一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

「安心病」と詐欺師の関係/曽野綾子のコラム~「安心病」の特効薬は~

ちょっと前になるが、産経新聞に載っていた曽野綾子のコラムが実に秀逸だったので紹介しておきたい。

ある日の夕方、NHKのニュースを見ていて、私はおかしな気分にとらえられた。

そこに出てくる、たくさんの人たち―校長先生、保母さん、母親たち、視力障害者、漁港の人、アナウンサー―などが流行語のように「安心して…したい」と言うのである。

安心して仕事を始めたい。
安心して子供を遊ばせたい。
安心して昔と同じように暮らしたい。

私は私の人生で、かつて一度も、安心して暮らしたことはない

今一応安全なら、こんな幸運が続いていいのだろうか。
電気も水道も止まらない生活がいつまでできるのだろうか、私の健康はいつまで保つだろうか、と、絶えず現状を信じずに暮らしてきた。

何度も書いているのだが、安心して暮らせる生活などというものを、人生を知っている大の大人が言うものではない

そんなものは、地震や津波が来なくても、もともとどこにもないのである。

アナウンサーにも、最低限それくらいの人生に対する恐れを持たせないと、お子さま放送局みたいになって、聞くに堪えない軽さで人生を伝えることになる。

安心して暮らせる生活を、約束する人は嘘つきか詐欺師
求める方は物知らずか幼児性の持ち主である。

前者は選挙中の立候補者にたくさん発生し、後者は女性か老人に多い

自分で働いてお金を得ている人は、現実を知っているから、なかなかそういう発想にならない。

しかしこれほど多くの人が「安心して暮らせる生活」なるものが現世にあるはずだ、と思い始めているとしたら、それは日本人全体の精神の異常事態だ

ことに、これだけの天災と事故が起きた後で、まだ「安心して暮らせる状況」があると思うのは、不幸な事態から何も学ばなかったことになる

政治家が、よく分からない時に限って、「きっちりやる」という癖があることは国民も気付き始めたようで、先日投書にも出ていたが、大きな事故の後は臨機応変の処置をしなければならず、日々刻々変化する状況に対して柔軟に戦略を立てていかなければならないから、決して大口をたたけない。

一方、国民の方は昔から原発を「絶対に安全なのか」という言い方で追いつめてきた

いや、物事に絶対安全はありませんから、事故の場合を想定して避難訓練もいたします」と原発側が言ったとすると「事故がおきる想定の下で、原発建設をやるのか!」とやられるから、「原発は絶対に安全です」という子供じみた応答になる

しかし物事に「絶対安全」ということはないのである。

今後いかなるエネルギー政策をやろうと、絶対の安全はないという認識が国民の側にもないと、物事は動かない。もちろん安全は必要だから、より安全を執拗に目指すことは当然だ。

安心して暮らせる」とか「絶対安全でなければ」とかは、共に空虚な言葉だ。

それは世の中に、完全な善人も悪人もいないのに、幼稚な人道主義者が、自分は善人でそうでない人は悪人と分けることと似ている

こんな子供じみたやり方では政治はもちろん、経済も文学も成り立ちえない。

国民全体が知らず知らず感染している「安心病」をまともな感覚にまで引き戻す特効薬はないものか。

【引用元:産経新聞5月27(?)日紙面より】


上記コラムを読んで思ったのは、曽野綾子が指摘する「日本人が罹患している”安全病”」というのは意外に深刻な問題ではないだろうか、と云う事。

そもそも、昔から日本ほど戦乱など経験した事が少ない国はあまり例を見ない。
無政府である状態に陥った事もあまり無いといえるだろう。

そのような環境に慣れ親しんだ日本人が不安に感じるものといえば、戦乱などの「人災」ではなく、”地震・雷・火事・オヤジ”といわれるように「天災」ばかり思い浮かぶ。

日本人ほどお上(政府)を信頼し、何かあったときにはまず政府に頼りがちなのは、その故だろうか?

