一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本的思考の欠点【その1】~尖閣諸島問題と中村大尉事件の類似性~

最近の尖閣諸島問題を巡る中国の横暴ぶりには私も怒りを禁じ得ません。
しかしながら、この問題を巡る日本のネットやマスコミでの議論を見ていて、その過熱ぶりにはちょっと危惧の念を感じています。

というのも、山本七平が「ある異常体験者の偏見」において指摘した”日本的思考の欠点”がそっくりそのまま”もろに”表出しているように思われるからなのです。

それは、日本的思考は常に「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなるという欠点なのですが、今回の尖閣諸島問題についての議論でも非常にその傾向が強く表れていると思います。

そこで、今回以降、何回かに分けて山本七平が指摘したこの欠点について記述した箇所を引用紹介していきます。
では引用開始。

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)ある異常体験者の偏見 (文春文庫)
(1988/08)
山本 七平

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マッカーサーの戦争観

個人の体験は、その骨子を相当正確にメモしてあり、さらにそれをあらゆる方法で自ら検証した記億でおぎなっても、はじめから何しろ視点が一つだから、事件の全体を正確に再現することは不可能であろう。

だが「アパリの地獄船(註)」については、幸い、同じ船倉内におられたF氏からお手紙をいただいたので、それに基づいて、次に少し補足させていただく。
(註)…日本軍捕虜をフィリピンのアパリ港からマニラに運んだ船のことを指す。食糧を与えずに捕虜を輸送したことから、米軍による「パターンの行進」の復讐とまで言われた。山本七平もこの船で運ばれた際、飢餓に苦しんでいる。その様子については同書の「アパリの地獄船」「鉄梯子と自動小銃」の章にて詳しく取り上げられている。

前略
秋冷の候貴下ますますこ健勝のことと存じます。
一面識もない小生が書簡を出しましたご無礼をお許しいただきたく存じます。

貴下が文春に発表されました「アパリの地獄船」を拝見し、その時に乗船したP・W(捕虜)の一員として、終戦前後のつらかった当時の思い出を回想するうちに、まっさきに「飢餓」が浮び出しました。

忘却の彼方に追いやられようとしていた、苦しい体験を通じての貴重な数々の追憶が断片的に思い出され、万感胸にせまって参りました。
小生は目下、大阪市立中学校の教頭として勤務いたしておりますが、現在の教育界の激動の中に、混乱と将来への正常化に対処するにはどうすればよいか迷っております。

当時、豊橋第二陸軍予備士官学校十一期の幹候として、十九年八月に南方軍要員としてマニラにむけ出帆、輸送船江尻丸、アラビヤ丸、帝雄丸が三度撃沈され、九死に一生を得て、ツゲガラオ北東カガヤン河支流のジャングルの中で、米比軍との戦いというより飢餓・マラリヤ・雨期の泥濘・回虫・下痢との戦いにあけくれ、やっと終戦を迎えました。

貴下こ発表の飢えについての食物の禁断状態、意思に反して手が動く、正常な思考力は停止、飢える側の論理、飢えが起す虐殺などの貴重な論文を拝見し、同じように体験した者として、文春に発表されたことを有難く心からご同慶に存じております。

さて例の地獄船のことですが、今まてにどなたかが発表されないかと思っておりました。
船橋にドナルド・ダックでしたか、大きく漫画を描いた派手な船でしたが、アバリからマニラに回漕する船をP・Wの輸送船として利用したと聞いていました。
小生の記憶では、ジョン・エル・エリオット号と思いますが、間違っているかも知れません。

船内のようすは貴下のように、正確には分らなかったのですが、くわしく発表されたのを拝見して当時を追憶しています。
小生の記憶では自動小銃をもった兵隊が、鉄梯子の上で船倉内を監視していて、梯子をのぼり、水を飲みにでるP・Wから、なけなしの財産である時計・万年筆などを強奪していました。

(中略)


船名は私はおぼえていない。
また自動小銃をもった歩哨による「時計・万年筆」の強奪は、このときは目撃した記憶はない。

しかし、この「強奪」は、非常に広範囲にかつ継続的に、その機会さえあれば必ずといってよいほど頻繁に行われたことなので、おそらく、私が甲板にあがったとき偶然それを目撃しなかったというだけで、当然、行われたであろう。

もし行われなかったら、その方が例外中の例外だから、あって当然である。
そしてこの「強奪」は、非常に強い一種のショックになって、後々まで人びとの記憶に残っていたからFさんが憶えておられるのも、ごく自然である。

