一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

塩野七生曰く「日本は”和”によって滅ぶ」/~相惜顔面・上下雷同の恐ろしさ~

以前の記事「民主主義とは民衆の一人一人が「君主」である/~書物としての諌議大夫『貞観政要』とは~」において「貞観政要」のご紹介をしましたが、今回はその中で指摘されている日本の欠点についてご紹介していきます。

帝王学―「貞観政要」の読み方 (文春文庫)帝王学―「貞観政要」の読み方 (文春文庫)
(1990/09)
山本 七平

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■敵国外患なき者は、国恒(つね)に亡ぶ

確かに、どんな細かいことでも、すべて自分で判断して自分で決裁していたら、身心とも疲れはててノイローゼになってしまう。
そこで権限の委譲は当然なのだが、さてそうなると今度は「めくら判」を押すにすぎないという状態になりかねない。

人間だれでも安楽な方がよく、いつの間にか、上も下も、安楽な「ナア・ナア」になっていくからである。
そうなると二つの問題が生ずるが、まず第一の問題からはじめよう。

貞観十五年、太宗、侍臣に謂いて曰く、天下を守ることを難きや易きや、と」(君道第一第五章)。

これに対して魏徴は「甚だ難し」と答えた。
太宗がさらに、「賢者・能者に権限を委譲して政務を行わせ、部下の厳しい忠告を聞きいれればよいのではないか」というと、魏徴は次のように言った。

昔からの帝王を見ますと、困難な時、危機の時には賢者を任用し、部下の忠告も受け入れるものです。

しかし安楽な状態になりますと、必ず『寛怠(かんたい)を欲す』すなわち、気がゆるんで楽をしたいと思うものです。
安楽な状態に依りたのんでこの『寛怠を欲す』になりますと、直言がうるさくなりますので、臣下もついつい恐れて何も言わなくなります
そうなると、日に月に徐々にすべてが頽勢に向かって行きまして、ついに危亡に至ります

聖人の『安きに居りて危きを思う』理由はまさにこのためです。
安らかにして、しかも常に警戒する。
これは実に困難だと言わざるを得ません。


孟子』に有名な「敵国外患なき者は、国恒(つね)に亡ぶ」という言葉がある。
一見矛盾するようだが、これを「競争なき独占は恒(つね)に滅ぶ」と読むと面白い。

いずれにせよ、こうなると部下は恐れて直言しないという「情報遮断」が起こるが、同時に、部下同士も、なるべく論争などにならず、なるべく内部の意見の対立などないようにして、一応、表面はすべてうまく行っているように取りつくろうという状態を現出する。

そうなると、現実に何か進行しているのか、だれにもわからなくなる
いつものように出社したら、会社が倒産していた、などという、あリ得ないようなことが現に起こっている。

このような状態を招来するのが、第二の問題である。

上下雷同は危険だ

貞観元年、上、黄門侍部王珪に謂いて曰く……」(政体第二・第二章)にはじまるこの章が、この問題を取り上げている。

当時の中国では「尚書」という省があり、これが大体、国務院ないしは内閣に相当して宰相が執務し、「中書」が詔勅の起草などを行っていた。

これと並んで「門下」という省があり、中書で起草した詔勅の審議と発布、臣下の上書などを司り、また天子に諌言するのもここの仕事であった。

【参照:唐の統治機構「三省六部」の図↓】
唐の統治機構図

ところが「中書省の出す詔勅が甚だしく意見が同じでないものがある。

あるものは錯誤・失策であるのに自らこれを是とし、間違った考えを基に互いに修正している。
中書・門下の両省を置いたのは、過誤を防ぐのが目的のはずである。

人の意見は、一致しないのが普通である。
そこでその是非を互いに論じ合うのは、本来、公事のためのはずである。

ところがある者は自分の足らない所を隠し、その誤りを聞くのを嫌い、自分の意見に対してその是非を論ずる者があれば自分を恨んでいると思う。

これに対してある者は恨まれて私的な不和を生ずることを避け、また『相惜顔面』すなわち互いに相手の面子を潰しては気の毒だと思って、明らかに非であると知っても正さず、そのまま実施に移す者がいる

