとって住み良い社会はないのでは。
安楽な生活を楽しみながら、レジスタンス気取りで居られるのですから、実にいい国ですよ(笑)。

  • 2010/04/23(金) 00:24:42 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「甘え」の構造

一知半解さんは某所にちょくちょく書き込んでおられますが、もうこのくらいにしておいた方がいいのではないのでしょうか。そりゃ私だって反論したい箇所など山ほどありますが、あの人たちは自分と反対の意見に耳を貸すはずがないし、これ以上意見を書いても「粘着」「荒らし」呼ばわりされるだけですよ。
しかしあの人たちの日の丸・君が代を拒否するときの教条主義でヒステリックな態度を見ていると、彼らは今でこそこうだけど、もし戦前に生れていたら、真っ先に「軍国主義」の旗振り役になっていたのではないかと思います。彼らは根は「純粋まっすぐ」なのかもしれませんが、それだけに方向は違っても一つの考え方にとらわれると周囲が見えなくなるのは一緒なのですね。
あと、村野瀬女史のブログより。

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1730.html

>そのメンバーはかつて既存の保守政党にいたときには、日本を暮らしよい良い社会にすることができなかった政治家たちであるということを日本人は毎回忘れるようです。

この人は日本の政治家というのは、社会を自分の意のように操って「暮らしよい良い社会」にできるような、全知全能の神様だとでも思ってるのでしょうかね。案外こういう人こそ、心の中では独裁者を待望しているのかもしれません。
いずれにせよ、権力に反抗するようなポーズを取りながら、心の根本では「暮らしよい良い社会」をつくる政治という幻想に依存し甘えている、こんな親なしでは何もできないくせに文句ばかり言う、反抗期の甘ったれガキのような人間が「民主主義」なんて言葉を連呼するのはギャグとしか言いようがないですね。

  • 2010/04/22(木) 22:55:45 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

もしも、

『全ての“考え方の違い”を認める自由』が大事だというのなら、国旗掲揚の際、

『感涙に咽んで思い切り万歳三唱する自由』

……も当然認められて然るべき、のはずですよねぇ。いまどきそんな子供がいるかどうかは別として、少なくともその子供(大人も)が非難される筋合いは無いはず。

あと、引用された永田教授の言葉の中に「剣豪」とあったので少し。実は僕も少しばかり剣術に触れたことがありまして(居合道“一応”二段)、その練習というのも、最初は礼法一式と『制定居合(※)』の習熟が基本のそれで、そういう意味では完全に『価値観押し付け』と『訓練の強制』だったりします。
しかし、これをやらないと、それぞれの流派の技どころかそもそも「刀の振り方」すら分からず、例えば藁束なんかもまともに斬れないで、多分自分の足先を切って怪我をするだけでしょう。その人のその場の“才能”や“インスピレーション”だけで使いこなせるほど、日本刀って簡単な武器じゃないんですよ。(手から刀身への「力の込め方」からして難しいんですから……)

多分日教組の方々なんかは、
『地味な修行なんか無くても、君の中の「個性」を信じれば、さあ君も明日から宮本武蔵DA!!』
……なあんて教え(に見せかけた甘言)で子供らを釣ろうってんでしょうがね……。
でも、あんな『天下の鬼才』に簡単に一億総変身できてたまるものかって話です。

(※)『全日本剣道連盟』にて制定された、居合を学ぶ上の“基本”とされる十二本の型。
詳しくは↓のwikipediaの項にて。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%B6%E5%AE%9A%E5%B1%85%E5%90%88

  • 2010/04/20(火) 22:49:08 |
  • URL |
  • 吉田 五郎太 #OAxxUYaQ
  • [編集]

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一知半解

Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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