一知半解なれども一筆言上

山本七平マンセーブログ。不定期更新。

日本の言論空間を支配する「空気」について【その2】~日本人の親切とは~

すっかり更新サボり癖がついてしまいました。
年内に何とか更新せねば…という思いで、手抜き気味ながら本年最後の記事をUPします。

前回の記事『日本の言論空間を支配する「空気」について【その1】~臨在感的把握が「空気」の基本型~』の続き。


「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
(1983/10)
山本 七平

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前回の続き~)

臨在感の支配により人間が言論・行動等を規定される第一歩は、対象の臨在感的な把握にはじまり、これは感情移入を前提とする

感情移入はすべての民族にあるが、この把握が成り立つには、感情移入を絶対化して、それを感情移入だと考えない状態にならねばならない。

従ってその前提となるのは、感情移入の日常化・無意識化乃至は生活化であり、一言でいえば、それをしないと、「生きている」という実感がなくなる世界、すなわち日本的世界であらねばならないのである。

聖書学者の塚本虎ニ先生は、「日本人の親切」という、非常に面白い随想を書いておられる。

氏が若いころ下宿しておられた家の老人は、大変に親切な人で、寒中に、あまりに寒かろうと思って、ヒヨコにお湯をのませた、そしてヒヨコを全部殺してしまった

そして塚本先生は「君、笑ってはいけない、日本人の親切とはこういうものだ」と記されている。
私はこれを読んで、だいぶ前の新聞記事を思い出した。

それは、若い母親が、保育器の中の自分の赤ん坊に、寒かろうと思って懐炉を入れて、これを殺してしまい、過失致死罪で法廷に立ったという記事である。

これはヒヨコにお湯をのますのと全く同じ行き方であり、両方とも、全くの善意に基づく親切なのである。

よく「善意が通らない」「善意が通らない社会は悪い」といった発言が新聞の投書などにあるが、こういう善意が通ったら、それこそ命がいくつあっても足りない

従って、「こんな善意は通らない方がよい」といえば、おそらくその反論は「善意で懐炉を入れても赤ん坊が死なない保育器を作らない社会が悪い」ということになるであろう。

だが、この場合、善意・悪意は実は関係のないこと、悪意でも同じ関係は成立つのだから。

また、ヒヨコにお湯をのませたり、保育器に懐炉を入れたりするのは”科学的啓蒙”が足りないという主張も愚論、問題の焦点は、なぜ感情移入を絶対化するのかにある。

というのは、ヒヨコにお湯をのまし、保育器に懐炉を入れるのは完全な感情移入であり、対者と自己との、または第三者との区別がなくなった状態だからである。

そしてそういう状態になることを絶対化し、そういう状態になれなければ、そうさせないように阻む障害、または阻んでいると空想した対象を、悪として排除しようとする心理的状態が、感情移入の絶対化であり、これが対象の臨在感的把握いわば「物神化とその支配」の基礎になっているわけである。

この現象は、簡単にいえば「乗り移る」または「乗り移らす」という現象である。
ヒヨコに、自分が乗り移るか、あるいは第三者を乗り移らすのである。

すなわち、「自分は寒中に冷水をのむのはいやだし、寒中に人に冷水をのますような冷たい仕打ちは絶対にしない親切な人間である」がゆえに、自分もしくはその第三者を、ヒヨコに乗り移らせ、その乗り移った自分もしくは第三者にお湯をのませているわけである。

そしてこの現象は社会の至る所にある。

教育ママは「学歴なきがゆえに……」と見た夫を子供に乗り移らせ、子供というヒヨコの口に「教育的配合飼料」をむりやりつめこみ、学校という保育器に懐炉を入れに行く。
そして、それで何か事故が起れば「善意から懐炉を入れたのだ、それが事故を起すような、そんな善意の通らない『保育器=社会や学校制度』が悪い」ということになる。

そしてそういわれれば、だれも一言もない。

一体、臨在感的把握は何によって生ずるのであろうか。

一口にいえば臨在感は当然の歴史的所産であり、その存在はその存在なりに意義を持つが、それは常に歴史観的把握で再把握しないと絶対化される

そして絶対化されると、自分が逆に対象に支配されてしまう、いわば「空気」の支配が起ってしまうのである。

【引用元:「空気」の研究】


「空気」がどのようなメカニズムを経て醸成されるのかを、実に判り易く解説している山本七平の筆力には改めて驚かされます。

3.11以降の日本の反原発運動を眺めていると、上記の図式がそのまま当てはまりますね。

最近、とみに思うのは「善意」の恐ろしさ。
反原発派の疑いなき「善意」ほど、恐ろしいものはありません。

こうした「善意」に対抗する為には悪役にならねばならないのがツライ。
本来ならば政治家が責任を持ってヒール役を演じなければいけないのですが、民意に迎合するのが政治家ですからなかなか難しい。
残念ながら、選挙互助会的傾向が強い民主党政権にそれを求めるのは無理でしょうね。
ますます日本が沈没していく…orz。

