一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「親孝行したい」兵隊たち/~レジスタンスとしての「親孝行」~

前回の記事『「人民日報」的読み方とは/~軍隊的表現の奥にあるものを読み取る能力~』の続き。

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(1983/01)
山本 七平

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前回の続き)

もちろん北ヴェトナム軍については、徳岡氏の記述から、自分の体験に基づいて類推したにすぎない。

しかしこの類推を正しくないという人は、まず旧日本軍の実態と北ヴェトナム軍の実態を完全に調べあげた上で言うべきであろう。

どちらの実態も知らず、否軍隊なるものの実態さえ知らないで正しいの正しくないのといっても、無意味である

戦死者は必ず親孝行」とか、「兵隊はみんな孝行者」とかいう、ちょっと自嘲的な言葉があった。

戦争中の新聞をひっくりかえして、壮烈な爆死をとげた者の報道を見つけたら、そこを読まれればよい。
必ず「親孝行」であったと書かれているはずである。

だが「孝行」――この言葉の意味は、世問一般の人の意味とは違うのである。

当時の日本はいわゆる核家族ではなかった、従って、一家族には両親がおり、ヨメさんがおり、子供がいる、というのが普通の庶民の生活であった。

従って「親孝行がしたいよナ」というのは、それができるそういう生活にもどりたいということ、いわば、戦争も戦場も軍隊もいやだ、普通の平和な市民生活にもどりたいということに外ならないのである。

そして当時の日本の道徳律は「忠孝」であったから、たとえ兵士が「ああ親孝行がしたい、ああ親孝行がしたい」と言っても、「親孝行がしたいとは何事ダッ」といってとがめる人間は、軍隊の中にもいないのである。

せいぜい「親孝行が十分にしたいとは感心である。だが今はお国のため精一杯働くことが真の親孝行デアル」ぐらいのことでおしまいになるのであった。

従って親孝行という言葉は、兵士の精一杯のレジスタンスなのである。

お母さん」とか「親孝行がしたかった」という、死期近い兵士の言葉には、今の人には考えられないくらい広い広い深い意味があった

それは一言にしていえば、平和がほしい、平和がほしかったということである。

私には、戦後の騒々しい「平和」の叫びより、この無名の兵士たちの「親孝行がしたいよナ」「親孝行がしたかった」という言葉の方が、はるかに胸にこたえる

こういった現象は言葉だけでなく行為や挙止にもある。

「無敵皇軍」は「一死報国」だから、決死隊をつのれば全員が手をあげる――という話は必ずしも嘘ではない。

しかし、全員が手をあげれば、結果においては、だれも手をあげないに等しいのである。

そして古い親切な下士官は、常にこういった種類のことをよく心得て、背後からみなに予め注意してくれたものである。

従って、自由意思なき全体主義集団で全員が手をあげる、ということの意味を、今の常識で判断してはならない

しかしそれが今の人にわからなくなってしまったということは、大変にありがたいことだと私は思う。

そういう知恵が必要とされる社会には、二度となってほしくない

従って「ヨメさんがほしいよナ」も、もちろんほぼ同じ意味もしくは現象だが、この方は、情況がそう悪くなく、将来の平和な生活に希望がもてるときの言葉であった。

従って「親孝行」より陽気な気分のときの言葉である。
「孝行」はいわば失われた過去の平和な生活への追想であり、おそらく二度と帰って来ないその平和を、過去に託して希求しているわけだが、「ヨメさん」の方はそうではなかった。

従って、「ヨメさんが欲しい」といって戦死した兵士はいないであろう。

この場合の「親」とか「ヨメさん」という言葉には、以上のような意味がほとんどであって、言葉通りの具体的な意味合いは、まず皆無に近いのが普通である。

従って「ヨメさん」が欲しいといっていて、その男が復員してからは生涯独身であっても、親孝行を常にロにしていた男が復員後は希代の親不孝であったとしても、それは矛盾でもなければ、彼らが嘘を言っていたのでもない。

従って私は、向井少尉の「『花嫁を世話してくれないか』と冗談を言った」という言葉は、おそらく事実であると共に、文字通りの意味より、軍隊内の慣用的な用法であったとみる。

初対面の新聞記者に、本気で「花嫁のあっせん」を依頼する人間はいない。
しかしこの言い方は上記の意味ではごく普通であって、だれでも口にし、少しも珍しい言い方ではなかったからである。

