一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

言葉と秩序と暴力【その6】~日本的ファシズムの特徴とは「はじめに言葉なし」~

だいぶ前になってしまいましたが、過去記事『言葉と秩序と暴力【その5】~日本人の秩序は「人脈的結合」と「暴力」から成る~』の続き。

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(1987/08)
山本 七平

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前回の続き)

そして米軍が介入して暴力団が一掃される。
するととたんに秩序がくずれる

何んと日本人とは情けない民族だ。暴力でなければ御しがたいのか」。

これが、この現実を見たときの小松さんの嘆きである。

そしてこの嘆きを裏返したような、私的制裁を「しごき」ないしは「秩序維持の必要悪」として肯定する者が帝国陸軍にいたことは否定できない。

そしてその人たちの密かなる主張は、もしそれを全廃すれば、軍紀すなわち秩序の維持も教育訓練もできなくなると言うのである。

それを堂々と主張する下士官もいた。

いいか。私的制裁を受けた者は手をあげろと言われたら、手をあげてかまわないぞ。
オレは堂々と営倉に入ってやる。
これをやらにゃ精兵に鍛え上げることはできないし、軍紀も維持できない
オレはお国のためにやってんだ。
やましい点は全然ないからな。
いいか、あげたいやつは手をあげろ


そしてこの暴力支配は将校にもあり、部下の将校を平気で撲り倒し、気にくわねば自決の強要を乱発し、それをしつつ私的制裁絶滅を兵に訓旨していた隊長もいる

石田徳氏は『ルソンの霧』(朝日新聞社)で自決強要の恐怖すべき現場をそのままに記しておられるが、こういった例は決して少なくない。

収容所は、それらがただ赤裸々に出てきたにすぎない

そしてここまで行かなくとも、暴力一瞬前の状態に相手を置き、攻撃的暴言の連発で非合理的服従を強要するのは、だれ一人不思議に思わぬ日常のことであった
そして戦後にもこれがあり、多人数の集中的暴言で一人間に沈黙を強いることを、だれも不思議に思っていない

なぜか。
なぜそうなるのか。

軍隊にはいろいろの人がいる。
動物学を学んでいたYさんは、これを「動物的攻撃性に基づく」秩序だと言い、収容所とは鶏舎で、その秩序はちょうど「トマリ木の秩序」と同じだと言った。

雄鶏は、最も攻撃性の強いものがトマリ木の一番上にとまり、その強さの序列が上から順々に下がりトマリ木の序列になる、と。

帝国陸軍は、「攻撃精神旺盛ナル軍隊」だけを目指したから、動物的攻撃性だけが主導権をもち、野牛(バッファロー)の大群が汽車に突撃するような攻撃をし、同時にそれを行うための秩序が、暴力という動物的攻撃性だけの「トマリ木の秩序」になった、と。

そう言われれば「戦後的ケロリ」は、攻撃が頓挫した野牛群が、ケロリとして草をくっているのと同じことなのか?

また軍制史の教官だったというA大佐は、日本軍創設時に原因があると言った。

そのころは、血縁・地縁を基礎とする自然発生的な村落共同体が厳存していたころで、その中の若衆制度という、青年期の年次制「組」制度が輸入の軍隊組織と結合し、若衆三年兵組、二年兵組、初年兵組という形になり、その実質には結局手がつけられなかった

そのうえ陸軍は自然発生的な村の秩序しか知らず、組織をつくって秩序を立てるという意識がない

これはヨーロッパの、アレキサンダー大王のマケドニア方陣以来の、幾何学的な組織という考え方とそれを生み出す哲学が皆無なため、そういう組織的発想に基づく軍隊組織とは、内実は全くの別ものになった。

従って軍人勅諭には組織論はもとより組織という概念そのものがなく、「社儀を正しくすべし」の「礼」だけが秩序の基本だった。

だから外面的な礼儀の秩序が虚礼となって宙に浮くと、暴力とそれに基づく心理的圧迫だけの秩序になってしまった

一人への公開リンチによる全員への脅迫が全収容所を統制し得たのと非常によく似た形、すなわち一人の将校を自決させることによって、全将校とその部下を統制し、同時に私的制裁が末端の秩序を維持するという形になってしまった、と。

いろいろな原因があったと思う。
そして事大主義も大きな要素だったに違いない。

だが最も基本的な問題は、攻撃性に基づく動物の、自然発生的秩序と非暴力的人間的秩序は、基本的にどこが違うかが最大の問題点であろう。

一言でいえば、人間の秩序とは言葉の秩序、言葉による秩序である。

陸海を問わず全日本軍の最も大きな特徴、そして人が余り指摘していない特徴は、「言葉を奪った」ことである。
日本軍が同胞におかした罪悪のうちの最も大きなものはこれであり、これがあらゆる諸悪の根元であったと私は思う。