それはさておき、反原発派の頑なな態度というのは、「物神化」した放射能に支配されていると考えれば、すんなりと納得行きますよね。

如何に日本人がこの図式に捉われて行動しているか。
それをまず意識して把握しないことには、この図式から脱却できない。

そのためのキーになるのが本書だと思っています。

そのためにも、この次も紹介していく予定。
来年はもう少し、頻繁に更新したいと考えてますので、今後とも宜しくどうぞ。
それでは皆様、どうか良いお年をお迎えください。
ではまた。

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◆日本の言論空間を支配する「空気」について【その1】~臨在感的把握が「空気」の基本型~


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コメント

KYさんへ

KYさん、こんばんは。ご無沙汰してます。
コメントありがとうございます。
長らくコメントにお返事できず、済みません。本当にゴメンナサイです。

平和・人権というのもイデオロギー化してしまうと、ダメですね。物神化するには「絶対化」が必須ですから、議論や話し合いとかが全く出来ない世界になってしまう。
平和を叫ぶ人たちがよく「話し合い」でとのたまうのを聞くと、お前が言うな!といつも思うのですが、最近こうした人がわんさか居て嫌になります。

  • 2012/03/11(日) 22:32:52 |
  • URL |
  • 一知半解 #Pa8drhO.
  • [編集]

「平和」『人権」という物神

 あろうことか長崎では「百人斬り」を史実として歴史教育の教材に未だに使っているという衝撃の事実が最近の狂犬、もとい教研集会で明らかになりました。同様の事が15年ほど前に宮城で行われ、その時も唖然としたのですが、まさか21世紀になっても「日本軍最強伝説」を教育の現場で布教するカルト信者がいたとは驚きです。彼らの中では「平和」という物神が絶対の存在なので、「資料検証」といった行為は物神に対する冒涜と彼らは看做してそれを行う人たちに「右翼」とか「修正主義者」のレッテルを貼るのでしょう。こういう行為こそ平和と言う概念からは程遠いのですが。
 一方、「人権」も物神化している概念の1つでしょう。光市の殺人事件の被告弁護側の法廷戦術は余りにも常軌を逸していますが、人権を物神化する人達にはこちらの方がむしろ常識と思いこんでいるのが現実です。勿論「庶民感情」も物神化の危険性を秘めてはいますが、「庶民感情」によって物神に異議を唱えると「素人が何を言う」と木で端を括ったような対応をするのですから意識の乖離はどうにも埋められそうにありません。リンク先にも判決日が近付くとおかしな手合いが現れて「現場組」?の立場から茶々を入れてくる珍しい人がいます。私もHN「KY」の意味をアサヒってからかわれました(苦笑)。
 その道の専門家が妙な物神に被れたら、ろくな事はないと思うのですが。

  • 2012/02/19(日) 22:01:26 |
  • URL |
  • KY #cxYzK9gg
  • [編集]

空気さんへ

空気さん、初めまして。
コメントありがとうございます。

>物神化は原発安全神話を作ってきた方々に適用できるのではないでしょうか。

う~ん、というよりも私には、自己暗示に掛かってしまったような印象がありますね。

構造的には「原理的反対論者が無理難題の『絶対安全』を要求する」ので「推進派は安全をひたすら強調」し、危険と思われてしまう安全対策(例えば避難訓練など)までがその構図の中で次第に疎かになっていった…ような気がします。

>問題は、危険なものを統計的事実をもって適切に扱う能力があるかないか、それだけです。

確かに。その能力を確実にするためには、私は「絶対安全」はありえない…という事をまず共通の認識にすることから始めるしかないように思います。

それに当たっては、やはり原理主義的反対派の「感情移入の絶対化」が邪魔になるとも考えています。

>現在の反原発といった既存体制からの離脱の声は、政府やその天下り組織にその能力が欠如していることに対する不信感に、煽られているように思えます。

確かにそうですね。ただ、不信感を持てば解決するものではないという処が悩ましいですね。

  • 2012/02/09(木) 23:39:24 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

はじめまして

物神化は原発安全神話を作ってきた方々に適用できるのではないでしょうか。
原発が「今までに国内で事故を起こしたことがない」という事実を絶対のものとしていたわけですから。
我が国の自然災害が多いという厳然たる事実や、個々の原発の構造や異なる生命線やそれに付随する対策といった科学的事実、何より原発を最初にもたらしたのは誰であるかという歴史的な背景を踏まえていれば、東電が原発のコントロールを失うことはなかったでしょう。
問題は、危険なものを統計的事実をもって適切に扱う能力があるかないか、それだけです。
感情移入の絶対化だけがそれを獲得・行使の際の問題ではないと思いますが、自己決定と論理性に深く関わる能力のため、感情移入を阻む障害としてそのふたつは排除されやすく、結果的にこの能力が日本では生まれにくいのではないかと思います。
まあ、意思を持って自然に勝利し、その手段としての論理の価値を認める文化圏でさえ、その能力が十分に発揮されているようには見えないですが。
現在の反原発といった既存体制からの離脱の声は、政府やその天下り組織にその能力が欠如していることに対する不信感に、煽られているように思えます。

