一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本的思考の欠点【その2】~「感情的でひとりよがりでコミュニケーション下手で話し合い絶対」という日本人~

前回の記事『日本的思考の欠点【その1】~尖閣諸島問題と中村大尉事件の類似性~』の続き。

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(1988/08)
山本 七平

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前回の続き)

そしてもう一つは、たとえ相手がこういった事件を「事件は事件として」処理したにしても、それが常識なのであって、それを、相手が屈伏したと誤解したり、相手を「弱腰だ」と見くびったりしてはならないこと、そしてこの点においても昔同様の誤りをおかすかおかさないか、ということが最も大きな問題だと私は思う。

太平洋戦争中、「アメリカなにするものぞ」といった激越な議論の根拠として絶えず引合に出されたのが「パネー号事件」であり、「自国の軍艦を撃沈されても宣戦布告すら出来ない腰抜けのアメリカに何ができるか」と「バカの一つおぼえ」のように言われ、今でも耳にタコが出来ているからである。

これは南京攻略のとき、揚子江上にいたアメリカの砲艦パネー号を日本軍が撃沈し、レディバード号を砲撃した事件である。
奇妙なことに最近の「南京事件」の記事からは、このパネー号事件は完全に消え去っているが、当時はこれが最大事件で「スワ!日米開戦か?」といった緊張感まであった。

一体、こんな危険区域で米艦が何をしていたのか、なぜ日本側がこれを撃沈したのか、今では一つの謎だが、探ってみれば何かの真相が明らかになるかも知れない。

というのは、これも「軍部の暴虐と無軌道ぶり」の一例のはずなのに、なぜか表面に出てこないからである。

話は横道にそれたが、「主権の侵害」というのなら、交戦状態にない他国の軍艦を一方的に撃沈してしまうことは、撃沈された方には実にショッキングな「主権の侵害」であり、艦船をその国の主権内にある領土同様と見るなら一種の侵略であって、これの重大性は到底金大中事件の比ではない。

今もし韓国によって日本の自衛艦が砲撃され撃沈されたら、一体どういうことになるか。
金大中事件ですらこれだけエスカレートするのだから、おそらく「日韓断交型」の「世論」の前に、他の意見はすべて沈黙を強いられるであろう。

それと等しい事件のはずである。

だが当時アメリカはそういう態度に出ず「事件は事件として処理した」。
これを日本の「世論」は「笑いころげずにいられないアメリカ政府のヘッピリ腰」と断定した

これは日本政府がそういう態度に出れば、これを弱腰と批判するその基準で相手を計ったことを意味している。
それが対米強硬論の大きな論拠となるのであり、確かに日本の世論が方向を誤る一因となっている。

従って今回の事件も、韓国がこの事件を「事件は事件として」処理した場合、日本の「世論」がこれをどう受けとめるかは、私には非常に興味がある。

個人であれ国家であれ、問題の解決が非常にむずかしいのは、むしろ「相手に非」があった場合であろう。

この場合のわれわれの行動は、常に、激高して自動小銃にぶつかるか、はじめから諦めるか、激高に激高を重ねて興奮に興奮したあげく、自らの興奮に疲れ果てた子供のようにケロッと忘れてしまうかの、いずれかであろう。

といっても私は別に他人を批判しているわけではない。
いざというとき、自分の行動も似たようなものであったというだけである。

「地獄船」という状況を現出した「非」は明らかに相手側にある。
これが事件なら、事件として処理する。

船の責任者に「ジュネーヴ条約第何条によりお前たちはわれわれに一日最低一二〇〇カロリー(だったと思う)の糧食を支給する義務がある」と申し出、あくまでもねばり強く交渉して、その状況下において、相手に、出来る範囲内のことをやらす、という態度に出ることは、激高・興奮・ケロリ型の人間にはできない

また時計等を強奪された場合、「アメリカの陸軍刑法に基づく当該兵への処罰」を要求する、たとえ相手が受け入れても受け入れなくても要求はする、ということもできない。

飛び出すか、泣き寝入りかである。

といってもこれは、今、平静な状態で言っていることであって、餓死寸前の人間には無理なことである。
それはよくわかっている。

しかし、では餓死寸前でないなら、果してお前に以上のことが出来たかどうか、と問われれば、正直にいって、私は自分にも疑問を感じざるを得ない。

というのは、以上のような生き方があるということを、私は、収容所でアメリカ人を見て、はじめて「現実の問題」として知ったからである。

しかし後述するように、日本人にも、方向はやや違うが、実に冷静に事態に対処しえた人もいたのである。

もっとも「飛び出すか、泣き寝入りか」といってもこれは相手が「強い」か「強い」と見たときの態度である。
そしてそのときは自分の言葉は無視されるものときめて、どちらの行動に出ても無言である。