何かの失敗があって撲られる。
違います、それは私ではありません」という事実を口にした瞬間、「言いわけするな」の言葉とともに、その三倍、四倍のリンチが加えられる。
黙って一回撲られた方が楽なのである

海軍二等水兵だった田中実さん戯画の「〈泣いている兵隊〉言い訳すればするほど徹底的にやられた。無実の罪がくやしくて泣く」は、この状態をよく表している。
そして、表れ方は違っても、その基本的な実情は、下級将校も変わらなかった。

すなわち、「はじめに言葉あり」の逆、「はじめに言葉なし」がその秩序の出発点であり基本であった

人から言葉を奪えば、残るものは、動物的攻撃性に基づく暴力秩序、いわば「トマリ木の秩序」しかない
そうなれば精神とは棍棒にすぎず、その実体は海軍の「精神棒」という言葉によく表れている。

日本軍は、言葉を奪った

その結果がカランバン(註)に集約的に表れて不思議ではない。
(註)…フィリピンの戦犯容疑者収容所があった場所。

そこは暴力だけ
言葉らしく聞こえるものも、実体は動物の「唸り声」「吠え声」に等しい威嚇だけである。

他人の言葉を奪えば自らの言葉を失う

従って出てくるのは、八紘一宇とか大東亜共栄圏とかいった、「吠え声」に等しい意味不明のスローガンだけである。
人は、新左翼の言葉がわからないというが、軍部のスローガンも、実はだれにもその意味内容がわからなかった。

一体その言葉でどういう秩序を立てて、その中に自らが住みかつ人びとを住まわすつもりなのか、言ってる本人ですらわからない

清水幾太郎氏の『わが人生の断片』に、ビルマ人に大東亜共栄圏の意味をきかれ、咄嵯に「アジア合衆国」と言って問題になり、それは「千成瓢箪」だと答えよと言われた面白い記述がある。

これがさらに八紘一宇となれば、一体それが、具体的にどんな組織でどんな秩序なのか、言ってる本人にも不明である。
こういうスローガンはヤクザが使う「仁義」という言葉と同じで、すでに原意なき音声であり、言葉を奪うことによって言葉を奪われた動物的暴力秩序が発する唸り声と吠え声にすぎない

日本的ファシズムの形態を問われれば、私は「はじめに言葉なし」がその基本的形態で、それはヒトラーの雄弁とは別のものだと思う。
彼のようなタイプの指導者は日本にはいなかった。

”解放者”日本軍が、なぜ、それ以前の植民地宗主国よりも嫌われたのか

それは動物的攻撃性があるだけで、具体的に、どういう組織でどんな秩序を立てるつもりなのか、言葉で説明することがだれにもできなかったからである。

大東亜共栄圏とかけて何ととく」
「千成瓢箪ととく」
「ココロは、大きな瓢箪(日本)のまわりに小さな瓢箪(各国)がついているから」。


これはナンセンス・クイズであって説明でない。

説明できないはず、本人にもわからない「吠え声」なのだから――結局、日本軍は東アジアという広大な”カランバン”の動物的攻撃性的秩序に、現地人を巻き込んだだけであった。

従って一番気の毒なのは、そのスローガンを信じて協力した「ガナップ」(日本軍に協力した比島の武装団体)のような、対日協力者である。

大学紛争のとき、ある教授からある大学内の実情をきき、私は思わず「そりゃカランバンです」と言ったが――言葉によって自らの秩序を自ら立ててその中に住むか、言葉を奪って動物的攻撃性の「トマリ本の秩序」の中に住むかは、修正資本主義か社会主義かといった「高尚」な問題を論ずる前に、まず自らのうちで決断しておくべきことであろう。

そしてそれは決断の問題であって、知能の問題ではない
というのはあのビックリ伍長でも、おそらくできることなのだから。

(後略~)

【引用元:一下級将校の見た帝国陸軍/言葉と秩序と暴力/P301~】


上記の記述を読むと、この問題はいまだに何の解決もなされていないように思う。

なぜ、日本人は、「言葉による秩序立て」が行なえないのか?