こうした恵まれた環境の下で生きてきた日本人が、世界中散らばって生きる華僑の様な逞しさに欠けているのは当然といえば当然なのだが、世界を知る曽野綾子から見れば歯がゆく見えるのは仕方のないことだと思う。

もちろん、お上に従順な日本人の被統治意識の高さというのは、裏を返せば「被災しても秩序が崩壊しない」という長所にもつながる。

そうはいっても、現代の日本人に「甘え」の傾向があることは否定できない。

今、そんな日本人に足りないのは、恐怖に耐えて生きる覚悟だと思う。

いつの世にも人間が恐れるものが存在した。
飢饉・台風・地震・疫病などの天災。
それらは恐怖すべきものであった。

特に医療技術が未発達な時代におけるペスト・チフス・結核・天然痘などの恐怖は、正体がまったくわからないというだけに、現代人には想像できないほど大きな恐怖だったのではないか。

正体がつかめないという点では放射能もまたしかり。

しかし、放射能の場合は目に見えないというだけで、その被害がどのくらいになるかはっきりしない。
被害がわからない分、非常に恐怖すべき対象だと思うが、過去の先人はその「わからなさ」という恐怖に耐えてきたではないか!
先人に出来たことが、なぜ科学技術という知見・武器があるはずの現代人に出来ないのだろうか。

それは、結局のところ、気持ちの持ちように原因が求められるのだと思う。
「リスクを引き受けずに、絶対安全を求める」という甘くて幼稚な考えに捉われてしまったからだ。

何故そうなってしまったのか?

私が愚考するに、前述したように日本が平和な社会であることも一因だけれども、その他の要因として、様々な社会思想の浸透にあると思う。

社会契約説とか、共産主義思想とか、基本的人権とか、様々な思想は、人間が人間らしく生きる事を求めて産み出されてきた理想である。
それらは世の中の不条理を無くす為に考えられた代物であって、不変の真理でも天与のモノでもない。

そうした人為的に産み出されてきたモノであると云う経緯をいつしか忘れ、不変の真理、天与のものだとの"幻想"を、現代の日本人は抱く様になってしまっているのではないだろうか?

如何なる思想も、それが生まれてきた背景を理解せずに、また、それを維持する為には絶え間ざる努力が必要とされることに思い至らずに、安直に不変の真理だと教えられてきてしまったからこそ、日本人が幼稚化したと言えるのではないだろうか。

その思想に何ら疑問を抱かずに受け入れてしまったから、当たり前に叶うものだとの「甘え」が生ずる。
"安心病"は、その甘え現象の表出と言えるのではないだろうか。

コラムの中で曽野綾子は「絶対安全」を保証する者は詐欺師だと喝破した。
私もそのとおりだと思う。

「絶対安全はあり得ない」という前提に立てば、このような詐欺師に騙されることもない。

しかしながら、残念なことに今の日本は、不安を煽り、有り得ない筈の「絶対安全」を謳い、金を騙し取るような社会です。
それを阻止していかねばなりません。変えていかねばなりません。

リスクと向き合い、どれだけのリスクを許容できるか。
リスクに向き合う恐怖に耐える者だけが、人間的な生活を営む資格があると思う。

見えない恐怖におびえて、戦前のようなエネルギー不足に苦しむ生活に甘んじるか?
それとも、恐怖に耐えながら同じような失敗を繰り返さないよう努力するか?

日本人にはその能力も実力も技術もあるはず。

足りないとすれば、その「意思」だけなのだ。
今、まさにその意思が試されているのだと思う。

今のような大惨事の混乱期には、原発がなくてもやっていける、とか、自然エネルギーですぐに代替可能だとか、大言壮語や空想の類いを騙る人がたくさん出てくる。

しかしながら、そのような甘い見通しを語る人たちの甘言に誘惑され、騙されてはならない。

その為には、まず第一に「安心病に罹患している事」を自覚する必要があるのだが、詐欺師ばかりが跋扈する今の日本で果たしてそれが出来るか否か…?

