一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

生物としての人間【その6】~日本は単に物量で負けたのではない~

以前の記事『生物としての人間【その5】~飢餓状態がむき出しにする「人間の本性」~』の続き。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平

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前回の続き)

一体、人がこうなったとき、どんなときに「救い」を感ずるのであろうか。

皮肉なことに、「人工」に接したとき、人工の産物があるらしいと知ったとき、人びとはほっとして「希望」を感ずるのである。

人間は好むと好まざるとにかかわらず、そのようにつくられた生物であり、人工によって自然を自分に適合するように変え、それによって食物を生産することによってのみ生存が可能なのである。

中国軍がまだ延安にいたころ、まず農地を整備して「食」を確保した。
彼らは、それが基礎であることを知っていた。

これは米比軍も同じで、米軍の再来まで頑張りつづけた彼らは、まず山中のジャングル内に「隠田」ならぬ「隠畑」を、焼畑農耕の方法をつかってつくりあげ、それで「食」を確保してから、ゲリラ戦を展開した

これがない限り、日本軍が呼号した長期持久も遊撃戦も、実行不能なスローガンにすぎないのである。

本当に、人間が生物であるという認識に立っていたら、これらの準備は日本軍にもできたことであった。

日本が単に「物量で敗れた」のでないことは、この一事でも明らかであろう。

そして皮肉なことに小松氏たちは、かつての米比軍ゲリラの根拠地に入って、そこで「人工」に接してはじめて「希望」を見出し、これを「希望盆地」と名づけるのである。

この例は、実は、比島戦に意外なほど多い。

レイテでも、撤退に撤退を重ねて、第三十五軍司令官鈴木中将が、カンギポットという山に逃げこむ。

そしてそこの洞窟に入ってみると、それが数日前までゲリラの根拠地、彼らが、米軍の上陸・進撃に符牒を合わせて、つい数日前にそこを去ったらしい痕跡まで発見されるといった例まである。

小松氏は、そういったかつての敵の根拠地にたどりついたときの状況を記しているから次に引用しよう。

◆食糧あと一週間分となる(末尾)

十九日、珍しい晴天だ。谷川を下る。石を飛び本の根につかまって苦心、谷川下りだ。

(~中略~)

ジャングルの中に入ると良い道があった。
しばらく行くと大きな家がある。
最近まで米軍が居た跡だ。

無電装置がしてあり、アンテナが張られていた。
この道は敵に通ずる危ない道ではあるが、近くに畑がある事が予想され気分が明るくなった。

米軍の永久抗戦の用意の良さに感心した
日本のそれは口だけであるのに反して。

(後略~)

◆糧抹あと一食分となる 

二十日も好天に恵まれた。マンダラガンのジャングルの中で毎日雨に打たれ山蛭がはい回る陰湿な所に永く住んだ者には、日当りの良いこの谷川は春の国に来た様な気がした。

行き倒れがニ、三人いる。
糧株は今日の昼食が終ると、あと籾が一握りか二握りしかない。
一昨日山で見た畑まで早く出たいものとあせる。
他の連中も気はあせっているが、体力がないので遅れがちだ。

(~中略~)

小さな山を一つ越えて別の谷川へ出た。
そこにも米軍のいた家が三軒程ある。
四、五十名は暮していたらしい。
いよいよ畑は近いらしいが、敵のいる可能性も大きいので拳銃を片手に進んだ。
後続はさっぱり来ない。

半時間程行くと林が切れて開墾地が見えた。
いよいよ敵地かと本の陰に隠れながら林を出た。
一面甘藷畑だ。これで肋かった、もう敵の事等忘れてしまった。

手近かな芋を引き抜いて土も落さずかじりついた。
甘い汁が舌に滲み通る様だ。
三、四本続けて食べた。

こうしてはいられんとあたりを見れば、木の皮で造った家やニッパーの家が十五、六軒見える。
人がいる。倒本の陰から様子をうかがった。

どうやら土人ではなく友軍らしい。

おそるおそる近づいて行けば向うの倒本の上に兵隊があお向けにひっくり返っている。
急に大声で「建設の歌」を歌い出した。
もう安心だ。
拳銃をサックに収めその具に近づけば、昨日はぐれた当直の安立上等兵だ。

この辺の様子を聞けば敵はいず、爆撃もなく、甘藷やトマト、山芋、里芋、砂糖黍等たくさんあるという。
ちょうど藷の焼けたのがあったので御馳走になる。

甘藷がこんなに旨い物とは知らなかった。
安立が砂糖黍とトマトを取ってきてくれた。

腹が一杯になった頃、ボツボツ後続の連中が来出した。
芋畑を見て狂喜して皆土のついたまま生芋をむさぼリ食べている。
副島老等泣いて喜んでいた。「助かりました、助かりました」と言いながら。