なるほど、今の日本の組織は、とりあえずは西欧のそれを参考にして運営されています。
しかしながら、それは本当に自ら会得したものではない。
西欧の組織形態を外形的に導入しながらも、その内実は「年次的秩序・人的結合による秩序・礼に基づく秩序」に則り”根回し・話し合い”で動かしているのが実態でしょう。

平時はこれでなんとか運営していけるのかもしれない。
平時なら、それをやっていられる余裕があるから。
しかし、いざ危難の時となった場合、「暴力による秩序立て」という”地金”が出てしまうような恐れがあるのではないでしょうか。

それはやはり、一皮向けば日本の組織というものが、戦前となんら変わらず「年次的秩序・人的結合に依存する秩序・礼に依存する秩序」に基づいて動かされており、「言葉による秩序」に基づいていないからかもしれません。
また、空気に支配されやすい特徴や、言霊の影響から抜け出せていない事も作用しているのも一因かもしれない。
また、異民族との接触が少なかった故に、軍隊と言う最強の組織を考える必要に迫られなかったことも影響しているのかもしれない。

しかしながら、今後、戦前の大失敗の二の舞を踏まない為には、日本自らの組織論というものを「言語化」して「体系化・客体化」し、意識的に「再把握」して自らのものにしていく必要があるのではないか…と山本七平の組織論を読むたびに思う次第です。
最後に、この「秩序と暴力」問題について山本七平が出した結論を紹介しておきましょう。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
(2004/03/10)
山本 七平

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前回の続き)

小松氏が記しているように、日本軍を支えていたすべての秩序は、文化にも思想にも根ざさないメッキであり、つけ焼刃であった。

そして将校すなわち高等教育を受けた者ほどメッキがひどく、従ってそれがはげれば惨憺たる状態であった。
しかもメッキは二重にも三重にもなっており、それは逆に、生地まで腐蝕し、ひとたびそれがはげれば、メッキを殆どうけていない兵士たちよりひどい醜状をさらした。

従って人びとは、自己の共通の文化に基づく秩序を把握できない
すべての人の見方・考え方・価値はばらばらであり、これは、小松氏の記している通りに、将校区画が一番ひどかった。

私は、この区画から、毎日、設営工場に出勤しており、そこで、捕虜の中から選抜された最も優秀な家具職人や建具職人と過していたので、小松氏が、兵隊の収容所の方がはるかに立派だし、居心地もよい、と書かれているのがよくわかる。

ここの方が、何ら虚飾のない、伝統的文化に基づく一つの秩序すなわち文化があった。
特に職人は立派であり、彼らはその技術においてアメリカ人よりはるかにすぐれ、従って何の劣等感もなく、また完全に放置しておいても、すぐに自ら職人的な秩序をつくり出していった。

従って暴力的秩序などは皆無であり、そしてそういう場所には、彼らは絶対に入ってこようとはしなかった
隙がなかったのである。
いかなる暴力団もここには勢力をのばすことは不可能であった。

では一体、将校区画では、何かゆえにあのような暴力支配を生み出したのか。
なぜ、暴力があれば秩序があり、暴力がなくなれば秩序がなくなったのであろう。

理由は、一言でいえば「文化の確立」なく、「思想的徹底」のないためであったが、もっと恐ろしいことは、人びとがそれを意識しないだけでなく、学歴と社会的階層だけで、いわれなきプライドをもっていたことであった。

ある者は、はげたメッキをはげてないことにして軍隊的秩序を主張し、あるものは表層がはげた時二層の社会正義”雲上・おくげ的社会主義”を主張し、ある者ははげたメッキの上にアメリカ型民主主義という再メッキをしてそれを主張した。

しかし、各人は、自らの主張に基づく行動を自らはとらなかった
そして自らの行動の基準は小松氏の記す「人間の本性」そのままであった。
そのくせ、それを認めて、自省しようとせず、指摘されれば、うつろなプライドをきずつけられて、ただ怒る。

そして、そういう混乱は、兵士の嘲笑と相互の軽侮と反撥だけを招来し、結局、暴力と暴カヘの恐怖でしか秩序づけられない状態を招来したわけである。

われわれはここに、日本全体がいずれは落ち込んでいく状態の暗い予兆を見るような気がした

それは小松氏だけではない。
そしてそうならないための、真剣な模索は小松氏の、ここに引用した以外の文章にも、所々に表われている。

だが、戦後の日本は常にこの模索をさけ、自分たちを秩序づけている文化とそれを維持している思想すなわち各人の自己規定を探り、言葉によってそれを再把握して、進展する社会へ維承させようとはしなかったのである。

従って、小松氏のあげた第十六条と第十八条(註)は、まだ達成されず、将来の課題としてそのままに残されている、と私は考えている。
(註)…「第十六条:思想的に徹底したものがなかったこと」/「第十八条:日本文化の確立なきため」

