一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「私の責任=責任解除」論①

本多勝一といえば、かつての朝日新聞の花形記者だったそうですが、今はどうしていることやら。

その本多勝一とも、イザヤ・ベンダサン(山本七平)は論争を繰り広げていたのですが、今回はその論争の中から日本人の考える「責任の処し方」について、ベンダサンの主張を紹介していこうと思います。

左翼の方々が、なぜ「日本の悪行を取り上げること=戦争責任を果たすこと」と考え込んでしまっているのか?それが日中関係にどのような影響を与えているのか?そのヒントがこの中にあると思いますので。

今回、引用するのは、次の本です。
殺す側の論理 (1972年)殺す側の論理 (1972年)
(1972)
本多 勝一

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この「殺す側の論理」という本は、1972年に初版が出ているのですが、その大半が、1972年1月から4月にわたって「諸君!」誌上で行われたベンダサンとの論争をまとめたものです。

本多勝一はどうやら、この論争に勝ったとでも認識しているのか、このように単行本にしているわけですが、どう読んでも負けてるとしか思えないのですが…。
でも、彼が単行本にしてくれたおかげで、私も読むことができたのには感謝してます。

それでは、まず論争の元となったイザヤ・ベンダサンの記述から引用して行きましょう。

(~前略)

私はそのポスターに異常な衝撃をうけ、結局われわれは永久に日本人を理解できないのではないかと考え、しばらくそのポスターの前に茫然と立ちすくんでおりました。

ポスターには、刑務所の面会室らしい場所があり、面会人と拘置人をへだてる金網が大きく写され、その金網に一人の男が駆けのぼるような姿勢でしがみついています。

映画の題名は「真昼の暗黒」、余白におそらく後から筆書きで「八海事件(*ウィキペディア参照の真相」と書かれ、その下に大きく「司法殺人は許されるか!」と書かれておりました。

私が、日本人は永久に理解できないのではないかと考えましたのは、この「司法(による)殺人は許されるか!」という言葉だったのです。

(~中略~)

私もこの事件については、少しく知識をもっておりましたが、私は全く何の疑いもなく、これは「偽証事件」と考えておりました(もし判決が正しいなら、ですが)。

ある無実の人間が、別の人間の偽証によって死刑の判決をうけたのなら、これは何の疑いもなく「偽証(による)殺人」と考えるのが常識です。

私は何度も、読み違いではないかと、ポスターを眺めました。

しかし何度見なおしても、書かれているのは「司法殺人は許されるか!」であって「偽証殺人は許されるか!」ではないのです。

(~中略~)

日本人には偽証という考え方が全くないのです。
お驚きになるかもしれません。

しかし、ないものはないと申上げる以外にありません。

では日本では偽証をしてもかまわないのか、と問われれば、私が言うのはそういう意味でなく「証言」のない世界に「偽証」はありえないからだ、とでも申上げる以外に言葉はありません。

(~中略~)

真相は別として、映画はあくまでも、Y以外は無実という立場で作られているようです。
それなら、どう考えても、だれが考えても「偽証(による)殺人」のはずです。

だが謳い文句は「司法殺人は許されるか!」なのです。
一体これをどうお考えになりますか。

(~中略~)

この場合、まず最初に問題にされるのが偽証の責任であることは異論の余地がないと思います。

しかし日本では、この偽証の責任を追及せず、無意識のうちに全日本人が、まるで本能的とでもいいたいような態度で、徹底的にこの問題から目をつぶり、避けてしまうのです。

ということは「個人(偽証をした者)の責任は追及してはならない」という確固たる法律があるとしか考えられません。

【引用元:本多勝一著/殺す側の論理/朝日新聞の「ゴメンナサイ」/P95~】

上記の記述は、導入部であって本論ではないのですが、ベンダサンの指摘とちょっと関連しますが、日本人は、偽証というものに対し、警戒がなさ過ぎるような気がしますね。だって、慰安婦の証言一つにコロリと騙される人が未だ多いのですから。

それはさておき、続いてが本題です。ここでベンダサンは、本多勝一記者が朝日新聞紙上で報じた「中国の旅」というルポについて取り上げていきます。ちょっと長くなりますがご容赦ください。

■二 私の責任=責任解除

今日本で広く話題を呼んでいる新聞記事にも「司法殺人」と全く同じ考え方があります。

これは「朝日新聞」が、中国で日本人が行なった虐殺事件の数々を克明に連載した記事で、大きな反響を呼んでおります。

ただ不思議なことは、この記事も、この記事への反響にも、責任(個人の)の追及が全くないことです。

ソンミ事件(*ウィキペディア参照」の報道がカリー裁判となったように、この報道が、中国における虐殺事件の責任者を日本の法廷に立たせることが起りうるか、と問われれば、この連載はまだ終ってはいないが、終った時点においても、日本ではそういうことはもちろんのこと、個人の責任の追及も、絶対に起らないと断言できます