空屋三軒に一同分宿した。
当分ここで芋を食べ放題食べて体力を作る事とした。
久々に床と屋根のある家に超満腹の太鼓腹をなぜながら、命が肋かった喜びを語り合い寝た。

この畑地を、生きる希望を得たという意味から希望盆地というようになった

◆希望盆地 

六月二十日、鶏鳴に目を覚ます。
「おい鶏がいるぞ」と、朝食の芋を皆で掘りに行く。

希望盆地はネグロス最大の河、バゴ川上流(の支流)マンダラガン連峰の南端にある。
南にバゴ川本流をへだててカンラオン山が見える。

東南の傾斜面の五抱えも十抱えもある大森林の大本を切り倒し焼き払った後ヘ畑を作ったのだ。
これは皆米軍のやった仕事だ。

小高い所へ登ってみると、南の方はこんな畑の連続で小屋もたくさん見える。
甘藷、カモテカホイ(キャッサバ)、トウモロコシ、里芋、太郎芋、陸稲、イングン、煙草、唐辛子、ショウガ、カボテャ等が栽培されている。

米軍の自活体制の規模の仕大さに驚かされた

毎日芋やカモテカホイを腹一杯食べて、体力はメキメキと回復した。
一日に三回位大糞をする程食べた。

(後略~)

◆希望盆地を通過する人達

自分達がここに根を下してから、四、五日すると、毎日大勢の兵隊が山から出て来た。
皆糧秣を失い、或いは病気となりヒョロヒョロになっている。

皆初めて見る芋をむさぼる様に生のままかじり付いている。
我々の家は小高い所にあるので、彼等が登って来るのが一目で見える。
五十メートルの坂道がどうしても登れず泣き出す兵隊もいた。

(~中略~)

多い日は二百名位の兵隊がこの盆地に来、手当り次第芋を掘って食べるので一面の芋畑もすっかり食い荒された。
我々の糧秣も毎日遠くの畑まで行かねばならなくなってきた。

希望盆地には椰子の木も有り、三階建の大きな家も有り、この家には三階までかけ樋で水が引いてあり七十名位は入れた。


読み方によっては、何とも皮肉な記述である。

大東亜戦争は百年戦争である」とか「現地自活・長期持久」などと呼号していた日本軍には何一つ長期的な準備はなく、三年ぐらいで比島を奪還するつもりでいた米軍の方が、何年でも持ちこたえうる準備をしてゲリラ戦を展開していたとは。

さらに、彼らが捨てていった基地にたどりついて、そこではじめて「希望」を感じて希望盆地と呼びながら、たちまちそれを食いあらし、食いつぶしてしまうとは――。

しかしそれでも、この「人工の場」にいる間だけは、人間は、人間らしい感情をもっているのである。

(次回へ続く)

【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第九章 生物としての人間/P239~】


太平洋戦争を語るとき、よく「物量で負けた」とか「物量さえあれば負けなかった」とか言われてますね。

しかしながら、上記の記述を読んでみてもわかるとおり、日本は物量という理由”のみ”で負けたわけではありません。

そこには、「生物学的常識の欠如」という理由もあったわけです。

これに対する考察がないかぎり、到底、戦前のことを反省できたとは言えないですよね。

しかしながら、物量さえあれば…的な考えが、戦後一貫して、当然のようにまかりとおっているのが現実ではないでしょうか。

物量だけではなく、思考図式という面においても、日本には敗因があったことを、今からでも肝に銘ずる必要がありそうです。

余談ですが、最近の反米派の主張を見ていると、「大東亜戦争は百年戦争である」的な、威勢だけの良い口先だけの言葉に思えてなりません。

その主張の背景には、「生物学的常識の欠如」はもとより、「物量」という日本の”実力”さえ見誤っているのではないでしょうか。
ただ単に感情に任せて主張している彼らを見ると、戦前の対米強硬派とダブって見えて仕方ないのですが…。

さて、次回は、人が人らしい感情を示すのはどんな場合かについて書かれた部分をご紹介していく予定です。
ではまた。

【関連記事】
◆物量ではなく思想の違いで敗れた日本

◆生物としての人間【その1】~残虐日本軍を糾弾する左翼と、インパール作戦を称揚する右翼に通底する「生物学的常識の欠如」~
◆生物としての人間【その2】~理性信仰という名の空中楼閣~
◆生物としての人間【その3】~飢えは胃袋の問題ではない~
◆生物としての人間【その4】~飢え(ハングリー)は怒り(アングリー)~
◆生物としての人間【その5】~飢餓状態がむき出しにする「人間の本性」~
◆生物としての人間【最終回】~人間らしく生きるために必要なこと~

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コメント

花春さんへ

花春さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

私も同感です。
日本の場合、どうも一定の条件下において、武芸を練ることで勝つというような傾向があるみたいですね。

山本七平が、受験戦争型と指摘していましたが、一定の環境の中で競わせれば強いが、なんでもありの世界では、それが通用しないことに思いが至らない。

これは、今の日本社会でもあちこち見受けられる傾向だと思います。

  • 2010/07/05(月) 23:34:11 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

日本軍は敵を倒す方法は研究したが戦争に勝つ方法は研究しなかった。強い兵隊を作ることには熱心だったが強い軍隊を作ることには無関心だった。
山本氏の著作などをよむとそんな気がしてきます。

  • 2010/07/03(土) 23:11:17 |
  • URL |
  •  花春 #-
  • [編集]

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一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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