一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本的思考の欠点【その4】~「可能・不可能」の探究と「是・非」の議論とが区別できない日本人~

以前の記事『日本的思考の欠点【番外】~日本陸軍の特徴と「虚報」作成の一例紹介~』の続き。

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)ある異常体験者の偏見 (文春文庫)
(1988/08)
山本 七平

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前回の続き)

確かに歴史は戦勝者によって捏造される。
おそらく戦勝者にはその権利があるのだろう。

従ってマッ力ーサー毛沢東も、それぞれ自己正当化のため歴史を握造しているであろうし、それは彼らの権利だから、彼らがそれをしても私は一向にかまわない。

しかし私には別に、彼らの指示する通りに考え、彼らに命じられた通りに発言する義務はない。

もちろん収容所時代には、マック制樹立の基とするための「太平洋戦争史」などは全然耳に入って来ず、私の目の前にあるのは、過ぎて来た時日と、それを思い返す約一年半の時間だけであった。

そしてこの期間は、ジュネーヴ条約とやらのおかけで、われわれは労働を強制されず、またいわゆる生活問題もなく、といって娯楽は皆無に近く、ただ「時間」だけは全く持て余すほどあったという、生涯二度とありそうもない奇妙な期間であった。

これは非常に珍しい戦後体験かも知れない。
そして、私だけでなく多くの人が、事ここに至った根本的な原因は、「日本人の思考の型」にあるのではないかと考えたのである。

面白いもので、人間、日常生活の煩雑さから解放され、同時に、あらゆる組織がなくなって、組織の一員という重圧感はもちろんのこと、集団内の自己という感覚まで喪失し、さらにあるいは処刑されるかも知れないとなると、本当に一個人になってしまい、そうなると、すべては、「思考」が基本だというごく当然のことを、改めてはっきりと思いなおさざるを得なくなるのである。

そしてほとんどすべての人が指摘したことだが、日本的思考は常に「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなるということであった。

金大中事件中村大尉事件を例にとれば、相手に「非」があるかないか、という問題と、「非」があっても、その「非」を追及することが可能か不可能かという問題、すなわちここに二つの問題があり、そしてそれは別問題だということがわからなくなっている

また再軍備という問題なら、「是か・非か」の前に「可能か・不可能か」が現実の問題としてまず検討されねばならず、不可能ならば、不可能なことの是非など論ずるのは、時間の空費だという考え方が全くない、ということである。

そしてそんなことを一言でも指摘すれば、常に、目くじら立ててドヤされ、いつしか「是か・非か」論にされてしまって、何か不当なことを言ったかのようにされてしまう、ということであった。

収容所時代から口の悪かったKさんなどになると、「長沼判決(註1)」「再軍備是か非か」「違憲か合憲か」などという議論は、識者は憤慨されるであろうが、全く下らない時間つぶしとしかうつらないらしい。
(註1)…長沼ナイキ事件。以下wikiより抜粋。札幌地方裁判所(裁判長・福島重雄)は1973年9月7日、「自衛隊は憲法第9条が禁ずる陸海空軍に該当し違憲である」とし「世界の各国はいずれも自国の防衛のために軍備を保有するのであって、単に自国の防衛のために必要であるという理由では、それが軍隊ないし戦力であることを否定する根拠にはならない」とする初の違憲判決で原告・住民側の請求を認めた。(wikiviswiki参照)

彼の言い方はいわば伝法口調だが、私が言っても、結局は表現が紳士的(?)だというだけの差だから、その通り記しておこう。

バカは死ななきや治らないんだから、是か非か議論したきゃ、させときゃいいじゃネエか。

第一アンタが下らんことなんか書く必要ないよ。アンタが何と言ったって、可能か不可能かを現時点の現実の問題としては考えないという体質は、変るわけじゃないんだから。

再軍備論?
議論させときゃいいじゃないか。
今は何を言ったってだめだよ。

だが、いつかはまた『一時』だけ目がさめるさ。
簡単なことなんだがなあ。
どれだけの軍備をもったとこで、どっかの国が日本の港湾に機雷を敷設して、掃海させない程度に戦闘を継続したら、まず最初に燃料がなくなり、ついで食糧もなくなって、日本丸は数ヶ月で『アパリの地獄船』になるというだけだよ。