一方相手に「非」があり、しかも相手が弱腰とみればこの逆の態度になり、相手の言い分は全く無視して、「中村大尉事件」のようになる。
また相手が「アクシデントはアクシデントとして処理」すれば、これを相手の屈伏と誤解して居丈高になる

一民族の行き方は、結局は各個人の行き方の公約数のようなものだから、基本的には両者には差はないであろう。
しかしわれわれが、過去において大きな過誤をおかしたと本当に考えているなら、金大中事件の処理は、その過誤を修正する最も良い一つのテストケースであろう。

というのは、この事件は、確かに「主権の侵害」であろうが、日本人はこの事件には関与していない――いわば同じ「主権の侵害」といっても、「中村大尉事件」でもなければ、この逆の「パネー号事件」でもない、あくまでも「他国の政争」が波及して来た結果生じた文字通りのアクシデントである――という点では「事件を事件として処理」するという点で最も処理しやすい事件だと私は思うからである。

従ってこの事件すら冷静に処理できないのならば、過去における日本の行き方を批判する資格は、今の日本人にもないということになるであろう。

話はだいぶ横道にそれたが、それついてにもう少しそれると、私の見た範囲では、金大中事件が日本国憲法との関連において論じられた形跡がないのが全く不思議であった。

「主権の侵害」という言葉が戦後はじめて出てきた、と何かに書かれていた。
これは「主権の侵害」が、戦後はじめて「ジャーナリズム」に取り上げられたということであろう。

多くの戦争の発端が国際間の紛争により主権を侵害された、もしくは侵害されたと感じたときにはじまるわけだから、日本国憲法に定められた通り「国際間の紛争解決の手段として戦争を放棄し」「国の交戦権を認めない」場合、「主権の侵害」という問題の解決はこのようにすべきだ、という議論が当然に出てよいはずだと思ったが、どうもお目にかからなかったように思う。

端的にいってしまえば、この事件は日本側には「パネー号事件」におけるような意味での、いわゆる実害はない。
そして実害がない場合こそ原則通りに行動できるはずである。

従って「平和憲法下における主権侵害問題解決の原則」が何一つ提示されないとしたら、これはずいぶんおかしな話だと思う。

もちろん「経済援助の停止」や「停止」をちらつかせるなどという、過去においてアメリカがさんざん行った愚行、しかも日本のジャーナリズムが常に批判していたその愚行を再演するなら、それは実に滑稽なことたといわねばなるまいし、それが「平和憲法に基づく原則」とはもちろんいえまい。

ではこの問題について、一体われわれに何か明確な原則があるのであろうか
おそらくないであろう

原則がないということは「中立」という概念がないことである。
いうまでもなく中立とは原則の側に立って自己と戦うことであり、この自己自身との戦いぐらい苦しい戦いはあるまい。

スイスの大統領が第二次大戦直後に消耗のあまり死んだという話を聞いたが、中立というのは、元来、一人間を消耗のあまり殺してしまうほどの苦しい戦いのはずである。

それと比べれば、銃をもってとび出す方が、また自動小銃に体当りをくらわせる方が、はるかに安易である。

自己との戦いを避けて最も安易な道を選んだ
そしてその安易な道は、聖書に記されている通り「滅びへの道」であった

確かに中村大尉事件」の最中に、日露戦争の血の代償といわれた「満州の権益」を全部すてて在満邦人を全部引揚げるという道を選ぶことは、絶対に安易な道ではない

第一、そんなことを一言でも口にしたら、「世論」の袋だたきに会うだけでなく、殺されてしまうだろう。

私は今の日本でも、同じような事態が起きたら、こういった道は到底とれないだけでなく、上記のような発言すら出来ないであろうと、金大中事件でしみじみと感じた。

確かにそういう道をとるより銃をつかんで飛び出す方がずっと安易なのである。
すべてに同じことが見られ、原則との苦闘は常に回避される――。

確かに太平洋戦争は苦難の道だが、その道を選ぶにあたっては、常に、最も苦しい自己との戦いを回避して、その時その時の最も安易な方向へと進んだことは否定できない

そして戦後現われたさまざまの戦争批判の中で、常に欠落しているのは、「戦争とは実は最も安易な道だ」という、戦争というものがもつ実に不思議な要素を見ようとしないことである。