  • 2012/02/09(木) 13:09:47 |
  • URL |
  • 空気 #-
  • [編集]

KYさん、遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

KYさん、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
相変わらずの遅レスで本当に申し訳ございません。

それはさておき、全原発稼動停止が迫っているというのに、再稼動に向けた動きがあまり見受けられないことには、私も懸念しております。

ただ、ご指摘のようにホルムズ海峡の封鎖問題がきな臭くなって来ていることは、原発再稼動にとっては一つの大きな理由ともなり得ると思いますが、かといってホントにドンパチが始まってしまうのも困り物ですねぇ。

反原発派の連中はおそらく本当にヤケドをしないとエネルギー安全保障の大切さが判らないでしょうが、あらかじめヤケドをすると判っていて付き合わされる我々にとっては、如何ともし難い、やりきれない思いがして仕方ありません。

>そもそも「原発抜きでも電力は足りる」という発想は「員数主義」の他に「科学万能主義」が背景にあると思われます。「原発抜きでもやっていける」と言う発想を裏返せば「人間に出来ない事はない」という傲慢さに繋がるのですが、偏狭な善意に囚われた彼らにそれを自覚させるのは不可能かと思います。

まさに仰るとおりです。一種の理性信仰ですね。
自覚させられるのは、山本七平が言うようにジャングルに放り込むしかないのかもしれません。

  • 2012/01/10(火) 23:44:38 |
  • URL |
  • 一知半解 #f2BEFQoE
  • [編集]

明けましておめでとうございます

 今年もよろしくお願いします。
 さて、マスゴミは新年早々から反原発キャンペーンに余念がない様で、リンク先の毎日のように核廃棄物の処理費云々で「コスト高をごまかした(80年間で19兆円という試算なのに、分母を外して高く見せると言う姑息な手段)!」と騒ぐし、静岡県知事に至っては「津波対策が完了しても浜岡原発の再稼働は認めない」とまさに「痴呆自治体」の長になり下がっています。下手をすれば今年四月に国内の全原発が停止すると言うのに、根拠のない反原発の「無意識下の悪意が潜む善意の空気」に迎合する様は政治屋より性質の悪い選挙屋にしか見えません。「福島の原子炉と同じ作り」と断じている事だけでも彼が如何に原子炉に関する知識がないか判ります。福島の原子炉は米国GE社製ですが、確か浜岡のは違うタイプだったはず(違っていたらすみません)。
 マスゴミはデマと誇張で原発へのネガキャンを行うし、政治家はそれを訂正しないどころか逆に迎合して票の事しか考えない。石油だってイラン情勢次第ではまた高騰する可能性もあるのに、中央も地方もエネルギー問題を真剣に考えようともしない政治家の姿勢には全く腹が立ちますし原発が停止しても火力や水力だけで何とかなる、と考えている連中が相変わらず多いですね。先の原油市場は元より、昨年から原発の穴を埋めるべく、火力や水力発電の中には定期点検の時期を延長して無理やり稼働させている施設もあるのに、これ以上無理をさせたら何れガタが来ると言う認識は彼らにはないのでしょうか?ひょっとして彼らは火力も水力も「原発と違って施設はメンテフリー」と思いこんでいるのではないでしょうね?
 それはさておき、脱原発=絶対の善意という概念に縛られるとそれに批判的な動きは全て「御用学者の詭弁」というレッテル貼りをして思考停止するのがカルト信者のパターンですが、そもそも「原発抜きでも電力は足りる」という発想は「員数主義」の他に「科学万能主義」が背景にあると思われます。「原発抜きでもやっていける」と言う発想を裏返せば「人間に出来ない事はない」という傲慢さに繋がるのですが、偏狭な善意に囚われた彼らにそれを自覚させるのは不可能かと思います。さて、マジで電力不足になったら彼らはどう火病るのか。勿論不足にはなって欲しくありませんが、また責任転嫁するでしょうね。己のアイデンテティを守るために。

  • 2012/01/02(月) 00:54:21 |
  • URL |
  • KY #mQop/nM.
  • [編集]

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Author:一知半解
「一知半解知らずに劣れり」な自分ではありますが、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」…と、かの兼好法師も仰っておりますので、ワタクシもブログでコソーリとモノ申します。
一知半解なるがゆえに、自らの言葉で恥を晒すのを控え、主に山本七平の言葉を借用しつつ書き綴ってゆきたいと思ふのでアリマス。宜しくメカドック!!
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