そうなったとき、どっかの国が全面戦争の危険をおかしても、その機雷を撤去してくれるかい

『ニャンザン(註2)』があんなに憤慨しても、中ソは動かなかったんだぜ。
(註2)…北ベトナム共産党機関紙のこと。
北ヴェトナムに対してすらそうなんだ。

その現実をはっきり見ていながら、日本の場合、どっかの国が、原水爆の危険をおかしても、日本のために動いてくれると思っている人もいるのかね。

きっとその時にまた『一時』だけで目をさますよ。しようがないさ、国民性だよ


非常に乱暴な議論に見えるが、それは表現であって、内容は、乱暴とはいえない。
史上の多くの「敗戦」や「無条件降伏」を探っていくと、その原因が実は「飢え」すなわち食糧であったという冷厳なる事実にわれわれは気づくのである。

ナポレオンの敗北は「冬将軍」によるといわれるが、その記録を見ていくと、それが「飢え将軍」でもあることに気づく。

飢えはすべての秩序を破壊する
日本軍とてナポレオン軍とて例外てありえない。

……軍紀は全く消滅した。焚火をしている兵士たちの近くに将軍があたりに来ても、何らかの食糧をもって来なければ、兵士たちに追い払われた」と。

カイゼルの最後の参謀総長フォン・ゼークトは、第一次大戦を「将軍を侮辱した戦争」と呼んだ。

将軍が何を命じようと、参謀が何を立案しようと、兵士たちは西部戦線の塹壕にへばりついていた。
そしてドイツは飢えに敗れた。
戦争そのものが将軍を侮辱する時代は、すでに第一次大戦に決定的になっていた。

それなのに今でも、かつて「軍人勅諭」を金科玉条としたと同じように『持久戦論』を無謬論の如くに引用する人がいるということは、いわば「遅れ」の問題でなく「思考の型」の問題と考えざるを得ない

というのは、第二次大戦において、この問題の範囲はさらに広くなり、「戦争は将軍を無視し」問題は補給だけになっていく。
補給が途絶せず、飢えさえなければ、いかなる大量砲爆撃にも平然と耐えられることは、金門島がよく物語っている。

この小島に撃ち込まれた砲弾の総数は驚くなかれ約百万発に近い。
これはちょっと想像に絶する量である。

しかし彼らは飢えないがゆえに平然としている。
一方、シンガポールでは、一門約四百発でイギリス軍は降伏した。

これは、国府軍が世界最強の軍隊で、イギリス軍は弱かったということではない。
日本がブキテマの水道用貯水池を押えて、給水を断ちうる状態になっただけである。

日本については言うまでもない。
そしてこういった事実を列挙せよというなら、いくらでもある。

そして世界はすでにこの冷厳な事実をはっきり計算に入れていると私は思っている。
軍備とは何か、それは食糧だという事実を

すなわち兵を動かさずとも、食糧を動かすだけ、あるいはとめるだけで、そして必要とあらば燃料をも止めれば、それだけで一国を「無条件降伏」させうることは、すでに現実の計画として立案されていると私は考えている。

そしてそういう時代に、われわれが生きつづけて行く道を探るという点から見ると、「長沼判決」とそれをとりまくさまざまな議論は、相当に時代ばなれがしている、というより「可能・不可能」を算定する能力がないことを明らかにしているといえよう。

そしてこれこそ最初に取り上げた問題「確定要素・不確定要素」の問題である。
われわれは、「食糧、燃料を含めた軍備」という点で、全く、手段方法なき状態におかれているのである。
武器を並べ立てても、それは気休めにすぎない
そしてこの客観的状態は、もちろん憲法を改正したからといって変化するわけでない。

では一体どうすればよいのか。

その道を発見するためには、われわれが今はひとまず故意に「憲法」という問題から離れ、同時にマック型戦争観を清算しなければならないと思う。

そうしないと、相矛盾したこの二つの問いにはさまって、しかもその二つに違反してはならないとなると、思考が一切不可能になってしまい、実りなき議論が空転するだけになってしまうからである。