珍しくも民間人に会った。
そのことが彼に、復員後の生活を連想させ、軍隊語でいえば「里心」を起させたのであろう。

里心――これは、ある情況下で、戦場の人間を襲う発作的なホームシックである。

戦場における全く原因不明の逃亡は、ほとんどがこの発作的ホームシックが原因だったと私は思う。

これがどんなに強烈で抵抗しがたいものか、それを思うと、私が彼の立場にいたら、やはり同じ運命をたどったのではないかと、一種、肌寒くなる思いである

(後略~)

【引用元:私の中の日本軍(上)/「親孝行したい」兵隊たち/P327~】


親孝行したい…というのが精一杯の「レジスタンス」だったという指摘は、やはり今の時代感覚ではなかなか気付かない人も多そうですね(私もこの記述を読んで初めて気付きました…汗)。

戦後の騒々しい「平和」の叫びより、この無名の兵士たちの「親孝行がしたいよナ」「親孝行がしたかった」という言葉の方が、はるかに胸にこたえる。』という山本七平の言葉の裏には、戦後のいわゆる平和活動への疑念というものを濃厚に感じ取ることができるのではないでしょうか。

今回の記述から教訓を得るとすれば、「今の日本の常識で、過去を判断してはならないし、日本以外の社会を判断してはならない。」ということになるかと思いますが、なかなかこれは難しいですよね。

私自身、実行できていないとは思いますが、「無知の知を知れ」と己を戒めつつ、近づいていきたいものです。


【関連記事】
・「人民日報」的読み方とは/~軍隊的表現の奥にあるものを読み取る能力~


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コメント

南溟さんへ

>要するに秋原さんもようやく鳩山政権の「ルーピー」ぶりに気がついたというわけですが

そのようですね。
財界とか支配層とかを敵視して陰謀論に取り付かれる人ほど、騙され易いように思います。

>ここまで時代遅れの左翼史観にべったり取り付かれてしまうということは、歴史に対する理解や関心などまるでない、歴史小説の一冊すらろくに読んでいないのではないかと思いますね。

仰るとおりだと思います。
それでいて歴史修正反対とか叫んでいるんですから、己自身の無知さ加減を世間に吹聴しているようなものです。

彼らはジンケンジンケンとわめいてますが、どのようなヨーロッパの歴史的・社会的・宗教的背景から人権思想が生まれたのか、そして、それをどのように日本社会に適合させていくかという問題意識はなさそうです。
ただ単に、欧米の基準を絶対的な価値観としてありがたがるだけの「出羽の守」に過ぎません。
これも彼らが日本人としてのアイデンティティを喪失したが為なんでしょうけど。

  • 2010/05/05(水) 22:15:38 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

秋原葉月さんの最新エントリーより。

http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-200.html

要するに秋原さんもようやく鳩山政権の「ルーピー」ぶりに気がついたというわけですが、秋原さんがここで繰り返し述べている「国民」とはいったい誰なんでしょうね。日本国憲法には「国民主権」とある以上、「国民」こそが日本国の最高権力者ということになるわけですが、だからこそこの「国民」というタームをいいかげんに振り回すのに危うさを覚えますね。
まして秋原さんの考えでは、「支配層」「財界」は、国民の生き血をすする吸血鬼だということになるのでしょうか。こういう「我々は世界を仕切っている一握りの悪い奴に苦しめられている」というものの見方は「ユダヤ陰謀論」と似てますね。

それにしても村野瀬さんにしろ秋原さんにしろ、ここまで時代遅れの左翼史観にべったり取り付かれてしまうということは、歴史に対する理解や関心などまるでない、歴史小説の一冊すらろくに読んでいないのではないかと思いますね。下手に頭でっかちで視野を広げる努力をしてこなかった結果がこうなったのでしょうか。

>秋原葉月さんも、私のことを人権に無知で、人権教育が
>必要だなどと自分のブログでコメントしてましたから、
>こういう人が権力を握れば、中共の労働改造所のような
>施設を作るかもしれません。

こういう人が他人に向かって「人権に無知で、人権教育が必要だ」とかいうのを聞くと、「王様のお召し物は愚か者には見えない」といういんちきな仕立て屋の口上みたいに聞こえますね。