一役人の小さな感情を害することをいやがって、たちまち万民の弊害を招く
これこそ、まさに亡国の政治である
」と。

貞観政要』の中にはさまざまの学ぶべき点があるが、何やら日本の欠点を指摘されているような気持になるのがこの部分である。

前に塩野七生氏と「コンスタンチノープルの陥落」について対談したとき、その国を興隆に導いた要因が裏目に出ると、それがそのままその国を亡ぼす要因となる、と私か言うと、氏は即座に賛成され、間髪入れず、日本の場合はそれが「和」であろうと指摘された。

確かにわれわれは論争を嫌い、相手の感情や面子を尊重して、「マア、マア」で全体の和を保とうとする
そして、これが実に能率的だということは「論争が国技である」イスラエルに行くとつくづく感じて、「国の破産状態をよそに、論争ばかりしているから、何一つてきぱきと解決できないのだ」という気がする。

彼らもそれに気づいているらしく、もちろん冗談だが「日本の大蔵省と通産省をそっくり輸入し、和を第一としたら……」などと言う。
確かにそう言える面があるが、塩野氏の指摘通り、「和」には恐ろしい一面がある

太宗はつづける。

隋の時代の内外の役人たちは、態度をはっきりさせず、どっちつかずの状態にいたために、亡国の大乱を招いてしまった。

多くの人は、この問題の重大さに深く思いを致すことはなかった。
そうしていれば、どんな禍いが来ても自分の身には及ばないと思い、表面的には『はい、はい』と従って陰で悪口を言い合いながら、それを憂慮すべきこととは思わなかった。

後に大乱が一気に起こり、家も国も滅びる時になって、わずかに逃げのびることが出来た者も、また刑罰・殺戮にあわなかった者も、みな艱難辛苦の末やっと逃れたのであり、その上、当時の人からひどく非難・排斥される結果になったのである。

そこで諸官は私心・私的感情を除き去って公のためにつくし、堅く正道を守り、腹蔵なく善いと思う意見を述べ、絶対に、『上下雷同』すなわち上と下が付和雷同するようなことがあってはならない
」と。

■「和」によって亡ぶ

前に記した「玄武門の変(wiki参照)」のときの太宗と部下との関係を見ると、みな実にずけずけと意見を述べている。
危機のときはそうなっても、安楽な平和がつづくとついつい、「なるべく衝突は避けよう、どちらにしろ大した問題じゃない」という気になってしまう。

危機の特は、だれでも、判断を誤れば直接身に危険が及ぶという気になるから、必死になって意見をいう。
だが平和なときは、不知不識のうちに「これでオレの命が危なくなるわけでもないし……」が前提になっている。

だが、部下が激論してはじめて問題の焦点が明らかになるわけで、そのような「和」ですべてが表面的には丸くおさまっていれば、太宗にも何もわからなくなる

隋はそのようにして一歩一歩と破滅へ進んでいった。
そして最終的には、小さな摩擦を避けて、これが安全と思っている者が、ひどい目にあった

これへの太宗の批評を見ると、私は日本の軍部のことを思い出す。

軍部内の和を乱すまい」――不思議なことに、国の存亡がかかわるという状態になっても、このことが優先している。
塩野氏の指摘された「和によって亡ぶ」は必ずしも未来のことでなく、過去にすでに経験ずみなのである。

軍部内にも、合理的な意見があったのは事実である。

たとえば多田駿参謀次長の「無条件撤兵論」などがそれで、中国から無条件で撤兵しても、相手は海軍がないから追撃はされず、日本の国益は何一つ損ずることがない。

目的の明らかでない作戦を四年も継続し、いつ終わるか見当もつかず、何のためにやっているのか政治的目的もはっきりしないといった状態は、自らこれを打ち切ろうと思えばできるのである。