その空転ぶりは「確定要素」対「人間」という新井宝雄氏の奇妙な対置にも出てくる。
人間は自らのうちに、絶対的といえる確定要素をもっているのであって、両者は対置する対象ではない。

その決定的な要素の一つは食糧であって、この絶対的な確定要素の計算を無視し、「可能・不可能」という考え方に立たなかったのが軍部であり、その結果が飢えてあり、餓死と降伏であった。

そしてこの事実を消したのが、実はマッカーサーなのである

その結果、全く昔の軍部同様に、左は毛沢東を引用して、新井氏のように「人だ、人だ」と強調すれば、右も一人一人が、「国を守る気概を持て」と言っているわけであろう。

これは結局、同じことを言っているにすぎず、いわば左翼的表現と右翼的素現とでもいうべきものの、表現の差にすぎないのである。
われわれはまず、この状態から脱却しなければならないはずだ

(この章終わり)

【引用元:ある異常体験者の偏見/マッカーサーの戦争観/P215~】


今回ご紹介した山本七平の指摘は、現実に対処するうえで非常に参考になるのではないでしょうか。

特に最後の『われわれが今はひとまず故意に「憲法」という問題から離れ、同時にマック型戦争観を清算しなければならない』という提言は重要なポイントです。

「マック型戦争観」とはいわば、戦前マスコミの(精神力で武力を圧倒できるという)宣撫宣伝用の戦争観が、戦後、GHQ用に改変されたもの。

いまだにこの「戦争観」に毒されている日本人は数多い。
日本人の安全保障を巡る論議を見ていれば、いまだに「友愛」という”精神力”が通用すると考えている人がまだいることからも、そのことは明らかです。

そうした状況が続いてしまっているのも、山本七平が指摘しているように、「マッカーサーがその事実を消した」からでしょう。

マッカーサーは、戦前の宣撫機関であったマスコミをGHQ宣撫用に改変し、占領行政がスムーズに行くよう上手に利用した。

したがって、戦前戦後通じて、日本人は宣撫されたままの状態であり、このマック型戦争観が如何なる害悪をもたらしたかを自ら認識することが出来なかった。

また、マッカーサーが与えた憲法と言う制約も、それを助長した。

この二つの”くびき”から解放されなければ、まず実りある安全保障の議論にはなりえない。

解放される為には、やはり日本人が陥り易い思考、すなわち『日本的思考は常に「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなる』という”欠点”を常に自認する必要があると思います。

前回の記事に、nogaさんからコメントを頂いたわけですが、この区別が出来なくなる欠点というのは、nogaさんが指摘する「日本語には時制がない」という事も、原因になっているのかも知れません。
nogaさんの指摘については、まだまだ考えがまとまりませんが、そのようなことをふと考えた次第です。

それはさておき、今回で、「ある異常体験者の偏見」より「マッカーサーの戦争観」の章は終わりますが、引き続き「洗脳された日本原住民」の章を紹介して行く予定です。
ではまた。

【関連記事】
◆日本的思考の欠点【その1】~尖閣諸島問題と中村大尉事件の類似性~
◆日本的思考の欠点【その2】~「感情的でひとりよがりでコミュニケーション下手で話し合い絶対」という日本人~
◆日本的思考の欠点【その3】~敗戦直後の「実感」を消失させた「マックの戦争観」と「平和憲法」~
◆日本的思考の欠点【番外】~日本陸軍の特徴と「虚報」作成の一例紹介~
◆ある異常体験者の偏見【その6】~「確定要素」だけでは戦争できない日本~


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コメント

tikurinさんへ

tikurinさん、こんばんは。
詳細な解説コメントをありがとうございます。
レスが大変遅くなって申し訳ありません。

「山本七平の日本の歴史」は、非常に読みこなすのが難しく、また、「こころ」もまだ未読ですので、まだ十分に咀嚼できてはいませんが、理解する上で大変参考になりました。
頂いたコメントを参考に、何とか読みこなしていければ…と思っております。
本当にありがとうございました。
これからもアドバイス頂けますと幸いです。