  • 2010/05/05(水) 21:22:13 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

南溟さんへ

>村野瀬女史にとってはフランス革命のときにギロチンで流された血は「残念ながら、フランス社会はそれがなければ次のステップには進めなかった」という論理で正当化されるわけですからねえ…。

これには私もビックリしました。
村野瀬さんのおフランスかぶれも病膏肓の域に到達してますね。
フランス革命の理想の為には、犠牲もやむを得ないなどとは…。
こういう人たちが権力を握ったら、私などは反革命のレッテルを張られて粛清されちゃうのだろうなぁ。

秋原葉月さんも、私のことを人権に無知で、人権教育が必要だなどと自分のブログでコメントしてましたから、こういう人が権力を握れば、中共の労働改造所のような施設を作るかもしれません。

  • 2010/05/02(日) 00:51:22 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

左翼にとって歴史とは、「人権」や「進歩」という彼らのイデオロギーを正当化するための手段ですからね。そのイデオロギーに基づいて過去を断罪するのもお手のものです。
この件については、私も一度村野瀬女史とやりあいました。

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1117.html#comment-top

今読み返すと、私自身「ここではこう言い返すべきだった」と思いたくなる箇所ばかりで恥ずかしい思いがしますが、村野瀬女史にとってはフランス革命のときにギロチンで流された血は「残念ながら、フランス社会はそれがなければ次のステップには進めなかった」という論理で正当化されるわけですからねえ…。

>「謝るのは他人、自分たちにその必要はなし」

その通りですね。よく彼らのことを「自虐的」と揶揄する人がいますが、彼らは「悪い軍国主義を糾弾する自分たちはエラい」という信念に取り付かれているから「自虐」ではないですね。

  • 2010/04/29(木) 21:12:50 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

KYさん、レスありがとうございます。

仰りたいことが理解できました。
過去の自らの行動への釈明として使うのではないかと懸念されていたのですね。
ただ、今回ご指摘されているように、「謝るのは他人、自分たちにその必要はなし」のが彼らの行動パターンですから、そのご懸念はいらないのではないかと私も思います。

しかし、本当に左翼のメンタリティというのは、嫌になりますね。

  • 2010/04/29(木) 14:37:11 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

彼らの場合、果たして当てはまるか

 一知半解さん、レス有難うございます。
 ご指摘の件、投稿してしばらく私も改めて考えたのですが、サヨクの場合、これまでの彼らの言動から察するに「あの時はこうするしかなかった」というような言い訳はまずしないのでは、と考えが変わりました。
 と言うのも今まで彼らは自分たちの言説の誤りや運動のやり方の間違いや卑劣さを指摘されると、ひたすら論点をそらすか、物量宣伝に物を言わせて例え捏造や誇張であっても「過去の日本の蛮行」をごり押ししてでも既成事実化するなど、おおよそ良心の呵責を欠片も感じない行為を平然と行い、現在もそのパターンは変わりません。彼らにもし少しでも後ろめたさを感じれば、前述のような言い訳をするでしょうが、実際はそういう事例を私は確認していません。「謝るのは他人、自分たちにその必要はなし」が彼らのスタンスですから、そもそもサヨクが「今の価値観で我々の過去の行動を糾弾するな」と釈明するはずがありません。この件については私の思い違いでした。
 未来永劫自分たちの行いは正しく無謬と信じ込んでいるサヨクは、今後も捏造と誇張に基づく日本の過去糾弾に邁進することでしょう。
 例えそれが自分のまたがる枝を切り落とす行為だとしても。

  • 2010/04/29(木) 00:10:58 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

KYさんへ

KYさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

ご指摘の件、私も考えて見ましたが、左翼がどのように正当化したり、口実にしたりするのか具体的なイメージがいまいち思い浮かびません。
KYさんは、どのようなケースを想定し、危惧されているのでしょうか?
具体例を教えていただけると助かります。

  • 2010/04/28(水) 23:11:00 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

>今の日本の常識で過去を判断してはならないし(後略)

 日本に限らず、世界の歴史を顧みる時の「座右の銘」と私は思いますが、サヨクたちは、これを自分たちが行ってきた「捏造・誇張による日本の過去の糾弾行為」を正当化、もしくは責任回避の口実に悪用するのではと私は危惧しますが、考えすぎでしょうか?

  • 2010/04/27(火) 22:05:39 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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