下記の左翼ブログ↓のように曽野綾子がそれを指摘するだけで、「人でなし」とか「人間のクズ」とのバッシングが帰ってくるようでは、なかなか前途多難だと思わざるを得ないですなぁ…。

■[あきれた][珍保守]曽野綾子「東電に責任はない」「放射線の強い所は、じいさんばあさんを行かせればいい」
(全くの余談ですが、上記記事にコメントを入れたところ、予想どうり抹殺されてしまいました。左翼のブログってほんとコミュニケーションスキルが無いですね。)


【関連記事】
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◆「判断」と「事実」の違いがわからない「昔・自然に還れ(黄害賛美)」論者たち
◆今だからこそエネルギー属国である現実を直視せよ!/~原発が果たしてきた歴史的役割とは~
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◆資源問題に関する日本人の「現実的」態度は、世界に比べて現実的だろうか?


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コメント

dj19さんへ

dj19さん、こんばんは。

>いや、あなたが民主主義というものをまったく理解出来ていないことは「私の考えでは、直接民主制か間接民主制か形態の違いはあれど、民が「君主」である制度です。」と頓珍漢なことを書いているで断定したまでです。

これについては、新エントリーを挙げましたのでそちらをご覧下さい。

>現に電気が消えた「時点で」「民主主義は停止」しましたか?

確かに停止はしませんでした。
今回の場合、日本人の被統治意識の高さにもよるのでしょう。
ただ、そうした危機意識は持っても良いと思いますし、今回の件を以って単純に否定すべき間違いだとも思いません。
もちろん、貴方が間違いだと思うのはご自由です。

>抹殺処理なんてしてないでしょ。実際に、こうしてこちらのコメント欄に掲載し、こうやって議論もしてるじゃありませんかw

貴方のブログ上で表に出さないでおいて、そういわれても困りますね。
気分を害したかもしれませんが、単なる中傷と判断されたのは残念至極です。
貴方のお仲間にも見てもらって、ご意見頂きたかったんですが…。

  • 2011/06/14(火) 23:21:40 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

>貴方は私がまったく理解できていないと断じてらっしゃいますが、何を以ってそのような断定が出来るのか不思議です。

いや、あなたが民主主義というものをまったく理解出来ていないことは「私の考えでは、直接民主制か間接民主制か形態の違いはあれど、民が「君主」である制度です。」と頓珍漢なことを書いているで断定したまでです。

前回、民主主義については説明しているのでここでは省略しますが「民主主義が崩壊する」「民主主義が機能しなくなる」といったこといくらでもありますが、それと「電気が消えた時点で民主主義は停止する」はイコールではありませんよ。現に電気が消えた「時点で」「民主主義は停止」しましたか?

一知半解さんが曽野さんの「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです」を正しいのか間違っているのかの判断もできないのでしたら、こちらがこれ以上、何を説明をしても無駄なのかもしれません。

それと、私が曽野さんを「クズ」と呼んだのは、わざわざ抜き出した箇所で、放射能で汚染された野菜を老人ホームで使うと「かえって元気になるかもしれません(笑)」という嘲笑にですね。
これは「クズ」と非難されても仕方あるまいとしか。

>この程度の批判を中傷として抹殺処理されては、議論もなにもあったものじゃありませんね。

抹殺処理なんてしてないでしょ。実際に、こうしてこちらのコメント欄に掲載し、こうやって議論もしてるじゃありませんかw

  • 2011/06/13(月) 11:57:55 |
  • URL |
  • dj19 #mQop/nM.
  • [編集]

dj19さんへ

dj19さん、レスどうもです。
返事が大変遅くなりすみません。
以下、ご質問に回答いたします。

>一知半解さんは、単に自分勝手な自己流解釈を振りかざしているだけで、「民主主義」というものをまったく理解できていないのですね。

ご丁寧な解説ありがとうございます。
確かに「民主主義」と一口に言っても、それぞれの国によって形態も様々ですし、定着度合いも異なる。
貴方自身も、民主主義が決して盤石でもないし、守られない場合があることを認めている。