  • 2011/02/06(日) 23:56:47 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「則天去私」がもたらす日本人の時間感覚について

一知半解さんへ

>コメントの中で触れられた『山本七平の日本の歴史』を最近読み始めてみたのですが、そもそも夏目漱石の「こころ」を読んだことがないので、なかなか理解することができないでおります。まず「こころ」を読んでからだなぁ…と考えている処です。

tiku「こころ」の時間感覚が、現代の私たちには判りにくくなっていることは事実だと思いますね。現代の日本人は恋愛感情を「先生」や「K」のように「即天(=道)去私」という日本人の思想問題と重ね合わせることはしなくなっていますし、なにより、「即天(=道)去私」ということ自体が判りにくくなっているのかも知れません。

 といっても、人間の原罪意識を基礎に、自由意志を神からの恩寵と考え、従って、その自由意志の行使を、神の「意志=必然」を未来において実現すること、と考えるキリスト教の時間感覚(=歴史意識)と、日本人の「神なき人間中心」の世界観から生じる”その場の空気を読みながら生きる”時間感覚とはかなり違っていることも事実です。

 「こころ」の中の日本人の時間感覚は、「即天(=道)去私」を理想とするため、そうした自分の歩みが挫折したとき、逆に、「去私(=純粋)」ではありえなかった過去の自分の記憶に追い越されそうになる感覚、つまり、時間が過去から未来へと流れるような日本人の時間感覚をのことを描いているように思います。

 『山本七平の日本の歴史』(この本の著者名はもとはイザヤ・ベンダサンだった)では、この日本人の「去私(=純粋)」を求める思想を、日本の社会構成原理であり後期天皇制を支える根本思想と見たのですね。これが、近代化に伴って日本に流入する、先に述べたようなキリスト教的時間感覚から生まれた個人主義の思想と葛藤を生じるようになった。

 明治は近代化に向けて夢中で走ったために、先に述べた過去に追い越されるような時間感覚に陥ることはなかったが、大正自由主義の時代を迎えて近代化が一段落すると、この時間感覚が蘇ることとなり、明治の外来思想及びその成果に対して、あたかも抗原に対する抗体作用のような攻撃力を持つことになった。

 こうした日本人の時間感覚が、思想史的にどのように生み出されたかを解明しようとしたのが、この作品だと思いますが、この本は、山本七平は生前出版しなかったのですね。それは、この著作が完成を見ないまま途中で打ち切られたためだと思いますが、ここには、多くの日本人の思想を考える上でのヒントが与えられていると思います。

>ご指摘いただいた「尊皇思想」と、明治以降導入した「近代的政治制度」の相克ですが、これって何となく岸田秀がよく言っている「内的自己」と「外的自己」の相克関係と良く似ているように思いました。この相克を克服するには、やっぱり山本七平のように過去の思想的系譜を辿り、自らの立脚する思想や伝統を理解することが必要なのでしょうね。

tiku 岸田秀は精神分析学的な観点から見ているわけですが、両者の観点はかなり一致していますね。岸田秀志は『唯言論物語』の中で、「集団的無意識」と言うことを言っていて、それが歴史的に形成され、かつ継承されると述べていますし、「精神とは論理構造である」といい、その克服はその論理構造を解明し客体化することだと述べています。

 山本七平は、以上のことを判りやすく説明するため、これをユダヤ・キリスト教的世界観と対比して見せたのでした。近年の日本の状況は、「人間中心」思想が戦後の平和主義の中で飽和点に達して、自分中心に陥り、自分を社会全体の中に客観的に位置づけることも、世界史的な時間の中に位置づけることも出来なくなっているように思います。

 これは、「則天(=道)去私」の世界観が孕む問題で、「去私」ということはそれを思想として意識する限り「去私」ではありえないということ、それを自覚することから、その新たな思想的展開を考えるべき、と言うことを意味するのではないでしょうか。そこに日本人の新たな未来思考の時間感覚が生まれる可能性があると思っています。 

  • 2011/02/01(火) 12:28:50 |
  • URL |
  • tikurin #-
  • [編集]

