一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本人は政治的天才である/~教育問題を”政治”問題化する左翼達~

キンピーさんのおかげで、過去記事『日の丸・君が代強制問題は、決して「思想・信条の自由」の問題ではない』のコメント欄が大いに賑わっております。
やはり「日の丸・君が代」という”政治的”問題を取り上げると、(私も含め)特に政治的な関心をお持ちの方は、どうしても一言物申したくなるのでしょう。

今回の論争には私自ら当事者として参加しておりますが、第三者的にこの論争を眺め直してみますと、目下読み進めているイザヤ・ベンダサン著「日本教について」の一節が思い当たります。

そこで、拙ブログで起こった「日の丸・君が代」論争を契機に、今回のエントリーにて、日本人の”政治的解決”というものが如何なるものかを記したベンダサンの記述を引用紹介してまいりたいと思います。

本来なら、共同体意識を育む”教育”問題であるはずの「日の丸・君が代強制」が、なぜ”政治”問題化してしまうのか。

それは、ベンダサンに言わせれば「日本人は政治的天才であるから」ということになるのですけれども、それについて記された以下引用を読めば、その理由をおわかりいただけるのではないか、と思います。
それでは早速引用してまいりましょう。

日本教について―あるユダヤ人への手紙 (1972年)日本教について―あるユダヤ人への手紙 (1972年)
(1972)
イザヤ・ベンダサン

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◆二十余年の放置

『日本人とユダヤ人』の中で、日本人は政治天才であると私は書きましたが、天才にはまことに困った一面があります。

たとえばモーツァルトのような天才は、美しい風景を見たらすぐそれが音楽になって、「風景を聞いてしまう」ことはあっても「見る」ことはないかも知れません。

また、何らかの理由で怒鳴られても、その音声が交響曲になってしまって、自分が怒鳴られたことを意識しないかも知れません。

日本人にもこれと似た一面がありまして、あらゆる対象を政治という観点から見てしまいます

そして対象を、政治的観点から見たとき、はじめて真剣になり、切実になり、現実感が出てきて多くの人の共感を得、時には熱狂的にさえなります

これは、外部から見ていますとまことに奇妙です。

非政治的な問題を非政治的に取り上げているときはすべての人はそっぽを向いて無間心なため、その問題は非政治的には解決できない
また解決しようともしない。

しかしこれを、たとえ無理な詭弁を使ってでも政治と間連づけて政治問題として取り上げますと、たちまちすべての人がそれに関心を示し、関心を示さない者は異端者として扱われ、魔女狩りの様相を示すことさえあります。

これは、日本教の教義の「支点」である「人間」が、論理によらず政治を媒体として作用するからでしょう。

いま日本では「靖国神社法案(註)」という法案が論議の的になっており、キリスト教徒を中心に一部の宗教団体がこれに反対しておりますが、この実態が、実に何ともわれわれに理解しがたいことなのです。

(註)…1964年、自由民主党内閣部会に「靖国神社国家護持に関する小委員会」が設置され、靖国神社国家管理について議論される。1969年から1972年にかけて議員立法案として自由民主党から毎年提出されるも、いずれも廃案となる。1973年に提出された法案は審議凍結などを経て、1974年に衆議院で可決されたが、参議院では審議未了となり廃案となった(wiki参照)。

神社とは神道の霊廟で、この神社は戦死者の霊を奉祀しているのですが、これを国家が保護管理しようという法案に対して、それは憲法に定められた「信教の自由」に反するだけでなく、日本を再び侵略戦争に駆り立てることになる、というのが反対者の主要な主張のようです。

世界には確かに偽善者は多いと思いますが、見方によってはこの反対者ほど厚顔な偽善者は世にも珍しいと言えるかも知れません。

と申しますのは、――どうか驚かないでください――彼らキリスト教徒はこの二十数年間、キリスト教徒の「英霊」が神道の神社(霊廟)に奉祀されているのを、平然と放置してきたのです。