(終了)

【引用元:日本はなぜ敗れるのか/第四章 秩序と暴力/P120~】


【追記】
余談ですが、この記事を取り上げたキッカケのひとつに、小沢一郎の存在があります。

考えれば考えるほど、彼ほどの「言葉なし」の政治家はいないように思います。
説明責任から逃れまくり、金・恫喝・数の力で政治を仕切るのが実に上手い。
日本型ファシズムの形態を体現するような人物だと思ってます。

そうした人物が自由に跋扈するようになれば、戦前の二の舞を演じかねない。
それを防ぐ為にも、小沢一郎は糾弾されねばならない。
単純で浅慮かもしれませんが、そう思わずにはいられません。


【関連記事】
◆言葉と秩序と暴力【その1】~アンチ・アントニーの存在を認めない「日本軍」~
◆言葉と秩序と暴力【その2】~「戦犯収容所」の”暴力政治”の実態~
◆言葉と秩序と暴力【その3】~日本軍捕虜の「暴力的性向」を嘆いた日本人~
◆言葉と秩序と暴力【その4】~自ら”秩序”立てるイギリス人~
◆言葉と秩序と暴力【その5】~日本人の秩序は「人脈的結合」と「暴力」から成る~


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コメント

ap_09さんへ

ap_09さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

今回、nogaさんから頂いたコメントは、私自身なかなか理解しきることが出来ていない状態なのですが、考えさせられる事が多々あるのではないかと思っています。

>英語というのは時制に大変敏感な言語だそうです。喋る時はそれほど指摘されませんが、文章を書く時には時制の一致は重要で、間違えたり混ぜこぜにすると意味をなさないみたいですね。

なるほど、英語は苦手でさっぱりなのでよくわかりませんが、時制の一致とは、文語の場合、重要なのですね。

>こういうところも、言語がひとの内面世界を決めているという感じがします。

そうですね。言語の特徴がその人の行動原理を決定しているのかも知れません。
言語というのは、ある意味、プログラムやOSのようなモノと解せば、人はそれに従うコンピューターマシンのようなモノなのかも…。
意外に重要な要素であるような気がしてきました。

  • 2010/12/25(土) 01:25:32 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

横レスすみません

横レスと、記事からそれたコメントですみませんが、とても示唆に富んだコメントだったので

「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」というのはアメリカ人が好きな考えだと思っていたんですが、時制をからめると、私のような日本人が解釈していることとは違うのかもしれませんね。
「万物は流転す」とかいっても、結局輪を描いて元のところに戻って来るという感じがどこかにあります(仏教の輪廻とか)。変化しつつも閉じた世界、普遍な丸い世界なのに対して、時制に敏感なアメリカ人の“変化”は直線上を移動して行って、同じところには二度と返って来ない世界観なのかもしれないですね。

安定に慣れ切っている日本人とは、アメリカ人はたとえ裕福に暮らしている人でも、変化に対する緊張感が違うのかもしれません。

英語というのは時制に大変敏感な言語だそうです。喋る時はそれほど指摘されませんが、文章を書く時には時制の一致は重要で、間違えたり混ぜこぜにすると意味をなさないみたいですね。

こういうところも、言語がひとの内面世界を決めているという感じがします。

  • 2010/12/24(金) 10:36:31 |
  • URL |
  • ap_09 #-
  • [編集]

レスが大変遅れて申し訳ないです。

>花春さん

こんばんは。
レスが大変遅れてすみません。

>他の方が書いた本によると収容所の件はわざとそれまでの組織がなりたたないように分解再構成したらしいですね(反乱を防ぐって意味でも当たり前なんですが)

そういえば、山本七平も同様の指摘をしてましたね。
そうした無秩序の状態にしてみたら、暴力支配が現出してしまったという事実は、ちょっと無視できないですよね。
よくよく日本人の組織と言うものを調べてみる必要がありそうです。


>nogaさん

初めまして。レスが大変遅くなってすみません。
非常に示唆に富むコメントをありがとうございます。

nogaさんの教えていただいたHPを少し拝見しましたが、何となくわかるところもあるのですが、用語も専門的なところがある所為か、すぐには理解できない部分も多々ありました。

そもそも、時制という用語自体、よくイメージができなかったのでググって調べてみたぐらいですから(汗)

検索に掛かった記事で参考になったのは次のブログ記事ですが、このブログ記事↓の解釈どおりでよいのでしょうか?