コメントありがとうございます。

tikurinさん、こんばんは。
大変ご丁寧なコメントありがとうございます。レスが大変遅くなって申し訳ないです。

nogaさんのサイトご覧になった感想をありがとうございました。
日本人と欧米人の言語の構造の違いが時間観念の違いとなってくるのかも知れませんね。

コメントの中で触れられた『山本七平の日本の歴史』を最近読み始めてみたのですが、そもそも夏目漱石の「こころ」を読んだことがないので、なかなか理解することができないでおります。まず「こころ」を読んでからだなぁ…と考えている処です。

また、ご指摘いただいた「尊皇思想」と、明治以降導入した「近代的政治制度」の相克ですが、これって何となく岸田秀がよく言っている「内的自己」と「外的自己」の相克関係と良く似ているように思いました。

この相克を克服するには、やっぱり山本七平のように過去の思想的系譜を辿り、自らの立脚する思想や伝統を理解することが必要なのでしょうね。

  • 2011/01/18(火) 23:24:08 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

個人的自由と共同体的善をつなぐ対話

ご紹介いただいたnogoさんの記事読みました。
「我々の判断の仕方は、「あるべき姿」(things-as-they-should-be) と「今ある姿」 (things-as-they-are) に分けて考える英米流の判断の仕方とは違っている。裏と表は、共に現実の世界にあること。だが、英米人の「あるべき姿」は非現実、「今ある姿」は現実である。現実における裏は、現実の中でしか生きられない日本人の知恵となっていた。

原因は、日本語には時制がなく、結果的に現実形の一本やりの考え方になっているのに対して、英語は、独立した世界である過去・現在・未来を分けて考えられるからである。

英米人は、未来形の「あるべき姿」に基づいて、現実対応を考える。だから、議論が有益である。現実対応ばかりの日本人には、現実からの飛躍がない。誰が考えても結果が同じになる。そして、閉塞感を伴う。」

 これは日本人と欧米人の考え方の違いを、時間観念の違いから見る視点ですが、これについては丸山真男が『日本の思想』で、日本人の思想を「たこつぼ型」、欧米人の思想を「ささら型」といい、後者には歴史に対する「作為の契機」(参照http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080406/1207439523)があるが前者にはない、わずかに荻生徂徠などにその萌芽を見るだけだといいました。

 いわば、日本には”思想的発展がない”と言ったのです。こういった見方には梅原猛などが批判していますが、イザヤ・ベンダサンはこれを「てんびんの論理」(『日本教について』)で説明したのですね。つまり、現実と理想の双方を言葉で定義し、それを歴史の現在から未来へと延びる時間軸に置いて、両者を方法論という言葉でつなぐ、それを弁証法的に発展させていくのが西欧のやり方。それに対して日本人は、現実を実感的に表現する「実体語」と、現実から離れた純粋思想(空体語=分銅の役割をする)を天秤にかけ、その支点の位置に自分を置いて、自分を取り巻く社会の空気を読みながら、現実社会を政治的に処する、と言ったのです。

 小室直樹氏は、この思考図式によって日本文化の宗教社会学的な分析が可能になると言っています。つまり、この分析用具を用いることで、日本人の「政治天才」ぶり(『日本人とユダヤ人』)や、「空気支配」の現実(『空気の研究』)、「純粋人間」から「虚のエネルギーとしての天皇制」(『山本七平の日本の歴史』)、さらには、「日本資本主義の精神」まで説明できると言っています。

 こうした独特の思考方法をする世界が出来上がったのは、日本文化が圧倒的権威を誇る中国文明の辺境文化として、それに対する迎合と反発を繰り返しながらガラパゴス的に発展してきたためで、そのため、自らの文化のオリジナリティーを、西欧的なやり方で堂々と発展させることができなかったのです。といっても、つかず離れずの関係を保てる位置にありましたから、中国文化にはない、武家文化の実力主義と封建制的地方分権による自治能力を育むことができたのです。それが本の近代社会への適応を可能にしたのですね。

