一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

生物としての人間【その4】~飢え(ハングリー)は怒り(アングリー)~

以前の記事『生物としての人間【その3】~飢えは胃袋の問題ではない~』の続き。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平

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前回の続き)

現実にまだ飢えていなくても、飢えが迫ってきそうだという予感だけで、人は異常な不安にとりつかれ、いらいらしはじめる

こういうときぐらい、各人の性格がはっきり出てくるときはない。
その結果、わずか一口足らずのミルクのことで、殺したり殺されたりがはじまりそうになる

◆食糧あと一週間分になる(一部) 

(~前略)

副島老人と堀江の姿が見えない。
船越は彼等が逃亡したものと早合点し、射殺すると言い拳銃片手に彼等の下ったと思われる谷川を追って行った。
我々は、昨日寝た所まで帰り又小屋を建てた。
小屋ができ上った頃二人がやっと来た。
疲れて路から少し入った所で休んでいたという。
三時間程たって船越が帰ってき、余りに興奮していつになく早く歩いたので又発熱した。
自分の早合点で勝手に追いかけたのだから文句も言えず、心中は唯では収まらん様だった。

その夜、堀江が虎の子のミルクの缶詰を開け皆(五人)に平均に分けた。
その時隊長である船越に特別たくさんに分けなかったといって彼は激怒した。
品性下劣な男とかねてから聞いていたが話に勝る馬鹿者だ、皆あきれ返って以後話もしなくなる。
この日以来堀江は事々にいじめられた。
ミルクの執念恐るべし。
この男生れが悪いか、生来のひねくれ者か、忠告すれば隊長の威信にかかわったとでも言うのか、かえって反対の行動をとるので一切言わん事とした。
その内兵隊に殺される類に属する男だと思って。


確かにここでは人間の品性が作用する。
しかし、人が飢え出すと、品性に関係なく、何かを食べようとし出す
そしてその際、自己の品性を落さずに入手できる食物だけ食べていようとすると、これまた奇妙な結果になってしまう。

人が、胃の腑につめこめるものは、何でもつめこんで、空腹を「だまそう」とする。
われわれも、手に入るもので、食べられるものは何でも食べた。

パパイヤの木の根――これはゴボウぐらいの堅さなので煮ればどうやら□に入れられた。
パパイヤの木の芯――これは白い中空の筒のようなもので、何とか食べられた。
さらに毒イモ――舌も唇もしびれ出すサトイモに似たイモ、またドロドロするほどアクの出る、シダのバケモノのようなヘゴの一種の芯に到るまで。

しかし、生物学的常識のなかった私は、それらの「物」が「食物」という点では、実際には、何の意味もないものであったことを、三十年後に小松氏の記述で知ったわけであった。

氏はそれらに澱粉反応があるかないかを試験され、食べても無意味と記されている。
だが、こういう無意味な食物ならぬ「物」をとりに行って命を落した者さえあった。
しかしその小松氏にも次のような失敗がある。

◆果物に中毒

川辺に小さな無花果の様な実のなる本がたくさんあった。
皮をむいてなめてみれば甘いので少しずつ食べてみる。
別に毒でもない様なので皮ごと食べてみると甘味は更に強い。
これはうまい物を発見した。
これで一食米を食いのばしてやれと木に登り腹一杯食べるに急に気持悪くなったので、指をのどに入れ全部吐いてしまった。
それでもその日一日、頭がフラフラして弱った。


小松氏はまたミンダナオで靴や図嚢まで煮て食べた例を記されている。
こういう食べ物は、実際には何の栄養もないから、ただ満腹しつつ衰弱が早まっていくだけである。

そうなる頃には、人の相貌は変わり、体は骨と皮になり、目だけギラギラと光り、排便するだけの体力がなくなってガスが腹部に充満するから、「餓鬼」と全く同じ姿になる

そしてこの状態になると、その「者」が生きていようと、そのまま死のうと、それはもう人間とは別の生物と考えた方がよい。
「餓鬼」の絵に描かれている「者」の、あの独特な目つき、挙止、体形は、すでに人間のものではない。
餓鬼草紙
【上記写真↑引用元:餓鬼草紙/文化財オンラインより】