この非常に奇妙な点は、平和憲法ができた当時には、理屈ではなしに、一つの実感として人びとの中に残っていたはずである。
そして金大中事件は、私にとっては、「あの実感が、もう完全に消失したんだな」と思わせた事件でもあった。

次回へ続く)

【引用元:ある異常体験者の偏見/マッカーサーの戦争観/P200~】


上記の記述から、幾つか日本人ならではの”問題点”を把握することができるのではないでしょうか。

まず、一つ目として、「日本の世論が感情”多過”である」事が挙げられます。

過去記事『感情国家・日本【その4】~「市民感情」がすべてに優先する日本~』でも同様な指摘がありますが、とにかく感情が最優先されるが故に、判断基準が常に「強硬or弱腰」となってしまう。
これでは冷静な判断が出来なくなるのも無理ないですね。

二つ目には、「異民族とのコミュニケーションが下手である」という事ですね。

「飛び出すか、泣き寝入り」するか、若しくは、相手を無視して「居丈高になる」という極端な行動を取ってしまうのは、異民族との応対の拙さゆえでしょうが、それはやはり、歴史的に対外接触経験が乏しかったことが影響しているのは間違いありません。

特に、自らの思考・行動様式を言語化していないせいか、異国人に言葉で伝えるのが苦手であるわけですが、それが行動に出る際、「無言」となる理由でしょう。

そして、なぜこうした2つの特徴があるのかといえば、やはり日本人は、日本人と異なる思考様式・行動規範をもった「人間」が世界には存在していることを認識しようとしていない、若しくは(無意識的に)認識するのを拒否するからではないでしょうか。

自らと同じ価値観をもった人間こそが、「人間」と呼べる存在であり、そうした「人間」が世界に於いてもマジョリティであると思いこんでいるようにさえ思えます。

だから、(今回、菅政権が譲歩することで、中国側も譲歩するだろうと思い込んだように)当然自分が行動するように相手も行動するはずだと思い込み、そのとおりにならなくなると、一方的に「裏切られた」と思い込む。

自らの期待を裏切った外国人の行動が「人として」許せないし、そうした行動をする外国人は「人でなし」であって、それがエスカレートすると「鬼畜」と一方的に規定してしまう。

すると、相手は「人でなし」の「鬼畜」だから、言葉を使ってコミュニケートしようと思わなくなる。
そこで、相手が強ければ、やけくそになって暴発するか、泣き寝入り。
逆に相手が弱ければ、居丈高になって一方的に対応してしまう。
結局は、ひとりよがりな行動となってしまうわけです。

こうなってしまう理由には、やはり自らの思考・行動様式というモノが、異民族のそれと異なるということを全然理解していないからだと私は思いますね。
そしてそれは、自他の行動規範の相違を認識し、自らの行動規範を言語化・客体化する作業を行なわない限り、根本的な解決は無理だと思います。

続いて、三つ目として「原則との苦闘が常に回避されてしまう」事が挙げられます。

なぜ、原則を貫かず、安易な選択を取ってしまうのかといえば、「話し合い絶対」という原則だけがあるからだ、と私は考えています。

過去記事『「話し合い」と「結果の平等」がもたらす「副作用」【その1】』において、山本七平の記述を紹介済みですが、とにかく日本は「話し合い」が絶対視されます。

それは「和を尊ぶ」がゆえなのでしょうし、それが対「内」問題解決においては理想的な解決法になりえる場合は多々あります。

しかしながら、対「外」問題である場合、内部の和を保つために話し合い絶対を貫けば、それは問題先送りとなったり、場当たり的な対策しか選択できなくなる。

こう考えると、コインの両面のように、「話し合い」という事にも、マイナス面があるわけですが、日本人自らは、果たしてそのことが、日本を破滅に追いやったこととつながっているという「事実」に気付いているかどうか?
非常に疑わしく思います。

さて、次回は「マッカーサーの戦争観」と「平和憲法」との関連性等に関する箇所を引用紹介していく予定です。

ではまた。


【関連記事】
◆日本的思考の欠点【その1】~尖閣諸島問題と中村大尉事件の類似性~
◆日本的思考の欠点【その3】~敗戦直後の「実感」を消失させた「マックの戦争観」と「平和憲法」~
◆日本的思考の欠点【番外】~日本陸軍の特徴と「虚報」作成の一例紹介~
◆感情国家・日本【その4】~「市民感情」がすべてに優先する日本~
◆「話し合い」と「結果の平等」がもたらす「副作用」【その1】
◆「自己の絶対化」と「反日感情」の関連性~日本軍が石もて追われたその理由とは~


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コメント

NTさん、ap_09さん、管理人のみ閲覧さんへ

コメントありがとうございます。
まとめレスですみません。

>NTさん

>こんな文章書いたり、ツイートで人をぶっ叩きまくってる暇があったら、もっと肩の力抜いちゃあどうです?