 つまり、こうして史観に立ってみれば、日本思想はその独自の仕方で発展しているのであって、源頼朝の鎌倉幕府は「政教分離」原則を、北条泰時の「貞永式目」は、武家社会における器量第一の「能力主義」・男女平等・宗教の自由・個人主義思想を育てたと言えるのです。それが、江戸時代に体制思想としての朱子学が導入されたことによって、その思想的権威と伝統思想の間で相克が生じ、そこからオリジナル思想としての国学、それに朱子学的正統論が習合して尊皇思想が生まれ、これが尊皇倒幕へと発展し明治維新へと繋がっていったのです。この間の思想的ダイナミズムを解明したのが山本七平でした。

 ところが、明治維新はうまくいったのですが、明治は、明治維新を可能にした尊皇思想と、「洋才」として導入した近代的政治制度との思想的相克関係を、思想的に止揚できなかったために、昭和になって、前者が後者を攻撃し抹殺することになってしまったのです。こうした日本の思想史的展開の跡をたどることができれば、次ぎに、私たち日本人がやらなければならないことは、先に紹介したような日本人が伝統的に育んだ実力主義や個人主義、あるいは一揆的集団主義を、西欧の近代政治思想に学びつつ、それをどう発展させていくか、ということになります。

 サンデル教授の言われるように、自由に立脚した個人間の徹底的な対話により、日本人は日本人なりに、その伝統的な共同体思想に立脚したより普遍的な「善なる価値」を求めていくということになるのでしょうね。

 ご紹介いただいたnogoさんの時制の話ですが、日本語には時制がはっきりしないだけでなく、人称も二人称が基本で、一人称も三人称も曖昧ですよね。それが、英語ができる人が増えたことで、相当改善されてきたのではないでしょうか。一知半解さんの好きなクラシックなんか「神の栄光の賛美」がはじまりですものね。戦前の昭和時代は共産主義より英米の自由主義のほうが嫌われました。今はそんなことはありませんが、仲間内の自由ではなく、世界との対話を可能にする自由であって欲しいと思っています。
 

  • 2011/01/14(金) 03:09:37 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

tikurinさんへ

tikurinさん、明けましておめでとうございます。
今年も、いろいろとご指導のほどよろしくお願いいたします。
名曲紹介も頑張っていきたいと思います。

さて、「日本人の思考の型」の問題と、マックの戦争観の関連について、非常に判り易くまとめていただき、ありがとうございます。
私は山本七平の記述を解釈するのが精一杯で、なかなか上手くまとめることができません。そこでtikurinさんにまとめていただけますと、頭の整理になって非常に助かっております。

近衛首相については、まだ私も不勉強で何ら評することが出来ないのですが、tikurinさんの主張を参考にさせていただきたいと思っております。

余談ですが、最近会田雄次の「歴史を変えた決断の瞬間」という本をブックオフで入手しまして読んだのですが、その中で宇垣一成が日本の歴史のターニングポイントのキーマンとして選ばれてました。tikurinさんはお読みになったことがありますか?
この宇垣一成の章の中で、「近衛首相は(宇垣一成と敵対した)皇道派に親近感を持っていたし、軍事にまったく無知、軍人に無力な公卿首相であった」と書かれていましたので、私も何となく近衛首相にはマイナスイメージを抱いている処です。

また、今日の政治についてのご意見は私もまったく同意です。
しかし、現実に行なわれている議論を見ると、「是・非」論と「可能・不可能」論の区別から程遠い論議となってしまっているように思えてなりません。

それはさておき、最近、nogaさんという方から興味深いコメントを頂いたのですが、その方より「日本には時制がない」ので「現実と願望を取り違える」というご意見がありました。
また、その方のHP↓も拝見させていただいているのですが、なんとなくわかるような気がするものの、抽象的な話なのでしっかり把握できないままでおります。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

tikurinさんがご覧になったら、どのような感想をお持ちになるのか、ちょっと興味があります。
もし宜しければご覧になってみてください。

何はともあれ、今年もよろしくどうぞ。

  • 2011/01/10(月) 22:52:34 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

今年もよろしく

 一知半解さんお久しぶりです。今年もよろしく。名曲の紹介いつもありがとうございます。すばらしいですね。

 さて、本エントリーで紹介されている山本七平の「日本的思考は常に「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなること」との指摘。昭和の戦争の悲劇をもたらしたその根本的な原因は、こうした「日本人の思考の型」にある、というこの指摘は、今後とも繰り返し説明していかなければならないと最も重要な指摘だと思います。