ああいう相貌を描いた人こそ、本当のリアリストであろう。
だが、人間はなかなか本当のリアリストにはなれない

そのため、あの「餓鬼」の絵は空想の産物と思い、一方では平気で「自然に帰れ」などといい、そしてそういうスローガンを掲げれば、本当に自然に帰れると思っているらしい。

そのくせ、ビアフラの写真を見て「かわいそうだ」という。
これはまことに奇妙で、空想的というより妄想的、支離滅裂的発想である

そしてそういうことをいう人の話を聞いていると、言っていることは結局、現代の資本主義的生産物の恩恵だけは十分に供与されながら、自然的環境の中で生活がしたい、簡単に言えば、自然的環境の中で冷暖房つきの家に住み、十分な食糧と衣料がほしい、ということにすぎない。

だがそれは、最も不自然な生活だから、それを自然と誤解しているいまの日本人が本当に自然状態に帰らざるを得なくなったら、おそらく全人口の七割ぐらいは、生存競争に敗れて死滅してしまうであろう

自然には、人間を保護する義務はない――ということは、自然状態のかえった人間も、ほかの人間を保護しないということである。

(次回へ続く)

【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第九章 生物としての人間/P233~】


山本七平の戦争三部作「私の中の日本軍」「一下級将校のみた帝国陸軍」「ある異常体験者の偏見」においても、飢餓状態における人間がどうなってしまうかとか、死んでいく兵士の様子があちこちで詳細に綴られているのですが、こうした鋭い描写というものは、フィリピンのジャングルから何とか生き延びて出てきた人間でなければ描けないのかもしれません。

暖衣飽食が当たり前と考えている我々が、リアリストになりきることは大変難しい。
「虚構の論理」ばかり飛び交っている安全保障に関する議論一つを見ていても、それは明らかです。

このような山本七平小松真一などの「飢餓体験者のエピソード」を通じて理解に努めることこそ、リアリストに近づく方法だし、それに努めなければ、いずれ戦前の二の舞を演ずることになるでしょう。

次回は、人間の習性について記述された部分を紹介してまいります。
ではまた。


【関連記事】
◆生物としての人間【その1】~残虐日本軍を糾弾する左翼と、インパール作戦を称揚する右翼に通底する「生物学的常識の欠如」~
◆生物としての人間【その2】~理性信仰という名の空中楼閣~
◆生物としての人間【その3】~飢えは胃袋の問題ではない~
◆生物としての人間【その5】~飢餓状態がむき出しにする「人間の本性」~
◆生物としての人間【その6】~日本は単に物量で負けたのではない~
◆生物としての人間【最終回】~人間らしく生きるために必要なこと~
関連記事
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コメント

tikurinさんへ

tikurinさん、こんにちは。
レスが大変遅くなりすみませんでした。

「人災としての飢餓」
確かに山本七平の「私の中の日本軍」を読むと、この愚行に対する当事者としての怒りが見てとれますね。

  • 2010/06/20(日) 11:01:57 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

人災としての飢餓

山本七平の指摘している飢餓の恐怖は、天災としての飢餓ではなく、人災としての飢餓――兵士を自活困難で食糧輸送もできない南方の島々に送り込み全戦死者の6割を超える兵士を(広義の)餓死させたこと、を言っています。確かに戦国期の日本人にとっては、天災としての飢餓より人災としての戦争の方が恐ろしかったのでしょうが、人災としての飢餓はもっと恐ろしいと言うことですね。