このショックは単に「物をとられた」ということではなく、「将来は何も予測できず、現実には白昼公然と強奪されても、抗議すら出来ない全く無抵抗の状態」すなわち「何をされるか」全く予測できないし、「何をされても、たとえ殺されても、海に投げこまれても、どうにもできない状態」に自分たちが陥ったという事実を、否応なしに思い知らされたショックである。

従って経済的に全く無価値なもの、たとえば階級章・星章等を、スーヴェニアとして故国に持ち帰ろうとする彼らにはぎとられたときも、人びとは同じショック、時にはさらに強烈なショックさえ感じていた。

これらはいわば個人の「主権の侵害」のような事件だから、ある面では「金大中事件」と似ているのかも知れない――とられることによって生ずる経済的実害は「皆無」だという点において。

しかし処理が一番むずかしいのは、むしろこういった場合、すなわち原則として「経済的賠償」の対象となりえない「侵害」事件の処理ではないであろうか

この点で、金大中事件でいわゆる「世論」が激高し、大森実氏の「笑い転げずにはいられない田中内閣のヘッピリ腰、米韓戦争かクーデターかの大事件を……」といった論調から援助中止・対韓断交・日韓もし戦わばといった形に論議がエスカレートしていくと、私は何となく少年時代の「中村大尉事件」を思い出さざるを得なくなった。

中村大尉事件は、満州事変の直前に、満州で中村震太郎大尉と井杉延太郎曹長の二人が何者かに殺された事件である。
従ってはっきりと日本人に被害がある。

もっとも殺人事件とか誘拐事件とかいうのはどこの国でも起ることであり、その被害者かたまたま日本人であったというなら、それはその国の刑事事件にすぎないわけだが、当時の「第六感」では、中国軍に虐殺されたらしい、ということで、それがひどく「世論」を剌激した。

もっともこの問題は当時の人びとには、金大中事件より、はるかに切実な危機感をもった事件であったことは事実らしい。

一番ショックを受けたのは在満邦人で、帝国の象徴である軍人が中国軍に虐殺されても政府が的確な処置をしてくれないのでは、自分たちやその家族の生命の安全は到底保証してもらえないと感じたのであろう。

これは、時計や星章を強奪されるショックの比ではあるまい。
そしてそのショックは当然内地にも連鎖反応を起す。

当時の人の思い出によると、満州問題についてそれまで比較的穏健な論説を張っていた朝日新聞が、これを契機に一挙に強硬論に変ったそうである。
そうなると世論はますます激高し、ついに「中村大尉の歌」まで出来た。

一方政府にしてみれば、何しろ犯人が明らかでないから、動けない。
すると大森氏のいわゆる「内閣のヘッピリ腰」を難詰する「世論」はますますエスカレートした。
こういうときは特に「世論」にあおられた「純真」な「青年将校」はもう手に負えなくなる。

青年将校というが、大体、中尉で二十三歳ぐらいのはず、いわばゲバ学生に毛の生えたような存在、特に幼年学校出身は中学二年修了で社会と隔離されて「純粋培養」された特殊人間だから、ジャーナリステイックで刺激的な「世論」に対して全く免疫がないので、何かあると、興奮の余り酔っぱらったようになってしまう。

従って彼らの目には常に「冷静」が「異端」に見え、自分同様に激高しない人間は、だれかれかまわずきめつけるということになる。

しかもこういう若者が、一個中隊ぐらいの兵力は動かせるのだから恐ろしい。
従って冷静な人はロがきけない

興奮の連鎖反応で国中がわきかえっているとき、やはり「第六感」があたっていた。
もう始末におえない。

そして柳条溝鉄道爆破から、満州事変へと突入していく。
これを後で見ると、非常に巧みな世論操作が行われていたように見える

というのは、この状態でもなお、関東軍の首謀者は「世論」の支持を四分六分で不利と見ていたそうだから、当然、中村大尉事件がなければ「世論」の支持は得られず、満州事変張作霖事件のような形で、責任者の処罰で終っていたであろう。

そのためか、私が収容所にいたころ、「中村大尉事件」も軍の陰謀で日本軍の「密命」で中国軍が殺したのだろうと極論する人までいた。
もちろん事実は、そうでないのだが、「世論操作」という面でそう見たくなるぐらい、この事件が与えた影響は決定的であったことは否定できない。