「肩の力抜け」とのアドバイスありがとうございます。
最近ようやく、「ブログやHPでは一切異論を受け付けない人たちにも短いながらも物申せる」というツイッターの機能がわかってきたので、つい面白くて議論を吹っかけている側面は、自分自身否定できません。

これでは、「火に油をそそいでいる」ように見える方がいてもおかしくはないですよね。

ただ、いかんせん、日頃の不満がたまっているらしく、つい物申してしまいます。
なるべく過激にならないよう努めたいとは思いますが、なにぶん、ツイッターの場合、140文字ということで言葉たらず&表現がきつくなるのは避けられないかも…。
それと、文章の癖はちょっといかんともしがたいのでご容赦の程を。

まぁ、目に余るようでしたら、またご意見くださいませ。


>ap_09さん

コメントありがとうございます。
まぁ、その批判の内容が妥当かどうかはさておき、NTさんも私の言動を見かねてコメントして下さったと思うので、アドバイスとして受け止めさせていただこうと思ってます。

実は鍵コメをくださった方からも、論争の仕方についてアドバイスを頂きまして、自分でもちょっと吹っかけ過ぎたかな…と思っているところです。

しかしながら、論争するにしても節度を保ちつつ…というのはなかなか難しいものですね。


>管理人のみ閲覧さま

アドバイスをありがとうございます。
仰ること、まことにごもっともです。
なるべくアドバイスに添っていきたいとは存じますが、元来、愚昧な人間ですし、上記のように鬱憤晴らしという側面もありますので、今後も見苦しい点があるかもしれません。
あまりにも見かねるようなことがありましたら、この一知半解者に、ご意見くださいませ。
よろしくお願いいたします。

  • 2010/10/11(月) 23:32:43 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2010/10/11(月) 17:04:42 |
  • |
  • #
  • [編集]

NTさんに質問

一知半解さんの見解に全面的に同意するかどうかは、また別の話として、

日本人がまともな自己主張、議論することが下手なのは事実だと思います。

そういう意味でも節度を保ったうえで異なる意見を主張し合える、議論する機会を持つには、ネットは優れたツールであると思っています。

>火に油をそそいでいるのはあなたです。
>こんな文章書いたり、ツイートで人をぶっ叩きまくってる暇があったら、

NTさんのこの表現の方が、ここではブログ主さんを感情的な言葉で非難する表現であり、なぜあなたがそう思うのか、ブログ主さんの意見のどこにそういう問題があると思うのか、根拠を示さなければ、単なる中傷になってしまうと思うのですが、いかがでしょう?

  • 2010/10/11(月) 01:52:50 |
  • URL |
  • ap_09 #-
  • [編集]

火に油をそそいでいるのはあなたです。
こんな文章書いたり、ツイートで人をぶっ叩きまくってる暇があったら、もっと肩の力抜いちゃあどうです?

  • 2010/10/10(日) 23:40:53 |
  • URL |
  • NT #-
  • [編集]

tikurinさん、花春さんへ

コメントありがとうございます。
レスが遅くなってすみません。

>tikurinさん

当時の日本政府も、それなりに「事件を事件として処理」しようとしてたのですね。責任ある立場に立つものなら当然の行動だと思います。
それを軍部が世論を焚きつけてぶち壊した。
軍部の行動をキチンと調べれば、日本は陰謀の被害者だったなどという田母神氏らの主張なんて、ちゃんちゃらおかしいですね。

どこにでも火に油を注ぐ連中がいますが、それに容易に煽られてしまう世論にも困ったものです。
無責任な言動を許せば、どんどん事態が悪化する。
現在の民主党政権なども、無責任な言動を甘やかしてきた結果ではないでしょうか。


>花春さん

日本人の純粋信仰は根強いですからねぇ。
俗事をケガレとみるのも確かにマイナスに働いているように思います。

日本語はロゴス(論理)なきロゴス(言葉)だと、ベンダサンが指摘していたと思いますが、ロジックで突き詰めるのがどうも苦手みたいですね。

  • 2010/10/09(土) 22:37:47 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

感情過多も異文化コミュ下手も全ては日本人の純真(純粋)への信仰からきてると思います
俗事をケガレと見る日本文化の流れなのでしょうか?