それができない
軍の面子にかけての反対が出るにきまっているし、そうなれば激論になって「和」は保てない

東京裁判の東條被告の副弁護人であった松下正寿氏は、「それでは部下がおさまりません」が、日米開戦の理由であった旨、述べているが、これもまた「軍部内の和が保てません」で、まさに「上下雷同」なのである。

さらに、海軍は内心では開戦に反対なのだが、「陸海軍の和」と、マスコミと一部政治家が醸成した「上下雷同」に押され、絶対に「反対」とはいわず、「総理一任」という形で逃げている

いわばあらゆる面における「相惜顔面上下雷同に基づく和」を崩すまいとし、衝突がないからそれが一番安全と思い、それによって破滅する

その結果国民は苦しみ、責任者はみな、隋の遺臣を評した太宗の言葉通りの運命に陥っている。

危急存亡の時になってもこうだったということを頭におくと、日本は将来「和によって亡ぶ」という塩野氏の言葉は、一種の不気味さをもっている

これは企業でも同じで、坪内氏が再建に乗り出す前の佐世保重工を見ると、「経営者と組合の和」が絶対化され、これまた「上下雷同」で、厳しい言葉を口にする者はだれもいない

まさに「相惜顔面」だが、そうやっていても、自分の身に禍いが振りかかると思っていない
そして進駐軍が進駐して来てはじめて目が覚める

(後略~)

【引用元:帝王学「貞観政要」の読み方/「十思」「九徳」身につけるべき心得/P64~】


日本社会では、危機の際、とにかく叫ばれるのは団結。
とにかく一致団結という「和」が強調される。
今もそう。挙国一致が叫ばれています。

危機になればなるほど、「和」が強調され、それによって”のみ”解決しようとする。
それが問題解決の妨げになるかもしれない…との意識が全くない。

そのような状態が続くといつの間にか、「和を乱す奴がいるから問題が解決しないのだ」という意味に”転化”してしまう。
いわば、手段(和)と目的(問題解決)が倒錯した状態になる訳ですね。

そうすると必然的に「和を保つため」異論者は排除されていく事になる。
国民精神総動員的に「和」を追い求めた戦前の行き方がまさにそうでしたね。
その結果が敗戦となる。

このように「和」には重大な欠点があるのですが、今もそれをあまり意識していない日本人が多いように思います。
幼少から叩き込まれた思考図式・行動規範から抜け出すということは難しいですが、これから脱却しないと再び戦前の轍を踏む恐れが強いのではないでしょうか。

それに気付くためにも、貞観政要は有効な処方箋の一つだと言えるでしょう。

日本社会には、いい意味での「KY(空気読めない)人間」が必要とされると思うのですが、日本の言論空間を見ているかぎり、いささか心もとなく思えて仕方ありません。


【関連記事】
◆民主主義とは民衆の一人一人が「君主」である/~書物としての諌議大夫『貞観政要』とは~
◆「話し合い」と「結果の平等」がもたらす「副作用」【その1】
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◆日本的思考の欠点【その2】~「感情的でひとりよがりでコミュニケーション下手で話し合い絶対」という日本人~
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コメント

tikurinさんへ

tikurinさん、こんばんは。
大変レスが遅くなってしまい、申し訳ございません。

>てんびんの論理がうまく機能するかどうかは、実体語(=現実論)と空体語(=理想論)をバランスさせることで社会的問題を処理する人の基本姿勢が、「則天去私」の原則に則っているかどうか、に懸かっていると思います。

なるほど、確かに「則天去私」を伴わない転向は、単なる無節操ですよね。
菅首相はそれとは真逆の存在だからなぁ…。

>私自身は、 「則天去私」という日本の伝統を大切にしつつ、実体語→実体論、空体語→理想論を言葉で明確に定義するよう努め、さらにそれをいかなる方法論でつなぐか、ということで、政策論を闘わせることができるようになるべきだ、と思っています。

伝統は確かに大切ですが、その欠点を理解した上で守って行きたいものですね。大変困難なことなのでしょうが。

  • 2011/06/26(日) 22:16:04 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

菅首相は「則天去私」ではなく「則権執私」

一知半解さんへ

>これも天秤の論理で、バランスを崩した天秤がクルッと回転するようなものなのでしょうか。はたまた、政治的天才というものですか?