戦前のことはともかく、戦後のこの状態については、彼らに、言いわけの余地はないはずです。

マッカーサーが日本を支配していたころ、この問題について日本のキリスト教徒のだれか一人がただ一通の手紙を彼に送れば、彼は直ちに日本政府に命じて、キリスト教徒の「英霊」を靖国神社すなわちこの神道の霊廟から分離するように命じたでしょう。

神道の勢力を削り、あらゆる面における国家との結びつきを断ち切ることは、彼の主要な政策の一つでしたから。

その上、彼マッカーサーが主唱者となって「日本人キリスト教徒戦死者祈念礼拝堂」といったような一種の記念教会を建てるための資金集めぐらいはしたかも知れません。
今、日本にある国際基督教大学は彼の主唱で内外から資金を集めて建てられたと聞いておりますから。

またこうなっていれば「靖国問題」も起る余地がありません。
というのは「神道の戦死者の霊廟にのみ国家が援助を与える」ということは、政府にとっては不可能だからです。

しかし、言うまでもなく前記のようなことは起りませんでした。

それだけでなく「キリスト教徒の『英霊』が神道の神社に奉祀されている」という事態を、日本のキリスト教徒は、宗教上の問題として公にこれを取り上げようとは一度もせず、政治問題になるまで放置してきました

ということは、

こういう事態が純粋に宗教上の問題として日本人のキリスト教徒および神道の信徒に影響を与え、神道の側からもキリスト教徒の「霊」を神聖な神道の神社に祭ることは不適当だという議論(われわれにはこれが常識ですが)も出て、それぞれ神学上の問題としてこれを討議し、その結論に基づいて、これを実際問題として処理するよう迫られる、といったようなことは全くなかったわけです。

従って、これは初めから宗教上の問題ではなかったから当然のことだといえばそれまでですが、一度これが政治上の問題になりますと、たちまち、デモ、ハンスト、声明、陳情等々となり、キリスト教関係の雑誌や新聞には激越な口調の議論が次から次へと展開されることになりました

そして、前記の宗教上の問題点も、この政治問題に付随して二十数年目にはじめて現われてきました。

だがこれは余波のようなもので、私は予言してもよいのですが、この政治問題が片づけばもうそれですべては終りで、過去二十数年間と同じように「キリスト教徒の『英霊』が神道の霊廟に奉祀される」という世界いずれの国でも想像に絶する奇妙な状態は、半永久的につづくと思います。

だがこの点をみて、日本人には宗教上の問題を宗教上の問題として解決する能力がないとか、日本人は宗教的に潔癖でないとか考えれば、それは誤りであって、日本教では政治的解決がすなわち宗教的解決であって、それですべてが解決しますから、みなが解決済みとしてその問題を忘れてしまうのです。

日本政府とは「日本教団政務院」のようなものですから、従って日本では西欧のような「政教分離」はありえません
靖国問題もその一つの証拠です。

以上の私の言葉に対して、日本のキリスト教徒は非常な反発と嫌悪を示し、この言葉を一種の「利敵行為」のように受け取り、非常に温厚な人でもおそらく「今まで放置してきたという点では一言もない、反省はする。しかし今の時点でそういうことを言われてはまずい」というような返事をすると思います。

これが典型的な日本人の考え方で、この「まずい」はもちろん政治的にまずいという意味で、相手の言っていることの正否より先に、その言葉の作用する政治的効果(もしくは逆効果)だけが咄嗟に判断され、それにのみ気を奪われて、他のことは一切耳に入らなくなります

まさに「天才」の証拠ですが、また天才のやり方は、われわれ凡人には何とも理解に絶することになります。

(~中略~)

以上にのべましたように、日本においては宗教上の問題は実は政治的問題であり、これを裏返せば政治上の問題もまた宗教的問題になって、両者を分けることが不可能に近いことがおわかりでしょう。

(後略~)

【引用元:日本教について/日本人の政治的反応度/P85~】


日の丸・君が代に反対する教師達の主張というのも、引用文中の日本人キリスト教徒の(憲法に定められた「信教の自由」に反するだけでなく、日本を再び侵略戦争に駆り立てることになるという)主張とまさに瓜二つですね。