貴方は私がまったく理解できていないと断じてらっしゃいますが、何を以ってそのような断定が出来るのか不思議です。
民主主義は、秩序が保てなければ容易に崩壊する可能性があることは以前に説明したとおりです。

>さて、ここまで説明したうえで、もう一度伺いますが、
>(2)曽野さんは「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです」と言っていますが、この認識を正しいと考えますか、それとも間違っていると考えますか?


既にお答えしているように、単純に正誤を決めつけるようなものではありません。片言隻語を捉えて否定するのは、非生産的な議論にしかなりませんので。
その上であえて答えるなら、曽野綾子の認識はアリだと思いますね。
字面に捉われ、真意を汲み取るのが苦手な人には誤解を招く表現かもしれませんが。

>もうひとつ、
>わたしは『「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです(by曾野綾子)」とか意味がわからないわけだが。』と書きました。
>一知半解さんはこれを引用し自分勝手な自己流解釈を振りかざしたあげく「”情緒的自己満足的”正義感の発露でしかない」とコメントしました。私のこの短い意見のどこをどのように読めば「”情緒的自己満足的”正義感の発露」になるでしょうか。


わからないにも関わらず、「人間のクズ」呼ばわりしていませんでしたか?
「わからない」にも関わらず罵倒する人が、情緒的自己満足的正義感に浸ってないと言えるでしょうか?

>わたしとしては、サヨクガ-と不毛な対立構図に熱中している人の「”情緒的自己満足的”正義感の発露」にしか見えません。

私としては単に事実を指摘したつもりですが、もちろん左翼に対する嫌悪感が背景にありますので、そう受け止められても仕方ないでしょうね。

しかし、この程度の批判を中傷として抹殺処理されては、議論もなにもあったものじゃありませんね。
せめてご自分のブログのコメ欄に一度は出すことぐらい出来ないものでしょうか?

  • 2011/06/12(日) 23:34:09 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

>私の考えでは、直接民主制か間接民主制か形態の違いはあれど、民が「君主」である制度です。
>秩序が崩壊したら、成り立たない制度だといえるでしょう


一知半解さんは、単に自分勝手な自己流解釈を振りかざしているだけで、「民主主義」というものをまったく理解できていないのですね。

民主主義について。
現在、ヨーロッパや米国、日本では、民主主義(デモクラシー)の定義としてもっとも単純な原則といえば「人々の合意」といわれています。そしてその根幹を成すものは「政治的平等」と「人民主権」といわれています。これはこれまで何千何万という議論の積み重ねの上での「原則」であり、高校生の教科書でも習うことですね。

さらに、民主政治は公衆の選択を公的政策に転換するための政治構造であり、民主主義制度は市民の積極的参加がないと望む政策的結果をもたらさない。そして、広義には、これに人権擁護や自由といった権利も入ってくるでしょう。また、単に憲法や法律で制度が導入されただけではこれらの原則が守られるわけではありませんし(独裁や全体主義など)、プロパガンダ的な宣伝により「合意の捏造」がなされ民主主義が劣化しているようなことはいくつもの国でおきていることですね。

さて、ここまで説明したうえで、もう一度伺いますが、
(2)曽野さんは「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も
機能しないんです」と言っていますが、この認識を正しいと考えますか、それとも間違っていると
考えますか?