  • 2010/06/16(水) 00:19:09 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

吉田 五郎太さんへ

吉田 五郎太さん。
こんばんは。コメントありがとうございます。
ハーフタイムでようやく筆が取れました(笑)。
まさか、前半リードで折り返そうとは…。

それはさておき、吉田さんのコメントを読んで頭が整理されたような気がします。
ありがとうございました。

  • 2010/06/14(月) 23:55:58 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「和を尊ぶがゆえ」

どうも、サッカーW杯開幕戦を最後まで見ちゃって寝不足確定の吉田です……。

>「七度餓死に遭うとも、一度の戦に遭うな」

さて上の諺、僕も軽く調べてみましたが、やはり戦国時代ごろからあったもののようですね。あくまで諺なので詳細は不明なままなのですが、現時点では僕も一知半解さん同様、
日本人が基本『戦』(さらには「死」や「流血」の要素全般)を忌み嫌ったがゆえの産物ではないかと思っています。
かの『応仁の乱』以降の『戦国時代』は、(恐らく)日本人が有史以来初めて経験した『日本全土クラスの国内戦争』でしたから、それに対する人びとの驚き、恐れ、嘆きの感情は、確かに筆舌に尽くしがたいものがあったのでしょう。
そういう意味では、この諺は本来の意味での『反戦のメッセージ』たりえると思いますが、同時にいかに日本人が幸か不幸か『戦争慣れ(というか人災慣れ?)』していない民族かを表す1つの証拠にもなっているのではないかと。

これまた乱文失礼しました。

追記:ちなみに今思い出しましたが、昔何かの本で読んだ『アイヌ』の人びと(お婆さん達)の考え方とも逆のようですね。彼女らの一番怖いものは『飢饉』で、『戦争』はその次ぐらいだそうで。
曰く、「戦争で爆弾が降ってきても逃げ回れば助かるかもしれないが、一度飢饉が発生するとどこへ逃げても助からないから。」
……とのこと(以上、少しうろ覚えですが)。

  • 2010/06/12(土) 01:30:22 |
  • URL |
  • 吉田 五郎太 #OAxxUYaQ
  • [編集]

デルタさん、 ap_09さんへ

>デルタさん

こんばんは。
コメントありがとうございます。

歴史小説をお書きになっているのですか。
すごいですね。

>ただ、戦乱はそれ以上に、忌むべきものだったようです。
>「七度餓死に遭うとも、一度の戦に遭うな」
>当時、そういう言い回しがあったそうです。


なるほど、当時そのような言い回しがあったのですか。
う~ん、戦が飢餓よりも忌まれていたのは、ちょっと不思議な感じがします。
日本国内の戦争って、外国のそれと比べると殲滅戦などはなさそうですし、悲惨なイメージより、陣取りごっこ的なイメージがあるのですが…。

それとも、和を尊ぶので、争いを嫌った為なのでしょうか…?

ふと山本七平が、古来日本では戦争よりも「地震・雷・火事・親父」が恐れられたと指摘していたことを思い出しました。

これは如何に争いが少なかったかを示しているとの彼の指摘にはなるほど…と思ったものです。
そうした印象が強いため、ちょっとデルタさんのご紹介した言い回しに違和感を感じたのかもしれません。

> ap_09さん

こんばんは。ご無沙汰してます。
コメントありがとうございます。

>これだけ著作を残した山本七平氏は、本当にただ事じゃない人ですね。

ほんとその通りです。彼の著作を読む度、新しい視点が開けてくるように思います。
これからも、紹介をしていきますので宜しくどうぞ。

  • 2010/06/12(土) 00:14:39 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

餓鬼草紙

>「七度餓死に遭うとも、一度の戦に遭うな」

飢えと戦争と両方体験したあとで、再び生活を立て直し、その上で、これだけ著作を残した山本七平氏は、本当にただ事じゃない人ですね。

餓鬼草子

餓鬼草子を久しぶりに見ました。
この世のものと思えませんが、
思えば、35年くらい前には、飢えこそなくなっていても、栄養失調はまだ根絶できていなかったわけで……。危ういところに、私たちの日常があるな、と思う次第です。