 そこで、マックの戦争観は、この認識をどのように消したか、それは、「可能・不可能」の議論を「是・非」の問題にすり替えたということ。つまり、戦前の悲劇の原因を、一部の軍国主義者の「是・非」論にあったとすることで、悪いのはあなたたち一般国民ではない。私たちは、あなたたちを誤った「是・非」論で導いた一部軍国主義者を懲らしめ、あなたちを救い出した味方なのだ、と思い込ませることで、占領統治をうまくやろうとした。つまり、それは宣撫工作の論理だったということですね。

 そして日本人はこれにまんまと引っかかった。そのため、戦後の日本人は、この一部軍国主義者の「是・非」論を、社会主義や毛沢東主義の「是・非」論に切り替えることが戦前の歴史を反省することであり平和をもたらすものだと考えるようになった。その結果、「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」という議論を区別できない日本人の思考の型が、そのまま温存されることになってしまった、ということなのです。

 私が戦前の歴史を調べていて思うこと。それは、戦前の軍部や日本人一般を支配した「是・非」論は、「一君万民」の家族主義的国家観であって、これはより社会主義思想に親密なものであったということです。つまり戦前の「是・非」論は社会主義に共鳴するものがあったのです。

 従って、それは自由主義、資本主義、立憲君主制、議会制度、政党政治、思想言論・集会結社の自由などの自由主義諸原理に対して、極めて敵対的な態度をとった。そうした態度が、結果的に、日本を英米との戦争が避けられない状況に陥れた。

 その段階に至って、その「是・非」論を採るか「可能・不可能」論を採るかが問題となった。その時、軍部や国民は前者を取り、私が今「竹林の国から」で論じている近衛文麿は後者を採ろうとしたのです。つまり、近衛は「是・非」論では社会主義的だったが、「可能・不可能」論では、米英戦争回避論だったのです。この点では、国民は近衛を批判する資格はないのです。

 ところが、今日の定説では、みんな近衛を優柔不断で軍部にロボット化された無定見の政治家だった、と言って、戦争責任を彼に押しつけている。私は、これは間違いだと思っています。実は、彼が思想的に主張したことは、戦前の日本の運命を切り開くためには、欧米先進国の植民地主義を克服し、資源や人口の配分について、後発国に平等を保障する国際ルールを確立することが必要だ、ということだったのです。残念ながら、当時そうした観点を思想的補強するものは社会主義しかなかったわけですが。

 そのために彼は思想的にはふらふらしたのですが、その主意は、日本にとって自由貿易が死活的だということであって、そのため中国の行きすぎた排日や米英のブロック経済を批判し、それに対抗するためには、日本は東亜経済ブロックを形成せざるを得ないこと、それをアメリカは容認すべきだ、ということを主張をしたのです。

 ただし、それが米英戦争を意味するなら、それは日本にとっては「不可能」でありできない。だから、こうした日本の置かれた事情をアメリカによく説明し、中国や東南アジアの資源を日本が利用できるように、また、移民も必要であることを訴える。そうすることで、何とかアメリカの理解を得て戦争を回避できるのではないかと考えたのです。それで、ぎりぎりまでルーズベルトとの直接会談を模索したのですね。
しかし、軍は戦争を選択し、国民もそれを歓呼して迎えたのです。

 さて、以上のような歴史的認識を今日の政治に生かすとするとどうなるか。端的に言えば、それは自由主義思想に基づく自由貿易体制の堅持、議会制民主主義の堅持、アメリカとの同盟関係の堅持、その枠組みの中で平等を追求していくことだと思います。核の議論がありましたが、「いつでも作れるよ」ということは示しつつNPT体制を堅持すべきだと思っています。ここでもポイントになることは、山本七平が指摘した「是・非」論と「可能・不可能」論の区別なのですね。そのリアリズムに耐える思想を持つべきだ、ということなのです。

 今時、軍事力を過信するばかな国がありますから。

  • 2011/01/09(日) 05:37:38 |
  • URL |
  • tikurin #UTQNJKHk
  • [編集]

TAMO2さんへ

TAMO2さん、こんばんは。
コメント二つもありがとうございます。
レスが大変遅れてすみません。

千葉大教授のご指摘は、頷ける処もあるのですが、土井たか子や福島瑞穂が日本人でない説というのはどうなんでしょうか?
一応日本国籍を持っていることは確かでしょうが、二重国籍というのは本当なのですかねぇ?