あと熱血教室ハーバードみたいな議論(ttp://www.nhk.or.jp/harvard/archive.html)を本気で嫌いどころか不埒なものとして思考すること自体を否定することも・・・
趣旨がなんでこの意見が感情的に受け入れられないかをロジックで構成していくためのものだとしても議論することじたいが不純なものとして排除してしまう傾向があるように思えます。

  • 2010/10/08(金) 05:49:43 |
  • URL |
  • 花春 #-
  • [編集]

世論の戦争責任

 ここで問われていることは、「世論の戦争責任」と言うことですね。満州事変だって、もし世論の支持がなかったら、おそらく起こせなかっただろうし、あるいは、あそこまで問題が拡大することもなかったでしょうから(日中・日米戦争に発展したこと)。この点「戦争責任」と言うことを考える時、全ての責任を「一部の軍国主義者」のせいにして、”国民は騙された”というだけではやはり済まないような気がします。この時はすでに普通選挙が実施されていたのですから・・・。
 それから、中村大尉事件についてですが、軍は、これを口実に軍事行動を起こそうとしていたのですね。でも政府は、これを「事件は事件として処理」しようとした。その結果「謀略による柳条湖事件」となったわけですが、このときの外務大臣であった幣原喜重郎は、この問題をどのように処理しようとしていたのでしょうか。
 張学良は、「旅大回収」まで叫んで日本の条約上認められた正当な満洲権益をも排除しようと”行き過ぎた行為”をしていたわけですが、幣原は、日本の以上のような満洲権益には自信を持っていました。従って、国際世論の支持を確保しつつ事態を”堅実に行き詰まらせ”、その上で、次の手を打とうとしていたのです。その途中、中村大尉事件が起きわけですが、これも、なんとか「事件は事件として」処理した。その後は、南京政府あるいは広東政府とも連絡を取り、張学良の説得あるいはその更迭をも考えていたのです。
 しかし、9/18日に柳条湖事件が起きて、以上のような幣原の外交努力は、軍の相次ぐ強硬策の前に完全に破綻してしまいました。もちろん国民は、幣原を「軟弱」とののしり、軍の強硬策を熱烈に支持しました。山本七平流に言うならば、国民は一番安易な道を選んだ、ということになりますね。 もちろん、この時の張学良の行動や、それに火をつけた王正廷の革命外交に問題があったことは事実ですが、しかし、以上紹介したような外交的処理の可能性もあったのです。
 というのは、この時軍が軍事行動を起こしたその本当の”ねらい”は、実は、このような日本の条約上正当な権益の擁護、ということにあったのではなくて、つまり、それは国民をその気にさせるための宣伝にすぎず、本音は、対ソ、対米戦を想定した満洲の軍事占領と資源の確保、さらには満洲を、日本に軍事政権を樹立するための、いわば革命の前線基地にする、といったような”もくろみ”もあったのです。
 田母神さんたちは、今だに、この軍の宣伝を真に受けて、当時の軍を張学良の”被害者扱い”しているようですが、彼等はそんな”やわな”存在ではなかったのです。張学良のお父さんを、列車ごと吹っ飛ばしたのも彼等ですし(ロシアの謀略説も紹介していましたが)、その犯人を英雄扱いし、裏で使い続けたのも彼等です。満州事変はもちろん彼等の謀略ですが、そのことも国民には隠し通し、極東軍事裁判でもしらを切り、ようやくそれを白状したのはなんと昭和34年のこと。
 感情に振り回される人より、思想的に行動する人の方がはるかに手強いと言うことですね。(以下追記)また、その思想について言えば、その東洋道徳文明vs西洋覇権文明という文明論が、幻想に近かったと言うことで、国民も知らない内にその幻想に巻き込まれてしまったのですね。だって、張学良の行き過ぎを糺すためだけなら、全満州を占領する必要はありませんし、さらに、中国の満洲に対する宗主権を否定する必要もありません。そんな権利は日本にはない。(満洲人にはあっても)。
 この常識がありさえすれば満州問題は後に蒋介石がその不問を提案したように解決可能だったのです。だが、軍はその独特の思想の故に、中国の満洲に対する宗主権を抛棄させようとした。さらに華北五省も傀儡化しようとした。これでは戦争になります。幻想がいかに恐いかと言うことですね。

  • 2010/10/07(木) 01:26:08 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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