もうひとつ、
わたしは『「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです(by曾野綾子)」とか意味がわからないわけだが。』と書きました。
一知半解さんはこれを引用し自分勝手な自己流解釈を振りかざしたあげく「”情緒的自己満足的”正義感の発露でしかない」とコメントしました。私のこの短い意見のどこをどのように読めば「”情緒的自己満足的”正義感の発露」になるでしょうか。
わたしとしては、サヨクガ-と不毛な対立構図に熱中している人の「”情緒的自己満足的”正義感の発露」にしか見えません。


  • 2011/06/07(火) 22:08:48 |
  • URL |
  • dj19 #mQop/nM.
  • [編集]

南溟さんへ

南溟さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

曽野綾子の言説ってどこかトゲがあるんですよね。
共感を呼ばないのもその所為かも知れません。
私自身は理屈っぽい人間なせいか、スジが通っていればあまり気にならないみたいです。

>自分に対する異論は「ヘイトスピーチ」「中傷」呼ばわりしますが、

確かに異論に対して極めて狭量ですよね。
すぐ批判と中傷をゴッチャにしてしまうし。

根拠無く批判している訳じゃないんだから、そこら辺のネトウヨと同じ扱いをされるのは、納得がいかない。

最近はコメント事前承認制の左翼ブログには投稿控えていたのですが、久しぶりに物申したくなってコメントした次第。
せめて一旦表に出してからしばらく後に削除しろよ、と言いたい処です。

  • 2011/06/06(月) 23:07:02 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

花春さん、田中健三さんへ

コメントありがとうございます。

>花春さん

こんばんは。
そうでしたね。
憲法にもしっかり書いてあるんだよなぁ。
でも、護憲派であるほど、そこんところに鈍感なような気がするのですが…。


>田中健三さん

初めまして。
コメントありがとうございます。

ご指摘のように、曽野綾子さんの場合はちょっと直裁過ぎて、真意を掴むのが難しいのでしょうか?
確かにまず感情的反発を抱かれてしまっては、幾らいい事を言っても受け入れられないでしょうし、伝えるという事は難しいものですね。

教えていただいた植村花菜さんの「トイレの神様」の歌詞を早速ググってみました。
読んでなるほど、大衆を善導するには受け入れやすいのかもしれません。
確かに感情や情緒に添って訴えるほうが、理屈を捏ねるより通用する場合が多いと思います。

しかしながら、一方、それは自然と身に付いたモノであっても、何故そうするのかと理解した上で体得したものではないので、同じ文化的価値観を持った人以外には受け入れにくいものでもあるような気がします。

  • 2011/06/06(月) 22:56:04 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

私はこの曽野綾子という人の考えや主張には共感できない部分もありますが、「安心なんてどこにもない」という主張はわかるような気がします。サラリーマンだって、会社が左前にならなくても、仕事でミスをしたり、その他不祥事を起こしたりしてクビになる可能性など誰にもあるわけだし。

それにしても、私はこれまでネット上で左翼と何度か論争したことがありますが、このdj19さんの対応はこのときとそっくりですね。自分に対する異論は「ヘイトスピーチ」「中傷」呼ばわりしますが、これで「思想信条の自由」だの「多様な価値観を認めよう」などと言っているのだから呆れます。
「民主主義の定義とはどのようなものでしょうか?」とは私もきかれましたが、私も主張の納得できない部分を指摘しただけで、神学論争をするつもりなどないのですが。

  • 2011/06/06(月) 22:46:25 |
  • URL |
  • 南溟 #-
  • [編集]

dj19さんへ

dj19さん、コメントどうもです。
お返事いただけるとは思ってませんでしたので、有り難いです。
以下、ご質問に回答いたします。

(1)私個人へのこの感情的な中傷はどのようなコミュニケーションをはかろうとしたものなのでしょうか?

私は、中傷とは「根拠なく相手を貶めること」だと理解しております。
今回、dj19さんとしては気分を害されたかもしれませんが、私としては事実を指摘したに過ぎないと考えております。
また、コミュニケーションとは単に仲間内で仲良くすることではありません。
異論相手と議論を戦わせることも、コミュニケーションの一つです。

(2)曽野さんは「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです」と言っていますが、この認識を正しいと考えますか、それとも間違っていると考えますか?