 てんびんの論理がうまく機能するかどうかは、実体語(=現実論)と空体語(=理想論)をバランスさせることで社会的問題を処理する人の基本姿勢が、「則天去私」の原則に則っているかどうか、に懸かっていると思います。このことは、実体語や空体語が厳密に定義されるものではないだけに、一層、重要となってきます。

 菅首相の問題点は、氏の政治家としての基本姿勢が、「則天去私」ではなく、「則権(力)執私(欲)」だということです。これが、周囲の人に”顔も見たくないような嫌悪感”を抱かせるのでしょう。ただ、これは何よりも民主党という政党の問題であって、こうしたリーダーシップを拒否できないと,民主党は終わりです。

 私自身は、 「則天去私」という日本の伝統を大切にしつつ、実体語→実体論、空体語→理想論を言葉で明確に定義するよう努め、さらにそれをいかなる方法論でつなぐか、ということで、政策論を闘わせることができるようになるべきだ、と思っています。

  • 2011/06/23(木) 04:21:42 |
  • URL |
  • tikurin #wQAHgryA
  • [編集]

tikurinさんへ

tikurinさん、こんばんは。

確かに仰るように「変わり身」が早すぎますよね。
これも天秤の論理で、バランスを崩した天秤がクルッと回転するようなものなのでしょうか。はたまた、政治的天才というものですか?
そうは言ってもあまりに節操なさ過ぎますよね。

こうなると最早教育の問題じゃないかと。
昔みたいにもう少し恥というものをしっかり教える必要があるような気がします。

  • 2011/06/21(火) 23:02:43 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

花春さんへ

花春さん、コメントありがとうございます。

ご指摘の理由は、当時、大変な問題だったのでしょうね。
満州に入植した人たちを引き揚げさせるというのは「和」を考えていたら出来ないような大難事だったでしょう。

山本七平が、原子力発電に言及する過程で、エネルギー不足による入植だったと指摘していましたが、原発はそうした問題を解決してきた訳で、それを忘れた議論が横行しているのには困ったものです。
そういう視点を持つことこそ、戦前を反省したことだと思うのですがねェ。

  • 2011/06/21(火) 23:01:47 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

「和」以上に問題なのは「変わり身の早さ」

 日本は、昭和15年3月には、昭和16年からの自発的な支那撤兵を陸軍省・参謀本部間で正式決定しています。ようやく軍内の「和」を断ち切ったわけですが、今度は、昭和15年6月ドイツ軍のダンケルク殲滅戦で英仏軍の敗退が濃厚となり英本土上陸も間近と噂されるようになると、今度は「バスに乗り遅れるな」ということで、支那撤兵どころか対南方強硬策に急転回しました。
 菅首相が、原子力発電を50%に増やすことでco2を25%削減すると決めた内閣の主要閣僚だったことなどまるで忘れて、再生可能エネルギー全量買い取り制度導入の先頭に立ち、これで菅おろし勢力に対抗しようとしていること。この変わり身の早さ、これを不思議とも思わない日本人の体質、これが日本人の「(身内の)和」優先と並ぶ、もう一つの「昭和の悲劇」の原因です。

  • 2011/06/20(月) 18:41:24 |
  • URL |
  • tikurin #UTQNJKHk
  • [編集]

大陸から撤退しなかった理由は帰ってきても本土には受け入れられる(仕事の)余地がなかったというのもあるそうです(それで国が潰れちゃいみないのですけど)

  • 2011/06/20(月) 01:24:12 |
  • URL |
  • 花春 #-
  • [編集]

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「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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