では何を目的としての報道でしょうか。

この事実を示すことによって、ちょうど西ドイツの「非ナチ化法」のような「非軍国主義化法」を制定させ、その法に基づいて、この虐殺事件の下手人、責任者を法廷に立たせ、すべての証人(必要とあれば天皇まで)を喚問し、たとえ「証拠不十分」ですべての被告は無罪になるとしても、この法と法に基づく告発によって日本人の「義」を守るためなのか、といえば、これもまた「そういうこととは思えない」と断言してよいと思います。

従ってこの「朝日新聞」のキャンペーンは、見方によっては、「日本人は、過去はもちろんのこと将来も、たとえいかなる恐るべき虐殺事件を起しても、その責任者を追及し告発し、法のもとで裁くことは一切しない」という非常に恐ろしい宣言をしているともいえます。

これが事実です。

しかし私がこういえば、すべての日本人から「それは見当違いの見方だ」という徹底した反論というより抗議と非難に会うことと思います。

もちろん日本人は一部で誤解されているような「フェアでない民族」ではありませんから、以上の考え方を自己弁護のため自らにだけ適用しているのではなく、自らが被害者になった場合にも等しく適用しているのです(これは見落されがちですが)。

たとえば「原爆反対」の運動はあっても「ヒロシマに原爆投下を命じたトルーマン元大統領(個人)の責任を追及する」ということは起らないのです。

では一体「朝日新聞」は何のためにこの虐殺事件を克明に報道しているのでしょうか。
これによって「だれ」を告発しているのでしょうか。

「だれ」でもないのです。

ちょうど「偽証(による)殺人」を「司法殺人」というように「戦争殺人」「侵略殺人」「軍国主義殺人」を告発しているのであって、直接手を下した下手人個人および手を下させた責任者個人を告発しているのではないのです。

そしてこの虐殺事件を起したのは「われわれ日本人」の責任だといっているのです。

しかし、そう言ったからといって、この言葉を、「われわれ日本人の責任だから、われわれの手で、われわれの法と義に基づいて、その下手人と責任者を告発し、裁判に付することによって、われわれ日本人の責任を果たす」という意味にとってはならないのです。

では一体この「われわれ日本人の責任」とは、どういう意味なのでしょうか?

ここで前便でのべました「坊ちゃん(註…夏目漱石の小説の主人公のこと)」の「狸」氏を思い起こして下さい。

「狸」氏への「坊っちゃん」の批判をそのままここへ適用しますと、

「われわれ日本人の責任だというなら、そう言っている御本人も日本人なのだろうから、そう言う本人がまずその責任をとって、記事など書くのはやめて、自分がまっ先に絞首台にぶら下がってしまったら、よさそうなもんだ」

と言うことになります。

しかしもしそう言えば、この記者はもちろんのこと、「朝日新聞」も識者も読者も非常に怒り、前便にのべましたと同じ論理で、「そういうことを言う奴がいるから、こういう事件が起るのだ」と言われて、この言葉を口にした人間が「責任」を追及されますから、これはあくまでも「ひとりごと」に止めねば、大変なことになります。

これも前便で申上げましたように日本教=二人称の世界では、「それは私の責任」だということによって「責任=応答の義務」はなくなるのに、この論理は逆に「責任だと自供したのなら、自供した本人がその責任を追及されるのは当然だ」としているからです。

もう一度申上げますが、これは日本教では絶対に許されません。
もしこれを許したら、日本教も天皇制も崩壊してしまうからです。

【引用元:本多勝一著/殺す側の論理/朝日新聞の「ゴメンナサイ」/P1401~】

これを読むと、1972年の段階から、日本の戦争責任を巡る態度というものは変っていないような気がします。

常に日本軍の悪行が取り上げられ、それに対し反省の態度を示すことが求められる。
そして、一億総懺悔をすることで、まるで責任を果たしたかの如く思い込んでしまう…。

未だに左翼の方々は、このことを求め続けているようですねぇ。

既に長文となっているので、今日はここまで。
次回②は、日本人の考える責任の取り方とは一体どのような考えに基づいているかを、夏目漱石が唱えた「私の責任=責任解除」論を通して分析することになります。
ではまた。


【関連記事】
◆「私の責任=責任解除」論②「ごめんなさい」と言わない奴が叩かれる日本社会
◆「私の責任=責任解除」論③どうして日本は中国問題で失敗を繰り返すのか


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【追記の理由】
記事をアップした後、読み直して見ると引用の区切りが適切でなかったことに気付きましたので、追記させていただきました。
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