◆日本語には時制がない!
http://plaza.rakuten.co.jp/samito07/diary/200803070000/

また、nogaさんのコメントに似た考えが伺えるブログ記事↓も発見しました。

◆なぜ日本語に未来時制がないのか
http://blog.hangame.co.jp/B0001025952/article/31885820/

いろいろと知的刺激を与えてくれるキッカケを与えてくださってありがとうございます。
今後も、HPを覗いて参考にさせていただきます。

>sadatajpさん

こんばんは。ご無沙汰してます。
レスが大変遅くなり済みませんでした。

>この二つを分けて分析しないと、日本人像を間違えて捉えてしまいます。

確かにそうかもしれませんが、伝統的規範に従っている日本人すら、自ら従っている規範を言葉にて表現できているとは思えません。「無意識に」従っているので、自らを表現できない。自ら従っている規範を客体化して言語化し、それを再把握できていないのです。
それに対して、根無し草のようなインテリ日本人は、自らも従っていないくせに、言語化済みの西欧の規範をありがたがり、それを主張する。
そうした原因が重なっていることが、さまざまな日本の混乱を引き起こしているような気がします。

  • 2010/12/24(金) 00:06:05 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

ここに書かれているのは現代のサヨクの特徴であり、綺麗事保守と言われる保守の一部の特徴そのものです。“日本人は”でなく、日本人の一部です。その者達の共通点は、「高等教育を受けた者」。彼らは現実の実体験ではなく、机上の勉強で物事を学んだ者達です。知識はあるけど、実体験が不足している者達です。現実に基づかない理論で物事を考えるから、現実と願望 (非現実) を取り違え精神主義、というより理論主義というか建前主義というか、浮世離れした非現実的な理想主義になります。現実の実体験を通して学んでる職人等は、日本人ではあるけど、ここには入っていません。この二グループは同じ日本人でもかなり違います。この二つを分けて分析しないと、日本人像を間違えて捉えてしまいます。


  • 2010/12/21(火) 00:02:02 |
  • URL |
  • sadatajp #oZwc76Mg
  • [編集]

Japanese Spiritualism

先の大戦では、日本人は精神主義で戦って、みじめな敗北を喫した。
日本人の精神力が足りなかったために、戦場においても工場においてもアメリカ人の精神力に負けたのだと考えていたとしたら、それは日本人の誤りである。

日本人には、意思がない。だが、恣意がある。
だから、日本人には能動はないが、願望はある。
米空軍が日本の都市を爆撃し始めたころ、航空機製造業者協会の副会長は「ついに敵機は我々の頭上に飛来してまいりました。しかしながら、我々航空機生産のことに当たっておりますものは、かかる事態の到来することは常に予期してきたところでありまして、これに対処する万全の準備をすでに完了いたしております。したがいまして、何ら憂慮すべき点はないのであります」と述べた。
すべてが予知され、計画され、十分に計画された事柄であるという仮定に立つことによってのみ、日本人は、一切はこちらから積極的に欲したのであって、決して受動的に他から押し付けられたものではないという、彼らにとって欠くことのできない主張を持続することができた。

日本人がどこで希望的観測の罠に落ちるのか、現実と願望 (非現実) を取り違え精神主義に走るのか、きちんと振り返り反省することはほとんど不可能である。
それは、日本語に時制がないからである。
日本語脳においては、現実と非現実を異なる時制を使って表現することができない。
現実を現在時制の内容として表し、願望を未来時制の内容として表すことができれば、それぞれの内容は別世界の内容となり、混乱することはない。混乱しなけれぱ゛キリスト教のような宗教になり、混乱すれば原理主義となる。

だがしかし、我が国では、一つの事態の肯定と否定は、同じ世界のこととして言い表される。
人々は、無為無策でいながら現実が願望へと突然変化 (反転) することをひたすら願うものである。
言霊の効果の出現を望んでやまない。
必勝を心の底から祈願すれば、悲惨な玉砕もあっぱれな勝ち戦に見えてくる。
無理な欲望が強靭であるがために、現実直視は難しくなる。
これが、日本人の精神主義の本質である。
日本人は、祈願を他力本願・神頼みとしておおっぴらに認め合っている。
問題解決の能力もなく、事態を台無しにする危険をはらんでいる。
この閉塞状態が日本人の知的進歩の限界となっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

他の方が書いた本によると収容所の件はわざとそれまでの組織がなりたたないように分解再構成したらしいですね(反乱を防ぐって意味でも当たり前なんですが)

あと最近ドラッカーが流行りだしたように日本人は経済でも軍事でもスポーツでも精神力で勝つのが好きなんですよ・・・

  • 2010/12/18(土) 00:06:29 |
  • URL |
  • 花春 #-
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
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