事実、次の記事↓にあるように銃規制が進んでいないのが現状であるようです。
【米銃乱射】銃規制進まぬ米国社会 9千万人所持で2億丁出回る
なぜ、アメリカは銃を捨てられないのか?
そしてまた、なぜ好戦的なのか?
そうした問題に対し、心理学の側面からこの問題を分析し、解き明かした岸田秀の解説を、何回かシリーズで紹介して行こうと思います。
今回ご紹介する記述は、岸田秀著『日本がアメリカを赦す日』から引用していきます。
まずはこの問題を考える上での、重要な原因となる「インディアン・コンプレックス」について説明した箇所からご紹介です。
日本がアメリカを赦す日 (文春文庫)
(2004/06)
岸田 秀
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(~前略)
■インディアン・コンプレックス
なぜ、アメリカは戦争に勝つと、文明とか平和とか人道とかの文句のつけどころのない普遍的な価値を持ち出して、それを破壊した罪というような罪科を設けて、敵を裁判したがるかが問題です。
なぜ、自分が普遍的価値を握っていると信じることができるのかが問題です。
やはり、その理由はアメリカの歴史に求めなければならないと思います。
アメリカが敵を裁判にかけたのは、もちろん、日本が最初ではなく、すでに南北戦争のとき、勝った北軍が南軍を裁いています。
このときも、講和交渉で、両軍が戦後の武器保有などの条件をつけようとしたのですが、北軍はそれを拒否して無条件降伏を求め、南軍がやむを得ず承諾すると、北軍は、寛大な処置として南軍の武器保有を許すというやり方をしています。
とにかく、アメリカは、おのれを普遍的正義の立場、善悪の絶対的判定者の立場におき、それに従わざるを得ないような無条件降伏に敵を追い込んでおいてから、敵を裁くというのが好きなようです。
その点を貫くことができれば、あとは寛大になるようです。
そう言えば、戦後の日本に対しても、アメリカは実に寛大でした(すでに述べたように、これには他の理由も考えられますが)。
他方、アメリカは、自分が裁判にかけられるのは絶対に容認できないようです。
ベトナム戦争のとき、北ベトナムが、アメリカ空軍の北爆は国際法違反の戦争犯罪だから、捕虜の空軍兵士を裁判にかけるとほのめかしたことがありますが、当時のジョンソン大統領は烈火のごとく怒り、そのようなことをするなら、核兵器の使用も辞さないと北ベトナムを脅かしました。
その怒り方が度外れだったので、印象深く覚えていますが、このことは図らずも、アメリカが敵を裁判にかけるとき、敵をどのように見ているかを物語っています。
アメリカがつねに正義の立場に立ちたがるというのは、立たざるを得ないコンプレックスがあるからだと思います。
僕はそれは、インディアン虐殺からきていると考えています。
アメリカ大陸にはインディアンが住んでいたわけですね。
アメリカなる国をつくるためには、インディアンを殺し、その土地を奪わねばなりませんでした。
ここでアメリカ人(まだアメリカ人はいませんが、いちいち断るのも面倒なので、未来のアメリカ人の先祖もアメリカ人と呼んでおきます)は、解決しがたい矛盾に直面しました。
彼らは、不正に汚れたヨーロッパから逃れ、新大陸に新しい正義の国を建設するという使命を神に託されてやってきた(という幻想をもっていた)人たちでした。
したがって、単に邪魔だから、インディアンを殺すということを正直に認めることはできず、何とかインディアン虐殺を正当化しなければなりませんでした。
そこで、アメリカ人は、神に託された使命を果たすわれわれは絶対的正義の立場に立っており、この絶対的正義の実現を妨げる者は神に反逆する極悪人であり、極悪人を排除するためにはどのようなことも許されるという理論をつくり、それに縋りました。
この理論が、今日に至るまで、アメリカ人のアイデンティティを支えています。
インディアン虐殺は正義のためにやむを得なかったんだという理論を堅持しないと、アメリカは正義の国ではなくなります。
建国の精神から言って、正義の国でないアメリカはアメリカではないのだから、アメリカは滅びざるを得ないわけです。