またこれは、以前、ご紹介した「なるなる論」の類いでもありますね。

思うのですが、「天皇を政治利用してはならない」という主張をすることを以って、政治的に逆用する「形」をつい最近の政局においても見かけましたが、結局のところ、日の丸君が代問題もこの「形」なんですね。

「思想信条の自由を侵してはならない」という金科玉条の主張をすることで、自らの(日本のディグニティを貶めるという)政治的意図を達成しようとする。

まさに”政治的天才”ならではの行動です。

「共同体意識を育む」という”教育上の問題”を、教育上の問題として処理せずに、政治問題化することによって、自らの政治的意図を達成しようとする。

彼ら反対教師達にとって、「思想信条の自由」とは単なる”道具”でしかなく、また、子供の教育の問題という意識は始めから眼中にありません。

それでいながら、「思想信条の自由」を侵された”被害者づら”を気取る。
まさに偽善者と言ってよいのではないでしょうか。

そんな彼らに、教育者としての資格があるとはとても思えません。

(ちなみに、私自身も日本人であるので、”政治的天才”的行動を取ることは否定できません。しかしながら、それは日本という共同体社会を良くするという目的であれば、ある程度は許されると考えています。

ただ、今回の教師達のように自らの政治的意図を達成する為なら、子供でも利用するという態度は取るべきではありませんし、慎むべきだと思っています。)

それはさておき、この問題も、ベンダサンが予言しているように、政治的解決が図られれば(既に図られつつありますが)、いずれ忘れ去られてしまうでしょう。

この問題自体は、もうそれほど政治問題化することはないでしょうが、左翼は手を変え品を変え、同様の論理を以って政治問題化しようとするでしょう。

そうした動きには今後も注意していく必要があるのではないでしょうか。

しかしながら、余談になりますが、上記の靖国神社に祀られているキリスト教徒の英霊を巡る日本人の対応について書かれた記述を読むと、ベンダサンが指摘するように、日本人は皆「日本教徒」なのであって、その日本人がキリスト教を信じていようが、仏教を信じていようが、それは単にそれぞれキリスト教系日本教徒、仏教系日本教徒に過ぎない。というのもうなずける話ですね。

これでは、政治問題化しない限り、宗教問題として扱われないのも当然なのかも知れません。


【関連記事】
◆「なるなる論」法からの脱却を目指そう/~日本人の思考を拘束している宿命論~
◆日の丸・君が代強制問題は、決して「思想・信条の自由」の問題ではない。



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コメント

ん~
山本七平って宗教方面はからっきしダメなんですね。
アニミズムと道教の合体=神道(ちなみに天皇という文字自体、道教経典からですね)。そして仏教との合体。
本地垂迹の問題と逆本地垂迹の問題。
さらには御霊信仰や大権現に見られるような人間の神々。
そして中世に入り民間信仰としての仏教や神道が浸透し、日本の宗教が洗練されていきます。
「阿弥陀さま、すなわち自然である」と言ったのは親鸞さまですが、日本教なるものがあるとすれば、それは靖国のようなものではなくアニミズムよりもっと体系化された自然信仰です。
もちろん一神教的(キリスト教のパクリ)な明治政府の国家神道などではありません。
つまりそれを側面から支えたのが、中国的ではない原始的な道教(=神道)と、仏教に張り付いた道教のコアな理論体系です。
ちなみに中国も根っからの道教ですが、アレは心の自然を求めて退化していったというべきか、それとも進化したというべきか。。
いずれにせよ、我々から見ると中国人が我がままに見えるのは、心の自然を求めて突き進んだ結果です。

ともあれ日本の場合、直接的には浄土信仰や禅の日本での進化と、幅広い受容によって、自然に帰依することや一体となることが日本的な宗教観になります。

つーかなんで日本の保守層は自分達の歴史に疎いわけ?

  • 2010/07/25(日) 20:09:03 |
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  • キンピー #-
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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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