歴史小説を書こうとした際に取ったノートに控えていたのですが、
農業先進地だった畿内でも、応仁の乱の始まるまでの10年ほどは、飢饉続きだったようです。
こういう光景が、10年も続き、そこを舞台にして内乱が始まった……。飢えが荒んだ心を生んだ、のかもしれません。

ただ、戦乱はそれ以上に、忌むべきものだったようです。
「七度餓死に遭うとも、一度の戦に遭うな」
当時、そういう言い回しがあったそうです。

とりとめなくなりました、すみません。

  • 2010/06/11(金) 00:32:45 |
  • URL |
  • デルタ #JnoDGgPo
  • [編集]

ysJournalさんへ

ysJournalさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

本当に仰るとおりです。
今回の件は、あまりにひどかったのでついコメントしてしまいました。

結局、予想していたとおりの反応でしたし、もう、彼らには幾ら意見したとしても無理なのでしょうね。それはわかったつもりでいるのですが…、つい。

まぁ、それでもキチンと反論しておけば、閲覧する第三者の中には気付いてくれる人もいるかもしれないと思って投稿した次第です。

確かに全て相手にしていたら、キリがないので止めておこうと思います。

アドバイスありがとうございました。
今後もご指導のほどよろしくお願いします。

  • 2010/06/10(木) 22:30:36 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

迷える子羊

一知半解さん
ご無沙汰しております。久しぶりに和久希世さん所を覗いたら(ついでに英語日本語ニュースも)面白い事になっていたので、こちらにコメントさせていただきます。

迷える子羊を救おうと言う素直な慈悲の気持は、殻を閉ざした人には通じない様です。私も時々覗いてコメントしたくなるのですが、ぐっと堪えておりました。今では、下手なギャグより笑えるので、そのように考えております。

(英語日本語ニュースは、知らないうちにkaetzchen先生のブログのまねっこで、YouTubeが張られまくっているのにも笑えました。折角の格調高い妄想系ニュース紹介翻訳サイトだったのに品が無くなってしまいました。残念です。)

メキシコ湾の原油流失、イスラエル問題、普天間、韓国哨戒艦の沈没、もちろん郵政問題と、ここまでトンチンカンだと見事としか言いようがありません。

僭越ながらアドバイスをさせていただければ、取り合わないのが一番かと思います。

でも、怖いものみたさで癖になるのですよねー。私もなんだかんだ言って、完全には断ち切れません。同病相哀れむですね。

さて、今回の餓鬼の件ですが、この悲惨さを想像する力がない人達が、わがままで自分勝手な理性で政治や戦争を論ずる事が間違っていると思います。

私も見た事も、経験した事もないのですが、一代前には確実にあった事なので、実はこのような状況は一歩間違えれば直ぐ来る事を常に思います。そうならない様に努力する事が必要だと思います。現実は厳しくなっていくばかりという事をなぜリベラル系の人は分からないのかが分かりません。

長くなりました。ご活躍をお祈りしております。

KYさんへ

KYさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
レスが遅くなってスミマセン。

>北朝鮮ではこのような子供たちの姿を映した写真にお目にかかったことがありません。

確かに私も見かけた記憶がないですね。
なぜなんだろう?そういわれると確かに不思議だ…。

残念ながら、私にもわかりません。

  • 2010/06/09(水) 21:47:27 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「餓鬼」の絵で思い出したこと

 アフリカではこのような哀れな姿を晒した子供たちの写真をいやと言うほど見たことがありますが、北朝鮮ではこのような子供たちの姿を映した写真にお目にかかったことがありません。当局の報道規制も当然あるかと思いますが、北朝鮮の飢餓はアフリカのそれと比べるとまだまし、と言うことなのでしょうか?

  • 2010/06/08(火) 20:24:54 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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