曽野氏の指摘は、既成の固定概念を打破したいが為のトリッキーな用法、もしくは比喩的な用法だと理解しています。
必ずそうなるとの断定ならば、必ずしも適当な用法だとは思いませんが、「全く有り得ない」との固定概念を抱くことへの”警鐘”としてなら、十分理解できるものです。
アメリカなどでは大停電などの際、治安当局は暴動の発生を警戒するそうです。
日本でも関東大震災の際には、朝鮮人が襲撃してくるとのデマが飛び、真偽定かではありませんが、殺害もあったのでは…と言われています。

従って、安直に二分法で正誤を決め付けるべき事柄では無いと思います。

(3)民主主義の定義とはどのようなものでしょうか?

私の考えでは、直接民主制か間接民主制か形態の違いはあれど、民が「君主」である制度です。
秩序が崩壊したら、成り立たない制度だといえるでしょう。

  • 2011/06/06(月) 22:32:59 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

コラムについて

産経のコラム蘭としては、中学生から普通の大人までもが読むと想定した時、「小さな親切は大きなお世話」「安心は病」とのタイトル。 ダイレクトに解釈せず、その裏に隠された意味合いを玩味熟慮して読む事は難しい。もう少し大衆報道としての立場から、良い発想、善導に満ちたタイトルであって欲しいと願い思うのが希望です。その点、歌謡曲であっても、植村花菜さんの「トイレの神様」の歌詞は国民皆様に良く判り理解が出来、その心になって、やろう、努力しようと思う、心に残る歌です。間違いでしょうか? 未熟者の意見ですが、ご考量下さい。 取り敢えずは以上です。  田中健三 

>第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
>又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

ちゃんと憲法にも書いてあるのに・・・民主主義が壊れやすいってこと・・・

  • 2011/06/05(日) 07:48:55 |
  • URL |
  • 花春 #-
  • [編集]

Apemanさんのブログで一知半解さんの頓珍漢なコメントを拝見したことがあり
忙しいので中傷コメントは承認しなかっただけです。
以下があなたの投稿したコメントです。

=====
一知半解
>「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も機能しないんです」とか意味がわからないわけだが。

そういう発言自体が、貴方がそういう事態も想像できない程どっぷりと恵まれた電化生活に浸っている「証」でしょう。

曽野綾子が言いたいことは、民主主義は「天与のモノ」ではないということ。

「人間らしい生活が営めて始めて機能する」ものだから、そうした生活が失われた環境においては、各自が意識的に維持していく覚悟を持つ必要があるでしょう。

そもそも「餓死しても民主主義を守ろう」なんて奇特な人は居ませんよ。
「衣食足りて礼節を知る」のが人間ですから。

人間は環境次第で、行動が変わるものです。
人間である前に、か弱き「生物」なのですよ。
電気が無ければ生きていけないのが現代人。
貴方はそれを忘れて生活できているから、曽野綾子の考え方を簡単に否定してしまう。

平時の規範を以って、有事の際の人間の思考行動様式を批判するのは簡単です。

だが、有事の際には、平時の規範を守ることで被害がより大きくなる事だって十分ありえます。
平時なら泥棒かも知れないが、有事には人助けになる場合があるかもしれない。

そういう「規範の逆転」を察知できずに、安全地帯から平時の規範を振り回して批判するのは、単なる”情緒的自己満足的”正義感の発露でしかないと思いますね。
=====

で、3つだけ質問させてください。

(1)私個人へのこの感情的な中傷はどのようなコミュニケーションをはかろうと
したものなのでしょうか?

(2)曽野さんは「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです。公平も平等も
機能しないんです」と言っていますが、この認識を正しいと考えますか、それとも間違っていると
考えますか?

(3)民主主義の定義とはどのようなものでしょうか?

  • 2011/06/05(日) 02:17:08 |
  • URL |
  • dj19 #mQop/nM.
  • [編集]

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
日々のツイートを集めた別館「一知半解なれども一筆言上」~半可通のひとり言~↓もよろしゅう。

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