滅びないためには、つねにアメリカには正義がついているんだと確認する必要があるということですよ。
それ以来、アメリカ人は、何か悪いことをすると、いやむしろ、強迫的に同じような悪いことを繰り返して、同じ理論で自己正当化をしなければならなくなったのです。
すなわち、アメリカは、どこかに極悪人をつくり、正義の立場から、彼と争い、彼を打ち負かし、彼を処罰するということを繰り返さざるを得なくなったのです。
繰り返しそうしていないと、正義の立場が揺らぐのです。
自己正当化は、言ってみれば、自己欺瞞ですから、意識的には正当化していても、心のどこかではつねに不安なので、同じ悪事を何度も繰り返して、それが悪ではなく、正義であることを確認しなければならないということになるわけです。
フロイドは、罪悪感を動機として同じ犯罪を繰り返すある種の犯罪者、すなわち罪悪感が犯罪に対するブレーキになるのではなく、逆に犯罪へと駆り立てる動機となる犯罪者の症例をあげていますが、アメリカは、精神分析的には、強迫神経症の患者で、反復強迫の症状を呈していると考えられ、その種の症例の一つであると言えます。
アメリカの対外関係の歴史は、最初のトラウマ体験であるインディアン虐殺体験の反復強迫と見れば、非常によく理解できます。
とくに、日本人は、インディアンと同じくモンゴル系の人種で、よく似ていますから(日本人は日本人とインディアンが似ていると思わないかもしれないが、アメリカ人から見ると同じように見えるらしい)、インディアンと同一視されたということは十分考えられることです。
したがって、アメリカ人がその歴史においてインディアンをどう扱ったかをよく研究していたなら、日本人をどう扱うかについて正確な予測ができたと思うのですが、日本軍部は、アメリカ兵はジャズを聞いて踊っている享楽主義の腰抜けどもだから、忠勇無双のわが日本兵が死ぬ気でぶつかってゆけば、尻尾を巻いてすぐ逃げ出すなどと、たわけたことを言っておりました。
何はともあれ、強迫神経症の症状なのですから、何か何でもそうせざるを得ないわけで、アメリカは、インディアンとの戦争で、あくまで皆殺しをめざしたように、他の国または他の民族に対しても、いったん戦争を始めたら、敵国の言い分もいくらか認め、どこかで妥協して適当なところで戦争状態に終止符を打つということができません。
一九四三年、カサブランカ会議で、アメリカのルーズベルト大統領は、あくまで枢軸国の無条件降伏を要求する方針を打ち出し、イギリスのチャーチル首相が、それでは連合国側の死傷者や損害もいたずらに増えることになると反対したのですが、頑として聞き入れなかったそうです。
アメリカの軍事援助を欠かせないチャーチルは押し切られました。
このことについては、このあとすぐ、もう一度説明します。
(次回へ続く)
【引用元:日本がアメリカを赦す日/東京裁判とアメリカの病気/P162~】
そういえば山本七平が「アメリカ人は手加減と言うものを知らない」と評していましたが、それはこの「インディアン・コンプレックス」に由来した性向であることは間違いなさそうです。
アメリカ人が銃を捨てられない理由もこの「インディアン・コンプレックス」に求めることが出来るのですが、それは後ほど岸田秀本人の筆にて説明がありますのでお楽しみに。
私は岸田秀に出会ってからというもの、国際関係を読み解く上で、心理的側面からのアプローチというものが意外に重要な要素ではないだろうか…と思うようになりました。
岸田秀は、民族それぞれの”共同幻想”が歴史を動かしてきたという、史的唯物論ならぬ「史的唯幻論」というものを唱えていますが、確かに彼の分析どおり考えるならば理に適っている場合が多いんですよ(なかにはこじつけと思える場合も稀にありますが…)。
特にアメリカの攻撃性が何に由来するかということについては、今回の岸田秀の意見は非常に参考になると思いますので、アリゾナの銃乱射の事件を契機に、紹介したいと思い引用した次第です。
さて、次回は「原爆投下の論理」について分析している箇所を紹介したいと思います。
ではまた。
【岸田秀 関連記事】
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