だがしかし、私はこの事件を「不幸なる偶然」というふうには見ない

というのは中村大尉事件であれ金大中事件であれ、事件そのものは一つの「突発事件」にすぎまい。
そして、こういう事件は、もちろん全く予期せずに起り、予期せずに起るがゆえに「突発事件」なのである。

そして、これが他国に起因する場合は、日本人自身がいかに心しても、日本人の意思で、その突発を防ぐことはできないわけである。

そこで、昔も今も起ったように今後も当然起るであろう。

従って問題は、そういう事件が起るということ自体にあるのでなく、むしろ、起った場合に、その「事件は事件として処理する能力」が、われわれにあるか否かが、今われわれに問われている問題だと私は思う。

(次回に続く)

【引用元:ある異常体験者の偏見/マッカーサーの戦争観/P195~】


今回の尖閣諸島問題についての対処については、当事者たる菅内閣には、事件を事件として処理する能力が見事なまでに無く、事件を大きくするばかりの稚拙な対応しか出来なかったのは明らかです。

しかしながら、菅内閣の無様な対応に憤りを感じるのは、まぁ仕方ないのですが、真の問題は日本人自らが事件を事件として処理出来るか否かだと思います。

中国への対応が喧々諤々論じられていますが、威勢の良い対抗策を主張している人たちは、そもそも中国人という人たちがいかなる人間なのか理解した上で主張しているのでしょうか?
ひょっとして同じ日本人に応対しているような”気分”で論じているのではないでしょうか。

そうした意識でいる限り、正しい対応を取ることは望めないように思うのですが…。
正しい対応を取る為には、まず相手を知り、そして自らを知る必要があります。
しかしながら、威勢の良い主張をする人たちほどそれが出来ていないように、私には思えてなりません。

それはさておき、次回は、「事件を事件として」処理するとはどういう事なのかについて書かれた記述部分を紹介してまいります。
ではまた。

【関連記事】
◆日本的思考の欠点【その2】~「感情的でひとりよがりでコミュニケーション下手で話し合い絶対」という日本人~
◆日本的思考の欠点【その3】~敗戦直後の「実感」を消失させた「マックの戦争観」と「平和憲法」~
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◆「私の責任=責任解除」論③どうして日本は中国問題で失敗を繰り返すのか
◆「一知半解人のハッスル=頓馬なセンセーショナリズム」がもたらす危険
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◆「自己の絶対化」と「反日感情」の関連性~日本軍が石もて追われたその理由とは~


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コメント

Animal trailさんへ

Animal trailさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

私もネットでちらほら見かけただけですから何ともいえませんが、秋葉原のデモはちょっと問題ありそうですね。

デモをやるにしても、ゼノフォビアを前面に出すような人たちには、困ったものです。
なんとなく幕末の神がかり的な攘夷論者を彷彿とさせますね。

  • 2010/10/21(木) 23:34:56 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

尖閣諸島と秋葉原をシナから守れ!デモ行進」

恥ずかしながらこのデモに参加したけど、
集まったのは明らかに社会に出てないのが丸出しの人ばかりで
始めてリアルでミンスとかチョンとか言ってる人を見て冷めてしまったよ
デモで大使館の周りを歩いたりもするんだけど、一般人の痛々しい目に耐えられなくて途中で抜けてしまった
そしていわゆるコピペに影響された自分が完全に黒歴史になって死にたくなった

  • 2010/10/21(木) 17:23:57 |
  • URL |
  • Animal trail #b3SwTjQM
  • [編集]

花春さんへ

花春さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

>負けが決まると乾坤一擲の勝負か城を枕に討ち死にのどちらか(これ以外の選択肢を考えずに)を選びたがるとかとか

同じようなことを、山本七平も述べてますね。
「一下級将校の見た帝国陸軍」の中に「みずからを片付けた日本軍」という章でそのことを詳しく説明しています。
日本人は、そういう情況に陥ると、心理的に片付けないと気がすまないらしいです。

  • 2010/10/04(月) 23:08:16 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

日本人に負けが決まったゲームを戦うということが出来ない(勝てると思わないと戦えない)と言ってるひとがいました
負けが決まると乾坤一擲の勝負か城を枕に討ち死にのどちらか(これ以外の選択肢を考えずに)を選びたがるとかとか

  • 2010/10/04(月) 10:05:49 |
  • URL |
  • 花春 #-
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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