あまり、出自を問うのもどうかなと私は思っています。少なくとも先祖まで遡るのはおかしいのでは…。そんな事を気にしていたら、金美齢や石平などの帰化日本人も否定することになってしまう。

日本国籍を持っていないのに、偽装して議員を務めているというのなら拙いですが、そうでないなら、あくまでも本人の言動で判断するしかないと思いますね。

>民主党政権が行き詰ったのは外からはアメリカの壁であり、内からは霞が関の作り上げた制度の壁を打ち破れなかったからだ

確かに仰るとおりです。
でも、打ち破ろうとしたら革命でも起こさない限り、実行できないくらい高い壁だと思いますよ。

民主党はそれを甘く見すぎていたのです。
覚悟も能力も手段も何も持っていなかった。
挫折するのは当然でした。
民主主義体制でいる以上、漸進的に変革していくしかありません。
それが出来るのは空理空論を唱える革新左翼ではなく、現実を見据えた保守しか出来ないと私は思っています。

  • 2011/01/03(月) 23:38:50 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

私は民主党政権が行き詰ったのは外からはアメリカの壁であり、内からは霞が関の作り上げた制度の壁を打ち破れなかったからだと考えています。
具体的には沖縄の辺野古の基地問題で主張を通せないで妥協したこと。
予算で省庁の枠組みを超えた社会の実態に合わせた予算を作り出せなかったところに挫折がよくあらわれています。
本来ならば小沢政権であったものを、大久保秘書の逮捕(訴因変更までしないとならないなんて明らかなでっちあげでしょ)で小沢さんを引きずり下ろしたときから躓きが始まっているのです。

  • 2011/01/03(月) 16:44:21 |
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  • TAMO2 #unlHylnc
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千葉大名誉教授の清水馨八郎氏が、
「小沢一郎は済州島出身」と云うタイトルで、次のようなことを書いている。
≪・・・ 私は西洋史を学んでいる一学者だが、今の日本は千年も栄えたローマ滅亡の二の舞の危機を感じている。
これはローマの政権が国防を疎かにし、市民の喜びそう なパンとサーカスに熱中させたからだ。
(中略)
更にこの内閣が中国、韓国寄りになるのはそのリーダー達の「反日」が韓国と
二重国籍を持つ外国人 だからである。最近分かって驚いているが、土井たか子は本名李高順といいその弟子福島瑞穂は趙春花で日本人ではない。
顔立ちもよく見ると韓人であることが 分かる。
小沢一郎の母は済州島出身だ。村山談話を一層強化しようとしている岡田外相もあやしい。
法務大臣にマルクス主義のシンパ千葉景子を据え たのは、小沢、鳩山の偽装献金を許す指揮権発動の準備か。
これから政治の公職につくものは、資産の表示だけではなく、己、親、祖父の三代の出身 を示すことを義務付けるべきだ≫と手厳しい。

  • 2011/01/01(土) 17:23:22 |
  • URL |
  • TAMO2 #EwBGRDEc
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花春さんへ

花春さん、こんにちは。
レスが遅くなってすみません。

仰るとおり、プロセスは非常に大事ですよね。
大阪都構想については、不勉強で何もわかりませんが、橋下知事も最近ちょっとおかしいような気が…。

  • 2010/12/31(金) 16:40:58 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

正しいことは実現しないと無意味だし実現するまでのプロセスが大事なんですけどねえ・・・

あと実例なんでしょうか?
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/101224/lcl1012241425002-n1.htm

  • 2010/12/26(日) 08:30:45 |
  • URL |
  • 花春 #-
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